はぐれDEATH[11]あの輝きを再び
── 藤原ヨウコウ ──

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最初から断っておくが、人生とか名声とかそんなんじゃない。頭の話である。もっと分かりやすくいえば、ぼーず頭のことだ。

娘が生まれて、何となくぼーずにした。もちろん出家とか、心を入れ替えるとか、そんな大層なもんじゃない。ボクがロベルト・カルロスの熱狂的なファンだからだ。

分からない人は、ウィッキなりYouTubeなりで検索をかけて見るといい。すぐに見つかるから。とにかく、あの黒光りするぼーず頭がめちゃめちゃカッコイイのだ。もちろんプレイ・スタイルも大好きである。

全盛期はサイド・バックから一気に前線まで走りあがり、左サイドからアシスト、FKの時の親の敵を討つかのような強烈なキック、なかでも伝説にもなった1997年6月3日、トゥルノワ・ド・フランスのフランス戦のFKは、当時「物理学上、理論的には不可能」とまで言われたほどだ(2010年にやっと物理学者が実証解析に成功した)。





とにかくスゴいプレイヤーなのだ。そしてボクはめちゃめちゃミーハーなので、憧れが高じてヘアスタイルを真似ても不思議じゃなかろう。あの黒光りする頭が目標だった。

娘は単にきっかけに過ぎない。ただおかげで娘に「お父さん=ぼーず」という歪な先入観を与えるコトになった。まだ1歳だったからなぁ。一種の刷り込みみたいなもんだ。それでも頭を剃ると決まってぺしぺしして喜んでいたので、結果オーライである。さすがに中学生頃からはしなくなったけど。

賀茂川でサックスの練習をするのが日課だったので、頭が黒光りするのにそう苦労しなかった。真夏の2時頃の炎天下で練習するのだ。もちろん帽子なんかは被らない。ぼーずを日光に晒しっぱなし。

昼の2時というのには理由がある。夏場は特にそうなのだが、京都の夏は本当に暑くて、この時間になると大抵の家は窓を閉めてエアコンをかける。「窓を閉めて」というところがポイントなのだ。

ボクはサックスに関しては、遠鳴りがする爆音しか求めていない。テクは二の次だ。これが原因で、何度も警察に通報された。真夏の真昼でも通報されたことがある。

賀茂川は管楽器の練習場所の聖地である(ちょっと盛りすぎたかもしれん)。まぁ、大体どこかで誰かが練習しているのが、普通に見られる場所だ。練習する方だって、無秩序にやってるわけではない。場所とか時間とかがバッティングしないように、お互い気をつけている。だから揉め事など起きない。暗黙の了解というヤツだ。

また、昔からいる住民の皆様は何も言わない。そういう場所だということを、きちんと理解してくれているからだ。こうした慣習を知らない、新しく入ってきた人に限って、ナゼか警察に通報する。

ボクの音のでかさも大層だとは思うが、もう少し地域の習慣とかを学んで欲しい。とにかく、とことん自己本位の価値観しかなく、地域の慣習とか決まり事を無視するので、ボクはともかく昔からの住人はけっこう迷惑するのだ。

特に上賀茂近辺は、北西部に新興住宅地が出来たので尚更である。ボクも余所者だが、余所者は余所者なりに行動すべきだと思う。これが出来ないから京都もどんどんおかしくなるのだ。

伝統行事なんかは本当に悲惨な状態で、しゃしゃり出てきては頓珍漢なことをして揉め事になるケースが後を絶たない。こんなんだから、後継者なんてなかなかできない。参加する以上はそれなりの覚悟できてもらわないと困るのだ。

よく「未来に繋げて」なんていうコピーを目にするのだが、現場にいるボクの目には上っ面だけの綺麗事にしか映らない。

思いっきり話が逸れた。ぼーずの話だった。

ぼーずをやめて髪の毛を延ばし始めたのは、娘の高校受験があったからだ。何かと娘がきっかけだが、しゃーなしだ。娘が相手となると、ボクは完全におかしくなる。

普段は無神論者の唯物論者なのだが、こと娘となると、古今東西の神々から近所のお地蔵さん、祈祷、まじない、願掛けと無駄にすがり出す。そもそも親に出来ることなんかほとんどない上に、ボクは関東にいたのだ。心配するなと言う方が無茶である。

別に娘を信頼していないわけではない。むしろ逆だ。だから余計に手を出さないのだ。こうなると神頼みしかないではないか。禁ぼーず願掛けはこうして始まった。

正直に言うが、最初の一週間目でもう根を上げかけた。一度ぼーずにすると、ほんの少しのびただけでも、剃らないとイライラする。ボクだけかもしれないけど。とにかく剃れないというのはものすごいストレスなのだ。

だが娘のための願掛けである。ひたすら忍耐の日々を約一年過ごした。はっきり言って、こんな願掛けでどうこうなる話ではないのだが、何かをしないと不安で仕方なくなるのだ。

