[3947] 今さらですが〈Apple Watch〉をつけてみて……

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《一日一首、百日を楽しみたい》

■おかだの光画部トーク[139]
 今さらですが〈Apple Watch〉をつけてみて……
 岡田陽一

■デジクリトーク
 「百人一首」が凄すぎた
 柴田忠男




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■おかだの光画部トーク[139]
今さらですが〈Apple Watch〉をつけてみて……

岡田陽一
< http://bn.dgcr.com/archives/20150714140200.html >
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Apple Watch、最初の予約開始時に出遅れて発売初日に手に入らないことが確定し、だったら急いで手にいれる必要もないと、買うタイミングを逃したまま、ずっと乗り遅れた感があったのだが……。

先日、なんとキャンペーンで当選して、Apple Watchをいただいたので、遅ればせながら使用感を書いてみる。

何のキャンペーンで当たったのかというと先月開催された「Adobe Live 2015」で、「ライブストリーミング参加の申込みと同時に、参加しますTweetをすると、抽選でApple Watchが当たる」というもの。
< http://www.event-web.net/adobelive2015/ >

これに申込んだまま、すっかり忘れてしまっていたので、突然Twitterのダイレクトメッセージには驚いた。

「Adobe Live 2015 #CC新発見」をご視聴いただき、またApple Watchプレゼントツイートキャンペーンにご応募いただき、誠にありがとうございました。厳正なる抽選の結果、Apple Watchにご当選されましたのでお知らせいたします」

このお知らせが届いたときは、iPhoneの画面を三度見くらいし、失礼ながら何かの詐欺か? と一瞬思ってしまった。高価なものを送っていただき、Adobeさんに感謝!

< https://goo.gl/photos/HxpDM5zkQppjKDA58 >
< https://goo.gl/photos/AxP6hyuaGtmYkezV6 >
< https://goo.gl/photos/n26WjvPQr2n3YgCaA >

届いたのは、Apple Watch 38mmステンレススチールケースとホワイトスポーツバンド(66,800円)のモデル。
< http://apple.co/1gxd1O1 >

さて、Apple Watchの使用感について……。

届く前は、しばらくの間、あれこれたくさん書くネタに困らないんじゃないかと思っていたが、なんというか、特筆すべきことがあまりない状態なのだ。

7月2日から腕にはめて10日ほどになるが、中二の時に初めてウォークマンの音を聴いたときや、2008年に初めてiPhone 3Gを手にしたときのような、今までこの世になかった物を手に入れた感覚がまったくしないのだ。

携帯電話を持ち始めて以来、20年近く腕時計をする習慣がなくなっていたので、久しぶりに時計をしているが、確かに時間が知りたい時に、腕をちらっと見るだけで何時かわかるのはかなり便利だ。

普段は、「今何時?」と周りに聞くか、携帯やiPhoneをポケットからごそごそと出して、何かボタンを押してやっと時間がわかる状態だったので、腕時計の便利さを「再発見」した。

ただ、時間を腕をちらっと見てわかるのはApple Watchでなくても100均で売っ
てる時計だってそうなわけで……。

Apple Watchならではの機能で、これはあってよかった! という驚きや喜びは、使用し始めて10日、まだこれと言ってみつかっていない。

腕時計のようなウェアブルデバイスというのは、そもそもそういうものなのかもしれない。あくまで、iPhoneを補助するデバイスで、今のところWatchだけで何か特別なことができるものではないので、きっと特別感があるものではないのかもしれない。

便利と言えば便利、でも特に必要ないというか、多くの場合、ありがた迷惑的な機能として、やたらと通知が届く。

iPhoneを手に持って画面を見ているときは、Apple Watch側には通知は来ない。iPhoneを見ていないときに、Gmailなどの通知が届く。

この通知が便利だと感じるシチュエーションは限られていて、一人でiPhoneもパソコンも触っていないときがそうなのだが、わたしにとって、そういうタイミングがめったにない。

そして、人と一緒にいるときは、Apple Watchに通知があったときなど、いちいち時計を見る行為は、相手に嫌な印象を与えるだろう。

打合せなど仕事のときは当然として、誰かと食事やお茶などリラックスしている場面でも、腕時計をちらちら見ていると「時間ないのかな? 忙しいのかな? 急いでいるのかな? 楽しくないのかな?」と相手に思わせてしまう。

