[4212] 再びラブホテルへ

投稿:  著者:  読了時間:23分(本文:約11,300文字)


《興味に任せて暴走するのはボクの標準仕様》

■羽化の作法[25]
 再びラブホテルへ
 武 盾一郎

■crossroads[31]
 見えないレールの上を走る未来の車
 若林健一

■はぐれDEATH[14]
 はぐれがM氏から学んだこと
 藤原ヨウコウ



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■羽化の作法[25]
再びラブホテルへ

武 盾一郎
http://bn.dgcr.com/archives/20161018140300.html
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1996年3月12日(火)風強し晴れさむい この日、妙な娘が来た。

“○○の友達です。一緒に住んでます。新宿の地下道は墓場だと思います。そしてここにいるのは死体です。でもここに絵を描くことによって「色」をふきこんでます。”と、言っていった。(制作ノートより)

同じ日のノートのページに「新宿西口地下道を胎内として見てみる。」と、書いてある。僕たちは「生まれてくる場所」だと捉えたのだ。

段ボールハウスに絵を描き始めた時、この場所は淀んだ水底のように感じて人面魚を描いた。

参照「羽化の作法[01]25歳引き籠もりニート。四捨五入して30歳。」
http://bn.dgcr.com/archives/20150911140200.html
http://take-junichiro.blogspot.jp/2015/09/012530.html

強制撤去直前から、西口ロータリーと地上に出る直線の道をウロウロし続けてきたせいもあって、ぐるっと廻る西口地下道が子宮のように感じてきてたのだろう。

新宿西口地下道は都市のど真ん中に出現した生命体なのだ。

自分はこの新宿西口地下の子宮から産まれたアーティストなのだ。そう思いながら段ボールハウス絵画を制作するのだった。

●ラブホテルの一室内壁全面に絵を描く仕事

僕たちは段ボールハウス絵画を再開して間もなく、ラブホテルの仕事に取り掛かることになる。

以前、ラブホテルの駐車場の壁画制作を依頼してくれた会社から、再びお声を掛けていただいたのだ。今回はラブホテルの一部屋をまるごとペイントする。これで「外」と「内」の両方を描くことになるので、僕とタケヲは張り切って制作に挑むのだった。

参照「羽化の作法[08]ラブホテルに絵を描く仕事が来た」
http://bn.dgcr.com/archives/20151216140100.html
http://take-junichiro.blogspot.jp/2016/01/08.html

前回と同様に、ラブホテルに住み込みながら制作する。制作期間中は食べもの
の心配をしなくていいのが嬉しかった。

当時は「暮らしを賄ってもらって絵を描く」、という「江戸時代、遊郭に住まわせて絵を描かせられた浮世絵師」のようなライフスタイルに憧れもあった。

3月14日(木)晴れ ラブホテルの室内画制作に取り掛かる。午前11時にホテルに着く。パンチパーマの□□さんと買い出しに行った。

作業はまず部屋の壁紙を剥がすことから始まった。やってみるとこれがまたえらい大変なのだ。特に天井は脚立に乗って、首を上に曲げての作業で、ずっとやってるとくらくらと目眩がする。

ホコリも凄いので、鼻にティッシュを詰めての作業だった。壁紙剥がし、穴のあいてるところはパテを埋め、ヤスリをかける。この下準備作業に四日間かかった。

そして次は下地シーラー塗りだ。下地シーラーを塗る前に、ちょっと仕込みをした。それは壁面中に「SEX」と書いて埋める作業だ。

その上からまた下地を塗り、更に絵を描くので消えてしまうのだが、何らかのサブリミナル効果があるだろうと思ったのだ。ヘンなアイデアが思いついたせいで下地塗りに二日かかるのだった。

3月20日(水)くもり時々晴れ いよいよ絵画制作を開始する。今回は下絵なしで、行き当たりばったりにともかく描いていこうということになった。(つづく)


【武盾一郎(たけじゅんいちろう)/破壊と耽美】

『星野智幸コレクション』(人文書院)刊行記念
「文学に政治を持ち込め!」星野智幸トークイベント
日時:2016年10月23日(日)14:00〜15:30 開場13:30〜
場所:青山ブックセンター本店小教室
料金:1,080円(税込) 定員:50名
http://www.aoyamabc.jp/event/square-circile/
装画の原画も展示しますので是非!

