ショート・ストーリーのKUNI[199]夜ふかし倶楽部へようこそ
── ヤマシタクニコ ──

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ある日のことです。街を散歩していると、古びた建物の一室で何やら会議がおこなわれている様子です。窓のすき間からみえるひとびとはごくふつうの身なりで、おだやかな雰囲気です。

一体何の集まりかと思いながら室内の黒板を見ると「夜ふかし倶楽部設立総会」と書いてあるではありませんか。そこで私は、あまりほめられたことではないと思いつつ、会議をのぞき見することにしました。

なぜなら私自身が夜ふかし人間だからです。




「えー、本日はお集まりいただきありがとうございます。私は設立発起人のひとりです。ではただいまから当倶楽部の設立宣言案を読み上げます」

そう言ったのはかっぷくのいい、背広をきちんと着た紳士でした。

「異議のある方は手をあげて、ご発言ください」

出席者たちは神妙にうなずきます。

「ひとつ。われわれは生まれつきの夜ふかし体質によってやむなく夜ふかし生活をせざるを得ない者たちの集まりである」

異議なし、と声がします。拍手するひともいます。

「ひとつ。われわれは決して仕事をさぼっているわけではなく、その体質によってさぼっているようにみえるだけである」

手を上げたひとがいました。中年の、おなかの出た男性でした。

「えっと……さぼろうとしてさぼってるわけではないとしても、結局さぼっていることになるかもしれないとか思うんですが」

別のひとも発言します。

「悪気があるわけではないということですよね」

「でも、前の晩ちゃんと早く寝ていれば翌日職場でいねむりをすることもない、とみんなから思われるではないですか。いや、実際そのように言われたことはありませんか。ぼくはしょっちゅうですが」

「大ありです」

「早く寝られたら苦労はないのですよ」

「そこがほれ、さぼっていると思われるわけでして」

「思われるだけではなく、ですね」

会場はざわざわしてきました。

「えー、わかりました。この項は保留といたします。次、われわれは平和と友好をモットーとする集まりであり、決して早起き人と対立するものではない」

「異議なし」

「早起き人と対立して、そもそも勝てるみこみがありません」

「まったくです。早起き人は最強です。早起きは三文の得と信じているひとたちです。私には意味がわかりませんが」

「そもそも数が多い」

「たてつくなどとんでもない」

「でも、あのう、もっとソフトにしてもよろしいのではないでしょうか。『決して早起き人と対立するものではございません』とか」

いかにも上品な奥様風の女性が言いました。

「そこだけ文体を変えてもおかしいのでは」

「みなさん、卑屈になったり遠慮する必要はないのですぞ。早起き人と対立しなくていいが、われわれはわれわれのプライドを大切にしていかねばなりません。それでなくてはこのような会を設立する意味がありません」

異議なし! の声が乱れ飛びます。

「では表現について一考の余地ありということで次、まいります。ひとつ。われわれは夜ふかしはするが徹夜はしない」

おお、という声があがりました。

「これについては設立発起人5名の間で議論が分かれましたが、そもそも徹夜という行為は夜から朝まで、いや、次の日までまたがる行為であります。夜ふかしの域を超えております」

