デジクリトーク 20年前の予言は当たっていたか?/柴田忠男

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1998年10月1日、朝日新聞朝刊の広告特集「デジタルのいまを考える」で、フリーエディターの柴田忠男サンが大きな顔写真入りで紹介されていた。って、わたしのことだが。

事前には誰にも知らせてなかった。家族にも黙っていたから、1/2ページの大きさの記事には妻や子らは驚くまいことか。2年前まで勤めていた会社のみなさんも同様で、わざわざ電話してくる元同僚もいた。




●SOHO者は様々なデジタル分野に挑戦する(?+笑)

記事のリードにはこうあった。

《SOHO(small office home office)生活──インターネットやパソコン通信の普及により、様々な仕事がネットワーク上でこなせるようになり、自宅や小さなオフィスを活動拠点にする人が増えてきた。ここ数年、SOHOを含め、オンラインの可能性は確実に広がっている。そこで、自らを“SOHO者”と称し、様々なデジタル分野に挑戦する──》

これが、わたしだという。その頃はSOHOって呼び方はわりと珍しいほうだったので、それに「者」をくっつけた「SOHO者」という名乗りは一部でウケた。

年賀状に「ソーホー者」と書いたら、親切なイラストレーターさん(現在もデジクリの筆者さんです)が、こっそりと「ソーホー者って言葉は、下品な雑誌の流行語で〈早漏包茎者〉のことだそうですよ」と教えてくれた。わたしは速攻「デジタル部活者(ぶかつもの)」に名乗りを変えた。

ところが、ますます仕事以外の分野(=金にならない)へ深入りしていった。「いい年齢してあんなバカを」と言われるのがうれしかった。当然「目指せ! 印税生活」にもトライし続けたが、結局果たせず今日に至るのであった。

わたしは新聞紙上でこう語っていた。

《家で仕事をしていればSOHOというわけではありません。インターネット環境がついてこないとSOHOとはいえない。私は去年の6月からOCNエコノミーをいれて、完全なインターネット生活に入りました。これはネットワーク通信の専用機みたいなものです。常時インターネットにつながりっぱなしになります。おかげで、電話もファクスもあまり使わなくなりました。連絡はほとんどEメールです。メールが届くと音声が知らせてくれるので──》

とかなんとか、いま読むとものすごく恥ずかしいことをエラそうに言っているが、当時のフリーランスでOCNエコノミーを導入するのは珍しかった。

「当時のNTTがサービス開始したOCNエコノミーは、専用線としてデジタルアクセスを採用しながらも、NTT側のルータを最大24ユーザで共有させることでコストを削減し、月額38,000円で提供することが可能となった。これによって、中小企業やSOHO、一部個人のパワーユーザで導入を開始するところも現れた」とWikipediaにある。

毎月、大金払っていたんだなあ、当時のわたしは。パワーユーザだって(笑)。デジクリを始めるために、この環境を整えざるを得なかったのだった。

4人で始めたデジクリは、途中で出入りがあったが、結局、いまもなお続けているのは「懲りない男」と「元銀行員にして写植屋にして極真空手の達人」の二人だけである。

《業界では懲りない男といわれている。いままで日本のオンラインマガジンに携わってきたが、ビジネスにならず、休刊した。》

はい、間違いありません。オンラインマガジン「WONDER-J」は一年で挫折、PDFオンラインマガジン「IP-NET」は4か月で休刊してしまった。

《お金を取るシステムをきちんとしていなかったんですね。広告を入れるのか、購読料をとるのか。購読料をとるにしても、銀行や郵便局を使うのか、ファイルをダウンロードしたときに課金するのか。そのへんがしっかりしていなかった。やはりわたしは編集者なんですね。『コンテンツに暴走する』といってるんですが、つい内容を一生懸命に考えてしまう。ビジネスのしかけを考えないから失敗するのです。》

