1995年12月22日、タケヲ、ヤマネ、僕の三人は計画通りにラブホテルの壁画を完成させた。
これから毎日新宿に行くことになる。三人とも、ここにある段ボールハウスをできるだけ絵で埋め尽くすことを考えていた。三人は手分けをしてダンボールハウスに絵を描いて行った。
●平家物語・II
タケヲはいちばん都庁に近いところのダンボールハウスに絵を描きはじめた。この場所は強制撤去の衝突の最前線となる。
ちなみに強制撤去の時、強制撤去側の陣営は最前列には(アルバイトらしき)ガードマンを配し、後ろの安全な所で役人背広集団がぬくぬくと立っていた。
役人はメガフォンで「あなたたちは不法です、迷惑な行為をしています、どいてください」と、あたかも「あなたがたが悪いのです」的なことを言っていた。前面に立つわけでなく、ガードマンを盾にして。
当時の僕はそういうことに無性に腹を立てた。「公権力側って心底汚い奴らだ」と思った。殴り合う最前列は「仕事を奪われたホームレス」と「仕事の不安定なアルバイト」。
ズルい奴らはいつも安全な場所に居て、不安定な人間たちを悪と定めて戦わせてニヤニヤしてるのだ。そう思うと、つのる悲しみを超え、煮えたぎる怒りとなるのだ。
そんな、後に最前線となる段ボールハウスに描いた絵は横たわる裸婦。その上に「平家物語」の冒頭をアレンジした文言を3人で考えて書いた。
以前、京王新線の地下道、現「京王モールアネックス」の通りに平家物語のパロディを描いた。
この作品は人気があって、立ち止まって読む人がいっぱいいた。最も印象的だったのは、二人の背広の男性が段ボールハウスを挟んで両側から向かい合う形で歩いてきた。
二人とも平家物語パロディハウスをじっと見ながら歩いている。二人の距離は縮まって「ゴンッ」と正面衝突してしまったのである。マンガのようなシーンだった。
都庁に近い段ボールハウスに描かれた平家物語第二弾は、以下のような文言だった。
「疑問庁舎の(No)金の肥
諸行無情の響きあり
カラ工事の地下(価)の色
盛者必衰の理をあらわす
おごれる者(都)も久しからず
ただバブルの世の夢のごとし
たけき者もついには滅びぬ
ひとへに壁の前のダンボールに同じ」
新宿西口地下道の段ボールハウス村には、場所はそんなに定まってない移動式の簡易仏壇が設置されていた。
新宿西口地下道でも、越冬できなかったり病気だったりで人が亡くなることはあった。タケヲはちょくちょく線香をあげに行っていた。
●マスコミ取材
新宿西口地下道ダンボールハウスの強制撤去の噂は、瞬く間に社会問題になっていった。連日、新聞、雑誌、テレビ局が取材に来ていた。当然、絵を描いている僕らへの取材も多くなった。
自分たちのやっていることを知って欲しかったし、自分の言葉を聞いてくれる嬉しい気持ちもあった。
しかし、マスコミ取材対応には思いのほか時間をとられた。いつ来るかわからない撤去、ダンボールハウスを絵で埋め尽くしたい思いが焦りになる。
メディアは言いたいことを伝えてくれるわけではなかった。特にテレビ局への不信感は日増しに大きくなっていった。
テレビ局は全局の様々な番組が来るので、次第に疲れてきて最後の方は「ノーコメント」になっていった。そのむしゃくしゃした勢いで、関係ない雑誌に対しても取材拒否の態度をとったり、当たり散らすこともあった。
メディアは「あらかじめ伝えるセオリーがあって、それを埋める為の取材」みたいに感じた。本当のことはそれよりも深い水底に流れている、見えにくくて解りにくい人間の業の塊りなのだ。
そのリアリティにまるで触れずに、分かりやすい対立構造がテレビで放映されていて、その渦中の当事者である自分からすると、テレビ報道はまるで絵空事に感じた。
「僕に見えている景色はそんなんじゃない!」と憤った。
ここ新宿西口地下道は「子宮」であり生き物なんだ。僕らは都市という生き物の「胎内」に居るんだ。都市は呼吸してるのだ。呼吸だけでない。咀嚼し、嘔吐し、脱糞している。
更に、「新宿」という都市の地下の子宮は孕んでいるのだ。そして、ここには「粒」みたいなのがいっぱい居るのだ。だから絵が描けるのだ。
テレビ局への取材には、ゲストとしてスタジオに呼ばれる以外、対応しないことに決めた。マスコミが作ったシナリオのパーツになるのではなく、特別扱いされたかったのだ。
当然、そんな扱いはされない。出たがりの目立ちたがりだったんだけど、マスコミが嫌いになってしまったのだ。(つづく)
【武盾一郎(たけじゅんいちろう)/瞑想始めました】
小説家の星野智幸コレクション全四巻(人文書院)の装画を担当することになりました。只今、II巻『サークル』を制作中。制作過程をフェイスブック、ツイッターにアップしております。夏以降に出版となります。乞うご期待!
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