目指せジャケ買い『星野智幸コレクション』(人文書院)
I・II巻9月下旬刊行、III・IV巻12月刊行予定!

星野智幸コレクションI スクエア
http://www.jimbunshoin.co.jp/book/b226418.html

星野智幸コレクションII サークル
http://www.jimbunshoin.co.jp/book/b226413.html

星野智幸コレクションIII リンク
http://www.jimbunshoin.co.jp/book/b226414.html

星野智幸コレクションIV フロウ
http://www.jimbunshoin.co.jp/book/b226417.html

*13月世の物語ガブリエルガブリエラ『霧の國の魔女 トワル』*
アートラッシュ『カーニバル 〜カオスな夜〜』にて
2016年11月16日(水)〜12月5日(月)
http://www.artsrush.jp
大作を展示します!

ガブリエルガブリエラTwitter
https://twitter.com/G_G_jp

13月世の物語・ガブリエルガブリエラ
http://gabrielgabriela-jp.blogspot.jp

Facebookページ https://www.facebook.com/junichiro.take
Twitter https://twitter.com/Take_J
take.junichiro@gmail.com


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■crossroads[31]
見えないレールの上を走る未来の車

若林健一
http://bn.dgcr.com/archives/20161018140200.html
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こんにちは、若林です。先日のCEATECで、一度実物を見てみたかったテスラモーターズの車を見てきました。

テスラモーターズとはアメリカの電気自動車メーカーで、単にガソリンエンジンを電気のモーターに置き換えただけでなく、最先端の自動運転機能を備えた未来の車を作っている会社です。

テスラモーターズ
https://www.tesla.com/jp/

創業者のイーロン・マスク氏は、電気自動車に関する保有特許をすべてオープンにしたり(正しく利用する人であれば、誰でも無償で利用できる)、SpaceXという宇宙輸送事業会社を創業するなど革新的なアイデアを持ち、それを実践する人として知られています。

SpaceX
http://www.spacex.com/

●すべての機能は画面で操作

テスラモーターズの車は、運転席に設置されたタッチスクリーンによって操作できるようになっています。オーディオやナビゲーションはもちろん、エアコンの操作からサンルーフの開け閉めまでを、このタッチスクリーンで行います。

例えば、サンルーフの開け閉めなら、画面上に表示された車両の画像からサンルーフの部分を指でスライドさせるだけ。

画面の表示に従って操作すればいいので、これまでの車のようにどのボタンがどの機能に対応しているとか、レバーをどちらに動かすと何が動くか、といったことを人間が覚える必要はありません。

また、車の装備を操作するだけではありません。例えば、スケジュールデータを車と共有することができるようにもなっています。

つまり、乗り込んだ時には車が行先を知っているので、車に乗ってからカーナビに行先を登録する必要がないのです。

これだけでも充分SF映画の主人公のような感覚になれそうです。

●自動運転でできること

未来の車に期待する機能といえば自動運転。人間が操作しなくても、車が勝手に目的地に連れて行ってくれるのはとても魅力的です。

しかし、現実には自動運転ではなく「運転支援」にとどまるようです。

つまり、人間は車の中で眠っていても目的地に着けるのではなく、人間が操作することを前提に、その一部を支援してくれるだけなのです。

車が勝手にやってくれるのは、同じ走行車線を一定の速度で走り続ける、走行車線を変更する、駐車スペースに車をとめる、などの部分的な操作にとどまります。

完全な自動運転ができない理由は、大きく二つあるそうです。

ひとつは技術的な問題で、今は信号を認識できない。したがって、信号での停止や発進は人間が操作しなければならないためです。

もうひとつは法的な問題で、万が一事故を起こした時に誰の責任になるのかを明らかにしなければならないためです。

つまり、自動運転動作中に事故を起こしてしまったら、たとえ操作をしていなくても運転席に座っている人の責任になる。ドライバーは車が事故を起こさないように見張りの役目を負わなければならないのです。

技術的には、信号のない高速道路であれば自動運転で走り続けることができるそうなのですが、車が事故を起こさないか見張らないといけないので、運転席のドライバー(と呼ぶべきかどうか微妙ですが)は居眠りもできません。

車を運転する人ならわかると思いますが、他人が運転する車に乗るのは結構ストレスがたまるものです。

自分のペースではないので、ブレーキのタイミングひとつをとっても人によってはハラハラさせられることがありますが、きっと自動運転を見守るドライバーも同じ感覚でしょうね。