コンテンツに暴走する、とは我ながらうまいイイワケだ。

《オンラインマガジンやメールマガジンは無料のものだと読者は思っています。ここからお金をとることは非常に大変です。しかし、一生懸命作った、内容に自信のあるオンラインマガジンですから、相応の購読料はいただきたい。思い切り低価格で、たくさんの人に読んでもらいたい。そのためにはオンラインで少額決済ができる環境が必要なんです。》

《たとえば、気に入った記事があったら、その場で200円払って読むというシステム、投げ銭システムというのを考えた人がいますが、今それがない。そんなしかけがオンラインでできればいいんですが。》

投げ銭システムというのは、ひつじ書房の松本功さんのアイデアだ。
・デジクリ0649「投げ銭」はいま
http://bn.dgcr.com/archives/20000711000000.html

《最近、冷蔵庫にインターネットをセットした製品が現れたように、ますます家電化してインターネットは使いやすくなると思います。やはりテレビと同じ感覚にならないと、オンラインマガジンにしろ、オンラインショッピングにしろ一般に普及していくのは難しい。》

いまでいうIoTが、WORLD PC EXPO 98で「インターネット冷蔵庫」として既に登場していたのだった。オンラインショッピングって言葉、あったな(笑)

《それにはまだ、インターネットへの接続代や電話代が高すぎる。もちろん近い将来には、だれもが何の不自由もなく使いこなすようになると思いますけれどね。》

20年前は本当にこんな状態だったんですよ。

《現在のインターネットは、情報の宝の山ですが、ゴミのようなものも、悪意のあるものも少なからず存在します。これからの編集者の仕事は、正しい情報の検索とその整理、再編成、求める人への提供にあるのではないかと思っています。》

これが結論になっていたが、後半はいま考えるとよくわからない。「正しい情報の検索とその整理」ってなんだよ? 我ながら変なことを言っていた。

そして、タイトル。これがキモである。いちおう予言タイプである。

「オンラインでの少額決済が電子出版のビジネス化を実現する」

20年前の予言といっていいのか。その時点では間違いではないと思うが、今になってみると、この言い方は微妙である。しかも、当時は決済について殆ど知らなかった。いまのような多彩な決済方法は存在しなかったし、わたしには予想もできなかった。

その頃の「電子出版」の概念は、CD-ROMなどによるパッケージ系電子出版と、デジタルコンテンツのインターネット配信によるオンライン系電子出版が混在していたように思う。

ということで、この予言じみたタイトルは「残念でした」と判定せざるを得ないのでありました。残念……。記事の内容もたいしたことは言ってない。読み返してみると、なぜ記事になったのかと思うくらい平凡である。残念……。

いまだから正直に告白いたしましょう。なぜ、わたしごときが広告ページの半分とはいえ、朝日新聞に掲載されたのか。

当時、わたしは作家集団「ディジタル・イメージ」の運営に関わり、けっこう権勢をふるっていた(笑)。写真家であり、デザイナーであり、アーティストであり、宴会魔であり、朝日新聞社の広告局に勤務する弓田純大さんも会員の一人。彼のおかげで、こんな晴れがましい舞台が提供されたのだ。

なお、朝日新聞に先立つ1998年2月6日、埼玉新聞のコラム「うぇーぶ98」にやはり写真入りで紹介されていた。「デジタル表現の場作る」というタイトルで、「月刊アイピーネット」について説明していた。

「PDFで作った初めてのオンラインマガジンと自負しています。紙メディアではできないことも多く、これからもオンラインにこだわります」とか言っている。でも、前年の12月に休刊してしまったのだ。

●「月刊IP NET」という挑戦(もむなしく)

1996年から1997年にかけて制作していた実験的オンラインマガジン(月2回刊)が「WONDER-J」であった。

自分でインターネットをやっていないのに、オンラインマガジンの編集長をやるなんて、無謀なおっちょこちょい。いま考えると劣悪な環境の中で、わけがわからず無我夢中で最先端を目指したものだった。リンクの意味、正しくは知らなかったものね。

