ショート・ストーリーのKUNI[178]がんばれ青山
── ヤマシタクニコ ──

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青山くんはもともとおっちょこちょいで落ち着きがなく、しかもたいへん要領の悪い人であったのですが、とうとう交通事故に遭ってしまいました。どうも助からないようです。病院のベッドの上で、本人もおぼろげな意識の中で悟りました。

──ああ、ぼくもとうとう死ぬんやな。まだ40歳やのに……惜しい人を亡くしたもんや……まだ死んでないけど。

すると、目の前に一人の老人が現れました。おだやかな雰囲気といい長いふさふさした白ひげといい、これはどうみても

──あ、神さま?

──その通り、わしは神さまや。

──やっぱり。そうか。ぼくもいよいよ天国に行くんですね。まあ仕方ないか。

──そのことやけどな。

──はい?

──実は担当者にチエックさせたところ、君のこれまでの経歴では天国に入るためのポイントがちょっと足らんのや。

──ぼ  い  ん  と ?




──君のこれまでの行動をポイントに換算するとトータルでマイナスが32566ポイント、プラスが32459ポイント。プラスがマイナスを上回らないと、天国には入れん。つまり108ポイント足らん。言い換えると、あと、ほんの108ポイントあったら天国に行けるんやけど、うーん……これ、惜しいというか、もったいない話と思わんか。

──もったいないも何も……なんなんですか、その、天国行きにポイントって……だいたい、いまこのタイミングで言われてもちょっと困るじゃないですか。ぼく、死にかけてるんですよ。

──そこやけどな。救済措置があるんや。いまから街に出て行って、何かいいことをしてきたらそれをポイントに加える。内容によっては一気に10ポイント、20ポイントが加算されるかもしれん。お得な話と思わんか〜。

──えー、急にそんなこと言われても……もし、このままやったらどうなるんですか。

──地獄に落ちるに決まってるがな。

──それって、かなりやばいんですか。

──あたりまえやがな。地獄ゆうたら、そらもう、おそろしいというか、えげつないというか、どろどろのねちょねちょのばけものが耳が腐りそうな吠え声をあげながらうようよしとる。えづくようなにおいが充満してて、息がつまりそうに暑苦しい。逃げ場はない。もう、まるで地獄……いや、ほんまに地獄やからな。とにかくものすごいとこや。行ったことないけど。

──エアコンはないんですか。

──あるかいっ。

──それはキツイ。ぼく、ものすごい暑がりで……うわ、想像しただけで……わかりました。地獄はいやです。エアコン完備の天国に行きたいです。しやけど、今のこの状態でどないせえと……。

──心配せんでええ。君の本体はこのベッドにおいたまま、中身だけ街に出て行けるようにする。街の中では、怪しまれんように、君とは似ても似つかん別の体を借りる。

──へー、そんなことができるんですか。

──ふふ、心が動いたようやな。とりあえず、この書類を持って、ここに行ってみ。悪いことは言わん、悪いことは言わんぞ……。

そういうわけで、青山くんは親兄弟や友人が詰めている病院のベッドから離脱、神さまにもらった書類を手に、そこに書いてある事務所に行きました。


「あなたにも最後のチャンス! ポイント獲得で天国へ! なんやねん、ほんまにもう。ようわからんなあ。あ、ここか。ポイント認定所……ふつうのお役所みたいな感じやな。ん? ここで番号札を取るんか……ますますお役所やな」

入口の機械からしゅるしゅると出てきた番号札を持って、椅子に座って待ってますと、まもなくアナウンスが。

「378番の番号札をお持ちのお客様、3番の窓口までお越しください」

3番の窓口に行きますと、定年間近の役人といった感じの男が座っております。

「あー、青山一郎さんね。えー……108ポイント不足ね。大丈夫ですよ、よくあることですからね。では、これから街に出て、ポイントになりそうなことをしていただいて、それからまた来てください。こちらでプラスポイントに認定されれば、証明書を発行いたします」

「はあ、わかりました……うーん、いまいちよくわからんけど、とりあえず何かやってみよか。いいことをしたらいいんやな」

そこで青山くんは自分なりに「いいこと」と思われることをいろいろやってみました。いざとなるとなかなかそんな機会はないのですが、それでもなんとか実行して日付と場所を用紙に記入し、三日後に認定所におもむきました。