幸い娘はあっさり合格した。ここでぼーずに戻す、という選択肢はあったのだが、心身共に疲労困憊していたボクは面倒くさがって放ったらかしにして京都に舞い戻ってきた。

髪の毛を伸ばすデメリットは、京都に戻ってすぐに露呈した。まず公的な身分証明である。たいてい運転免許証の提示を求められるのだが、免許証の写真はぼーず時代のそれである。正直かなりビビった。まぁ結果オーライだったので事なきを得たが。

さらに髪の毛の保温問題が、サックスの練習を再開して浮上した。とにかく熱が逃げてくれないのだ。おかげで頭がぼーっとなる。ぼーずの時はあり得なかった話だ。

炎天下で素の頭をさらすのは危険だと思われるかもしれないが、頭皮からすぐに汗が噴き出し、川風が吹くとどんどん冷却してくれる。ボクが特殊なのかもしれないが、ぼーずで熱中症になったことはない。

むしろ髪の毛の保温の方が危険である。実際、熱中症になりかけて、水風呂に浸かり、頭は冷却パックで冷やすというアホな目に遭った。

更に抜け毛。髪の毛が長いと目立つのだ。今の部屋はフローリングなので尚更である。他人の抜け毛は大して気にならないのだが、自分のとなると話は別で、ひたすら掃除機をかけないと落ち着かない日々が続く。

ぼーずの抜け毛はあり得んからなぁ。さらに二次効果として期待していた白髪がほとんどないという事実。50を過ぎてもまだ20代と間違われるコトがあるのだが(30代はでふぉで、40代なら上出来と言ってもよかろう)白髪だらけの頭になれば、多少はマシになるだろうと期待していたのだ。

ところが、悲しいぐらい白髪がない。トドメは京都に帰って再会した知人の皆様の反応である。「なんか変」という意見が大半で、山鉾巡航の時には南観音山の知人家族の間で「フジワラさんいないんちゃう?」「あそこにいるやんか」「髪の毛あるけど」等々、なにか一騒ぎあってざわついたらしい。

ぼーずかそうでないかでざわめく、というのも大抵おかしいとは思うのだが、とにかく知人を不用意に驚かせたのは事実だ。この一件でボクはぼーずに戻すコトを決心した。

そもそも髪の毛を伸ばし始めた経緯をイチイチ説明するのが面倒だし、こっちの知り合いの大半は、ぼーずのボクしか知らないのだ。戸惑うのは当たり前だろう。

何しろ娘ですら、初めて髪の毛を伸ばして帰ったとき「???」という反応をしたのだ。ももち(猫)は全然大丈夫だったけど。如何にボクのぼーず頭が浸透しているかを物語るイイ例だろう。祇園祭が終わり、一区切りついたのでぼーずに戻した。

一年半ぶりのぼーずは実に気持ちがいい。頭を洗って剃っても後のケアが圧倒的に楽なのだ。頭を剃るついでにヒゲも剃れる。そもそも髪の毛を乾かすという手間がなくなる。拭いたらお終いなので、もうあっという間である。

髪の毛が長いときは、そう簡単にはいかなかった。ドライヤーなどという便利なものはないので、専らタオルドライに徹するのだが、暑い日などは濡れてるのか汗なのか分からなくなる。特に首筋ね。だからいつまで経ってもタオルを手放せない。

京都に戻ってからは(時期的なもんもあると思うが)特に酷かった。せっかちなボクとしては、かなりストレスになっていたのだが「せっかくここまで伸ばしたんだから」と何となく放置していたのだ。

二年の引きこもりの、ある種の成果品がロン毛だったと言ってもいいような気がする。関東の知人だって(特にセッション関係)大半はぼーずのボクしか知らないのだ。

こっちに戻ってきたら「湘南風になって帰って来ました」というネタを使うはずだったのだが、ネタに入る前にビックリされてしまうので、これはもうどうしようもない。極端な話デメリットしかないのだ。

ボクのぼーずは、ビジュアル・コミュニケーションの強力なツールと化していているようだ。それでなくても、コミュ障のボクがわざわざ厄介なモノを背負い込むなど、危険度が増すばかりでロクなコトにならん。ぼーずに戻すのが手っ取り早く効果的な解決法だったのは言うまでもなかろう。

さてぼーずに戻した以上は、かつての黒光りを是非取り戻したいっ! ソリッドなハイライトが出来る、日焼けしたぼーずだ。これは単純にサックスの練習をしてればそうなるのだが、体力が落ちているので昔のように長時間の練習が出来ないところがつらい。

昔は一時間ぐらいノンストップで鳴らすのが平気だったのだが、今はせいぜい30分だ。それでも練習を再開した頃に比べれば、かなり体力は戻っている。短時間なら音量もかなり上がってきた。後はお日さま次第。サンオイルが手放せないのは言うまでもなかろう。とにかく夏の間が勝負である。まぁ、秋になっても陽には焼けるんですがね。

運転免許証の更新も近づいている。できれば、輝きを取り戻したぼーずで更新に臨みたい。


【フジワラヨウコウ/森山由海/藤原ヨウコウ】
YowKow Fujiwara/yoShimi moriyama
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装画・挿絵で口に糊するエカキ。お仕事常時募集中。というか、くれっ!