わが逃走[194]新型Vitzの巻
── 齋藤 浩 ──

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年末、U氏から久々に連絡があった。

U氏はイラストレーションエージェンシーのプロデューサーだ。今風に言い換えるなら絵師の元締。

なにやら名古屋方面にある某世界的自動車会社の、新型『Vitz』のイラストを描いてほしいという。

しかも、実車発表前に、「見た人が実車へのイメージをふくらませる材料となりうるもの」とのこと。

おおお、こいつあ面白そうだ。

というわけで、さっそくラフ制作にとりかかった。

こういう仕事であえて私にお声がかかるってことは、エンスーの人が好きそうなスーパーリアルイラストや、水彩タッチのものを望まれているのではない。

アレだろう、間違いなく。アレとは、私がかれこれ18年近く描き続けている、まさにライフワークのアレですよアレ、『リッタイポ』シリーズ!




リッタイポとは……

1999年、独立してヒマだった齋藤浩がちゃぶ台に座り、真面目にデザインのことを考えていた。

絵が記号化されて文字になる。この文字を再び絵にするにはどうすべきか?

立体にすればいいじゃん!! という思いつきから、面白がって始めたビジュアル表現である。

たとえばこんなの(いずれも自主制作)。

「タイポグラフィ・エクスプレス 鮨」
https://bn.dgcr.com/archives/2017/01/26/images/001

「タイポグラフィ・エクスプレス 3」
https://bn.dgcr.com/archives/2017/01/26/images/002

ことあるごとに、『リッタイポ』を使ったグラフィックデザインの可能性をプレゼンテーションしていたのだが、なかなか思うように仕事にはつながらなかった。

しかし一昨年のD社、昨年のM社など、ここ数年少しずつ採用されることが増えてきた。そして今回の『Vitz』である。オレって遅咲きだったのか!

というわけで、こんなラフを描いた。

A案
https://bn.dgcr.com/archives/2017/01/26/images/003

趣味の世界全開! 坂本龍一の『未来派野郎』を聞きながら、カッサンドルに弟子入りしたつもりで一気に描いたのがこれ。

「新型」という文字を、自動車のカタチに造形し、並木道を突っ走る!

そういえば学生の頃、こんな大きさのハッチバックに乗ってたなあ。カローラII。後部座席を倒してB全パネル積んで、日本グラフィック展やJACAイラストレーション展に出品しまくったことを思い出す。

B案
https://bn.dgcr.com/archives/2017/01/26/images/004

ドボジャークの交響曲第9番『新世界より』第4楽章を聞きながら、ヨゼフ・ホホルに弟子入りしたつもりで一気に描いたのがこれ。

「Vitz」型自動車。実物大のモックを作ってプラハでロケしたい! そしたらたぶんこんな写真が撮れるはず。

情熱のA案、落ち着きのB案。どっちも正解だが、おそらくB案が選ばれるだろう。で、結果的にやはりB案に決定した。A案は熱すぎたな。

クライアントからのオーダーは、「フロントグリルまわりを実車に近い形状にしてほしい」のみ。

こういう仕事っていろんな人の意見が入りがちで、複数の意見を取り入れてるうちに、とんがった部分がまるくなり、最大公約数的なツマランものになってしまうことが多いのだ。

にもかかわらず、物言いは一点だけだった。これはひとえに元締U氏と、その向こうにいるディレクターの手腕。

正月休みが明けたと同時に、CG制作開始。自由度の高い仕事だから作業効率もイイ。

ところで私は『リッタイポ』制作に◯◯◯◯というソフトを使っている。

10年以上前の、しかもこういったエッジのきいたプロダクト的表現を最も苦手とする3Dソフトだ。

ではなぜ、あえて私は◯◯◯◯を使い続けるのか。その答えはふたつある!

ひとつは、今◯◯◯◯をこんなふうに使ってる人など皆無なので、ヒトサマの絵と似てしまう心配がないという点から。

とくに3DCGの場合は、ソフトの癖をいかにして消すかに神経を使うが、使ってる人が少なければ、そのあたりも気にしないで済む。

ふたつめは、他のソフトの使い方を勉強するのがおっくうだからである。おっくうがっていたら、◯◯◯◯に対応するOSがもう骨董品クラスになってしまい、このパソコンが壊れたらアウトという、危機的状況に陥ってしまった。

◯◯◯◯はもうずいぶん前に供給打ち切りになっているのだ。つまり、終わったソフト。

とはいえなー、ヴィンテージシンセに通ずる味わいのようなものを感じるのもまた事実。

なので、これはこれで大切に使いつつ、来月から□□□□という新しいソフトへ移行することを決意したのだった。ゆえに、Vitzのイラストは◯◯◯◯を使う最後の仕事になるだろう。

さて、今回のお題から仕上げのポイントを考えるに、文字としての可読性を維持しつつ、Vitzの顔つきを表現せよ、という感じかな。

なので、ヘッドライトとホイールは素材感と密度を意識した造形とし、それ以外はできるだけシンプルにまとめた。

静止画にも“寄りと引き”が大切なのだ。実際はカメラがズームするわけじゃないけど、見てくれる人の目をズームレンズのように誘導することは可能だ。

Vitzの顔、目に相当するヘッドライトで視線をつかみ、徐々に視界を広げて全体像すなわち「Vitz」という文字を読んでもらう設計。

できたー。いいじゃん。自画自賛。
https://bn.dgcr.com/archives/2017/01/26/images/005


『 Is this Vitz? 

某世界的自動車会社から「こんど出る新型車を発表したいのだが、カメラが壊れて撮影ができなかったので、ぜひ齋藤浩さんに描いていただきたい、なんとか発表日までにタノム! ついでに拡散タノム!」という依頼を受けたので、できるだけ実車に忠実に、写実的に描きました。拡散タノム!
#toyota #vitzhybrid #IsthisVitz? #IsthisVitz 』


【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
http://tongpoographics.jp/


1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。