わが逃走[177]無駄な超能力の巻
── 齋藤 浩 ──

投稿:  著者:



どうやら私は超能力者らしい。


そもそも超能力とは何か。

ものの本によると「人間の力ではできないようなことをする特別な力。」とある。これだけ。

ちなみに、ものの本とは広辞苑のことだ。

このところネット検索ばかりしているのでたまには開いてやろうと思ったのに、このやる気のない一文。

編者は絶対信じてないよね、超能力。






●予知夢

さて、なんでこんなことを書こうと思ったかというと、つい先日話題になったシャラポワのドーピング問題を二日前に当てたのだ。

いや、当てたというと語弊があるな。

「国際的に活躍する女子スポーツ選手が薬物が原因で失脚する」という内容の夢を見た。

夢の中で私は、テレビから流れてくるニュースを聞くともなしに聞いていたのだが、目がさめたら、それが誰だったか思い出せない。

たぶん澤穂希かシャラポワのようだった。髪が長かったのは確かなのだが。

で、そんな夢のことも忘れていたその日の夜、極親しい間柄の年上の女性Aさん(年齢非公開)と酒を飲んでいるときに

たまたま、なでしこジャパンの話になり、ぼんやりと記憶の輪郭が蘇った。

「澤穂希ってドーピングが発覚したんだっけ?」

「そんな話聞かないけど…」

「あ、それ今朝見た夢の記憶だ。澤じゃなかったか」

「なに? また予知夢見たの??」

“また”という言葉からわかるように過去にも同じような事があったのだ。

なんと、極親しい間柄の年上の女性Aさん(年齢非公開)の元同僚F津さんの転勤を当てたのである。

「なんと」の後に来る内容がなんともどうでもいい話である。

その日、極親しい間柄の年上の女性Aさん(年齢非公開)が会社から帰ってくるなり

「ねえ、F津さんが転勤だって」

「知ってる。名古屋でしょ」

「何で知ってるの? あたしだってさっき聞いたばかりなのに」

「あれ? なんでだろう……あ、夢で見たんだ!」

転勤だけならまだしも、名古屋まで当てたところに信憑性を感じたらしい。

それ以来、極親しい間柄の年上の女性Aさん(年齢非公開)は、もっと人類の役に立つような事や、宝くじに当たるような夢を見るよう強要するのだが、なかなかそう都合よくいくものではない。

で、その日は夢の話題もどっかに行っちゃって、へべれけに酔っぱらった後、すぐに寝てしまった。

翌日、テレビをつけると髪の長い女性の記者会見が放送されていた。

「あ!このシーン見た事がある! シャラポワだったか〜!!」

いかがでしょうか。……非常に微妙なセンですね。



●テレパシー

私には人の心を読む能力があるらしい。

突然ある単語が脳裏にひらめき、思わず声に出してしまうと、近くにいた人がそれについて考えているところだった、ということが何度かあった。

そもそも、前後の文脈と無関係に突然単語を発する人はアブナイ奴である。

私の場合、いずれも居酒屋でほどよく酔っぱらい、少々気が緩んだときの話だということをお断りしておく。

お断りしたところでねえ、普通そんなことしませんよね……。


その日、近所の超ハイクオリティ居酒屋で、極親しい間柄の年上の女性Aさん(年齢非公開)と静かに日本酒を飲んでいた。

いつもは混み合う人気店なのだが、そのとき店内は、我々と店主の三人だけだった。

突然私が

「…ずんだあずき!!」

声に出すと同時に、店主がビクッとして飛び上がった。

「齋藤さん、なんで僕がずんだあずき食べたいのわかったんですか??」

「いやあ、なんか突然脳裏に浮かんだもので……」


その日も近所の超ハイクオリティ居酒屋で、極親しい間柄の年上の女性Aさん(年齢非公開)と静かに日本酒を飲んでいた。

私が突然

「…利尻昆布!!」

声に出すと同時に、隣に座っていたオヤジがビクッとして飛び上がった。

「何故私が利尻昆布のことを考えているとわかったのですか?」

「いやあ、何故かわかりません。突然そう言いたくなってしまって……」

そこへ極親しい間柄の年上の女性Aさん(年齢非公開)がフォロー(?)に入る。

「すみません、この人ちょっと変なんです」


書いていて思ったけど、やっぱり変だよね、こういうの。


そのオヤジは近所の居酒屋のマスターで、たまたま休みの日にここへ飲みに来ていたとのこと。

北海道出身の人脈をいかし、地元の漁師さんから直送される新鮮な海の幸が売りだという。

利尻昆布煮が人気メニューで、仕込みのことを考えた途端、隣から「利尻昆布!」と声がしたのでたいそう驚いたと語った。

うーん、そりゃ驚くわな。

この奇行がご縁となり、以後私はその店にも顔を出すようになった。



●逆瞬間移動

その名の通り瞬間移動の真逆である。

私の場合、恐ろしい確率で、東急線が目の前で発車してしまうのだ。

ホームに着いた瞬間、扉が閉まる。

偶然にしてはできすぎている。確率にして9割を超えるのではなかろうか。

当初、知らぬ間にCIAの実験対象に選ばれてしまったのでは? と心配したが、
それが何の役に立つかといえば何の役にも立たないという結論に達した。

従ってこれは私が持って生まれた才能なのかもしれない。

運が悪いと言ってしまえばそれまでかもしれないが、
世の中には運がいい奴というのも存在するわけで、
それが研ぎすまされていったものが超能力者と呼ばれるのではなかろうか。

であるならその逆もまたしかり、
と思うのであった。


【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
http://tongpoographics.jp/


1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。