ショート・ストーリーのKUNI[209]昔の男に会いに行く/ヤマシタクニコ

投稿:  著者:  読了時間:10分(本文:約4,900文字)



私の知り合いで、自称小説家のヒカガミゆめ子という人物がいる。そのゆめ子が年の初めのある日、私に電話をかけてきて言うには

「ねえ。あたしたち、もういい年じゃない」

「そうね」

「もう先が短いっていうか」

「まったくね」

「それで考えたんだけど私、昔の男たちに会いに行こうと思うの」

「会ってどうするの」

「どうしようということもないんだけど、会うとしたらもう急いだほうがいいと思うの。いつなんどきどうなるかわからないじゃない。あたしもだし、男たちも」

「まあね」

「だから、行くわ。止めないで」

こちらが止めるつもりもないし、止めたところで聞かないのはわかっている。そもそも5年ほど前に夫に逃げられ──そういうと本人は否定するが──、独り身のゆめ子なので別に何をしようと問題があるわけでもない。

というわけで、ゆめ子は昔の男に会いに行った。年の初めというのは、だれでも「今年は何か成果を出そう」と思う時期なのだ。

以下、ゆめ子から聞いた話。





冬といっても穏やかなある日、ゆめ子はまずジョージに会いに行くことにした。ジョージといってもガイジンではなく、名字が庄司というところからきたあだ名である。ミョージがジョージなのである。

なぜゆめ子が真っ先にジョージに会いに行くことにしたかというと、ジョージはゆめ子より20歳も年上だったからだ。孫がいてもおかしくない年齢のゆめ子より20歳上であるので、ジョージはかなりの高齢者ということになる。急ぐのである。

ジョージの住むところは、北に向かって電車に揺られて2時間あまりの街だ。10数年前に引っ越し、夫婦でひっそりと田舎暮らしをしているらしい。

電車に乗る前に、ゆめ子はまず、電話をしてみた。何年ぶり、いや何十年ぶりになるのだろう。元気だろうか。元気らしいとは風の便りに聞いていたけど、どんな様子なのか。何を言えばいいだろう。

友人から教えてもらった番号をスマホでタッチして、それがつながるまでのわずかな時間で、ゆめ子のどきどきは頂点に達した。つながるか。電話に出るだろうか。つながった。出た。

「ももも、もしもし」

「もし、もしいっ?!」

「あのう」

「もし、もし?! もし、もし!」

「あのう、ゆめ子……ですが」

「うまこ?」

「ゆめ子です……ゆめ子です」

「私は、庄司ですがね、うめこださんが、何の用ですかーっ!」

電話は切れた。なんだこれ。ゆめ子の緊張は一気にゆるんだ。ゆるんだどころかしぼんだ風船状態である。事前予想では

「ゆめ子です」

「え、ゆめ子?! まさか、あの、あのゆめ子なのかい?!」

「そうよ、ジョージ、ゆめ子よ、あたしよ」

「ああなんてことだ。ゆめ子、今でもあのころが昨日のことのように思い浮かぶよ」

「あたしも。今から会いに行ってもいいかしら?」

「いいに決まってるじゃないか、早くおいで。ぼくはずっと、ゆめ子を待っていたんだ!」

となるはずだった。困ったなあ。

電車の発車時刻が迫っていたので一応乗ってはみたものの、ゆめ子は予定を変更して途中で乗り換えた。大学時代につきあっていたトミーに会いに行くことにしたのだ。

トミーといってもガイジンではなく、名字が「富田」という日本人である。

トミーは乗り換え駅から大きく曲がり、ひたすら西へ西へと進む鉄道路線上の某駅近くに住んでいる。ゆめ子と同い年。同じ大学の友だちから友だちへと情報をあさった結果、居所はわかったが、それ以上の情報はない。

でも、ゆめ子の記憶の引き出しの中には、一緒に名曲喫茶で並んでコーヒーを飲んだことや、ギターの簡単なコードを教えてもらったこと、誕生日に絵本をプレゼントしてくれたことなどが、いまでも大事にしまい込まれている。

