羽化の作法[26]ラブホテルの305号室に暮らしながら301号室を絵で埋め尽くす
── 武 盾一郎 ──

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ラブホテルの301号室を絵で埋め尽くす制作は、3月14日から5月25日まで、二か月以上かかった。

最初は絵を描く部屋に寝泊まりしようとしたが、とてもじゃないけどホコリまみれの密閉された部屋で、毎日寝ることはできないと分かった。

そこでもう一部屋301号室開けていただき、寝たり食事したりは305号室することにして貰った。

金曜日にはホテルから出て、新宿で段ボールハウス絵画を描いて、自宅に帰って寝る。日曜日の夜にまたラブホテルに戻り、金曜まで泊まり込みで内壁画制作をする。そんな生活がしばらく続く。

ラブホテルに戻り、305号室の扉を開けると部屋は綺麗にベッドメイキングされている。月曜から金曜まで過ごしてると「ここは自分の暮らしてる場所だ」という無意識的な愛着が生まれる。

だから、整然とした部屋を見ると「スッキリ整って気持ち良くリフレッシュ!」というポジティブな感触もあるのだが、なぜかよそよそしい冷たさを感じるのだった。

305号室を出て、真っ赤な絨毯の薄暗い廊下を歩き、制作現場の301号室の扉を開ける。描きかけの絵に囲まれた部屋には、ペンキと埃の臭いが立ちこめている。この空間が好きだ。

寝泊まりしてる305号室のドアを開けると、ホテル室内の真っ赤な絨毯の薄暗い廊下に出る。制作現場の301号室の扉を開ける。

室内は工事中のような状態だ。この制作途中の空間が好きだ。描きかけの絵に囲まれた部屋には、ペンキと埃の臭いが立ちこめている。

前回の駐車場壁画制作の時と変わった点があった。ホテルで働く人たちはみな女性だったのだが、男性が混ざっていたのだ。




フィリピンから来た掃除のお兄さんだ。彼は英語とスペイン語も話すようだった。「君たちは何の仕事をしてるの?」と訊かれて、「絵かきだよ。部屋に泊まり込みで絵を描いてる」と答えると、「Artist? バイトの方がイイネ!」と陽気に返されるのだった。(制作日記 1996年3月22日より)

https://www.facebook.com/junichiro.take/posts/1326992757345608



外の壁画の時は、ホテルで働いてる人が駐車場を掃除してる時に、ちょこっと話したりするタイミングがあるのだが、今回は301号室に閉じ籠っての作業なので、残念なことに、それ以降フィリピンのお兄さんとおしゃべりする機会はなかった。

4月10日(水)それなりに曇りどんより。「週刊朝日」の取材を受ける。

https://www.facebook.com/junichiro.take/posts/1326860400692177



『新宿・段ボールハウスの絵かきサン、次なる大作は…』
(週刊朝日1996年5月3日号)

〈ここは千葉県市川市にあるラブホテル「インターユー」の一室である。ペンキにまみれになって壁に絵を描いているのは、武盾一郎さん(28)。新宿駅西口の地下道で、ホームレスたちの段ボールハウスに絵を描いてきたグループの代表者である。

これまでに描かれてきた百点以上の作品群は、一月に行われた東京都の「強制撤去」でほとんどが撤去された。それでも週末は新宿に通い、段ボールハウスに絵を描き続けてきた武さんたちは、「管理されてない場所に絵を描くことに魅力を感じる」という。

彼らに声をかけたホテルグループの役員、高沢一昭さん(31)は、「描く場所を求めていた彼らと共鳴しあった。現実から切り離された世界をつくりたいと思い、お願いした」と、製作を依頼した理由を語る。

まずホテルの駐車場の壁に描いたところ、利用者たちから好評を博したため、ぜひ室内にも、と話が進んだという。

十三畳ほどの広さの室内で筆を握る武さんは、「部屋の中はダブルベッド以外のすべてにSEXに関する下絵が仕込まれていて、サブリミナル効果でエロスが喚起されるようになっている。SEXを目的にしていないとボクらの絵は見えないんです」と、自信をのぞかせた。〉

