[4009] 大手国産3Dプリンターの発表と素材の多様化

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《見せてもらおうか、日本大手メーカーの3Dプリンターの実力を》

■ショート・ストーリーのKUNI[183]
 Are You Happy?
 ヤマシタクニコ

■3Dプリンター奮闘記[69]
 大手国産3Dプリンターの発表と素材の多様化
 織田隆治




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■ショート・ストーリーのKUNI[183]
Are You Happy?

ヤマシタクニコ
http://bn.dgcr.com/archives/20151105140200.html
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奇妙なことが起こる。

ある日、彼は街を歩いていて眼科医の看板に気づく。その看板が前からあったのかどうかわからない。だが、看板を見たとたん、その日の朝、目覚めた時にしばらく目がごろごろしていやな感じだったことを思い出した。それでなんとなく医院のドアを押し、診察を受ける。

医者は彼の両目のまぶたをひっくりかえしたり戻したり、しばらく診ていたが、唐突に言う。

「人工レンズがあるのですがね。試してみませんか」

「はあ?」

「ある大学の医学部が開発したものです。いまはまだ世間で公表されていませんが、とてもよく見えるようになります。信じられないくらいにね」

「実験、ということですか?」

医者はあいまいな表情だが、彼はあっさり承諾する。彼はもう長い間、仕事にもつかず、特にやりたいこともなく、毎日を無為にすごしていた。たまには変わったことがあってもいいだろう。そう思った。

彼の両目にはその日のうちに新開発の人工レンズがはめこまれる。

「カメラのレンズみたいなものです。目の端に指先で軽く力を加えてやることで焦点距離やピントが操作できます」

医者はそう言った。家に帰るなり、彼はバルコニーに立つ。彼の住居はマンションの16階で、バルコニーからは街がそっくり見渡せた。

医者に言われたように目の端を指先で軽くとん、とんとたたく。すると、まるでズームレンズのように、彼の目がどんどん遠くのものをとらえていくのがわかった。

すぐ手前の住宅地からその向こうの公園の木々、またその向こうの住宅地の家並み、さらに向こうの駅前の光景がぐいぐいと近寄せられる。

まばたきひとつでピント位置は移動し、はるか先の道路を歩く人々の顔がまるですぐそこにいる人のようにいきなりくっきりと飛び込んでくる。ひげを生やした男が笑う。赤ん坊が泣いている。おそらく数百メートルは離れているだろうに。

彼はほとんどめまいを覚え、あわてて目の端を指でタップすると、たちまちそれらの人びとの姿はぼやけ、縮み、遠ざかっていった。気がつくと彼はとんでもないことをしたかのように心臓をどきどきさせていた。

「このことは口外しないでください」

医者の言葉を思い出して不安になる。だが、なんと魅力的なレンズだろう。

思いもしなかった日々が続く。彼は、見知らぬ街区のあちこちを、自宅のバルコニーにいながらにして散策しているようなものだった。

人々は遠くのバルコニーから見られているとは知らず、歩いたりおしゃべりしたり、立ち止まって何か思案にふけったりしていた。声は聞こえないものの、笑ったりうなずいたり、眉間にしわを寄せて必死で抗弁しているらしい人も見えた。

もちろん、何かに遮られているところは見えない。人工レンズを入れても透視できるわけでも鳥になれるわけでもない。だが十分だ。

ほんの少し視線をずらしただけで、簡単に別の街区に移動することができる。慣れないうちはその都度視界がぐらぐらして気分が悪くなったが、毎日見ているうちにレンズ操作にも慣れて、そんなことはなくなった。

遠くばかり見ているせいか、時々自分のまわりのものがぼやけて見えるときがあるが、別にかまわないと思った。特に見るべきものもない。食べて、寝るだけなのだ。

そのようにして見ていたあるとき、およそ400メートル先─たぶん─の地点にいる一人の女と視線が合った。髪の長い、まだ若い女だ。彼を見て笑いかけた。

──まさか!