「あー、青山一郎さんね。えー、○月×日、南海本線車内でお年寄りに座席を譲った」

「はい!」

「こちらの調査によるとあなたはもともと年寄りでもないのに優先座席に座っていて、本物のお年寄りが来たのであわてて席を譲ったそうですね」

「え、なんでわかった……いや、そのあの」

「調査員は全世界にいるのです。人を見たら調査員と思えと」

「えーっ!」

「そして△月□日は新今宮で道に迷っている人を案内したとありますが」

「ええ、ええ」

「天王寺に行きたい人を外回りのホームに案内したため、ほとんど一周してしまって、その人は待ち合わせに遅れてしまったようですね」

「……」

「同じ日、電車の中で痴漢に遭っている女性を発見して男をぶんなぐったとありますが、われわれの調査ではその男は女性の彼氏でした。単にいちゃいちゃしていただけだったのです」

「そ、そうだったんですか」

「相手が喜ばないとポイントになりません。下手するとマイナスになるところですが、まあ今回は大目にみるということで、一件1ポイント、合計3ポイントですね」

「えーっ、たった3ポイント…」

「惜しかったですね。昨日ならポイント5倍デーだったんですが」

「え、5倍デー?! なんですか、それ」

「知らなかったんですか」

「ふつう、知らないでしょ!」

「いや、どこの店でもそういうのやってるじゃないですか」

「ここでもやってるとは思いませんよっ」

「変な人だな。ポイントがあれば当然、5倍デーとか10倍デーがありますよ」

「じゅ、10倍デーもあるんですか! で、それはいつなんですか」

「それは秘密です」

「ひどっ! そこをなんとか……」

「こればっかりは秘密というか、神様の気まぐれですんで……。運のいい人はぴたっと5倍デー、10倍デーに照準をあわせて効率的にポイントをかせぐんですがねえ。反対に絶妙にはずす人もありまして……これはもう……運も才能のうちとかいいますし……」

青山くんはその後も街をうろうろしては、何かいいことをしようとがんばりました。だが、落とし物を拾ってやって渡すと「え、捨てたのにー」と言われ、雨の中を傘も持たずに歩いている女性を発見して傘を差し掛けては「きもっ」と言われ、迷子らしき幼児を見つけたので「ぼく、おうちは?」「おっちゃんが連れてったろか」と話しかけていると誘拐犯と思われ通報されてしまうという始末。ポイントはさっぱり増えません。もちろん、5倍デー、10倍デーは余裕ではずしまくっております。


──神様、これってひどくないですか。

──え、何が。

──何がって。天国に行くのにポイント制っていうのはまだしも、それに5倍デーとか10倍デーとか、しかもそれがいつなのかわからんって。近所のドラッグストアでは金曜が5倍デーとか、ちゃんと決まってますよ。

──事前にわかったらおもしろないやないか。それにその日は混雑するやろ。担当者も大変や。

──そんな勝手な。こっちの立場も考えてくださいよ。

──まあそんなあせらんでもええがな。これには期限はないんや。ぼちぼちがんばったらええがな。

──ぼちぼちって……これじゃ永遠にポイントがたまりません。もう疲れました……。

──青山くん。

──はい。

──……いつまで経ってもポイントがたまらんような困ったやつは、わしらの手に負えんから、もう一回リアルな世界でやりなおしてもらうことになるかもしれんなあ。

神様はウインクした、ようにみえました。


「青山、中学校で同級生やった田中や! 聞こえるか! 目え覚ませよ!」

「一郎、お姉ちゃんやで! がんばりや!」

「青山、会社のみんなのメッセージ持ってきたで! がんばれ! がんばるんやぞ!」

24時間もつかどうかと思われていた青山くんはこうして、一週間、二週間、一か月と、医者も首をひねる体力で持ちこたえ、とうとう50日目に突然意識を取り戻したということです。


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これを書いている7月15日、衆院特別委員会で採決が行われた。委員長「起立を求めます!」。このときまでにだれか椅子に接着剤つけといたら、おもしろかったのになあ。そんなことをぼんやり思う私は、現在またしても腰痛でダウン中。