映画ザビエル[25]嘘つきへの眼差し
── カンクロー ──

投稿:  著者:



◎永い言い訳

公開年度:2016年
制作国・地域:日本
上映時間:124分
監督:西川美和
出演:本木雅弘、竹原ピストル、藤田健心、深津絵理

●だいたいこんな話(作品概要)

流行小説家、津村啓は近頃はその作品より、端正な風貌を活かし文化人としてのテレビ出演で世間に知られていた。

ある時、小説家として大成する以前より長く連れ添っている妻が、親友とのバス旅行に出かけたまま帰らぬ人となる。ニュースで大きく報道されたバス事故だった。著名人である津村は、マスコミから突然の悲劇に見舞われた遺族の代表者として注目されてしまう。




●わたくし的見解

事故、災害で、愛する人を突如失った人物を取り上げた作品は少なくないだろう。そういった形で訪れる別れは、あまりに予告なく叩きつけられ、残された者には処理するまでに時間がかかる。

処理、つまり現実を受け止めることから、まず容易ではない。まして、その傷が癒えるまで、となればさらに膨大な時間を要するだろう。

この作品が取り上げたのは、すでに愛していない人を突如失ったなら「残された人はどうなってしまうのだろう」だった。

西川監督らしい、実にイケズなテーマである。常に(愛すべき)嘘つきを描き続けてきた監督が今回取り上げた人物は、おっと初めて嘘つきではないのかしら。と思ったりもした。

しかし、詐欺師や偽医師ではないにしろ、小説家とは嘘つきの権化ではないか。うっかりうっかり。犯罪者でなくとも嘘つきは幾らでもいるのだ。

挙げ句、主人公の津村啓こと衣笠幸夫はマスコミの前で、成り行きとはいえ、愛する妻を失った悲劇の夫を演じる筋金入りの嘘つきだった。すでに、この夫婦には愛情などなかったのに。

しかし夫婦とは怖ろしいもので、関係が冷めきっていても当然のようにそこにあった暮らしが一気に崩壊してしまう。特に生活(の匂いのすること)ほぼ全てを妻に任せていた幸夫にとって、妻の死後の暮らしの堕落ぶりは顕著だった。

それだけならば、愛する妻を失った場合も同じような顛末になっただろう。けれど、幸夫の場合は妻が事故に遭ったその時、最悪の形で妻を裏切っていた。

さまざまな負い目のある幸夫と、見事な対比を見せる大宮陽一の存在は秀逸。幸夫の妻、夏子の親友で、同じくバス旅行で亡くなった大宮ゆきの夫が陽一である。こちらは、大変に物語にしやすい「愛する人を突然奪われた人物」の典型である。

仕事において汗などかかず、小綺麗で洒落た服をこなれた感じで着こなす中年男性の幸夫とは対照的に、ブルーワーカーで肉体派、手に負えないような直情型の大宮陽一は、少し過ぎるほどの単細胞に描かれており、ともすれば主人公を際立たせるための駒に成り下がりかねない。

ところが陽一の、こういうタイプの人のリアリティーを維持しているのは、竹原ピストルの持つ匂いのせいか。それとも、その匂いを巧みに嗅ぎ分け配置した監督の功か。

主人公、幸夫も、裏主人公の陽一も、どちらも違うタイプの駄目男なのだ。劇中のマスコミも、あるいはこの映画の鑑賞者も、陽一の人間臭さに好感を示すだろう。

わかりやすく妻の死を悲しみ泣きまくり、残された子供たちとの生活に四苦八苦している様は、心を打たれるし共感しやすい。しかし、西川監督は明らかに幸夫の駄目さに共感しているように感じられた。

西川監督も幸夫も、ひねくれているのだ。わかりやすく涙を流せない人なのだ。おそらく、全く妻を愛していない訳でもないのだ。

大宮家のそれとは違っても、長く連れ添ったなりの情は確かにあって、しかし泣けない性分なのだと思う。そういう人の苦しみもあるというのを描いてみたかったのではないだろうか。

思えば、映画監督も小説家と同等に、虚業とまでは言わないにしろ、嘘つきの権化である。そして世の中に、嘘をついたことのない大人などいるだろうか。西川監督の嘘つきへの眼差しは、今作でもやはり、あたたかかった。

蛇足になるが、是枝裕和監督とよく組んでいる山崎裕氏の撮影は今作でも素晴らしく、西川監督の、子供を使うのは大の苦手意識をまったく感じさせない大宮家の子供らの自然体、そして昨今では珍しいフィルム撮影による映像も必見。


【カンクロー】info@eigaxavier.com
映画ザビエル http://www.eigaxavier.com/


映画については好みが固定化されてきており、こういったコラムを書く者としては年間の鑑賞本数は少ないと思います。その分、だいぶ鼻が利くようになっていて、劇場まで足を運んでハズレにあたることは、まずありません。

時間とお金を費やした以上は、元を取るまで楽しまないと、というケチな思考からくる結果かも知れませんが。

私の文章と比べれば、必ず時間を費やす価値のある映画をご紹介します。読んで下さった方が「映画を楽しむ」時に、ほんの少しでもお役に立てれば嬉しく思います。