おれはやっとの思いで新幹線のぞみに乗り込み、乗車券に記された席を探し当てると、どさっと座り込んだ。ほーっとため息が出た。間もなく列車が動き出した。
──レディス アン ジェントルメン ウェルカム トゥ ザ シンカンセン ディッシズ ザ ノゾミ スパエクスプレス…
車窓からはよく晴れた冬の青空が見えた。この分では富士山も見えそうだがそれどころではなく、おれの体調は最悪だった。頭がぐらぐらと痛む。何より寝不足。何だって、よりによってこんな早い時間帯に乗らなきゃならないんだ。
そういうと、みんな言うんだ。全然早くないよ、君がふだん遅くまで寝過ぎなんだよ…。ああ、そうだろうそうだろう。とにかく眠い。さっきの新大阪駅でも歩きながら今にも居眠りしそうだった。ちきしょう、これから寝るぞ、寝てやる。
いざそう思って目を閉じたものの、寝られそうで寝られない。いや、そうではなく寝ていたかもしれない。
──レディス アン ジェントルメン ウェルカム トゥ ザ シンカンセン ディッシズ ザ ノゾミ スパエクスプレス…
車窓からはよく晴れた冬の青空が見えた。この分では富士山も見えそうだがそれどころではなく、おれの体調は最悪だった。頭がぐらぐらと痛む。何より寝不足。何だって、よりによってこんな早い時間帯に乗らなきゃならないんだ。
そういうと、みんな言うんだ。全然早くないよ、君がふだん遅くまで寝過ぎなんだよ…。ああ、そうだろうそうだろう。とにかく眠い。さっきの新大阪駅でも歩きながら今にも居眠りしそうだった。ちきしょう、これから寝るぞ、寝てやる。
いざそう思って目を閉じたものの、寝られそうで寝られない。いや、そうではなく寝ていたかもしれない。
──ウイル スーン メイク ア ブリーフ ストップ アトゥ キヨウト…
一、二回まばたきしたと思ったらもう京都か。信じられない。ひょっとしたらいびきでもかきながら寝ていたかも知れない。
京都から何人かが乗ってきた。そのうちの一人、髪の長いグレーのコートの女がおれの隣に座った。ちらっとおれを一瞥する。
なんだ、よりによってこんな男の隣か。ついてないな。そう思ってるかもしれないが、お互い様だ。女は全然美人でもなんでもない、どころかその対極。濃い茶色のレンズのめがねをかけている。若くもなさそうだ。
おれはまた目を閉じた。夕べのことを思い出すともなく思い出した。
「だからね、おれは言ってやったよ。おまえ、おれに惚れてるだろうって」
「ぷーっ! なんでおれがきんぴらで…」
「鯛焼きが…小塚明朝Rのエルニーニョ左寄せ!」
「わははは、ばればれだ。洗面器爆買いオケ!」
「…ありがとう春分の日ってなんだよー」
「おい、もうやめろ! 明日の作戦に差し支えるぞ!」
そうだ、一応作戦会議ということになっていたはずだが… 作戦? それってなんだっけ。おおげさな名前つけて、結局飲んで騒いだだけのような…ああ、だめだ、何か考えようとすると頭がずきずきする。
隣の女がうつむいて何かごそごそしている。足下に大きめの紙バッグが見えた。「千枚漬」の文字が見える。京都みやげか。そういえば、自分もみやげを入れた紙のバッグを持っていたな…そう思って見ると、なんということだ。
「大阪土産どて焼きセット」と書かれた紙バッグはあるが、中身が空っぽだ! どこかで中身を出して、その後忘れたのか。からの紙バッグを持って何も気づかず歩いていたのか、おれは。あほだ、あほ過ぎる!
