ユーレカの日々[52]音声合成技術は声優の夢を見るか/まつむらまきお

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声優の大平透さんが亡くなった。様々な映画、アニメでお馴染みの声だ。なんといっても「笑ゥせぇるすまん」の喪黒福造や、ダース・ベイダーが当たり役。

70年前後、ハクション大魔王やグズラといったタツノコアニメの看板キャラの声を担当。意外なところではガッチャマンの南部博士もそう。マグマ大使のゴアでは、本人がスーツアクターも務められていたと知ってびっくりした。まさに昭和の声の一人だった。

大平さんだけではない。子供の頃に慣れ親しんだ声優の多くが亡くなった。山田康雄、広川太一郎、永井一郎、青野武、納谷悟朗、滝口順平…アニメだけでなく、洋画の吹き替え、CMナレーションなど幅広く活躍されていた人たちだ。




●昭和の声

この時代の声優さんたちは、今の声優さんたちよりもキャラが立っているように思える。自分の育った世代に活躍された人たちだから、というのもあるが、声優という役割が、今とはだいぶ違ったように思える。

60年代〜70年代、アニメも映画もCMも、映像表現は今よりもずっとシンプルだった時代には、今よりもずっと音声の役割が大きかった。

この時代、アニメは絵があまり動かないし、CMも今のようなイメージ映像ではなく、具体的な「言葉による説明」が主流だった。

洋画にしても、当時の日本ではまだ馴染みがない風俗がたくさん出てくるので、セリフによる補足が不可欠だったのだろう。

つまり、映像表現が成熟する80年代より以前は、まだ、ラジオで培われた「音声表現」が、演出の主流だったのだ。だからこの時代、セリフも過剰、演技も過剰。エモーショナルな芝居が多いのだろう。

アニメもCMも「ラジオに絵が添えられている」と考えればしっくりくる。おのずと、声優も「声だけで通用する」人たちが多かったのだろう。ぼく自身、青春期はラジオで育ったこともあり、そういった声の芝居に魅力を感じてしまう。

●声優が名跡襲名だったら

声優さんが亡くなっても、キャラクターは生き続ける。サザエさんの声優はサザエさん以外はどんどん代替わりしたし、ドラえもんもそうだ。まぁアニメは時代時代で、絵もテイストも徐々に変わっていくことを考えれば、声も変わっていっていいと思う。

しかし大平透はじめ、名優が亡くなるたびに、なんとかあの演技、芸を後世に伝える方法はないのだろうか、と思ってしまう。

そこでふと思いついたのが、落語のように、生前から弟子をとって、名跡(みょうせき)襲名方式にするというアイデア。二代目広川太一郎だとか、三代目永井一郎だとか。

ルパン三世の山田康雄が亡くなったあと、もともとそのモノマネをしていた栗田貫一が跡を継ぐことになった。山田康雄は生前に「後は任せた」と言ったという。

最近、新作ルパンが放映されていたが、一時の「モノマネ」っぽさが抜けて、独自のクリカンルパンになっていた。「先代仕込みの芸」と独自さをミックスして新しい芸になっていく。まさに、落語家のようだ。

●洋画吹き替え

アニメのキャラクターは、引退しないかぎり同じ人が続けるのが普通だが、洋画の吹き替えでは、同じ映画でも異なる声優が吹き替えたバージョンがあったり、同じ役者が映画によって吹き替え声優が違うということが起きる。

先日もテレビで「メリー・ポピンズ」の吹き替え版をやっていて、ディック・バン・ダイクの声が山寺宏一だったのでびっくりした。ぼくが慣れ親しんでいるのは、佐々木功だ。

洋画を字幕で見るか、吹き替えで見るか。昔、家庭用ビデオが出てくる前は、洋画は主にテレビで見たものだった。そして、そのほとんどは吹き替えで放送されていたのだから、「初見は吹き替え」で見た洋画の方が多かった。

そんなテレビでの吹き替えだが、昔はビデオソフト化を考えていなかったため、テレビ放映ごとに局で日本語版を作っていたようだ。

名作となると、局ごとでキャストが異なるバージョンができあがる。今度出る、エイリアンのBlu-rayは、6パターンの日本語吹き替えが収録されるのが売りだそうだ。

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B01EH9F9EG/dgcrcom-22/

僕自身も、この映画はこの吹き替えで見たい! というのがある。メリー・ポピンズのディック・バン・ダイクが出ている「チキ・チキ・バン・バン」。現在手に入るソフトは吹き替えは佐々木功だ。しかし、ぼくの中では昔テレビで見た広川太一郎(TBS版)が圧倒的に存在感がある。

ちなみに主人公の父はソフト版は納谷悟郎(銭形警部)だが、TBS版は八奈見乗児(ボヤッキー)。敵役ボンバースト男爵は、ソフト版は大塚周夫(ブラック魔王)に対し、TBS版は滝口順平(ドクロベイ)だ。

