ショート・ストーリーのKUNI[192]たちまち成長する新芽と二人の男の話
── ヤマシタクニコ ──

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──去年の今頃だったなあ。

大きな木の下に二人の男がいて、そう言ったのは青い服を着ている男だ。どういうことだともう一人の白い服を着た男が聞き、青服がゆっくりと話し始める。

今頃の季節、木々が一斉に芽吹く様子ほど楽しいものはない。

エノキの芽は翡翠のようだし、クヌギは柔らかな芽とともにかんざしのような花を咲かせる。モモジバフウときたら小さな星のようだし、ケヤキは下から見上げるとまるでレース細工だ。それらの小さな芽がぐんぐんと伸びていくところはまるで若い娘たちがきゃっきゃっとおしゃべりしている様を見るようではないか。

そんなことをふとつぶやくと、木の枝にいたヒヨドリが言った。

「おまえのような人間に、初めて出会った。気に入った。おれが連れてってやろう」

どこへと聞く間もなく、気がつくと自分はヒヨドリの背に乗っていた。そして、かなりの距離を飛んだと思うとヒヨドリは降下して、とある建物の中に入った。

驚いたことに、中には若い娘たちがいっぱいいた。娘というより子供に近い。腕も脚もきゃしゃで、腰も細い。

その子ども達が自分を見てきゃっきゃっと口々に何か言うが聞き取れない。




ああ、そうか。この子たちは木の芽なのだ。

そう思って見れば、ほっそりとして色白で輪郭がおぼろな子もいれば、ぴんと張った肌とまっすぐで姿勢の良さが特徴の元気そうな子もいる。

長いびらびらかんざしをつけた子もいる。赤い顔をしているのはカナメモチだ
ろう。どの子もかわいい。

私のうきうきした様子が伝わったのか、少女たちはわれ先にもてなしてくれた。

何でつくったものか、甘い飲み物や焼き菓子を次から次へ出してくれる。どれも、例えようもなく美味い。あまりの楽しさに時間がどんどん経っていく。

ふと気づくと、先ほどまではまったく聞き取れなかった少女たちの言葉が理解できるようになっている。背丈も伸びたように思えるのは目の錯覚か。

「おじさんはどこからきたの?」

「明日は雨かしら?」

「あたし、かわいい?」

ああ、かわいい、かわいいとも。自分はそう思って何度も何度もうなずいた。

その日はついついそのまま泊まってしまった。

翌日、目覚めてみると少女たちは明らかに少し成長していた。肉がついて全体に骨っぽさがなくなっている。胸も腰も張ってきたようだ。

目を見張る思いで、その日ももてなされるままになる。

翌日は少女たちはさらに成長していて、もはや「女」である。二の腕から肩にかけての丸みは美しい曲線を成し、胸の膨らみで衣服はぴいんと張っている。

「どうぞごゆっくり」

「何も遠慮することはありませんのよ」

声音まで落ち着いてきて、耳に心地よい。卓上には華やかな前菜からコノワタ、カラスミなどの珍味までが並べられた。自分は大いに満足した。

次の日、女達はすでに「豊満」という言葉を連想させるようになっている。衣服を通して体の線がくっきり浮かび上がる。歩くだけでいいにおいがまきちらされる。

そんな女が部屋中にいるのだから、自分は平静さを保つだけで精一杯である。
卓上の料理は、一体どんな高級料理人を雇っているのだろうと思うほど見事だ。

「君たちはずいぶん成長が早いようだが、ひょっとして私がここにいる間に人間界とは違う早さで時間が流れているのではないだろうね。昔話のように」

「あはは、まさか」

「新芽の成長は早いものですわ。いままでまじまじと見たことがなかっただけでは」

「確かに。そして、君たちはもうすっかり大人のようだが」

「どうかしら」

「どうかしらねえ」

そのとき、自分はふと用事を思い出した。それで

「これはいけない。もう帰らなければ」と申し出た。

「まあ、無粋なこと」

「まだまだよろしいではありませんの」

「いやいや。人に会わなければいけないのだ。それに何しろ一人暮らしなもので、家がひっそりしてると死んでいるのではないかとみんなが心配するのさ」

女たちはおもしろそうにころころと笑い、辞去することを許してくれた。

「お急ぎならヒヨドリに送ってもらえばいいんですけど、いまどこにいるのかわからないんですの。よければあなたが鳥になって帰っていただければ」

「それがよろしいですわ。ここからひとっ飛びで帰れますもの」

はて、鳥になるとはどういうことだろう。首をかしげていると女たちは私を別室に連れて行った。

そして、そこに何枚も並んだ絹の中からヒヨドリの体を思わせる色柄のものを選んだ。それをふわりと私にかけると、私はたちまち一羽のヒヨドリになっていた。腕はつばさになり、動かせばゆらりと風が起こる。

「これは、なんと」

「お気に召しましたかしら」

「無事にお着きになりましたら、呪文を唱えてくださいな。そうしたら人間に戻れます」

「呪文?」

聞き返すと女たちは笑った。

「というほどのものでもありませんの」

「私たちの名前を呼んでいただければいいの。クスノキケヤキモミジバフウ、エノキクヌギアラカシ、と」

自分は安心した。それでヒヨドリになって無事帰り着き、呪文を唱えて人間に戻った。


「それはおもしろい体験をされたものですね」

青服が話し終えると白服が感嘆の面持ちで言った。

「後から思うとたったの三日間のできごとなのだが、まさに夢のようであったのです」

白服は本当にうらやましく思った。それで翌日、木々の新芽を眺めながら

「ああ、まったく木々が一斉に芽吹く様子ほど楽しいものはない。エノキの芽は翡翠のようだし、クヌギは柔らかな芽とともにかんざしのような花を咲かせる。モモジバフウときたら小さな星のようだし、ケヤキは下から見上げるとまるでレース細工だ。それらがぐんぐんと伸びていくところはまるで、若い娘たちがきゃっきゃっとおしゃべりしている様を見るようではないか」

