はぐれDEATH[14]はぐれがM氏から学んだこと
── 藤原ヨウコウ ──

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ここらでそろそろ、M氏とボクの関連についてしたためねばなるまい。ボクにとっては因縁浅からぬ人だからだ。これから後の作文にも度々登場するであろう人物について、それなりにきちんと説明しておかねばなるまい。

会社の大先輩であり、良きクライアントの長であり、フリーになってからの教師でもあり、『呱呱プロジェクト』では上司でもある。とにかくボクにとって大きな影響力を持つ人物であることだけは確かである。

もうここらで白状してしまうが(というか公開している情報なのだが)ボクが勤めていたのは、凸版印刷株式会社関西支社TIC本部というところである。入社試験の面接官としてM氏がその場にいたらしい。

後から聞いた話だが、大学の先輩がM氏の部下で、ボクをプッシュするよう頼み込んでくれたらしい。だから会社に入社できたのは、M氏の存在抜きでは語れないのだ。




が、ボクが入社するのと入れ替わるように、M氏は営業事業部に出来た新しい部署の長として異動してしまった。関西支社での新人研修が始まったとき、真っ先に挨拶に行った。ボクの記憶にある最初の出会いはこの時である。

在社中は見事にすれ違いっぱなしだったのだが、会社を辞する最後の日、ボクはまたまたM氏に挨拶に行った。

「これからどうすんねん」と聞かれたので「取り敢えず会社でMacの使い方やらデジタル絡みの研究をしていたので、それでどうにかするつもりでいます」と答えたら「ポートフォリオが出来たら真っ先に持ってきなさい。場合によっては力を借りることになるかもしれん」と言ってくださったので、さくさくポートフォリオを作って図々しくM氏の元を訪れた。

「こりゃ色々手伝ってもらわなあかんなぁ」と言われて、M氏の部署の表現関係、特に先駆的な技術関連についてお手伝いをさせていただいた。このように書くと、いかにもボクがやり手なように思われるかもしれないが、事実は逆である。

コンセプトを示してもらい「どうする?」と言われて、知っていることを全部喋って「じゃ、それでいこう」と言われ、技術方面を後付で勉強しながら、どうにかこうにか回していたのが事実である。

ちなみに、会社を辞めたときに使えたアプリケーションはAdobe PhotoshopとAdobe Illustrator二つだけ。

M氏と付き合いだしてMacromedia Director(Lingoスクリプトを憶えたのも後からだ)、Strata Vision 3d、Adobe Premiere、LightWave、Adobe GoLiveと、挿絵とは全く関係のないアプリケーションを使うことになった。

色々大変だったのだが、M氏の要求に応えるにはどうしても必要だったのだ。見ようによっては節操のカケラもない漁りようだが、3D関係のアプリケーションに関しては今でも役立っている。

ちょっと話が逸れた。入社と共にすれ違ったのは事実だが、実を言うとボクは知らずにM氏の残した膨大な資料に没頭していたのだ。本部長から「目を通しておけ」と言われたのがきっかけだが、目を通すけでは済まなくなった。

一応社外秘扱いなので内容は省くが、とにかくめちゃくちゃ面白いのだ。だが同期や少し上の先輩、上司達にはどうもこの面白さが理解できないらしい。むしろ「よく分からなくて、つまらないし、役に立たない」という意見の方が大半だった。

正直ボクにはこの評価が分からなかったのだが、そこははぐれである。

「人は人、自分は自分」の精神に基づいて、とにかくこれらの資料をボクなりに整理して楽しく読んだ。ボクの場合「楽しく読む」は「憶える」に等しい。

抽象的な概念から実際の事例まで、とにかく面白くて仕方がなかった。ちょっと半端ではない量なのだが、それらを軽々読む能力だけはあったようだ。読書癖も役に立つもんだ。

一通り読み終わると、今度は社内の資料室に入り浸り、片っ端から様々な資料を読み漁る。ボクなりに肉付けをしていく大事な工程なのだ。こんなことをしながら、仕事もちゃんとやっていたのだから、今考えると結構いい社員だったのかもしれない(笑)

驚いたのは「目を通しておけ」と命じた当の本部長である。ボクの先輩達もこの資料に目を通しているのだが、前述したようにほとんど苦行にしかならなかったようだ。嬉々として次から次に漁っていたボクは、本部長の目には相当奇異に映ったようだ。

どうもこの時のボクの言動が、後のデジタル絡みの研究をさせることになったようなのだが、本部長からは「やれ」と言われただけなので本意は分からん。

ただボクにとってはM氏の残した資料は宝の山だった。こうしてボクは資料を通して知らない内にM氏の考え方ややり方を身につけることになった。こんな教育(?)の仕方もあるのだ。まぁボクが色々な意味で特殊なだけかもしれんが。はぐれだし。

M氏が在社中の頃「ディジタル・イメージ」のポスター制作を、凸版印刷関西支社にお手伝いいただいた。「ディジタル・イメージ」内で五〜六作品を競合させて、最終的に一作に決定する計画だったのだが、M氏の取り計らいで候補作全てを印刷していただいた。「ディジタル・イメージ」事務局がその後、凸版印刷やM氏にどのような対応をしたのかボクは知らない。

