20XX年、敬語の混乱は止まるところを知らず、それはついに天上にまで届いた。
「ニュースをお伝えします。今日、○○県××町のコンビニで暴行事件がありました。店員の言葉遣いが気に入らないと怒った客が、店員をぼこぼこにしたものです。
店員が客に『おにぎりあたためますか』と聞いたところ、客は『なんだと、客に向かってその言葉遣いはなんだ、いまどきそんな敬語で通用すると思ってるのか、まともな敬語を使え!』と怒り出し、あわてた店員が『おにぎりあたためさせていただきましょうか』と言うと、客は『おまえはものの言い方を知らんのか! その程度で敬語と言えるのか!』となおも激高、店員がさらにあわてて『おにぎりさまをおあたためさせていただきましょうか』と言うも客は許さず『まともな敬語を使えと言ってるのがわからんのか!』と店員をどつき、どつかれながら店員が『おにぎりさまをおあたためさせていただいて申してもよよよよろしゅうござ、ござ、いませんでしょうか』と言うも客はパンチをゆるめず、とうとうパトカーが出動する騒ぎになったということです」
「あーあ、まただ。ほんとに最近おかしいんじゃないの」
「なんだって?」
聞き返したのは神様である。「あーあ」と言ったのはその妻。
「なんか地上では最近、敬語がいきすぎてて、変なことになってんのよねー」
地上のニュースを放映しているテレビを指さして、妻が言う。
「次のニュースです。**県の×○町のサラリーマン、○○▽▽さんが自殺未遂しました。上司から『敬語の使い方がなってない』と叱責され、気に病んでのことであったそうです。
○○▽▽さんが得意先に『私のメールは届いたでしょうか』と聞いたところ、気分を害した得意先が上司に『君は部下にどんな教育をしているんだ。うちは得意先なんだ。私めの拙いメールがもしやそちらさまに届いているかいないかを、よければご確認させていただきたいのですがお差し支えございませんでしょうか、くらい言うのがふつうだろっ!』と言い、上司が『おまえのおかげで恥をかいた』と○○▽▽さんを厳しく叱ったというものです」
「なんだこりゃ」
そう言ってる間にも
「失礼しました。先ほど視聴者の方からご指摘がありました。『ニュースをお伝えします』ではなく『ニュースをお伝えさせていただきます』ではないのか、アナウンサーが敬語を使えなくてどうする、とのご指摘でした。申し訳ありません。今後はそのように」
「へ〜〜」
「もう、ばかすぎて見てらんない。これ、なんとかならないの?」
「はあ? おれに言ってんの?」
「あんた、前にやったじゃない。ほら、人間たちが何だっけ、ほら、あのでかい塔、えっとえっと」
「バベルの塔かい」
「そうそう、その塔を造ろうとしたとき、あんた怒って人間たちの言葉をばらばらにしちゃったじゃない、あのときのあんたって、かっこよかったわ」
「ああ、そんなこともあったなあ……遠い目」
「あれができるんなら、たとえば敬語をなくしちゃうとか簡単にできるんじゃない。こんないざこざの元になるだけでつまんないもの、なくしちゃえば」
「あー、できないこともないけどなあ。うーん。バベルの塔のときはおれも若かったからなあ」
「うふ、今でも若いじゃない」
「なんだいなんだいその目つきは。いやだなあ。そんなふうに言われるといやと言えないじゃないか」
「やった。じゃ、頼むね!」
神様はひそかに当時の日記を探して該当ページを読みふけり、なんとか方法を思い出した。そうか。こんなふうにしたのだったか。へ〜。よくこんなめんどくさいことやったもんだ。
人間、若いときの自分って別人のように感じるもんだなって、だいたいおれ、人間じゃないじゃん。
で、神様は実行した。地上から敬語と分類されるものをきれーいになくした。
「ニュースを伝える。今日は春分の日で祝日だ。公園は家族連れでにぎわっている。あれ? これでよかったっけ?」
「上得意先の××物産へ。メールは届いたか。届いたら連絡くれ。え?! いや、ああっ、こここれは?!」
「1000円預かった。釣りの750円だ。にぎりあたためるか? いや、何言ってるんだ、おれは!」
「あんた、また、えらくすっぱりとなくしちゃったもんだね、敬語」
「ああ。けっこう手間だったよ。おまえは知ってるか知らないか知らないけど、日本語の敬語には尊敬語と謙譲語と丁寧語があってだな」
「知ってるよ」
「さらに敬称や敬意を表す接頭語なども含めて、一般に敬語と言われておる。このうち、丁寧語は残そうかと一瞬思ったんだけど、設定がややこしいじゃないか」
「設定するんだ」
「うん。その設定がめんどくさくて。だから、もう全部、すぱっと。『お』『御』などの接頭語も、敬称もなくしたよ。『さん』とか『様』とか『殿』『ちゃん』も全部。葬儀屋は困ってるだろうな。焼香の順番も呼び捨てだし……ぷはははは」
自分で言って自分でおもしろがっている。