その次は1997年9月にスタートし、12月で休刊したのが「月刊IP NET」だった。デジクリの創刊2号(1998/04/14)で以下のように書いていた。

PDFを駆使したオンラインマガジン「月刊アイピーネット」の反省

私は「アイピーネット」という、日本で初めての〈PDFオンラインマガジン〉を、昨年9月に大阪のアイピーネットシステムから創刊しました。

アイピーネットは、特定のスポンサーがいるわけではなく、印刷会社が始めた新しいビジネスなんです。残念ながら、現在はちょっとお休み中ですが、その間も日替わりで表紙を変更し、アーチストのギャラリーの機能を持たせています。これは、とてもグッドなアイデアで、毎朝見に行くのが楽しみです。記事も少しづつ更新しています。

アイピーネットが昨年12月で休刊した理由は、経済的に続かなくなったからです。オンラインマガジンで成功した例はない、ということを承知の上で始めたことですが、お金を集めるシステムがうまく機能しなかったのです。

オンラインマガジンの成功の鍵は、コンテンツがよいことと、集金のシステムがしっかりしていること、この2点です。コンテンツがよいことは、編集者にとって当たり前のことで、とくに言うことはありません。お金を集めるシステムを最初から作っておかない限りは、なかなかうまく行きません。

われわれは、コンテンツ制作に注力しつつ、そのうちお金を作る仕組みを考えよう、とやっているうちに休刊になってしまったのです。

うまく行かなかった理由は3つ考えられます。まず、致命的に宣伝不足でした。紙、オンラインをフルに使って、こういうサイトがある、ということを告知しない限り、なかなか見てもらえるものではない。これは大きな反省点です。

それから、データベースを整備して、そこから顧客を引き寄せる予定でしたが、肝心のデータベースまで手が回らなかった。私は編集者出身なので、「コンテンツさえしっかりしていればよい」という考えでした。今から考えるとトンデモな間違いでありました。

コンテンツを優先して、毎月1日の更新に力を入れすぎ、お金を集めるデータベースの管理がうまく行かなかった。これはクレージーな間違いでした。

それから、課金のシステムを最初に考えていなかった。最終的には、年間会費という形でスタートしようとしましたが、もし途中で失敗した場合、返金が必要になります。これらのことを考えて、昨年末に、休刊の決断を行なったわけです。

このような反省点とは別の問題もあります。それは、出版事情が非常によくないということ。もはや出版においては、志とか文化とか言っている場合ではなく、「売れたものが正義だ。売れないものはバカだ」という身も蓋もないのが現状なんです。編集畑の人間としては情けない限りです。

私たちの目指したものは、業界がどうなるかなど、志、文化の面からの、我ながら優れたコンテンツでした。今考えると、それは少し自己満足であったのかな、と言う気もします。でも残念ながら、志、文化、今後どうなるか、などのことに誰もお金を払わない時代なのではないでしょうか。

そういう本が紙で出ても、最近は売れないようです。オンラインになると、プロバイダ利用料、電話代がかかる上に、操作も面倒であり、見にくい。そういうわけでますますお金を払ってまで、本を買おうと思わない。

ひるがえって考えると、私自身もオンラインでお金を払う気にはなれない。ということは、コンテンツでお金を取るのは、非常に難しいことではないかというのが今の結論です。

紙の出版でも、現在は非常に厳しい状態にあります。現状でこれをオンラインで行なうには、勇気と覚悟と忍耐力がなければできないでしょう。私たちも最初から紙での出版を考えていたので、そこで何とか採算が合うのではないかと希望を持って始めたのでしたが、紙に行き着く前に力が尽きたという感じです。

でも、4か月の苦闘は無駄にはなっていません。すごくいい仕組を考えています。それは、またお話ししましょう。

↑すごくいい仕組み、ってなんだ? 忘れてしまった。気になるなー。


考え方の違いがあってお別れした十河進さんが、まだとっても仲良しだった頃に書いてくれた、柴田論がこれだ。「WONDER-J」「月刊IP NET」についても触れている。

・ひとことで言えば「変な人」
十河 進 デジクリ0755 2000/12/02
http://bn.dgcr.com/archives/20001202000000.html