Take IT Easy![61]私の履歴書:コンシューマーの世界へ
── 若林健一 / kwaka1208 ──

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こんにちは、若林です。先週に引き続き、私の履歴書の続編をお届けします。

●前回書き忘れていたこと

次の話へ進む前に、前回書き忘れていたことをいくつか。モノづくりに関わった方ならわかると思うのですが、自分の関わるカテゴリーの商品を街中で見かけると気になるもの。

例えば、最近でこそかなり改良されましたが、古い機種だとロールペーパー(レシート用の紙)を入れるのが難しく、店員さんが苦労していると、思わず「やりましょうか?」って言いそうになったり、どんなお店でどんな機能の機種を使っているのかとか、どんな商品分類で使っているのかといったことが気になって、支払いの時にレジスタをジロジロ見ている、完全に怪しいやつでしたね。しかし、それぐらい愛着が持てる仕事になっていた、ということだと思います。

書き出すとキリがないのですが、海外には面白い仕組みを採用しているところがたくさんあって、そのひとつが台湾。

台湾のレシートは宝くじになっています。裏に宝くじが印刷された紙を使ってレシートを発行するのですが、宝くじなので必ず一定の長さで切らなければならず、少ししか商品を買わなくても長いレシートが出たり、たくさん買うとレシートが何枚もでてくるという変わったシステムでした。あれなら、レシートを受け取らないお客さんはいないでしょうね。

さて、今日の本題です。




●コンシューマーの世界へ

入社して11年、それまでずっと同じ部門で仕事をしてきて、外の世界を一切知らなかった自分に転機がやってきます。

私が所属していた事業所(奈良県大和郡山市)の中で、新しい事業の創出をめざして三つのプロジェクトが発足しました。そのひとつのメンバーとして招集していただいたのです。30歳の時でした。

テーマは「ホームサーバー」。放送やネットのコンテンツをためておくサーバーで、好みに応じた番組やネットコンテンツ、音楽などを簡単に探して楽しむことができるもの、そういったテーマの商品でした。

業界の中に考え方としてはあったものの、商品として確立されたものではありませんので、商品像をゼロから考えていかなければなりません。

当時はどうしていいかさっぱりわからず途方に暮れていましたが、今思えばとても貴重な体験でした。それまでは既存の事業、既存の商品を担当していましたので、ある程度決まった枠組みの中で考えればいいのですが、その枠組みさえも自分で決めなければならない。

自分で決めるということがどれほど大変か、ということを思い知らされたプロジェクトだったと思います。

●チューナー付きパソコン用アプリの開発

プロジェクトが発足し、商品像の検討やプロトタイピングを行いながら、最初に商品の形になったのは「チューナー付きパソコン用テレビアプリ」でした。

2000年前後にパソコンを使っていた方なら、当時テレビが観られるチューナー内蔵パソコンが流行ったのを覚えておられるでしょう。

そのチューナー内蔵パソコン用に、オリジナルのテレビ視聴アプリを開発しました。このアプリの特長は、次の三つ。

・電子番組表(EPG)表示とEPGからの録画予約
・MPEG1形式でのタイマー録画
・普段観ている番組情報から近い将来の番組をおすすめ

今でこそ、EPGというのも当たり前になっていますが、当時はBSを含めてデジタル放送が始まる前(1999年頃)で、EPGもアナログのデータ放送で提供されていたものを使っていました。

デジタル放送のEPGは、テレビをつけた時に表示されてなくてもしばらく待てば出てきますが、アナログ放送のEPGは放送時間が決まっていて、昼間の時間帯二時間おきに一回放送されるだけでしたので、一度受信しそこなうと二時間後まで表示できません。

その二時間に一回のチャンスを逃さないようにするため、データ受信用の常駐アプリを常に起動させたり、放送開始時刻の直前にパソコンの電源オフ操作が行われると警告を表示するなど、技術的にも商品仕様的にも様々な工夫を行いました。

また、CPUパワーが非力な時代にソフトウェアエンコードで録画機能を実現していたので、録画中は他の操作ができないようにブロックしなければならず、録画が始まるとまったく触れないパソコンとせざるをえず、あちらこちらに苦労の跡が見えるアプリケーションでした。

●特許との戦い

これらの商品は、従来のテレビともITの世界とも違う新しい分野でしたので、特許との戦いの日々でもありました。

その中で最も驚いたのが「電子番組表で選択された番組の表示」に関する特許です。普通、番組表をリモコンで操作すると、現在選択している番組は色が変わるとか、枠がつくといった形で区別されますよね。あの機能がすでに特許として出願されていたのです。

いわばExcelのセルのフォーカスと同じ機能。既存の機能と同じものがどうして特許として認められているのか、ということで散々抵抗しましたが、結局特許としては有効なままで、EPG表示機能を持ったテレビを開発しているメーカーの悩みの種でもありました。今は、その特許は権利が切れていて悩まされることはなくなっているはずです。

●単体機器としての「ホームサーバー」へ

その後、パソコン用テレビアプリケーションとして、録画番組を家庭内LAN経由の他のパソコンで観られる機能の追加、ハードウェアエンコーダー搭載機種への対応、メールによる録画予約機能の搭載などの進化を経て、いったん開発は終了します。

その後、企画・開発されたのが組み込みLinux搭載で単体で動作する「ホームサーバー」"Galileo”でした。

Galileo
< http://www.sharp.co.jp/galileo/
>

これは、アナログ放送の番組視聴、録画、録画番組のネット経由(外出先を含む)での再生機能、ブラウザ、Webサイト公開機能、写真共有機能などを搭載。今なら、ガラポンTVとクラウドサービス(Google Photos、blogサービスなど)を組み合わせてやっているようなことを、ひとつの機械でやってしまおうという超画期的な機械でした。

ガラポンTV
< http://garapon.tv/
>

超画期的なあまり、プロジェクトメンバーは膨れ上がり、開発は難航。にもかかわらず、ビジネスとしては成功しませんでした。

業界ではかなり話題になりました。次に、どんなものが出てくるのだろうか? と注目も浴びました。しかし、商品として売れなくては意味がありません。マイナーチェンジモデルが一回出た後、開発は終了となりました。

●新しい商品を生む難しさと楽しさを知る

結局、「ホームサーバー」を新しい事業として立ち上げることはできませんでしたが、これらの開発を通して商品をゼロから開発することの難しさと楽しさを経験しました。

それまでは決まった線路の上を走る仕事で、外へ出ることもほとんどありませんでしたが、たくさんの外部の方と接する機会や展示会などのイベントに参加する機会、新しい技術を学ぶ機会(この時に、音楽や映像の圧縮技術、デジタル放送の技術を学ばせていただきました)を得ることができました。

この時のメンバーとは、その後もプロジェクトで一緒になることが多く、新規事業、新規商品というとほぼ同じ顔ぶれが集まっていました。

このような経験をしたメンバーは大企業の中でもそう多くはなかったのです。

次週に続きます。

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