いや忘れてるだけかもしれん。とにかくこの作文を書き始めて思い出したぐらいである。ボクの中で抹殺されるべき記憶なのかもしれない(笑)。冗談はともかく、この候補の中にボクも選ばれていた。

※そのとき事務局にわたしもいた。東京・大阪を何往復もした。凸版印刷関西支社にはお礼に出向いたが、その頃のことはすっかり忘れた。(柴田)

だから話がM氏に行ったような気がする。何気ない会話の流れで、話題に出ただけだと思うのだが、M氏が恐らく「それは全部実際にポスターにせなあかん」と言い出したのは容易に予測が出来る。そういう人なのである。

教育者としてのM氏は、ボクにとっては実にありがたい存在である。基本大事なコトは口が裂けても教えてはくれない。あくまでも「ほのめかす」レベルで示唆してくれるのである。

その場でボクは答えざるを得ないのだが(もうそういう流れになってるので)示唆が始まりだした段階で、頭はフル回転である。頭の中にあるあらゆる事象を瞬時に取捨選択していくのだが、これがなかなか大変である。

「ああ、こういうことか」と分かる頃に示唆は終わるので、ボクなりの答えを披露する。抜けがあればその時に指摘してくれる。

M氏曰く「君はとにかくちゃんと考えるから楽や」らしいのだが、ボクに言わせれば考えないと会話がすすまないようなやり方をするので、考えるのは当たり前である。

もっともM氏曰く「珍しい」らしいのだが。この辺は本当かどうか分からない。とにかく底が見えない人だからだ。いや、悪い人ではありません。イイ意味で。

M氏のスゴイところは、理想論を語りながらもしっかり現実に落とし込むことを常に同時に考え、実行していることだ。これはなかなか出来ることではない。理想論の一言で片付けたが、レベルは相当高くイチイチ頷くことばかりなのだが、さて実際に落とし込むとなると一筋縄にはいかないのがこの手の話でよくある帰結だが、M氏は辛抱強く落としどころを探し待つ。

情報の収集力や人脈も凄まじく、普通の人ではちょっと真似できないだろう。何しろその時無関係でも、後々まで人脈をキープしていざという時に引っ張り出してくるのだ。これは簡単に出来そうで出来ることではない。ちなみにボクには無理。何しろ目の前のコトでいっぱいいっぱいだし(笑)

さて今ボクは『呱呱プロジェクト』をはじめとする、いくつかの印刷プロジェクトにM氏の手下(!)としてお付き合いさせていただいている。もちろん大人しくM氏の後ろにへばりついて、ちょろちょろするようなタマではない。

けっこう野放し状態だし、M氏の顔色をうかがいながら、などというコトはまったくしない。この辺は会社員時代と全然変わりないのだが(進歩は0だ)M氏はほったらかしにしてくれている。

要は、報告をどう入れるかである。五月雨式にだらだら報告をしても意味がない。というか、ボクのやり方でこれをすると混乱するだけの話だ。何しろ明後日の方向へいくことなど、日常茶飯事なのだ(もっともこれが新しい知識や体験をもたらすのだが)。

興味に任せて暴走するのはボクの場合、でふぉである。これを自覚しておかないと、まともな報告などできたもんではない。ある程度まとまった段階できちんと書面にして提出する、というやり方をボクが意識的にとったの当然の帰結である。

それぐらい無駄な情報を引っ張り出すのがお得意なのだ。情報の9割方は現状のプロジェクトではすぐ役に立たない。将来的にはどうか分からないけどとにかくとことん集めまくる。

もちろん将来のことを見越してやってるワケじゃない。あくまでもボクの好奇心を満足させるためである。だから書面というフィルターが現実的には有意になるのだ。顔を合わせれば無駄な情報も話すが、それとこれとはまた別の話である。

非常勤講師をしていた頃に気がついたのだが、ボクの意向に沿って学生が大人しくするよりも「この手があったか」と驚く方が圧倒的に面白いのである。もっともそんな例は稀なのだが。

だから基本的なことだけ話して、後は好き勝手させる。この経験がボクの中で、上司と部下の関係イイ例の一つとして記憶されたのは言うまでもあるまい。別に上司と部下だけではない。クライアントとの関係もそうあろうと勝手に思っている。こうしたことはすべてM氏を通して学んだことだ。

未だにM氏を上司扱いしているのには、こういう経緯があるからなのだが、M氏にしてみれば、あとはどうやって上手い具合に後を譲るかであろう。ボクの気質を誰よりもよく知る一人なのである。

加減が実に難しい人間であることは百も承知だ。ボクも気をつけてはいるが、どこで何をしでかすか分からない、というのはボクのアイデンティティーに直結するアホな要素なので気をつけてどうこうなる話でもないのだ。

はぐれはどこまでいってもはぐれであり、厄介な存在なのだ、呵々♪


【フジワラヨウコウ/森山由海/藤原ヨウコウ】
YowKow Fujiwara/yoShimi moriyama
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装画・挿絵で口に糊するエカキ。お仕事常時募集中。というか、くれっ!