車を見張っているといえばそうなのですが、なんとなく車に使われているような感覚もあり、完全な自動運転が実現されるまではあまり楽しくない乗り物なのかもしれません。

●自動運転でできないこと

自動運転でできないことのひとつに、意外なものがありました。広いスペースには駐車できない、車を留めるスペースの周囲に別の車がとまっていないと、自動的に駐車できないのだそうです。

つまり、縦列駐車のように人間が不得意とする操作は得意だけれど、広くてどこにとめても大丈夫なスペースでは駐車ができない。

車と車の間を自分の駐車スペースと認識するためなのですが、人間には簡単にできることが、自動運転車にはできないというのはなんとも可愛らしい感じがします。

●インフラの整備も必要

完全な自動運転の実現のための技術的な課題として、インフラの整備があると考えられます。

信号を認識できるようにするためには、車の画像認識精度を上げるよりも、信号側から車に情報を送る方が簡単で正確な制御ができそうです。

駐車スペースについても、車のセンサーやカメラを増やすよりも、駐車スペースの方に情報発信する仕組みを埋め込んだ方がよさそうです。

つまり、自動運転とはIT技術で作られた見えないレールの上を走る列車のようなものになるような気がします。

飲んで終電を逃した時でも、車がひとりで迎えに来てくれる、そんな時代が早く来て欲しいものです。


【若林健一 / kwaka1208】
http://kwaka1208.net/aboutme/

CoderDojo奈良・生駒の開催予定
http://coderdojo-nara-ikoma.github.io/
奈良:調整中
生駒:11月5日(土)午後


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■はぐれDEATH[14]
はぐれがM氏から学んだこと

藤原ヨウコウ
http://bn.dgcr.com/archives/20161018140100.html
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ここらでそろそろ、M氏とボクの関連についてしたためねばなるまい。ボクにとっては因縁浅からぬ人だからだ。これから後の作文にも度々登場するであろう人物について、それなりにきちんと説明しておかねばなるまい。

会社の大先輩であり、良きクライアントの長であり、フリーになってからの教師でもあり、『呱呱プロジェクト』では上司でもある。とにかくボクにとって大きな影響力を持つ人物であることだけは確かである。

もうここらで白状してしまうが(というか公開している情報なのだが)ボクが勤めていたのは、凸版印刷株式会社関西支社TIC本部というところである。入社試験の面接官としてM氏がその場にいたらしい。

後から聞いた話だが、大学の先輩がM氏の部下で、ボクをプッシュするよう頼み込んでくれたらしい。だから会社に入社できたのは、M氏の存在抜きでは語れないのだ。

が、ボクが入社するのと入れ替わるように、M氏は営業事業部に出来た新しい部署の長として異動してしまった。関西支社での新人研修が始まったとき、真っ先に挨拶に行った。ボクの記憶にある最初の出会いはこの時である。

在社中は見事にすれ違いっぱなしだったのだが、会社を辞する最後の日、ボクはまたまたM氏に挨拶に行った。

「これからどうすんねん」と聞かれたので「取り敢えず会社でMacの使い方やらデジタル絡みの研究をしていたので、それでどうにかするつもりでいます」と答えたら「ポートフォリオが出来たら真っ先に持ってきなさい。場合によっては力を借りることになるかもしれん」と言ってくださったので、さくさくポートフォリオを作って図々しくM氏の元を訪れた。

「こりゃ色々手伝ってもらわなあかんなぁ」と言われて、M氏の部署の表現関係、特に先駆的な技術関連についてお手伝いをさせていただいた。このように書くと、いかにもボクがやり手なように思われるかもしれないが、事実は逆である。

コンセプトを示してもらい「どうする?」と言われて、知っていることを全部喋って「じゃ、それでいこう」と言われ、技術方面を後付で勉強しながら、どうにかこうにか回していたのが事実である。

ちなみに、会社を辞めたときに使えたアプリケーションはAdobe PhotoshopとAdobe Illustrator二つだけ。

M氏と付き合いだしてMacromedia Director(Lingoスクリプトを憶えたのも後からだ)、Strata Vision 3d、Adobe Premiere、LightWave、Adobe GoLiveと、挿絵とは全く関係のないアプリケーションを使うことになった。

