羽化の作法[06]私はあなたを見つめている
── 武 盾一郎 ──

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●視点

いちばん最初に二人で描いた人面魚といい、三人で描いた『新宿の左目』といい、新宿西口地下道段ボールハウス絵画のモチーフでけっこう多かったのが、「目」とか「眼差し」である。

段ボールハウスに描き始めてすぐに感じたことのひとつが、通行人からしてみたら段ボールハウスとは「見る対象」で、相手がこっちを見ているとはあまり思ってなさそうだ、ということだった。

なので「段ボールハウス側(または私)もあなたを見ている」というメッセージをなんとか伝えたくなったのだ。そして割と首尾一貫してそのスタンスで描いていった。今から思うと不思議なのは「僕を見て!」というメッセージではなかったということだ。




同じストリートでもヒップホップの「チェケラ」と真逆だ。指を下げたあの手の形はアフリカを意味するらしい。すると「俺に注目しろ!」とか「(俺達のルーツの)アフリカ(の奴隷の歴史)を知れ!」とかいうニュアンスになると思う。

一方、僕らの表現は目線の方向が逆で「私はあなたを見つめている」なのだ。僕らは段ボールハウスにたくさんの「目」を描いて増やしていったのだが、それらは東京都によってすべて破棄されて消えた。

かわりに都市のあちこちに監視カメラが設置されるようになり、違った形で「目」が増殖し続ける。僕らの絵は「主張」というよりも予言的だったのだ。

そして、同じくストリートのグラフィティのような「見つからないように素早く書く」とも正反対だった。背中を見せながら、何時間も時間をかけて僕らは絵を描く。

作品に対して一番心配したのは、グラフィティのように無断で描いてるものと思われて、誰かが勝手に絵を加えてしまうことだった。段ボールハウスはそのうち朽ち果て消え行くものであることは了解していた。作品はいずれ消える。しかし、住人以外から上書きされるのは絶対嫌だった。

だから、絵に情念とか怨念をあらん限り出すようにして、第三者が気安くさわれないようなパワーを持たせようとしたのだった。

画材はペンキ。画材用のアクリル絵の具と比べると発色はすごくくすんでしまうのだが、それが功を奏したのかのように、ちゃんと怨念のようなものは発せられたのではないかと思う。

実際のところ、僕らの絵に上書きをするグラフィティは一回もなかった。僕はグラフィティをどこか誤解してたのかも知れない。その反省からという訳ではないけど、10年後の僕は「246表現者会議」という路上会議の発起人となり、グラフィティを擁護するような運動藝術を行うことになる。
http://kaigi246.exblog.jp/i3/


●ペンキとリュック

最初はペンキを持ち歩いていた。新宿から家まで持って帰り、翌日新宿へ持って行った。でも重いし、匂いもするので満員電車ではちょっと気まずかった。かといって、新宿西口地下道付近で無料の安全な保管場所はない。

ところが、あるとき「ここなら大丈夫じゃないか」という場所を発見した。腰くらいの高さの台でずらーっと並んでる公衆電話である。その足もとが意外と死角だということに気が付いた。

地下道の階段の柱にぽつんと置かれている公衆電話の足元に、紙袋に入れたペンキを置くことにした。これはいいアイデアだ。

しかし、ほどなくしてあっさりと盗まれてしまった。お金のない僕らにとってこれはかなりのダメージだったが、盗んだ方も金品が入っていると思ったらペンキなんだから、それもまたショックだったと思う。

ペンキの保管場所がどこかにないものだろうかと悩んでいたら、ラブホテルをいくつか経営してる会社から仕事の依頼が来た(その話はのちほど)。その会社は居酒屋やスナックも経営していて、新宿西口のビルの地下二階に「スナック・地下室のメロディ」という店を開いていた。

スナックの入り口手前に観葉植物の鉢植えがあって、横にお店の資材が積まれてあり、ペンキの入った紙袋はちょうど隙間に収まったのだ。

「スナック・地下室のメロディ」に降りていくビルの入口にはシャッターがある。地下一階も夜の店らしかったので、深夜以外はシャッターは閉じているのだが、鍵がかかってなくて持ちあげれば開けられるようになっていた。

僕らは新宿に着いて段ボールハウスを見つめたあと「スナック・地下室のメロディ」のあるビルへ向かい、シャッターを開けてペンキを取りに地下へ潜る。この、シャッターを開ける瞬間がとても好きだった。これからまた絵を描く。絵の世界へ入る扉を開ける儀式のような、ちょっと神聖な感じがしたのだった。

ペンキの入った紙袋を両手に持ち、リュックを背負って新宿を歩く僕らの姿はホームレスの人たちとなんだかちょっと似ている気がした。そう思うとなぜだかちょっぴり嬉しくなった。

最初のころはよくリュックを背負ったまま描いていた。リュックを置いて目を離した隙に盗まれる心配があったからだ。実際に一回だけリュックは盗まれた。

リュックの中にはメガネと日記だけが入っていた。個人的なものなので僕にとってはショックだったがペンキ同様、盗んだ方からするとまったくアテが外れたことになる。

ただ、その日記があればこの原稿の参照にもなっただろうから残念ではある。ここでは盗まれることに対してどこか諦めがあった。なので盗まれないように気をつけるしかなかった。

例えば、財布などはズボンのお尻のポケットではなくて、前のポケットに入れて描いていた。通行人に背(お尻)を向けているからである。通行人に背中を向けて描いてるのはやっぱり恐い。リュックを背負って描いていたもうひとつの理由が、何かを背負ってた方がなんとなく安心だったからなのであった。(つづく)


【武 盾一郎(たけ じゅんいちろう)/アーティスト20周年記念中】
武盾一郎×立島夕子二人展始まりました!21(土)夕方頃在廊します。
「色彩と線 ─森からの生存者」
http://d.hatena.ne.jp/Take_J/20151113/1447381636

日時:11月19日(木)〜12月1日(火)
場所:画廊・珈琲 Zaroff(初台)

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