ショート・ストーリーのKUNI[194]一極集中でみんな困っているのだ
── ヤマシタクニコ ──

投稿:  著者:



最近の一極集中たるやとんでもない。その日もヘンリー山田さんはぼやいておりました。

新聞を広げてもテレビを見ても、東京のことばかり。東京にやれ何ができたこれができた雪が降って何人こけた、どこそこの会社が東京に本社を移した、反対に地方はさびれる一方、どこそこのデパートが閉店した学校が廃校になった。

そういうことを見聞きするとますますみんな東京に心が移り、しょぼくれた地方には見向きもしないのやないか。

とかなんとかぶつぶつぶつぶつつぶやきながら歩いておりました。すると向こうから歩いてきた人がおります。




「おー、グレゴリオ田中さんやないか」

「そういうあんたはヘンリー山田さん。生きてはったんかいな」

「あたりまえやがな。いや、なんかむしゃくしゃしてきて、誰かに文句言いたいと思てたとこや。一極集中のことやねんけどな」

「はあ」

「いっきょくしゅうちゅうやがな。いっきょくしゅうちゅう」

「ああ、あれな」

「わかったか」

「わかるもなんも、いっきょくしゅうちゅうやろ。あれは困るほんまに困る」

グレゴリオ田中さんは全然わかってなかったのでありますが、たぶん「一曲集中」ということだろうと思いました。先日もカラオケに行ったらみんなが「北酒場」を歌いたがって大変困ったことがあったのです。

「あれはいかん。雰囲気が悪うなる」

「そうやろそうやろ」

「他にも選択肢はあるわけやから、もっと大人にならなあかん」

「まったくその通りや」

「こないだも、そのいっきょくしゅちゅうで、もうちょっとで殴り合いになるとこやった。えらい目におうた」

「ほんまかいな! そこまでみんなまじめに考えてたんかいな。それは心強い。ほんまに政府も真剣に考えるべきやと思うなあ」

「いや、政府がどうこういう問題でもないと思うけど」

「いやいやそんなことはないそんなことはない! とりあえず、あんたも同じ考えやな。よし、わかった」

ヘンリー山田さんは少し気をよくして、さらに歩いて行きました。といって行くところもないので図書館に行きました。新聞の閲覧コーナーに行くと、同じようなおっさんがたくさんソファに座っております。

「あ、誰かと思えばウィリアム佐藤さんやないか!」

「なんやヘンリー山田さんかいな。大きな声出しなはんな。ここは図書館やからな。静かに静かに」

言われてヘンリー山田さんは、おとなしく自分の声を最大限ボリュウムダウンしてしゃべり始めました。

(いや、今もグレゴリオ田中さんに言うてたとこやねんけどな)

(はあ)

(一極集中について、どない思わはる)

(ええっ?)

(一極集中やがな、一極集中)

思い切りひそひそ声で言うのでよく聞こえません。しかし、顔を間近につきあわせ、鼻毛も数えられそうな至近距離で見つめあううちに、ここは何か返事をしないといけないような気になってきたウィリアム佐藤さんは、必死で考えました。一種の愛でしょうか。

何ゆうてるんやろ、いっしょく? しゅう? いや、きゅうじゅう? いっしょくそくはつ? やなくて、いっそくきゅうじゅう? あ、そうか。

一足九十?! ええっ? ああ一足90円の靴下か何かの話やろか。それがどないしたんやろ、おかしなこと言い出すなあ…まあええけど。

(あー、その問題な。ええ、ええ、困ったもんですわな。私も前から思てましたんや)

(そうですか、やっぱり困ったもんやと思いますか!)

(もちろんですがな。そんなもんで商売やっていけませんからな)

(商売! そうそう、いわゆるシャッター通りに象徴される問題、これは深刻でっせ!)

(確かに確かに。そんなんでは工賃も出ませんわ。家族を養うのもそらあんた、もう何があれで。奥さんもつらい、子供も泣くというもんです)

「格差の問題と一体やと言いたいんですな、そこですわ、ほんまですわ、ウィリアム佐藤さん、よう言うてくれはった! おおきにおおきに!」

(いや、声が大きい…)

(ああ、すんません。同じ考えの人が見つかってうれしくて、つい。ほなまた!)