色々大変だったのだが、M氏の要求に応えるにはどうしても必要だったのだ。見ようによっては節操のカケラもない漁りようだが、3D関係のアプリケーションに関しては今でも役立っている。

ちょっと話が逸れた。入社と共にすれ違ったのは事実だが、実を言うとボクは知らずにM氏の残した膨大な資料に没頭していたのだ。本部長から「目を通しておけ」と言われたのがきっかけだが、目を通すけでは済まなくなった。

一応社外秘扱いなので内容は省くが、とにかくめちゃくちゃ面白いのだ。だが同期や少し上の先輩、上司達にはどうもこの面白さが理解できないらしい。むしろ「よく分からなくて、つまらないし、役に立たない」という意見の方が大半だった。

正直ボクにはこの評価が分からなかったのだが、そこははぐれである。

「人は人、自分は自分」の精神に基づいて、とにかくこれらの資料をボクなりに整理して楽しく読んだ。ボクの場合「楽しく読む」は「憶える」に等しい。

抽象的な概念から実際の事例まで、とにかく面白くて仕方がなかった。ちょっと半端ではない量なのだが、それらを軽々読む能力だけはあったようだ。読書癖も役に立つもんだ。

一通り読み終わると、今度は社内の資料室に入り浸り、片っ端から様々な資料を読み漁る。ボクなりに肉付けをしていく大事な工程なのだ。こんなことをしながら、仕事もちゃんとやっていたのだから、今考えると結構いい社員だったのかもしれない(笑)

驚いたのは「目を通しておけ」と命じた当の本部長である。ボクの先輩達もこの資料に目を通しているのだが、前述したようにほとんど苦行にしかならなかったようだ。嬉々として次から次に漁っていたボクは、本部長の目には相当奇異に映ったようだ。

どうもこの時のボクの言動が、後のデジタル絡みの研究をさせることになったようなのだが、本部長からは「やれ」と言われただけなので本意は分からん。

ただボクにとってはM氏の残した資料は宝の山だった。こうしてボクは資料を通して知らない内にM氏の考え方ややり方を身につけることになった。こんな教育(?)の仕方もあるのだ。まぁボクが色々な意味で特殊なだけかもしれんが。はぐれだし。

M氏が在社中の頃「ディジタル・イメージ」のポスター制作を、凸版印刷関西支社にお手伝いいただいた。「ディジタル・イメージ」内で五〜六作品を競合させて、最終的に一作に決定する計画だったのだが、M氏の取り計らいで候補作全てを印刷していただいた。「ディジタル・イメージ」事務局がその後、凸版印刷やM氏にどのような対応をしたのかボクは知らない。

いや忘れてるだけかもしれん。とにかくこの作文を書き始めて思い出したぐらいである。ボクの中で抹殺されるべき記憶なのかもしれない(笑)。冗談はともかく、この候補の中にボクも選ばれていた。

※そのとき事務局にわたしもいた。東京・大阪を何往復もした。凸版印刷関西支社にはお礼に出向いたが、その頃のことはすっかり忘れた。(柴田)

だから話がM氏に行ったような気がする。何気ない会話の流れで、話題に出ただけだと思うのだが、M氏が恐らく「それは全部実際にポスターにせなあかん」と言い出したのは容易に予測が出来る。そういう人なのである。

教育者としてのM氏は、ボクにとっては実にありがたい存在である。基本大事なコトは口が裂けても教えてはくれない。あくまでも「ほのめかす」レベルで示唆してくれるのである。

その場でボクは答えざるを得ないのだが(もうそういう流れになってるので)示唆が始まりだした段階で、頭はフル回転である。頭の中にあるあらゆる事象を瞬時に取捨選択していくのだが、これがなかなか大変である。

「ああ、こういうことか」と分かる頃に示唆は終わるので、ボクなりの答えを披露する。抜けがあればその時に指摘してくれる。

M氏曰く「君はとにかくちゃんと考えるから楽や」らしいのだが、ボクに言わせれば考えないと会話がすすまないようなやり方をするので、考えるのは当たり前である。

もっともM氏曰く「珍しい」らしいのだが。この辺は本当かどうか分からない。とにかく底が見えない人だからだ。いや、悪い人ではありません。イイ意味で。

M氏のスゴイところは、理想論を語りながらもしっかり現実に落とし込むことを常に同時に考え、実行していることだ。これはなかなか出来ることではない。理想論の一言で片付けたが、レベルは相当高くイチイチ頷くことばかりなのだが、さて実際に落とし込むとなると一筋縄にはいかないのがこの手の話でよくある帰結だが、M氏は辛抱強く落としどころを探し待つ。