友人のヤマモトさんが「ねえ、あの人ちょっといいと思わない?」と言うので指さすほうを見ると、なんとそれがトミーであり、「ふふ、あたし、あの子とつきあってんのよ……」と心の中でにんまりしたことも、引き出しの中にはしまってある。そのトミーに目標変更だ。

降りたことのない駅で降りて、ゆめ子は住所をメモした紙を取り出す。だいたいの方角を駅前の案内板で確認して歩き出す。しかし、案の定、途中で迷ってしまった。

迷い出すと街全体が何やら無愛想でとりつく島もない、いやな感じの街に思えてしまう。ろくでもない人ばかり住んでいそう。空も何やら曇ってきた。どう考えても暗い前途が待っていそうだが、気のせいだ、きっと。

近くにあったコンビニのドアを開ける。店主らしき男と、ズボンのポケットに手を入れたまま店主と親しげに何かしゃべっていた、いかにも地元民らしいおっさんの二人がこちらを向く。

「あのう、○○町西、というのはどっちでしょうか」

「○○町西ねえ」

「ああ、知ってるよ」

おっさんが言い

「案内したろか」

なれなれしげに言う。腹の出た、薄汚いブルゾンを着たおっさん。髪は半分以上白髪で、それがぱさついている。トリートメントしようという気も起こらない日常を送っているのであろう。

ゆめ子はとりあえず笑顔をつくり「いいんですか? じゃあお願いします」と答える。

並んで歩き出すとおっさんは

「○○町西に、何か用あるんかいな、おばちゃん」と言う。むかっとするが、そこは大人だ。がまんして「ええ、ちょっと」と答える。

さらに歩いて行くとおっさんは

「○○町西のどのへんや?」と聞く。うーん……と思ったが、ええい、とメモに書かれた住所を見せると、おっさんは老眼らしく少し離して読み取り

「ここの人と知り合いか何かか?」と、ゆめ子のほうに顔を向けて言う。

ゆめ子ははっとした。足が一瞬止まった。それから、おっさんの手からメモをもぎとり、来た道を思いっきり走って戻った。

「どないしたんや、おばちゃん! おーい!」

息をきらして駅までたどりつき、ゆめ子は泣きそうだった。

トミーが……トミーがあんなおっさんになっていたなんて。しかも、私をわかってなかったなんて……いや、お互いさまだけど……涙がこぼれて、それから爆笑した。おなかが痛くなるほど笑った。

さらにくじけることなく、ゆめ子は翌日3番目の男にアタックした。意地でも成果を出したかったのだろう。

3番目はジミーだ。ジミーといっても日本人だ。もういいか。外見がとてつもなく地味だからジミーなのだ。大学を卒業した年、ある読書会で知り合った。小説から詩、詩論までよく読んでいて感心したものだ。2年ほどつきあったかなあ。

ジミーとはすんなり会えた。電話にすんなり出てくれて、普通にカフェで会うことになった。ジミーは30数年の時を経て、さらにジミ〜なおっさんになっていた。

勤め先を早期退職して、何かのNPO──何だったか忘れた、というかよく理解できなかった──を友人たちと立ち上げたそうで、その経緯をもういいというほどくわしく語ってくれた。小説のショの字も出なかった。

「ぼくもこの世界で長くやってきたその経験を生かしたいと、そして新しい働き方がここにあるのではという考えになってきたんですよ」

「何というか、一種の使命感というかそういうものを感じて」

「時代はかわってるんですよ。サービスの受け手と提供する側の関係が」

「早い話がこれがいま、こうなってるとします。そこへこれがこう来るわけですね。そのときどう対応できるか?」

「しかしあくまでサステイナブルに、これが肝要」

「まだまだ理解してくれる人が少ないのが現状ですね。どうわかってもらえるか、こちらの本気度が試されるところで」

「問題はひと。これがすべてと言っていい」

「先日も一日かけて××村に行きましてね。ご存じですか、例の○×問題で大いに揺れたところです。ここはまさにこの分野の実験場になりつつあるんです。いやあびっくりしますよ、あのパワーには」

