ところのほんとのところ[126]写真集「アインシュタインロマン」の深いレビュー
── 所 幸則 Tokoro Yukinori ──

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発売中の「capa」11月号で「アインシュタインロマン」の特集が組まれています。とてもいい内容ですのでぜひみてください。

来月の号で「月刊カメラマン」でこれも「アインシュタインロマン」です。編集長のセレクトの違いが面白いと思います。同一のテーマで雑誌による打ち出し方の比較は、普段はあまり見られないんじゃないでしょうか。

そして、やはり日本の印刷の最高技術を駆使して作った写真集には、雑誌では敵わないこともはっきりしました。

写真集と合わせて見ると面白さ三倍です。

今回はレビューでもっとも深いなと思ったものをひとつ紹介したいと思います。




Amazonのレビュー 抽象画家・住田佳瑞子さん
「クール・ジャパンの真打ち、光速で登場。」
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/490412054X/dgcrcom-22/


すべての芸術作品には多面的多層的に楽しめるという特徴があるが、この写真集しかりで、予約販売で入手したというのに、ずいぶんと感想をまとめるのに時間がかかってしまった。「1ページの密度が高すぎて、とても一晩で最後までめくることができなかった」そんな感想が、あるイベントでほかの方から出ていたが、まったくその通りである。

まずはこのシルバー、いや、プラチナの重厚な大判の装幀に驚かされる。氏の東京での個展やフェイスブック上に時折アップされる近作を知っていても、こうして見せられると印象は全く違ってくると言っていいだろう。

紙、額、プリントの質はもちろんのこと、4Kの大型モニターさえ駆使してベストなプレゼンテーションにこだわる氏が自らクラウドファンディングまで企画して出したのだから、ただの図録ではないのだ。写真集自体の洗練された美しさがコレクターズスピリットをまず刺激する。

中身の写真に関して言えば、抽象画家であるわたしは、氏がミニマリズムに落ちることなく成熟した写真家として抽象へのアプローチを成功させていることに感銘をうけた。削ぎ落とすことによって伝わりやすくなる場合もあるだろうが、内容がやせ細ってしまっては意味がない。その点、どの作品もシンプルでありながら、強さと見応えがある。

また、各カメラ専門誌がこぞって特集を組んでいることからもわかるように、大きく注目されているのは、その撮影の手法らしい。

新幹線はおそらく世界一安定した高速の乗り物だが、ここ日本では次々とホームに現れる日常の交通機関だ。特別なものをチャーターして、というのではなく、あくまでその一乗客としてこんなクールな作品が撮れるという事実が日本中の、いや世界のカメラファンをくすぐるのは想像に難くない。

しかし、その「クール」の源は、時さえも凍らせてしまうこの写真家の世界観、宇宙観なのだから、たとえ高価なカメラを手に東海道を何往復したとて、他人がやすやすと真似できるものではないと思う。

長く、写真は過ぎていく事象の記録の道具として使われてきた。いうなれば、シャッターを切る行為そのものが「一過性への抵抗」なのかともわたしは時に思う。だが、あえて逆行せず、光の速さで走ってみたとき、そこで見えてくるものがなんなのか....この作品群はそんな命題までも提示しているような印象をわたしは受けた。

前作の渋谷と違って、この写真集に写っているのはほとんどが匿名性の高いビルである。ただ、誰にもそれとわかるのは、「富士山」? それはそうなのだ。地上にある、途方もないものといえば、ピラミッド、と答える文化の人もあるだろうが、私たち日本人にとってはやはり富士山なのだ。はかりがたい、古い、大きな、美しい、おそろしい(火山だもの)存在。Second to God と言ってしまっては怒られるかもしれないが....日本で空に一番近いには違いない。

洗練された写真集、と先ほど書いたが、それにしてもいまどき「洗練」なんて言葉の意味が通じるものだろうか? とふと思った。近頃は、芸術、美術、と言われていたものが、いつのまにか「アート」に置きかわって、なんだか「グッズ」だの「スポット」だの、安っぽいことばがつくのが当たり前になってしまった。長いデフレで人の価値観が狂ったのか。

そういえば、この写真集の値段はかなり狂っている。デフレなみの狂気だ。どう見ても一万円以上する「はず」の品物であるのに....この頃の「アート」と同列には語れない、これはそんなプライスレスなデンシティをもった一冊だと思う。


さすがにNYにずっと抽象画家で頑張っていた人の言葉だと思う。次回は、スナップという、写真文化を脅かす無知とヒステリックな者たちがいかにナンセンスなのかについて書こうと思う。


【ところ・ゆきのり】写真家
CHIAROSCUARO所幸則  http://tokoroyukinori.seesaa.net/

所幸則公式サイト   http://tokoroyukinori.com/