ヘンリー山田さんはさらに気を良くして図書館を出て歩き出しました。足取りも軽い。ほとんどスキップです。こけかけました。バス停のそばを通り過ぎようとするとベアトリス高橋さんに話しかけられました。

「いやー、ヘンリー山田さんやないの、えらいご機嫌そうやけど、どこに行かはるん?」

「なんやベアトリス高橋さんかいな。いや、ご機嫌やないねん。ほんまは気分が悪いねん。一極集中の問題でな。はっはっは」

「え、そうなるんですか?! いつから?!」

ベアトリス高橋さんは「一挙に収集」と聞き違えたのです。なにしろ今朝もカレンダーを見ながら生ゴミの日がいつ、プラスティックゴミの日がいつ、と確認していたところだったのです。

それが一挙に収集? どういうことやねん、今までまじめに分別して出して、出す日を間違うた人がいたら「ちょっとちょっと、あんた」と怒ってたのが、全部まとめて収集?! そんなこと聞いてへんで! 頭の中はたちまちゴミ問題一色でございます。早口でまくしたてます。

「ちょっと問題やわそれ、なんでそういうことになるわけ私の今までしてきたことは何やったゆうの。納得できんわむちゃくちゃやわえげつないわ絶対何がなんでも反対だれが許そうが私が許さん」

「やっぱりあんたもそない思わはりますか」

「一方的すぎるやないの。まじめにやってる人があほみたいやないの無理が通れば道理がひっこむてかいな、そんなこと許されへんわ!」

「努力が報われない社会と言いたいんですやろ。ほんまです。あれもこれも一極集中が根源」

「いや、私も何もかも『一挙に収集』が原因とは思えへんけど」

「いやいやいろんな方面に影響があるわけで」

「そうかもしれんな。私もな、場合によっては黙ってへんさかい」

「そうか、あんたも同じ意見やな。ありがと、ありがと!」

ヘンリー山田さんはスキップどころか踊り狂いながら家路を急ぎました。途中、ハビエル山本さんという新たな賛同者を得ました。

この人は一極集中を「一泊九州」と聞き間違え、「九州旅行を一泊でというのはなんぼなんでも忙しすぎるやろ。着いたと思たらもう帰ってこなあかん。むちゃくちゃや。もっとも着替えのパンツは一枚ですむから便利やけど」とびみょうに憤慨したのでした。

まあこの時点ですでにヘンリー山田さんはほとんど人の言うことを聞いておりませんので特に影響ないのですが。

そういうわけでヘンリー山田さんは喜びのあまり血圧を当社比3割増にしながら帰宅しました。そして、その勢いで緊急町内会を招集しました。

グレゴリオ田中さん、ウィリアム佐藤さん、ベアトリス高橋さん、ハビエル山本さん、それにそれぞれが適当に誘った人たちで集会所は大入り満員です。

「えー、みなさん、本日はお忙しいところをお集まりいただきありがとうござ
いました。内容はもうすでにみなさんおわかりやと思います。私がかねてより
これはいかんと思っておった一極集中についてです」

「ほんまにこれは大変な問題です。なんとしてでも止めんとあきません」

「私が思いますに一曲集中は重要な問題で、町内から争いごとはなくすべきであります。なぐりあいはいけません。しかし、大人同士なのですから、ひとつ穏便に」

「なんで穏便にせなあきませんのん。私、曲がったことは嫌いですねん。一挙に収集なんて。分けるものは分けないと」

「なんとか子供さんが高校までは行けるようにしないといけません。これ以上貧困の連鎖があってはならない。一足90円は…」

「とにかく一泊はきびしいと思います」

話がばらばらです。全員、ひとの話を聞いておりません。ざわざわざわざわ。

「ええい、みなさんお静かに。みなさんそれぞれ意見の相違はありましょうが、ここは一つ、大きな目標のために小さな差違には芽をつぶっていただけますか。当町内会としてこのゆゆしき問題の是正を求める意見書を総理大臣に送りたいと思います」

「それはいいことですな」

「一曲集中くらいでちょっとおおげさかと思いますが、そこは、まあ」

「是正されるのならそれに越したことはありません」

「せめて二泊になれば…」

そこで、意見書を書くことになったのですが、あいにくヘンリー山田さんは腰痛と腱鞘炎を患っておりました。だれか代わりに書いてくれる人〜、と募るとさっと手を上げた人がおります。

「はばかりながら私、ジャン・クロード中村が書かせていただきます。長年教職にありました。意見書くらいいくらでも」

「おお、それは頼もしい。ではお願いします、ジャン・クロード中村さん」

ジャン・クロード中村さんはその場でさらさらと書き上げました。

一脚臭虫の是正を早急に求める意見書  ○○○町内会一同

一脚臭虫とはなんでしょう。脚が一本で逃げるときに臭いガスでも出す虫でしょうか。そんな虫を総理大臣がどう是正するのかわかりません。そもそもこの意見書が正式に届けられたかどうかも私は知りません。


【ヤマシタクニコ】koo@midtan.net
http://midtan.net/

http://koo-yamashita.main.jp/wp/


一週間前、急にMacの調子が悪くなった。どうしようもなくなって電源落としたが、次に立ち上げたらパスワードも受け付けてくれない。そんなっ。いつものパスワードなのに。

冷や汗たらたらで調べて、結局PRAMクリアで治ったが、この件で寿命がだいぶ縮まった(ちょー小心者のメカ音痴)。その数日後は某ネット印刷に入稿したあと「データに不備があります」メールをもらった。

どきっ。これでまた寿命が縮まった。もう長くないわ。いまのうちに好きなことをしておこう。