ぼうぜんとしていると隣の女がおれをちらと見る。そして、からのバッグを手にしてぽかんとしているおれを見て目を丸くする。はあ?! この人ばか〜!みたいな。むかつくが仕方ない。
おれは依然として眠いのに頭が痛くて眠れないという最悪の状況だ。どうでもいいや。どて焼きセットもどうでもいい。
隣の女は携帯を取り出した。ボタンを押し、どこかにかけている。一応、控えめにしゃべるという最低限のルールは理解しているようだ。ぼそぼそと断片的に聞こえてくるが、何を話しているかはわからない。どうでもいいさ、どっかのおばはんの会話など。
「順調……了解……ただし‥…が……事態……ケース09に相当…」
急速に眠くなってきた。うとうとする。後ろの席には子どもと母親がいるみたいで、時々声が聞こえる。
「次、どこ?」
「名古屋。まだもう少し先やわ」
隣の女も会話を続けている。
「……がいいわね。そうして…了解…」
おれはまた二回ほどまばたきした。と思うと、次に目を開けたときは名古屋だった。降りる客、乗ってくる客でざわざわした後、また列車は動き出す。車掌が回ってくる。
「乗車券を拝見します」
おれは身を起こしてポケットから乗車券を出した。すると車掌はそれを受け取り、おれに返すときに何かを渡した。小声でささやきながら。
「お忘れ物です」
おれはずっしりと重いそれを、よくわからぬまま受け取ったが、見てびっくりした。包装紙に「大阪土産どて焼きセット」と書いてあったからだ。
なぜだ? なぜ車掌が? おれはまるでわけがわからぬまま、足下の「大阪土産どて焼きセット」の紙バッグに入れた。
おれがどこかで忘れたどて焼きセットをだれかが拾って届けた…にしてもなぜおれがこの列車に乗っていることがわかったんだ? いや、それだけじゃない。
おれは見た。車掌がおれにどて焼きセットを渡したとき、その手が…いや、そんなはずはない。目の錯覚だ、きっと。
隣の女はまた携帯を取り出してどこかにかけ始めた。
「…だいじょうぶ…準備オッケー…装置……エルガイザほうが…そうね…そうするわ」
仕事の関係だろうか。難しそうな会話だ。えるがいざほう、ってどこかで聞いたようにも思うが何だっけ。恵方巻きに関係あったっけ…。女は時々おれのほうを見る。通話がもれているかどうか気にしているのか。なんだか変だ。この列車は…。
「おかあちゃん、次どこ?」
「新横浜。だいぶ先やで」
「はままつには止まれへんの?」
「のぞみは止まれへんねん。ひかりやったら止まるけど」
親子の会話を聞きながらおれはまた目を閉じたが、眠れない。
きゃっ、と凍り付いたような叫び声が後ろのほうから聞こえた。車内販売のカートが後方からやってきて、女性の販売員がコーヒーや弁当を売っている。その販売員を見た客からもれた声のようだ。
おれはどきどきしてきた。車内販売のカートは少しずつ近づいてくる。
「ケース22-3…一気に………の場合は………カッカラム銃…」
なんだって。隣の女はだれと話しているんだ。何をしようとしているんだ!
「おかあちゃん」
「うん?」
「あのひと、電話でなに話してるん?」
「さあ…」
隣の女の声は後ろの子どもにも聞こえているようだ。
車内販売が近づいてきた。おれのすぐそばまで来た。すると隣の女が携帯を耳から離し、販売員に合図した。販売員は黙って「夜のお菓子 うなぎパイ」と書かれた包みを二つカートの下の方から取り出し、女に渡す。重そうだ。
いったいどれだけのうなぎパイが入ってるというんだ。おれはそのとき、販売員の顔を見た。髪をきちんとまとめた瓜実顔の女だが、その目は鮮やかな緑色をしていた。
だが、そのことに驚いている間はなかった。隣の席の女がうなぎパイの包みをおれに、当然のように寄越したからだ。なんでおれにうなぎパイを?! さささ誘っているのか?!
「おかあちゃん、前のひと、がいこくじん?」
「そうやろなあ。どこの国の人やろ。中国語でもないし韓国語でも英語でもないみたい…聞いたことない言葉やね…」
おれは驚いた。隣の女の話す言葉が、聞いたことない言葉だって?! 中国語でも韓国語でも英語でもない言葉? だが、おれの耳は隣の女の話す言葉も後ろの親子の言葉も同じ日本語ととらえ、難なく理解していた。
なぜだ? どういうことだ? そして、おれはさっきの車掌の手を思い出した。あれは目の錯覚じゃない。白い手袋の端からほんの少しのぞいた皮膚には、うろこがびっしりと…おれの額に得体の知れぬ汗がにじんできた。そのとき
「いい加減に目を覚まさんかい!」
バッコーン!と、おれはどつかれた。隣の女に。
「席に着いたらすぐにドリロンモードに切り替えると決めてあったやろ!」
どどどどどりろんもーどに? ああ、そういえば、ゆうべの会議でそんな話があったような…気が…ええっ?! 女はおれが思い出すより早くおれの右耳を引っ張り、耳の中のどこかをさわった。
とたんにすべてが明瞭になった。眠気は吹き飛んだ。おれははじかれたように立ち上がり、うなぎパイの包みを破り、中からカッカラム銃を取り出して腰のベルトに装着した。どて焼きセットの包みの中はエルガイザ砲だ。それを肩に担ぐ。おれの両目は緑色の光を放っているはずだ。
「そんな大事なもんなくすてどうかしてるわ! あほぼけかす!」
まったくだ。きっついドリロン星語で罵倒されても仕方ない。おれたち──おれと隣の席の女と車内販売員といつの間にかやってきた車掌──は武器を構えた。通路を隔てた席の男も「名古屋名物ういろう」の包みをびりびりと破り捨て、その後ろの男も「農林水産大臣賞受賞手作りわさび漬け」の包みをばりりりりりと破り、中から最新式の銃を取り出して立ち上がった。
悲鳴がわきあがり、缶ビールやみかんの皮が飛び散る中、おれたちは乗客に向かって言った。
「動くな地球人ども! よく聞け! おれたちはドリロン星からやってきた! おれたちの要求は──」
【ヤマシタクニコ】koo@midtan.net
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20数年ぶりに本棚を移動した。本棚の後ろから現れた壁にはうっすら本棚の跡。でも、ほこりをモップでぬぐったら十分きれいな壁。思わず自分のへたなイラスト額を飾ってしまった。ひゃっほー。こんなところにスイッチがあったのかと発見したり。長い間ほったらかしにしてると自宅も秘境化するんですねえ。次は秘境中の秘境、物置を探索の予定。