4月23日。週刊朝日に掲載された記事を確認したのだが、その時の様子はこんな感じだった。

https://www.facebook.com/junichiro.take/posts/1326980487346835



ラブホテルの部屋はだいたいそうだが、窓が塞がれていて時間感覚がまったく分からない。するとどうしても夜型になって行き、寝る時間が朝の6時くらいで、昼過ぎに起床する日が多くなっていくのだった。

ゴールデンウイーク期間は、ラブホテルの書き入れ時なので制作は休みとなった。制作中の301号室も営業するというので、4月26日にひとまず仮の仕上げとしてまとめた。

再開は5月8日。その間、新宿段ボールハウス絵画制作をしたり、新宿で声をかけてくれた人に会って、打合せのようなものをしたりと活動は休みなしである。

GW期間中の5月3日、川村記念美術館にニキ&ティンゲリー展を観に行った帰りに、僕はラブホテルに寄って評判を聴きに行った。やはり制作途中で人に見せるのは気になるのだ。フロントのおばちゃんは「評判は上々だ」と答えてくれた。本当かどうかは分からないけど、とりあえずはホッとした。

5月8日にラブホテルに戻る。制作期間二か月と言っていたので、5月14日に仕上げることになるが、ゴールデンウィークで12日間空けたので、10日延長して5月24日に仕上げると約束した。タイトだ。

ところで、僕らの制作は段ボールハウス絵画のように、仕事中に人が訪ねてきて話すことが多かった。ラブホテルも同様に見学に来る人もいた。

段ボールハウス制作は路上なのでアポなしで問題はなかったが、ラブホテル制作はあらかじめ客が来る日を、フロントの人が伝えてくれるのだった。来客は密室の作業場に、外の澄んだ空気を運んでくれる感じがして、ちょっと楽しみなのだ。

5月24日(金)。予定通りラブホテルの一部屋を丸ごとペインティングする仕事は完成した。

完成した、と言っても完全ではなかった。まだ僕らには加えたい何かがあった。ひとつは枕元に置く巨大なペニスのオブジェ、そして枕元によくある聖書のパロディとしてのオブジェと、出入り口の玄関部分のドアへのプラスアルファだ。

これらは後に追加するとして、ともかく内壁の絵は完成したので、出来上がった絵に囲まれながら301号室にあるカラオケで大いに歌った。

当時のカラオケ機器はスピーカーと一体型でベースアンプのように大きく、曲はカセットを入れてかける。カラオケ機器にはカブトムシをペイントしていた。

翌25日の午前中に片付けをして、昼ごろに電車で埼玉の自宅に帰った。

壁画に加えるオブジェのひとつ、聖書のような本のようなオブジェは木の板を彫って作った。見開きには作品の鑑賞を促す詩のようなものを書いた。

ここは深海よ。
えっ? なんて?
神秘的で、グロテスクで、虚無的で。でね、海は広くて深くて、一つなの。
どういうこと?
この部屋の絵。
そう。ここは深海なの。ヒトの潜在意識。
静かに見つめれば見えてくるよ。
見えてくるよ

https://www.facebook.com/junichiro.take/posts/1327494790628738



そしてもうひとつのオブジェは巨大ペニスなのだが、写真がないのが残念だ。しかもこのオブジェは二つ制作することになる。

一つ目は僕の自宅で制作・保管していた。発泡スチロールで立つように、大まかな構造を作って紙粘土で造形する。

完成間近になったところで、母がたまたま僕のいない時に家に来た。そしてこともあろうにペニスオブジェを見て、憤慨し破壊してしまったのだ。

僕が家に戻ると、母親はオブジェを破壊したカッターを手に持っていて、「あんなわいせつなもの! こうなったらお母さん、刺し違えるわよ!」と叫んでいる。「えっ? なにが起こったの?」

見ると母の足元には膨らんだゴミ袋と、オブジェの残骸が床に散らかっていた。僕は言葉で言い表せない程のショックを受け、眩暈と吐き気と寒気がして家から飛び出て、近くのベンチに倒れ込んでしばらく気を失っていた。

ペニスオブジェは作り直しになった。制作場所は僕の家だが、今度は母親に見つからないように、タケヲの家に保管することにした。

ラブホテルの部屋は完成してからいくつか取材があった。

『ダンボールアートの「巨匠」ラブホテル壁画に「精根」』
(FRYDAY 1996年7月26日号)