と言ってみた。

果たしてヒヨドリがそれを聞きつけ

「おまえのような人間は二人目だ。気に入った。おれが連れてってやろう」

そう言って白服を背に乗せて飛び立った。

着いたのは青服が言っていたのと同じ、少女たちが大勢いるところだった。

確かにどの子もかわいいが、白服にはややもの足りなかった。だが、少女たちが出してくれる飲み物も食べ物も確かに美味く、いくら食べても飽きることがない。

翌日、少女たちは少し成長して、体は丸みを帯びている。これも聞いていた通りだ。

「たくさん召し上がってくださいね」

「もっとお酒をお注ぎしましょうか」

次の日はもっと肉付きが良くなる。ふっくらとした腕で盆を運び、ウニやアワビ、ホヤなどを卓に並べてくれる。

そして勧めてくれる酒は気のせいか次第に強くなる。ひとくち飲んだだけで芳醇な香りが広がり、脳髄から指先まで全身にしみわたり、夢とうつつの境もたちまちおぼろとなる。そんな酒は飲んだことがなかった。

青服は三日間いたというが、白服はもっといたかった。せめてもう一日いることにして、寝床に入った。

明くる日、白服は朝から飲み食いした。女たちも白服とともに飲む。女たちはぼってりと太って、全身が細い棒のようだった最初の面影はどこにもない。

かんざしをつけていた女はと見ると、とうにかんざしの形は崩れ、ぼろぼろになったものがぶら下がっているだけだ。

だが、女たちに何のひきつけるものもないのかと言うとそうでもない。

「もっとお飲みなさいよ」

「どうしたの、もう飲めないっていうの」

「そんなことじゃ酒飲みと言えないわよ」

燃えるような強い酒をすすめては女たちはげらげらと笑い、彼は笑われることがなぜか楽しい。これはいけない。さすがの白服も少し飲み疲れた気がして

「そろそろおいとまするよ」と腰を上げた。

「まだいいじゃないの」

「いや、これでも人に会う用があってね。急がなければならないのさ」

すると女たちは大儀そうに煙草をくゆらせながら言った。

「急ぐんならヒヨドリに送ってもらえばいいんだけど、いまどこにいるのかわかんないんだよ。そうだ。あんたが鳥になればいい」

「それはどうしたらいいんだ」

「簡単さ。こっちにおいで」

女たちに導かれて別室に行くと、そこには何枚もの絹が並べられている。

「どれにする? あ、これなんかいいんじゃない」

一人の女がとびきり派手な布を取り上げ、ふわりと白服にかけた。たちまち彼は極彩色の鳥になっていた。

「おお、確かにおれは鳥になった。しかも、孔雀にも極楽鳥にも負けない美しい鳥だ。よし、これで家までひとっ飛びといこう」

「無事に着いたら、人間に戻るための呪文を唱えるんだよ。呪文といってもあたしたちの名前を言えばいいんだけどね」

「わかった。いろいろ世話になった」

鳥になった白服は翼を二、三度羽ばたかせたと思うと次の瞬間にはもう高く舞い上がり、自分の住む村へと飛んで行った。

眼下に広がる山や川、森や畑を眺めながら悠然と、彼ははじめての飛行を楽しんだ。頭の芯にはまだ酔いが残っていたが、思い返しても愉快な四日間だった。

しかも自分はあの青服より長い間、女達と時をともにした。そのことで少し優越感を感じてもいた。

やがて村が視界に入り、下りていくときも、彼には何の不安もなかった。すでに遠くから彼を見つけ、待ち伏せている人間がいることなど脳裏をかすめもしなかった。

あっという間に彼は網を頭からかぶせられ「捕まえた!」「こんな派手な鳥は初めてだ!」「これは高く売れるぞ!」と興奮する猟師達の中にいたが、それでもあわてはしなかった。

呪文を唱えてたちまち人間に戻った彼を見て、猟師たちはあっけにとられるだろう。その場面を想像すると笑いがこみあげた。

そして余裕たっぷりに呪文を唱えた。

クスノキケヤキモミジバフウ、エノキコノワタアラカシ!

当然ながら呪文は効かず、彼は二度と人間に戻ることはできなかった


【ヤマシタクニコ】koo@midtan.net
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むかし、職場に困った人がいた。みんながすでに仕事を始めた頃に出社してきて(つまり遅刻)、少しも悪びれずに「あ〜、眠い」とかなんとか言いながら来る途中で買ってきたパンを自分の席で食べ始める(つまり朝食をとる)。

たいていは多目に買ってきてみんなに一つずつ配ってくれる。いや、仕事してるんだってば、と思いながらも配られたパンを食べると、おいしい。

チーズデニッシュが特においしくて、どこの店で買ったのか知りたかったが聞いて盛り上がるのもはばかられた(仕事中なんだってば)。

そんなことを今朝、昨日買ったデニッシュを食べながら、それがあまりおいしくないので思い出した。彼女は今どうしてるのかな。