ところのほんとのところ[125]オンリーワンの表現
── 所幸則 Tokoro Yukinori ──

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写真を本気で志す人の多くはいつかは写真集を出したいと思っている、[ところ]はそう考える。とりあえずいつかは一冊は出したいなーとか、そういうレベルでいうと、ほとんどの人が目標の一つにしていると思う。

しかし、どんどん印刷技術は上がり、とんでもないところにまで行っているにもかかわらず、いま紙の本はどんどん売れなくなってきている。その中でも、写真集は目立って売れていないようである。

すばらしい用紙に製版技術の粋を尽くした写真集、この十年ぐらいでもう限界ではないかというレベルにまで来て、昔の写真集よりずっとプリントに近づいているようにみえるものもある。

[ところ]のアインシュタインロマンも、そんな一冊を目指した。とにかく最高のものを反射原稿で、それも手作りし、一冊とか数十冊レベルではない、ちゃんと世界に流通する数で実現したかったのである。

どうも昨今のブックフェアブームにのって、希少価値だから凄いとか、写真作品が凄いのではなく変わった本、数冊しかないから凄いというのには、おおいに違和感がある。



それはただの趣味のレベルにしか感じられない。まあそういうコレクターを開拓して、売れて嬉しいとかいう程度の話だろう。挙句に一冊の手作り本だけを集めた図書館ができたりする。じっさい立体手作りアート作品で、一冊限定で素晴らしいものも見たことはあるけれど、それは当然非売品だったりする。

そんな話を書いていたら、お笑いの若林正恭が、バブル世代のノリが大嫌いであると発言したという記事をネットで読んだ。[ところ]はバブル時代に20代であった。

しかし、写真家として認められたのはバブル絶頂期から終焉を迎える頃だったので、有名になってギャラが評価と釣り合うようになったのは、バブル崩壊後四〜五年だった。バブルは蚊帳の外で眺めていたような記憶しかない。

この記事で若林くんが、バブル世代の押しつけがましい態度が面倒くさいのだと指摘する。「『一流のものを持て』とか『一流のものを食べろ』とか『一流の場所に行け』とか普通に言ってくんだろ?」「バカなんじゃねーの? バカじゃん! 意味分かんなくない?」という。

クリエイター的に、とは意味が違うんだろうなとは思う。[ところ]も本物を見た方がいいとは思っている。本物の作り手が作った料理は芸術だと思うとか、一流の場所とは意味がよくわからないけれど、ディズニーシーに何度も泊まりに行くなら、一回でいいからヴェネチアに行ってきた方がいいとか、人によくすすめる。京都の大市のスッポンだけは一度は食べた方がいいとか。

彼が否定しているものとは、すこし違う気がしてきたかな? 要はオンリーワンのものは食べてみたり、行ってみたりした方がいいよ、死ぬまでに一度ぐらいは、という意味だけど。

自分達の作品についてもそうでしょう。[ところ]は所幸則だけのオンリーワンの表現をしたいと思ってるし、そうしてるつもりだ。それは彼が言ってる「欲望とか野心とかって衝動だから、湧き上がってくるもんであって、持とうと思って持つもんじゃないじゃん」「勧めてくんなよって思う。お前がそうやって生きてろよ」と同じなんじゃないのかな?

彼が春日くんと作り上げたオードリーというコンビは、オンリーワンだったと思うし、衝動があったから貧乏に耐えながら必死に登りつめていったんだろうから。多少表現は違っても同じじゃないかな? 

たぶん彼が嫌ってるのは、いわゆるテレビ・マスコミ業界のバブル世代で、大したことをしなくてもお金があって、偉そうなこと言ってる人のことなんだろうなと想像している。

話はもどるが、いつの世もメディアは移り変わって行く。特に写真芸術は、技術の先端を行くメカニックを使ってる訳なんだから、当然発表するメディアも印刷だけじゃなく、液晶の8kディスプレイなんかも頭にはちゃんと入れておかないといけないし、Kindleのような電子ペーパーのことなんかも考えなきゃいけない。

ただ、いつの世もなにかが円熟期を迎え最高のものができる頃、次のなにかが始まり、それはまだ開発と発展の余地が残っているということ。

フィルムからプリントをしていた技術が円熟期を迎えた時、センサーとインクジェットプリンターはまだ発展途上にあったけれども、今や凌駕しつつある。

いろんな要素が[ところ]の頭の中で絡み合って、まず写真集印刷として最高峰の印刷屋さんで、そこの最高のプリンティングディレクターに特色でもなんでも使ってもらって、印刷にうるさい写真集専門の出版社の社長と[ところ]の立会いで刷り出ししてもらった。

なおかつ横位置B4変形で手製本にこだわったし、デザインもADCの審査員やってるベテランの原耕一さんに頼んだ。自分自身でうっとりするような出来だ。

今時の本屋さんにはほとんどいい写真集がないし、置く場所もない。A4変形までが置いてくれる本のサイズと言っていい。特別な本は置いてくれるだろうが、本屋が考える特別な本に[ところ]の写真集はまず入らないだろう。

その存在を知ってもらえれば、本屋になくてもアマゾンでなら買える。これから、いろんなエリアで個展をしようと考えている。それは写真集のための個展といってもいい。

まずは渋谷、広島、神戸でやろうと思う。本当に写真芸術に興味がある人なら、関東、関西、中国地方でひとまずやれば、ある程度は存在を知ってくれると思う。あとは何回か続けることだと思うけど。

そして、大学の学生たちに聞いて見た。いつかは写真集を出してみたいか、と。九割の子が出したいと言ったのは少し嬉しかったかな。一割程度の子は特に出したくないようだったけど、その子たちは写真史の研究者志望だったり、なにかしらの研究者になりたい人だった。

・所幸則写真集『アインシュタインロマン』蒼穹舍、2015年8月16日発行
http://blog.livedoor.jp/sokyusha/archives/2015-08.html



【ところ・ゆきのり】写真家
CHIAROSCUARO所幸則  http://tokoroyukinori.seesaa.net/

所幸則公式サイト   http://tokoroyukinori.com/