6月14日(金)、ラブホテルで取材を受ける。室内壁画だけでなく、全裸になってボディペインティングをしての撮影だった。

https://www.facebook.com/junichiro.take/posts/1326885960689621



〈妖怪変化、百鬼夜行、奇々怪々なんてオドロオドロしい四字熟語が思わず頭に浮かんでくる、見るも奇怪、語るもワケわからんこの壁画群。描かれてる場所がなんと千葉県市川市のラブホテル「インターユー」の一室というから二度ビックリである。

それはそうとこの絵、どっかで見た覚えがありませんか? そうこの作品はかつて新宿地下街のホームレスのダンボールハウスに次々と絵を描いた武盾一郎クン(28・写真左)とタケヲさん(21・同右)の手によるモノなのだ。それがなぜ「ラブホテル壁画」を描くことになったのか?

「一室くらいこういう部屋があってもいいじゃないかと思いまして。で、自由に描いてもらったんです。ただ場所が場所だけに胎児の絵だけはやめてくれと注文しましたけど」(『インターユー』支配人)

キャンバスに描くだけが絵ではないが持論の二人は、すぐ話に乗った。SEXが目的の部屋という点にも魅かれたという。かくて二人は3月14日から5月24日まで部屋にこもりっきりとなり、このブキミな超大作を「精根」こめて仕上げたのであった。

完成後すでに30〜40組がこの部屋を使用。そのうちの8割が「コワイ」との感想を漏らしたという。うーむ、やはり肉体派のカップルには、芸術はなかなか理解してもらえないようである。

しかし、武クンは胸を張ってこう主張するのだ。

「たしかにこの絵は明るくはないと思う。でもSEXの本質には深い暗さがあるんだし、誰でも意識を取り払ったらこういう仮想現実が見えると思う」

実はもう一つ、この壁画にはある仕掛けが隠されているという。下塗りの段階で、二人は二日間かけて部屋中に、あるメッセージを書きまくった。目には見えないが、そのメッセージが一種のサブリミナル効果としてカップルに働きかけ、二人の心とカラダをいっそうハゲしく燃えあがらせるというのである。

いったい何と書いたのか気になるところだが、「内容は秘密」とのこと。興味あるカップルは、現地に出向いて試してみてはいかがでありましょう。

ダンボールにラブホテル。では、次に二人が描きたい場所は? 「火葬場の煙突ですね。見るたびに、いつもそう思ってます」不謹慎と思うのか、彼らに製作の依頼をした火葬場はまだない。〉

取材というよりもパフォーマンスの撮影会という感じだった。

そしてもうひとつは7月24日(水)、再びラブホテルに出向くことになった。

『深みにはまる? アートなラブホテル』
(夕刊フジ1996年8月3日号『写撃手』)

https://www.facebook.com/junichiro.take/posts/1323481487696735



〈新宿西口のホームレスの住居「段ボールハウス」に絵を描いている『無×一色倉庫』(むいしきこうこ)の二人、武市子さん(28)=写真左=とヨシザキタケヲさん(21)=同右=が、今回制作の場に選んだのはラブホテル。千葉県市川市のホテル「インターユー」では、ニュースで二人にぜひ描いて欲しいと吉田営業部長のたっての願いで実現した。

『深海─ヒトの潜在意識』とのコンセプトで描かれた絵は、文字通り深海を思わせる不思議な空間を作りあげている。ホテル側からの注文はただ一つ、子供や生命誕生に関するものはちょっと……というだけ。

二人は思い通りにテレビ、冷蔵庫、電話からティッシュケースにいたるまでアートに仕上げた。

完成してからの利用者の評判は「不気味」「異様」との意見が多く、部屋の前で入る入らないで口論したカップルもいたらしい。だが、五分くらいで静かになったとか。

もともと現実から切り離されたい空間だけに、非現実なアートは奇妙に調和してるのかも知れない。初めは驚いても、帰ってしまうカップルはいないという。〉

季節は夏になっていた。

この間にも新宿段ボールハウス絵画を描き続けており、様々なことが起こった。その話はまた次に。(つづく)


【武盾一郎(たけじゅんいちろう)/心を入れ替えております】

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