これなら、Apple Watchで通知を確認するよりも、素直にiPhoneで確認しそのまま作業した方が、まだ印象はましな気がする。

ということで、人と一緒にいるときは、腕にブルっと通知を感じても見るに見れないので、とてももどかしくイラっとする。

iPhoneとの連携機能として、おもしろそうなものは、カメラのリモコン機能だ(いまだ使うシチュエーションはないが……)。

iPhoneで集合写真を撮る場合は、iPhoneをどこかに置いて、Apple Watchで写る画面の確認やシャッターを切ることができる。画面が小さいので見づらいが、どの範囲まで写るかくらいは確認できる。

後は、ずっとすわりっぱなしで仕事をしているので、一時間に一度、立ちましょうと通知してくれるのはありがたい。

今までは、あくまで iOSアプリのおまけ的な位置づけだったが、先日のWWDCで発表された watchOS 2で、AppleWatchのアプリは、もっと進化するはずなので、どんな機能があたりまえの生活を変えてくれるのか、今後が楽しみだ。
< https://www.apple.com/jp/watchos-2-preview/ >

せっかく当選したものだし、もうしばらくこのまま実験的に使ってみようと思う。きっと空気のようにあたりまえの存在となってはじめて、重要性がわかってくるものなんじゃないかと。ウェアブルデバイスってそんなものなのかもしれない。


【岡田陽一/株式会社ふわっと 代表取締役 ディレクター+フォトグラファー】
< mailto:okada@fuwhat.com > < Twitter:http://twitter.com/okada41 >

2015年、マンスリーで開催中の「CSS Nite in KOBE」。
次回、Vol.11は、7月25日(土)に開催。

松田直樹さん(まぼろし)による「これからのWebサイト設計〜CSSフレームワークでつくるマルチデバイス対応サイト LIVE版」と「SVG MANIAX in KOBE」の二本立て!

Web制作の方、特にデザイナーやフロント系の人は、ぜひチェックしてみてください。
< http://cssnite-kobe.jp/vol11/vol11list/vol11outline.html >


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■デジクリトーク
「百人一首」が凄すぎた

柴田忠男
< http://bn.dgcr.com/archives/20150714140100.html >
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ふくからに秋の草木のしをるればむべ山風をあらしといふらむ
文屋康秀 〈百人一首 二十二番〉

山にむかって見ていると、風が吹くとともに目に見えて秋の草木がしおれる。なるほど、山風とつづけて書けば嵐という字になるが、昔の人はつくづく巧く考えついたものだと感心してしまうねえ。

高橋睦郎「百人一首 恋する宮廷」(中公文庫、2003)にある現代語訳である。これを読まなくても、だいたいそのような解釈が普通にできるだろう。非常に分かりやすい歌だと思う。だが、この歌は誰が見てもひどい出来、駄作、愚作だといわれている。

草木を枯らすから「あらし」といい、山と風を合わせると「嵐」という文字遊びを歌にしただけのものである。十八公を合わせて「松」、秋と心を合わせて「愁」というように、離合誌と呼ばれる漢詩のひとつのかたちを和歌に取り入れたもので、文字遊びとしてはそれなりにおもしろいものであるが、時代を代表する名歌、秀歌と呼ぶにはほど遠い。

これは織田正吉「絢爛たる暗号 百人一首の謎をとく」(集英社、1978)にある一文である。織田正吉は、百人一首にはなぜ類似の歌が多いのか、なぜ駄作・愚作の歌を、一世の大歌人・定家ともあろう人が採録したのか、そんな素人の素朴な疑問と直感を大事にして百人一首の謎に挑戦し、ついに前人未踏の秘密を解明した。

これは見事な謎解きで(じつは今その内容を覚えていない)、わたしが三十代前半にこの本に出会って感動したものだった。さらに三十年以上が経過した今になって再挑戦しているが、なかなか難解というか、もはや読むのがめんどうくさくなっている。若い頃は頭もやわらかかったので、難なく読みこなしていたのだろう。

正岡子規はこの種の素朴な機知をくだらぬものとして認めなかった。「古今集はくだらぬ集」と「歌よみに与ふる書」に書く。子規の実感主義から見れば掛詞のたぐいもくだらない悪洒落ということになる。要するに、機知と認めるか、駄洒落と貶めるかの違いである。さすがに悪洒落というのは酷すぎると思うが。