情報の収集力や人脈も凄まじく、普通の人ではちょっと真似できないだろう。何しろその時無関係でも、後々まで人脈をキープしていざという時に引っ張り出してくるのだ。これは簡単に出来そうで出来ることではない。ちなみにボクには無理。何しろ目の前のコトでいっぱいいっぱいだし(笑)

さて今ボクは『呱呱プロジェクト』をはじめとする、いくつかの印刷プロジェクトにM氏の手下(!)としてお付き合いさせていただいている。もちろん大人しくM氏の後ろにへばりついて、ちょろちょろするようなタマではない。

けっこう野放し状態だし、M氏の顔色をうかがいながら、などというコトはまったくしない。この辺は会社員時代と全然変わりないのだが(進歩は0だ)M氏はほったらかしにしてくれている。

要は、報告をどう入れるかである。五月雨式にだらだら報告をしても意味がない。というか、ボクのやり方でこれをすると混乱するだけの話だ。何しろ明後日の方向へいくことなど、日常茶飯事なのだ(もっともこれが新しい知識や体験をもたらすのだが)。

興味に任せて暴走するのはボクの場合、でふぉである。これを自覚しておかないと、まともな報告などできたもんではない。ある程度まとまった段階できちんと書面にして提出する、というやり方をボクが意識的にとったの当然の帰結である。

それぐらい無駄な情報を引っ張り出すのがお得意なのだ。情報の9割方は現状のプロジェクトではすぐ役に立たない。将来的にはどうか分からないけどとにかくとことん集めまくる。

もちろん将来のことを見越してやってるワケじゃない。あくまでもボクの好奇心を満足させるためである。だから書面というフィルターが現実的には有意になるのだ。顔を合わせれば無駄な情報も話すが、それとこれとはまた別の話である。

非常勤講師をしていた頃に気がついたのだが、ボクの意向に沿って学生が大人しくするよりも「この手があったか」と驚く方が圧倒的に面白いのである。もっともそんな例は稀なのだが。

だから基本的なことだけ話して、後は好き勝手させる。この経験がボクの中で、上司と部下の関係イイ例の一つとして記憶されたのは言うまでもあるまい。別に上司と部下だけではない。クライアントとの関係もそうあろうと勝手に思っている。こうしたことはすべてM氏を通して学んだことだ。

未だにM氏を上司扱いしているのには、こういう経緯があるからなのだが、M氏にしてみれば、あとはどうやって上手い具合に後を譲るかであろう。ボクの気質を誰よりもよく知る一人なのである。

加減が実に難しい人間であることは百も承知だ。ボクも気をつけてはいるが、どこで何をしでかすか分からない、というのはボクのアイデンティティーに直結するアホな要素なので気をつけてどうこうなる話でもないのだ。

はぐれはどこまでいってもはぐれであり、厄介な存在なのだ、呵々♪


【フジワラヨウコウ/森山由海/藤原ヨウコウ】
YowKow Fujiwara/yoShimi moriyama
http://yowkow-yoshimi.tumblr.com/
http://blog.livedoor.jp/yowkow_yoshimi/

装画・挿絵で口に糊するエカキ。お仕事常時募集中。というか、くれっ!


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編集後記(10/18)

●鈴木大介「脳が壊れた」続き。筆者は「よそ見会話病」と「右前方無差別メンチ病」というしょうもない症状が出ている。ブレる視線に震える手でアマゾンを検索し、高次脳機能障害関連の本を何冊か求めて読み漁る。見上げた記者根性である。どうやら右脳を損傷したため、左方向への注意力が阻害され、右方向への注意力が一層亢進、過剰になっているらしい。記者とは分かりづらい事象を分かりやすく「具体化あるいは抽象化」し読者に理解を深めてもらうのが仕事だと考えている。いわば「同一言語上の翻訳作業」である。医学上の難解な事象をわかりやすく説き、日々のリハビリをユーモラスに具体的に描く。