つまり、佐々木─納屋─大塚バージョンだと、よき父、よき祖父、良識のあるファミリー映画なのだが、広川─八奈見─滝口バージョンは、完璧なコメディというか、狂気の世界だ。もう、映画そのものがまったく違ってくる。

チキ・チキ・バン・バンの脚本は、チョコレート工場の原作で有名な、ロアルド・ダールなのだから、そりゃあ狂気の方が正解だ。ぜひともソフトを出していただきたいものだ。

●音声合成技術は声優の夢を見るか

先日、ある声優さんのインタビュー記事を見ていたら、「音声合成技術が脅威。いつまで声優という仕事があるかわからない」というのがあって、おお、と思った。

現在、様々な仕事が「機械化で仕事がなくなる」と言われているが、こんな職業まで。言われてみれば、たしかに音声読み上げは、あらゆるところで日常になっている。iPhoneのsiriもそうだ。

ちょっとググってみたところ、こんな企業があった。さまざまな形態で、音声合成サービスを行っている。ブラウザ上で、いろんな合成音声を試すことができる。

株式会社エーアイ
http://www.ai-j.jp

驚いたことに、感情表現のパラメーターや、関西弁なども用意されている。実際にこの原稿を読ませてみたが、漢字も欧文も固有名詞も、読み間違えることなく、自然に読み上げてくれる。感情表現もそれっぽい。いやぁびっくりした。

企業向け(ゲームなどへの組み込み)の他、一般向けの「ボイスロイド」シリーズは1万円くらいで手に入る。そうか、YouTubeで時々聞く合成音声って、こんな手軽になっていたのか。

iOSやMacでも読み上げ機能があるが、漢字の読み間違いが多くて、実用になっていないなぁと油断していたら世の中、ずっと進んでいた。これはプロの声優が危機感を覚えるのも無理もない。

考えてみれば、初音ミクが登場してからすでに9年。どんな音声でも、違和感なく合成できる日が来そうな感じだ。

アニメや映画の吹替えの現場では、演技をしてくれる生身の声優の方が仕事もクオリティも速さも上だから、そう簡単に置き換わることはないだろうが、たしかに全体としての声の仕事は減りそうだ。

ならば逆に、声優が声を「商品」として提供することはどうだろうか? こういった合成音声も、人間の声を素材としている。自分の好きな声優がKindleなどを朗読してくれるなら、商品として成り立ち成り立ちそうだ。

実際、先の「エーアイ」では、そういった合成音声ライブラリの制作も請け負っていて、あの「マツコロイド」の声は、マツコ本人のライブラリから合成されているそうだ。

http://www.ai-j.jp/customvoice/

ならば、すでに亡くなった名声優たちの声もライブラリ化できないだろうか。さまざまな過去の映像ソフトから、音声をサンプリングすれば、ボイスロイドを作る。映画ソフトには、MIDIのように、「脚本と演出コード」を埋め込んでおいて、プレイヤー側で音声を自在に充てるのだ。

「マッドマックス・怒りのデスロード」のマックスを広川太一郎が「ひっぱられちゃったりなんかしちゃったりして〜〜〜!!」と叫び、イモータン・ジョーが妻たちに「お仕置きだべぇ〜」と迫ってくる……めっちゃ見たい!!!

映画以外でも、広川太一郎がラップを歌ったり、Kindleの書籍を読んでくれたり、siriの吹き替えをしてくれるなら、買う。森本レオも買う。田島令子も小原乃梨子も買う。

「コングレス未来学会議」というSF映画を思い出した。女優が自分のデータをCG女優の原型として、映画会社に売ることになる。契約条件として、自分は今後一切の演技を禁じられる。

映画会社側は、今の女優が欲しいのではなく、「過去の女優」「いいなりになる女優」が欲しいという、皮肉めいた話だ。実際、ハリウッド映画では、スタントマンとの顔のすげかえや、若い頃の自分と共演するなどが普通になってきている。

コングレスではさらに、ユーザーが自由にカスタマイズできる「映画を超えた体験=妄想」が、社会そのものを内向的、閉鎖的に変えていく様子が描かれている。

狂気じみたSF映画だが、実際、「初音ミク」は藤田咲という声優がライブラリを提供して、それを様々なユーザーが使って新しい表現をどんどん生み出した。歌手のGACKTも「がくっぽいど」というボーカロイドになっている。現実はすでに、この映画を超えているとも言える。

ボーカロイドによって、さまざまな人がクリエイティブの楽しみを得ることができた。初音ミクから音楽や作曲、打ち込みに興味を持った人も多い。それは悪いことではない。

人間の二代目三代目が名跡を継ぐのと、ボイスロイド、どちらでもいい。今はアイドル的な声優が大人気のようだが、渋いおっさんたちの名演も残っていって欲しい。


●【まつむら まきお/まんが家、イラストレーター・成安造形大学教授】
twitter:http://www.twitter.com/makio_matsumura
http://www.makion.net/ mailto:makio@makion.net

55歳になってしまった。磯野波平は年下である。マイカルシネマでは昼間っから割引で映画が見られる。充分ファンタジーの世界である。