すぐに勘違いであることに気付く。手前のほうから、女のもとに走り寄る友人らしき人物が現れたからだ。女はその友人のほうを見ていただけなのだ。なんだ、と思う。

だが、それ以来、その女が気になって仕方ない。女の髪の色や着ていたTシャツの「Are You Happy?」と書かれた文字を、何度も思い浮かべる。

漫然と見ていただけの日々が変わる。彼は絶えずその女を視界に探し求めてしまう。見つけると何かの陰に入って見えなくなるまで追い求める。

それで、女が川のそばのアパートに住んでいること、週のうち四日間は雑貨店に行くこと、そこでパート勤めをしているらしいことなどを知る。買い物は街の中心にある大きなスーパーより駅前の小さいほうのスーパーが多い。時折、公園のベンチでぼんやりしていることもある。先週から歯医者に通い始めた…。

がまんできなくて、彼は女の住む街区に出かけていく。マンションを出て、道路を渡り、曲がり、進み、果物店の角を曲がり、川沿いに歩き、信号を渡り、古い雑居ビルの横を通り、行かないほうがいいのじゃないか、見ているだけでいいじゃないかと自分に問いかけつつ、脚がひとりでに動き、彼はそれを止められず、ずんずんずんずんと女のいるところに近づく。

ふと、アイスクリームの店を見つける。女が時々買う店だ。彼は女がいつも買うラムレーズン味のアイスクリームを買い、それを手に提げて歩く。

予測した通り、女の後ろ姿を見つける。今日は勤め帰りにスーパーに寄ってきたのだ。彼はどきどきしながら足を速め、近づいていく。かなりそばまで来たと思うと前を横切る人がいてまた離れたりしながら、それでも少しずつ近づく。

10メートルほど前を歩いていた女が不意に立ち止まる。友達と出会ったようだ。ひとしきり歓声をあげていたが、やがておしゃべりを続けながら並んで歩き出す。その声の印象は予想していたものとかなり違って、彼は少々面食らう。

女は楽しそうだ。でも、歩みが遅くなった分、彼はどんどん近づいてしまう。女のすぐ後ろに来た。すると、女がくるりと振り向いた。

「何なのよ、いったい」

女の連れも不審そうな目をこちらに向けている。

「これを…」

彼はおずおずとアイスクリームを差し出す。

「あなたの、好きなラムレーズンです」

女が一瞬ぎくりとした後、勢いよく彼の手をはねのけ、ラムレーズン味のアイスクリームは道路に叩きつけられる。女の連れが女と彼を交互に見ながら言う。

「何こいつ。ストーカー?」

「知らない。さっきからつけてたの。気持ち悪いと思ってた」

その日も女はあのTシャツを着ていた。Are You Happy? アーユー、ハッピー?
まわりに人がいっぱい集まってきた。

「ちょっとあんた。何かしたら警察呼ぶからね!」

「あっち行ってよ、ヘンタイ!」

誰かに後ろから蹴られ、倒れ込みながら彼は思い出した。前にもこんなふうな扱いをされたような気がする。どこでだったか。ああ、そうだ。それで彼は勤めをやめたのだった。気持ち悪いひと。何考えてるの? 近寄らないで! そうだ。どうして忘れていられたのだろう…。

彼はうずくまったまま遠くを見た。数百メートル先、自分の住むマンションが見える。16階のバルコニーに人の姿が見えた。まるで彼の姿を見て哀れんでいるようにみえたがそんなことはないはずだ。それは彼の妻だった。

夜になって、彼はマンションに戻った。遅くなったのは眼科医院に寄って人工レンズをはずしてもらおうとしたからだ。

「元の退屈な目に戻すんですか。もちろんかまいませんが、近くのものが見やすいレンズに変えることもできますよ。近くのものが本当に、びっくりするくらいよく見えるレンズです」

考えるのがめんどくさくなって、とりあえずそのまま帰ってきた。家では妻が待っていた。妻がいることを長い間忘れていたと思った。

テーブルにつくと妻が、「今日はバルコニーに行かないの?」と言う。

「毎日、何を見ていたの?」

彼はどう答えていいのかわからなかった。


【ヤマシタクニコ】koo@midtan.net
http://midtan.net/
http://koo-yamashita.main.jp/wp/

思い出したが、私の友人で一時マンションの16階に住んでいた人がいた。16階から地上の移動販売車に向かって「お豆腐やさーん、ちょっと待ってー」と呼び止めてから降りていったりしたものだそうだが、声がよく通る人だったからできたのだろうか。私では無理な気がする。


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■3Dプリンター奮闘記[69]
大手国産3Dプリンターの発表と素材の多様化

織田隆治
http://bn.dgcr.com/archives/20151105140100.html
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前回の終わりに、そろそろ日本も本気出しても良いんじゃないでしょうか?(笑)って書いたんですが、そのせいではないんでしょうが、国内メーカーから色々とアナウンスが出て来ました。

リコー初の3Dプリンターは8100万円!SLS方式を採用
http://weekly.ascii.jp/elem/000/000/374/374515/

キヤノン独自の出力方式を採用した3Dプリンタ、3年以内に製品化を目指す
http://monoist.atmarkit.co.jp/mn/articles/1511/04/news121.html