「みんなうろたえてるよね」
「なくなったんだからわからないようなもんなんだけど、何だろ『あったものがなくなった』『何か足りない』という感覚はあるようだな、人間たち。ま、そのうち慣れるだろ」
「あ、この人も」
ニュースでは関西方面の映像が流れていた。見るからに大阪のおばちゃんが、「ほれ、アメあげよ……あれ?! 『アメ』のあとに何か足らんような?! 何やったやろ?」
チャンネルを変えると懐メロ番組で森進一がものすごく歌いにくそうに「ふくろ……ふくろ……」と額にしわを寄せて歌っていた。
「ちょっとやりすぎじゃないの。デパートの食堂の『子ランチ』なんて変だし、テンプターズの『神願い』ってどうよ」
「そんな古い歌は知らん。なんだよ、やれというからやったのに」
「やり方がおおざっぱなんだよ、もー。昔のあんたならもうちょっといろいろ考えてくれたと思うけどな」
「悪かったね」
「だいたいさ。よく考えたら相手を尊敬したり、大切にしようという気持ちを表すのは、おかしなことでもなんでもないじゃん。尊敬する気がないのに、うわべだけ敬語を使うから変になるのよね」
「急にまともなこと言うなよ、いい年して。ああこっぱずかしい」
「だからさ、新しい敬語表現を考えたらいいんじゃない。本来の敬語の意味にふさわしい表現ができるように。ね、ね、いいと思わない? ダーリ〜ン」
「おまえさ。甘い声を出せばおれが何でもやると思ってるだろ……もう、仕方ないな。確かにやり過ぎたかも知れん。ちょっと考えるよ」
翌日、神様は一晩考えたアイデアを妻に言った。
「なにそれ。基本的に必要かもしれない丁寧語および接頭語や敬称を復活させる、のはいいとして……あとは尊敬の度合いに応じた数だけ文末に『ぽん』をつけるって」
「いちいちこういう場合にはどんな言葉を組み合わせたらいいかとか、失礼じゃないとか、助動詞の活用形はどうだったかとか、考えなくていいんだ。
たとえば『先生が来たぽん』『王様が来たぽんぽん』『明日、御社に行くぽんぽん』『ではこれで帰るぽん』とか。シンプルでいいだろ。足りないと思えば付け加えることもできる。うん。われながらいい思いつきだ。画期的だ。ニュー敬語と呼んでくれ」
「頭おかしいんじゃないの。それともよっぽどめんどくさかったの」
「おかしくない。もう実行したし」
「ニュースをお伝えします。今日、○○県××町のコンビニで暴行事件がありました。店員の言葉遣いが気に入らないと怒った客が、店員をぼこぼこにしたものです。
店員が客に『おにぎりあたためますか』と聞いたところ、客は『なんだと、客に向かってその言葉遣いはなんだ、いまどきそんな敬語で通用すると思ってるのか、まともな敬語を使え!』と怒り出し、あわてた店員が『おにぎりあたためますかぽん』と言うと客は『おまえはものの言い方を知らんのか! その程度で敬語と言えるのか!』となおも激高、店員がさらにあわてて『おにぎりあたためますかぽんぽんぽん』と言うも客は許さず『まともな敬語を使えと言ってるのがわからんのか!』と店員をどつき、どつかれながら店員が『おにぎりあたためますかぽんぽんぽんぽんぽんぽんぽんぽんぽんぽんぽぽんがぽん』と言うも客はパンチをゆるめず、とうとうパトカーが出動する騒ぎになったということです。店員は全身あざだらけになりながらも、最後までぽんぽんぽんと叫び続けていたそうです」
「失礼しました。先ほど視聴者の方からご指摘がありました。『ニュースをお伝えします』ではなく『ニュースをお伝えしますぽんぽんぽん』ではないのか、
アナウンサーが敬語を使えなくてどうする、とのご指摘でした。申し訳ありません。今後はそのように」
「結局いっしょじゃないの、これ」
「そうだな」
神様は面目なさそうにチャンネルを変えた。
【ヤマシタクニコ】koo@midtan.net
http://midtan.net/
http://koo-yamashita.main.jp/wp/
食器洗いのスポンジ(ネットで覆われたやつ)をどこに置くか。私はずっと、横長のトレー型のスポンジ置きを使っていた。穴あきといっても裏側がすぐ汚れるし、場所もとるし、なんとなく不満なんだけど、まっいっか……と後回しに後回しを重ねることウン十年。
この間ふと、みんなどんなのを使ってるんだろう? 使い心地は? とネットを検索。そしたら、シンクの内側にぺたんと吸盤で取り付ける、ちっさいやつ(スポンジ1個だけはさむ型式)がどうも一番コンパクトで良さそう。
さっそく買ってきてそれに替えたら、流し周りが急にすっきりしたような! 今まで何やってたんだと思った。それにしても今は便利な時代だ。
向こう三軒両隣、どころか膨大なご近所さんに囲まれているようなもの。こんなことでいちいち悩むのは私くらいかと思ってると、たいていの場合、そうじゃなかったりするしね。