ゆめ子があくびをかみ殺すのに必死になっていると

「ところで今日は何の用件で来られたんです?」


ゆめ子が私にふたたび電話してきたのは、それから一週間ほど経ってからだった。

「なかなか思うようにいかないもんだわ」

そもそもどう思っていたのか聞きたいところだ。

「ジョージのところへは改めて行ってみたの。電話の翌々日だったかな。そのままじゃすっきりしないので」

「そうなんだ」

「ジョージもいい年だし、ひょっとしてあたしの電話を振り込め詐欺か何かと勘違いしたのかもしれないじゃない。だとすると誤解を解いておきたいし。それで、また電車に乗って行ってきたわけ。

家はすぐにわかったわ。友だちが『Google Maps使ってないの?! あれって便利よー』というのでさっそくダウンロードして使ったみたんだけど、ほんとね、役に立った。

トミーのときもそうすればよかった……ことないか。あ、トミーはどうでもいいや、ジョージの家に行ったわけよ、うん。

結論から言うとね。行ったけど、会わなかったの。ううん、ジョージを見ることはできた。さすがに年だから衰えは隠せないけど、むかしむかしあたしがのぼせ上がった男だもん。すてきなシニアぶりだったわよ。

ジョージの家の前で、チャイムを押そうかどうしようかとためらっていると、庭に面した部屋のほうから話し声が聞こえるの。おや、と思ってつい聞き耳を立てると、ジョージと奥さんらしき人の声じゃない。そうそう、奥さんには悪いことしたかなと思ってる。大昔のことだけどね。

その奥さんの声が聞こえて──

『だって、あなたがまだあの人とおつきあいしているなんて、私が知って平静でいられると思います?』

『だから、そんなことないんだってば。おつきあいなんかしていないさ。信じておくれ』

『だって……一昨日の電話の時、なんですか、あんな見え透いたこと。耳も遠くないのに聞こえないふりをして。おまけに自分から電話を切ってしまったけど、すごく狼狽していることがわかりました。この狼狽の仕方には覚えがあると思って、私、ぴんときたの』

『誤解だよ、誤解。あやしげな電話だと思ったから、ぼけたふりをして切ってやったのさ。きっとなんだかんだといって、いくらかのお金を振り込ませようという算段だったんだろう。もちろんそんなものに乗せられたりしないけどね』

『本当かしら』

『本当に決まってるじゃないか』

『だって……』

──あたし、なんだかもういいかなと思って、チャイムは押さずに玄関を離れた。そのあと、しばらくしたらジョージが奥さんとふたり、仲良く買い物に出かけていくところを電信柱のかげから見て、満足して帰ってきた。それだけ」

「え、じゃあジョージは電話ですぐにあんただとわかったわけ?」

「そうみたい。そういえば、なんだかあわてた様子だったかも。あたしもジョージの声、むかしと変わってないなと思ったもんね。だから、向こうもきっとあたしだとすぐにわかったの。わかったのにわからないふりしたのね。ふふ」

「そうかー。あんた、あのころほんとに夢中だったもんね。さんざんいろんなこと聞かされたっけ」

「その節はお世話になりました」

「ははは。でも、おかしいね。いまだに奥さんがそんな反応するなんて……何十年も経ったのにね」

「そう。何十年も経ったのにね」

ゆめ子の声がちょっと湿っぽくなったが、すぐに普段通りになった。ゆめ子はその後、駅前で記念に自撮りして帰ったそうだ。

以上がゆめ子の話した一部始終であるが、最後のジョージの件については、ほぼ間違いなくゆめ子の創作であろうと思っている。

だいたい、朝ドラじゃあるまいに、そんなに都合良く盗み聞きできるものであろうか。超優秀な聴力で盗み聞きできたとして、そのタイミングでその話にばっちり遭遇できるなんて、どんだけの確率なんだ。

ともあれ、年を取って昔の男にもう一度会いに行こうなどと思ってはいけない。ゆめ子のような自称小説家にとっては、なんでもネタにできるからいいのだろうが、一般人は決してまねをしないほうが身のためである。


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子どもの頃から時々足がだるくなったが、この間突然、足がだるくてだるくて痛くてたまらなくなった。夜中にだる痛くて目が覚める。熟睡できない。昼間もだるいだるいで何かするにも集中できない。

このままずっと続いたらどうしようと思っていたら、数日後にすうっと治まった。なんだったんだ。冷えかなあ、それとも疲れ?