な〜んて記事が出て来ました。

リコーさんのモデルは、粉末状の材料に積層断面をレーザーで焼き方固める、粉末焼結積層造形(SLS)方式のもの。この方式のプリンターは、ナイロン樹脂、セラミック、エストラマー、ポリプロピレン、金属などが使用できるものがあります。

ナイロン等の粉末樹脂等で行うことも可能で、3Dプリンターの中では、もっとも工業製品の量産に向いているプリンターと言われています。

一方、キヤノンさんのプリンターが面白そうですね。発表された内容を見てみると、現在ある方式のプリンターと似たもののような気もします。objet24とかのラインナップの、インクジェット技術を使った光硬化式プリンターですね。

これは、インクジェットプリンターのように、光で硬化する樹脂をインクの変わりにノズルから噴射。その後、紫外線を照射して固体化させて積層して行くタイプのプリンターで、特徴とすれば、メイン材とサポート材を同時にプリント出来て、高精細なオブジェクトを高速にプリントできる機種となります。

この原理を使ったものなのかなぁ、とは思います。メイン材とサポート材を一度にプリントして、何らかの科学変化を利用し固めて一層をシート状態にし、それを積層することによって立体を作って行くんでしょうか。

サポート材は水溶性の物を使うらしいですが、これも以前からある方法となんら変わらないように思います。シート状にして積層するということですが、これまでのインクジェット積層方式の方が工程は少ないようには感じます。

あと、説明を見ると、光硬化式のプリンターの弱点でもある、素材の劣化強度が高めてあるようですね。

見たところ、革新的に今までの方式とは違う、とは思えないんですが、三年以内に製品化したいとあるので、何か他の利点があるんだと思います。でないと、これから三年もかかって出すものじゃないですもんね。

なんにしても、どのプリンターも大手国産メーカーのこれからの機種。「見せてもらおうか、日本大手メーカーの3Dプリンターの実力とやらを!」という感じですね〜。

いずれにせよ、両方とも小ロットの生産を目的としたBtoBのプリンターであり、個人ユーザー向けのプリンターではないということです。今後、こういった技術を応用した、コンシューマ向けのプリンターが出来てくるんじゃないかとは思います。

この流れって、インクジェットプリンターがコンシューマ向けに普及した動きとまったく同じなんでしょうけど、ちょっと遅い気もしますね…。出遅れたような、と言いますか…。どんどん頑張っていただきたいところです。

ところで、今は出尽くした感のある熱溶解積層方式(FDM)の3Dプリンターですが、そのフィラメントがいま熱いです。

少し前に行われた、関西DMSに行ってきたのですが、プリンターとしては、新しい方式ということではなく、大きさを競うものや、精度を競うような感じになっています。

素材であるフィラメントの種類が今面白くて、以前から出ている金属の粉末を取り入れたもの、木彫のようになるもの、といった素材も展示されていますが、他にもいろいろな素材を取り入れたフィラメントが開発されてきています。

今では、カーボンをとりいれたもの、電気を通すもの、通さないもの、強度を優先したポリカーボネイトを素材としたもの等々、凄く面白い素材がたくさん出て来ています。基本的には、個人ユーザー向けのオモシロ素材になるんでしょうけど…。

FDM3Dプリンターの精度、積層時間を考えると、まだまだ工業製品の量産なんかには向いてないものではありますので、プロトタイプを作るとか、趣味、趣向に偏っている観はありますね。

それでも、今後、このFDM3Dプリンターの需要って、もっと伸びていってくるように思います。

キヤノンさんやリコーさんが出すであろう大型の高価なプリンターは企業向け。FDM方式のプリンターは個人ユーザー向け。といった構図が取られているように思います。

聞くところによりますと、実際ふたを開けて見ると、中小企業でのFDMプリンターの導入の方が、個人ユーザーより多いようです。

そりゃあ、高度なプリントが出来るプリンターを入れたいけど、そんな予算もないのが現状。素材やメンテナンス、保守等のランニングコストも結構かかってきます。

プロトタイプ制作くらいなら、FDMでもある程度は行えるし、そっちの需要の方が大きいんでしょうね。

生産ラインを考慮したプリンターの導入、ってのは、もうちょっと先になって来るんじゃないかと思います。それを見越しての大手メーカーさんの開発なんでしょうね。

こういった技術が普及してくると、素材自体のコストも安くなるでしょうし、技術もこなれてくる。そうなると、もっと個人ユーザー向けにも普及するんだろうな〜と期待してます。

僕みたいな個人ユーザーは、そういう見方をしちゃいますね(笑)

あと、今後はもっとそういったハードでなく、ソフトの技術も上げていくべきでしょうね。当然、3DCADといった技術を持った人を増やして行くことは必須でしょうし、3Dプリンターに精通した販売員とか、説明員とかも。

誰でも簡単にプリントできる3Dプリンター! ってのは、まだちょっと先になるような気もしますね。そこのところが伸びて行かないので、この3Dプリンターの普及の折り返し地点が来ていると言われる所以では?

