メグマガ[01]先生、めぐみちゃんが原稿用紙の中でしかしゃべりません/こいぬまめぐみ

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正直、これをネタにできる日が来るとは思っていなかった。これをメルマガの連載で書ける日が来るとは、あの頃の私は微塵も思っていなかったはずである。

口数の少ない幼少期を過ごした。いや、正確には、家の中で家族に対しては饒舌だが、一歩家の外へ出ると口を噤んで母の後ろに身を隠すような女の子であった。

しかし小学校への入学は、母の背中という絶対的な盾の崩壊を意味した。同じ地区の様々な幼稚園、保育園から知らない子達が集まり、たくさんの知らない人の声が飛び交う環境へ向かうランドセルの中には、教科書と共にいつも緊張感が詰まっていた。




自分の感情や欲望をストレートに表現する子が多い小学校低学年の中で、何かを尋ねられたときには首を上下左右に振って最低限の意志表示をし、授業中に先生に指名されたときには、顔を赤らめながら小さな声で答える子は異彩を放った。

下校前に行われる「かえりの会」では、明日の連絡事項や宿題の確認の後に、その日一日の中で起こったいい出来事、悪い出来事をクラス内で発表するという時間が設けられていた。

「今日よかったことはありますか」

すっと手が挙がり、誰かがこう答える。

「めぐみちゃんにいっしょに帰ろうって言ったら、いいよって言ってくれたことです」

その瞬間、クラス中から注がれる視線の中でこう思う。

(どうしてみんなの前でそういうこと言うの)

目立ちたくない一心でおとなしくしていたがそれは逆効果で、おとなしくしていればしているほど目立つことに、彼女は気づいていなかった。

何か言葉を発した瞬間には、たくさんの視線が一斉に集まり、

「こいぬまさんがしゃべった」

「めぐみちゃんがしゃべった」

当時の私にとってみんなの前で発言することは、カメラの無数のフラッシュに包まれた記者会見でマイクを向けられるような気分にさせるものだった。

「どうしてしゃべらないの?」

「“あ”って言ってみて」

そんな私を喋らせようと、何人もの記者たちが私の元へと訪れる。どうして喋らないか、実はそれは至って単純な理由であった。

なぜなら、喋るタイミングを逃したから。

小学校入学以来、慣れない環境に馴染もうと周りの様子を観察することに必死で、そこへ自分の主張を加えて意見の食い違いが生まれ、仲間外れにされることを極度に恐れた。

そうこうしているうちに寡黙な女の子というイメージが定着してしまい、その徹底ぶりにみんなが注目するようになると、話し始めるタイミングを完全に失った。

今までずっと黙っていたのに、急に今日から話し始めたら変なのって思われる、本気でそう思っていた。

言葉を発することを今か今かと心待ちにされる注目度の高さに嫌気がさした私は、次第に脳内の自分と会話をするようになる。

走っていて転んだときには、

(痛い。膝がジンジンする。でも、ここで泣いたら目立っちゃうかな。いや、でもこの前先生にもっと自分の気持ちを表に出していいのよって言われたから、泣かない方が逆に心配されるな、よし、ちょっと泣いておこう)

給食当番の配膳ミスで、私のお皿に芋の煮物が配られなかったときには、

(こういうときは先生に何て言ったらいいんだろう。煮物がないです、は小学二年生っぽくないかな、みんなが言うように、お芋がない〜が正解かな)

この独自の思考回路がかなり発達してしまい、それを公用語へ訳すのに時間がかかったことも、無言を貫く理由を補強した。

しかし、そんな私が唯一言葉を発することができる場所があった。独自の思考回路や周囲への観察力は、原稿用紙の中でこそ生きたのである。

ここでは瞬時に言葉を出さなくてもいいんだ、みんなが言わないようなことを書いてもいいんだ。文章の中だけは、誰も追いかけてこなかった。

それをみんなの前で褒められたり、朗読をするように言われたときには相変わらず赤面して困ったが、ひらがなや漢字、新しい言葉を覚えるたびに、作文や日記の中での自由度は上がっていった。

それから十数年、私は人前で話したり自分から人に話しかけることができるようになったが、正直これをネタにできる日が来るとは思っていなかった。これをメルマガの連載で書ける日が来るとは、あの頃の私は微塵も思っていなかっただろう。

文章を書くことによって、自分の気持ちや考えを表現する手段は手に入れたが、それでも自分の中で、この幼少期の記憶を誰かに話すことはタブーなことであった。

それをこうして自らネタにして言語化できるようになったということは、それだけ当時の自分と向き合うことができるようになり、そこに自己開示性が伴った結果であろう。

特殊な少女時代を経て手にした「文章を書く」というツールは、あの頃も今も、私と外の世界をつなげている。

「先生、めぐみちゃんが日刊デジタルクリエイターズの中でもしゃべります」

こいぬまめぐみによるメールマガジン「メグマガ」、始動。


【こいぬまめぐみ】
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武蔵大学社会学部メディア社会学科在学中。宣伝会議コピーライター養成講座108期。現在、はてなブログ「インターフォンショッキング」にて、「おもしろい人に自分よりおもしろいと思う友だちを紹介してもらったら、13人目には誰に会えるのか」を検証中。