「わかります。それに、たとえば朝の3時に起きていれば前の晩から夜ふかししていたのか早起きしたのか区別がつきませんね。これはきっちり、一線を引くべきだと」

「一理ありますなあ」

「おでこに印をつけておけばわかるのですがね。『徹夜』とか、『夜ふかし』とか」

「夜ふかしの延長が徹夜とはみなさないのですね」

「みなしてはいけません。夜ふかしと徹夜は似て非なるもの、ちくわとちくわぶのようなものです」

「徹夜を好む人はむしろ早起き人に近いような気がします」

「では、何時までなら夜ふかししてもいいんですか」

「ううむ。それは大問題だ。2時ではきびしいし」

「3時でしょう」

「遠足のおやつの話ではありませんぞ。空が明るくならないうちならいいのでは。空が明るくなればもはや朝ですから、夜ふかしではない」

「そうですな。では、われわれは夜ふかしはするが徹夜はしない。空が暗いうちに就寝する。たとえ休日の前の日であろうと、としましょうか」

「え、休みの前の日でも徹夜はしてはいけないんですか」

比較的若い、みどりの服を着た男性が言いました。

「当然ではありませんか。休みの日は思う存分ゆっくり寝たいですから」

「その通り。ここで当倶楽部設立の基本に立ち返っていいますと、当倶楽部でいうところの夜ふかし体質というのは、朝は苦手だが夜になるとなぜか元気が出る。かつ、できるだけ睡眠時間は多く摂りたいという、世間の目からすると『限りなくだらだらしているとしかみえない』体質、まったくもって『好きにせえ』と言いたくなる体質なのです」

「ふだん居眠りばかりしているのにまだ寝るかと言われてもめげずに寝る体質といいますか」

「いっそのこと『寝過ぎ倶楽部』としては」

「徹夜する人には、睡眠時間は短くてもだいじょうぶという人が多い。だらだらしてるどころか仕事は集中してしっかり仕上げるというタイプ。われわれと違うところです」

銀髪の男性が何をそんなにというくらい自信を持って言い切りました。

「なるほど。だらだらしていることに関しては資格十分のつもりですが」

みどりの服の男性はしだいに自分がこの会にふさわしいかどうか自信がもてなくなった様子でしたが、私はというと、盗み聞きしながら、自分こそこの会の会員になるべきだとの思いが強くなるばかりでした。

睡魔との闘いに疲れはて、自分で自分がいやになったあの毎日。いまは会社勤めをしていないからいいようなものの、あのころこんな会があればきっと入会していたでしょう。

「次にまいります。ひとつ。当会はいかなる政治的・宗教的な立場とも無縁であり、そのような活動はいっさいしない」

「夜ふかし党を結成する気はないのですね」

「それは残念だ」

「サマータイム法案が蒸し返されたら反対しようと思ったのに」

「あのう」

年配の女性が遠慮がちに発言しました。

「今日はこの集まりに参加できてうれしく思っています。でも、少し気がかりなことがあります。年をとるとだんだん早起きになると聞いたことがあります。わたしもそうなるのかもしれません。そのときは退会しないといけないのでしょうか」

「残念ですが、その場合はいたしかたありませんね」

「晴れて早起き人になったということで、会員一同祝福の気持ちをもって送り出せると思いますが」

「でも年を取っても早起きになるとは限りません」

「そうそう。私の祖父は死ぬまで夜ふかし型でみんな困っておりました」

笑いがひろがりました。やがて質疑応答が一段落すると、設立発起人のひとりが「今日は楽しい一日でした。これにて終了いたします。これは今日の参加者のみなさんへの、ささやかなおみやげです」

そういうと、ひとりひとりに袋に入った何かをわたしました。中にはいっていたのは、あまり大きくないドライバーやペンチなど工具ひとそろえでした。首をかしげるひともいましたが、私にはすぐにわかりました。それが時計を細工するためのものであることが。

あれから一週間ほどたち、私は近くの公園の時計が最近30分ほど遅れていることに気づきました。もう夕方の6時なのに、その時計は5時半をさしているのです。あなたのまわりでもそんな時計があるとしたら、それは夜ふかし倶楽部の会員たちによる、ごくごくひかえめな反撃であるのかもしれません。


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突然、ふすまを自分で張り替えることにした。調べるとふすま紙にも種類がある。シール式やアイロンで貼るタイプ、再湿タイプ(のりがあらかじめついていて、そこに水をつけて湿らせる)、そして自分でのりをつけることから始めるタイプ。

私はもちろん、一番簡単なシール式にした。で、一枚貼ったが、早くも疲れた。まだ七枚残ってる……まあ今年中にできたらいいかと思っている。