ハードは飛躍的に進化しています。もっとソフトを進化するサービスであるとか、そういったものを開発すると、かなりのビジネスチャンスが生まれて来るんじゃないかな、と思っています。

という僕も、そういった面で最近いろいろと水面下で動き出してはいるのですが、今後が楽しみですね!


【___FULL_DIMENSIONS_STUDIO_____ 織田隆治】
oda@f-d-studio.jp
http://www.f-d-studio.jp


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編集後記(11/05)

●篠田節子「となりのセレブたち」を読む(新潮社、2015)。マダムのお茶会、犬のヒモになった男、回春ペットなど、本のタイトルからは想像もできない五つのブラックな短編からなる。なかでも近未来SFともいうべき「人格再編」が面白かった。ボケた喜美は、着換え、入浴、排泄、家族や介護士のあらゆる介助に対して、ちくしょう、虐待だ、殺されると暴れ喚き散らす。さほど不幸とは言えぬ人生の中から、もっとも不幸な出来事を抽出し、その記憶を再生産し、長大な怨念のタペストリーを織り上げ、それを糧にして生きている。人間性に変性を起こながらも身体は頑健ときては、家族はたまったものではない。

少し前にある精神疾患の治療法として試みられ、倫理的な理由から禁止された「人格再編処置」が見直された。N大学病院の若い脳外科医・堀純子は、臨床実験の被験者、なによりもその成功例となってくれる患者が必要だった。頭蓋骨の頭頂部に穴をあけ、萎縮した脳の代わりに、家族の話を元に構成された望ましい記憶を再生させるチップを埋め込む、世界初の手術が喜美に施された。処置後の老女の回復は順調で、彼女の嫌いな人々に対しても、義務の愛と微笑みと礼節をもって対応し始めた。ところが誰よりも感謝されてしかるべき実の娘からは「何か他の人が母の皮をかぶっているみたいだ」と抗議される。

堀は輝かしい実績をあげなければならなかった。本人の人格記憶情報から構成されたチップは、ボケる前の本人に戻るだけだ。徳と知恵を兼ね備えた長老に生まれ変わらないと意味がない。そこで極秘の「人格バンク」から複数の人格を取り出しブレンドして理想的なチップを作ったのだ。喜美は因業婆ぁから、思慮深く、知恵と愛で未熟なものたちを包み込む慈母となって再生した。実の娘の感覚は正しかった。喜美は別人格になっていた。いまや時の人となった喜美は途上国の子どもたちのグランドマザーとなって活動し、世界中から尊敬されるようになる。七年後に肺気腫で長患いするまもなく静かに死んだ。

その後、愛情に満ちあふれた家族は大きな喪失感に苛まれ、悲しみと混乱の底に突き落とされ、崩壊していく。「人格再編処置」は喜美の再生から二十年後に再び禁止された。知的能力も人格も損なわれていない立派な老人の出現は、自然な世代交代と相容れないものだということが判明したからだ。親に立派なまま老いられたら、次世代は成長することができない。老いと死の実相を見せつけ、人生のはかなさを教え、「ようやく終わった」という開放感を次の世代にもたらするのが老親の役目なのだ。なるほどね〜、それはよく分かった。しかしわたしは、暴れて喚き散らす糞ボケじじいにはなりたくない。 (柴田)

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4103133643/dgcrcom-22/
篠田節子「となりのセレブたち」


●Ingress続き。最近わかってきたのは、Ingressをするには(レベルを上げるには)恵まれた環境だということ。そこそこ静かな地域なのに、敵勢力と味方勢力がぶつかり合うところで、毎日何かが起きる。色が変わる。時間をかけて味方色にしたって、すぐに敵色になる。空しいったらありゃしない。

2km〜4kmほどの先には、味方勢力の大きなパラダイスがあって、ほとんど動きがない。味方色で染まっているその地域がうらやましかった。活動地域が敵色になっても、そこを見たら落ち着くのであった。

ある時、活動地域内のいつも元気な味方らが頑張っているところに、敵さんたちが遠征来襲するようになった。そしてパラダイスにまで浸食。ジョギングを再開したらそこで毎日補給するんだ〜という野望は、消えてしまった。続く。 (hammer.mule)