高橋睦郎は「言葉の多義性はむしろ詩歌の富であると認めれば、掲歌は言葉の機知を文字の機知に転じた、なかなかの遊び心の所産といえるのではないか。そこから自国の言葉に他国の文字を当てたわが国の文化の相も見えてこようというものだ」と書く。

わたしには詩歌を評価する頭はないが、ゲームとしての「百人一首」における「むすめふさほせ」一枚札記憶法により、とりやすい札として便利で好きな歌である。その程度の認識だったが、この歌のじつに驚くべき解釈にぶちあたり、大いなる衝撃を受けている。

この歌だけではない。すべての歌が新しい解釈でよみがえる。そんな素晴らしい本に出会ったのだ。

●言ってはならないことをあっさり言ってのけた歌

現代語訳:秋風が吹き、草木がしおれる季節となりました。なるほど「山風」と書いて嵐という字になりますな。

この歌の表面的な意味は、筆者が現代語に訳したとおりだ。従来と同じ解釈だ。紀貫之は文屋康秀の歌を「言葉の使い方が巧みなだけで内容が伴わず、いわば商人が見た目だけ立派な衣装で身を飾ったようなものだ」と「古今集」の仮名序でぼろくそに評している。なぜ藤原定家は、この歌を「百人一首」に入れたのか。

「実はこの歌は、言ってはならないことを、あっさり言ってのけた歌」なのです」と筆者は言う。

秋といえば時期的に、今も昔も台風のシーズンである。台風は山からではなく海からやってくるものだ。「山から来る嵐」とはなにを指すのか。

京都の西には嵐山があり、北東には比叡山がある。山にはお寺がある。奈良・平安の昔、仏教寺院は政治に強い影響力を持っていた。僧兵は集団で強訴を繰り返していた。真夏は暑いからやってこないが、少し涼しくなると強訴を始める迷惑な存在だった。

といっても、仏教寺院は多くの人の信仰を集め、全国から多額の寄進が集まる金持ちの勢力でもあった。朝廷の貴族といえども、表だって仏教勢力を非難や攻撃はできない。やろうものなら手ひどい報復がある。そんな政治力や宗教的信条を盾にとり、都で大騒擾を起こす仏教勢力の過激分子、不逞仏教勢力ともいうべきなのが僧兵であった。

そんな連中について、「文屋康秀は『山から吹く風は嵐ですな』と実に軽妙にシャレてみせながら、返す刀で『あいつらは草木を枯らす』と、しらっと言ってのけているのです」……こんな解釈、生まれて初めて聞いた。

文屋康秀は才能あふれる自信家で、小野小町が惚れ込むほどの美男子だったらしい。しかし、出世には縁がなかった人でもあった。

「人の言えないこと、言いにくいことを、さらっと言ってのけ、本人は『本当のことを言ってなにが悪い』などと居直ったのかもしれません。しかしそれは、朝廷中枢からみれば、対立や災いを招きかねない実に危険なことなのです」

「この歌は、文屋康秀の才能が如何なく発揮された名歌ではあるけれど、同時に彼が、言ってはならない一線を、才気のあまり平気で踏み越えてしまう性格の持ち主であることを、はからずも露呈してしまった歌ということができます」

うううむ。ここまで読み込むとは、すさまじい衝撃だ。この歌だけではない。残る九十九の歌についても、驚くべき、感動的な解釈がしめされる。

そして、歌の配列こそが藤原定家が伝えたかったメッセージであるという。一番歌から順番に紐解くことが重要なのだ。じつはまだ完読していない。惜しみながら、一日一首、百日を楽しみたいものである。読むたびに、日本に生まれてよかったと必ず思う。

その本とはこれ。「ねずさんの日本の心で読み解く百人一首」。日本人必読です。ちょっと高い本だけど。

< http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4434205404/dgcrcom-22/ >
ねずさんの日本の心で読み解く百人一首


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編集後記(07/14)

●「これでは祝福できない」「代償伴う愚かで無責任な決定」「この建設計画は無責任だ」「無謀な国家プロジェクト」「未来へ引き渡せるか」「無謀な国家プロジェクト」「負の遺産は造れない」……在京の新聞すべてが社説で非難するのが「新国立競技場」である。朝日と産経が同じ方向を向くなんて大事件ではないか。読売の調査では国民の95%が新国立競技場の現行案での建設に反対している。とんでもないを通り越した、史上最低のJSC有識者会議であった。総工費2520億円にのぼる途方もない建設計画を「全会一致で了承」してしまった。問題の元凶であるデザインを強く推した安藤忠雄は、会議から逃げた。