脳細胞とはとんでもない潜在能力を持っていて、死滅してしまった脳細胞が担当していた機能は、その周辺の生き残った細胞が代替してくれる。その選手交代を手助けするのがリハビリ医療であり、やればやっただけ回復するという。回復しない障害もあるが、諦めた瞬間に一切回復しなくなる。諦めない限り、回復する可能性はある。それがリハビリの基本だ。リハビリには、理学療法、作業療法、言語聴覚療法がある。自立し、作業し、会話する。発症直後は、リハビリ療法士たちの「やれないこと探し」があまりにも的確で、意地悪な課題ばかりを出すのに何度も心の中で毒づくが、やればやるほど機能が回復した。

肉体の麻痺に対するリハビリは、やる気さえあれば効率的に行える。だが、病後の彼が実感するのは、自らに課した最大のテーマ「何が不自由になっているのかを探す」ことが難しいということだった。言語化や文字化を仕事としている筆者でさえそうなのだから、高次脳機能障害者の多くはその不自由感やつらさを言葉にできずに、自分の中に封じ込めてただただ我慢しているのかもしれない。発達障害や精神疾患の患者も同様で、「言葉も出ずに苦しんでいる」人々が多いのだろう。筆者は職業柄、辛うじて自分の状況を判断し、なんとか言語化することはできたが、次に困ったのは「発話」が困難という障害だった。

そして感情が暴走して止まらなくなる。本当の地獄は退院後にあった。このへんは読むのがつらいが、言語化できるのはさすが記者魂。終わりの方では家庭の事情を吐露しているが(そこまで書くのかというかんじ)、筆者が41歳にして脳梗塞に倒れた理由がここにあった。「背負い込み体質」「妥協下手」「マイルール狂」「ワーカホリック」そして「吝嗇」。そして最後に「善意の押しつけ」。まさしく「自業自得」であった。筆者の脳梗塞は「生活習慣病」というより「性格習慣病」だったらしい。この本は「脳が自分の思い通りに機能してくれない苦しさ」がよくわかる優れた闘病記だと思う。

じつは脳梗塞になった人がリハビリを語るという本は、鈴木大介「脳が壊れた」より前に日垣隆「脳梗塞日記〜病棟から発信! 涙と笑いのとリハビリの100日間」を読んでいた。これがじつに唯我独尊な内容で、闘病記としてはどうしようもないレベルだった。読んでも役立たない自慢本でありました。 (柴田)

鈴木大介「脳が壊れた」
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4106106736/dgcrcom-22/


●信号が情報発信するようになったら、目的地まで一度も止まらず、制限速度のまま自動運転、なんてのができるようになるのか。歩行者がちゃんと信号を守れば、だけど。ブレーキを踏み、再発進がなければ省エネになるし、タイムロスがない分、制限速度でも早く着くかも。

映画で見たような空中道路が整備されて、歩行者とは別の道を走ればいいのよね。空中を飛ぶ車とか。まぁどっちみち、生きているうちには見られそうにないなぁ。

以前にも書いた駅ロッカー。IT制御のは使いづらい。鍵がいらなかったり、交通ICカードで支払えたり、空き情報がわかるのは便利。しかし、複数人同時に入庫・支払い作業できないのが不便で、混むところだとコンパネの取り合いになる。

そんな時、有人の荷物一時預り所の、融通の利き加減がいいと思ってしまったりする。並ぶことはあっても待ち時間は予想できるし、倉庫が広くて簡単には入庫不可にはならない。価格は大抵の場合は一律で、地図もくれたりする。欠点は24時間やっていないことぐらいか。

人工知能があれば融通が利くようになるのか? 信号まで出してくれたらいいのよね。荷物を預けたい時にスマホを起動させて、サイズを入力すれば、ピコーンピコーンって空いているところに誘導してくれるの。誘導は先着順で、その間は他の人にそこへの誘導はしない。移動中に満庫にならないように。

入出庫作業や決済もスマホで、取りに行く時も誘導してくれるようにすれば、コインロッカーが必要な、不慣れな場所で迷わなくて済むわ。

出庫予定時刻を入力したら割引するとかの仕組みも作れそう。いや実際に出庫するわけじゃないし、よほど混むところじゃないと意味ないか。出庫のための誘導だけでも、次の人への案内準備ができていいよね。って今日も何を徒然と書いているのであろうか。 (hammer.mule)

コインロッカーなび
http://www.coinlocker-navi.com/
阪急梅田、東京、東京駅一番街、舞浜の空き状況をリアルタイムに確認可能