「不信がぬぐえないままの見切り発車だ」「財源のメドすら立たないまま、建設へと突き進む。あまりに愚かで、無責任な判断である」「これほど無謀な国家プロジェクトがいっさいの見直しもなく進行する事態に、あぜんとするばかりだ」「今のままでは東京五輪の負の遺産となりかねない。新国立競技場の巨額費用と決め方の不透明さは納得できるものではない。まだやり直せるはずだ」「普通の感覚からはひどく懸け離れている。軌道修正を訴えた外部の声は無視された。千兆円を超す借金を抱えながら誰のため、何のための祭典か」……どの新聞の主張も正しい。こんなに意見が一致したテーマは初めてだ。

評論家の池田信彦は「新国立競技場にみる日本的意思決定の法則」をこう説明する。1)プロジェクト全体の責任者がいない=戦争計画のないまま日米戦争に突っ込んだ日本軍と同じだ 2)予算を含めた全体計画がない=補給を考えないで、石油の9割を輸入しているアメリカと戦争したようなものだ 3)結論が最初から決まっている=「最初に日米開戦ありき」で開いた御前会議のようなものだ。……敗戦は必至である。このままでは新国立競技場の建設はできたとしても、負の遺産が日本を衰退させる。オリンピックが日本を滅ぼす。JSC有識者会議の愚劣な結論を、今からひっくり返すことができるだろうか。

「責任は下村博文・文科相をはじめ、政治にある。計画には東京五輪・パラリンピックの大会組織委会長でもある森喜朗元首相が深く関わる。もはや、五輪招致でも先頭に立った安倍晋三首相の政治判断しか、方針転換の道はない」と朝日が書く。今回ばかりは、朝日の主張に全面的に賛同する。新国立競技場の計画は失敗だ。白紙に戻せ。この問題の元凶であるブラックな森喜朗元首相と無能な下村文科相、JSCの河野一郎理事長は追放しろ。まだ間に合う。安倍首相は、新国立競技場の現行案を白紙撤回すべきだ。やれば支持率の急上昇間違いない! 明日の国会を控えて、今夕がベストタイミングである。 (柴田)

< http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150714/k10010149881000.html >
NHK 世論調査 新国立競技場「納得できない」81%

< http://buzzap.jp/news/20150713-olympic-stadium-kusokora/ >
「#新国立競技場クソコラグランプリ」が開催され、怒りや皮肉に溢れた金メダル級の作品が続々投下される」(Buzzap!)


●マラソン続き。歩きが増えていたので、慌てて走り始めた。もう続けて走れないと思っていたのに、時間が迫っていると走れるものだねぇ。みんな必死に走っている。

どこよ関門、いつ閉鎖なのよとブツクサ言っていたように思う。年配のボランティアの男性が「あと6分で閉鎖しますよ」と叫んだ。だからその6分でどこまで走ればいいの? どこよ関門?

そしてその男性は近くにいた人に「そろそろやばい。お尻叩きに行ってくれ。」みたいなことを言った。正確な言葉は覚えていない。間に合いそうな人たちを急かすようだ。こうやって完走率を上げてくれるんだなぁ。ありがたいが、走っていた時は「どこよ?」しか頭になかったわ。

にしてもだ。あと1kmもない場所でリタイヤ宣告するの? 初マラソンの人で、ここでリタイヤさせられたらマラソン嫌いになるかもしれないよね。他の大会も1km前あたりで関門があったわ。続く。 (hammer.mule)

< http://www.osaka-marathon.com/2015/runner/entry/admission/ >
大阪マラソンは関門10箇所。最後は41.6km

< http://kobe-marathon.net/2015/runner/entry_outline.php >
神戸マラソンは9箇所。38.6km

< http://marathon.tokyo/entry/guideline/ >
東京マラソンは9箇所。41.5km

< http://www.himeji-marathon.jp/2016/%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%8A%E3%83%BC%E3%81%AE%E6%96%B9%E3%81%B8/ >
姫路城マラソンは9箇所。39.6km

< http://www.nara-marathon.jp/img2015/entry/entry04.pdf >
奈良マラソンは9箇所。39.6km

< http://www.kyoto-marathon.com/runner/index.php >
京都マラソンは8箇所。41.0km

< http://womens.marathon-festival.com/outline/general/ >
来年のページが出来ていた。名古屋ウィメンズは9箇所。41.7km