[4298] なぜ西郷さんは西南戦争を起こしたのか

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《厄年、恐るべし。》

■まにまにころころ[112]
 ざっくり日本の歴史(後編その29)
 川合和史@コロ。 Kawai Kazuhito

■クリエイター手抜きプロジェクト[494]IoT編
 ビット処理(OR)
 古籏一浩





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■まにまにころころ[112]
ざっくり日本の歴史(後編その29)

川合和史@コロ。 Kawai Kazuhito
http://bn.dgcr.com/archives/20170306140200.html
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コロこと川合です。結石に続いて、今度は肋骨にヒビが入った模様です。厄年、恐るべし。何をしたかというと、大急ぎで家を出ようとした時に足を滑らせ、転倒を避けるために踏み出した自分の右脚で自分の左胸に膝蹴りをきめまして。なんでそんなことができたのか、再現不能な曲芸。わーい! すごーい!

さて気を取り直して、今回も引き続き、西郷さんの話。前回、薩長同盟あたりまで行きましたので、いよいよ幕末も大詰めです。

第二次長州征伐は、陰で薩摩が支援する長州が奮戦しているうちに、将軍である徳川家茂が急逝して、うやむやのままに終わりましたと前回書きましたが、家茂急逝から半年ほどで、孝明天皇も亡くなっています。

幕末の混乱の渦中、ど真ん中にいた二人が相次いで亡くなったわけです。将軍は第十五代・慶喜に、天皇は明治天皇に。いよいよ本当に幕末ですね。

なお、家茂の病の要因は極度の虫歯にあったという説があります。虫歯怖い。


◎──倒幕へ

西郷隆盛と大久保利通を擁する薩摩藩は、薩長同盟を経て、長州の名誉回復に動くと共に、他の雄藩とも結んで幕府を牽制します。

幕府が進めていた開港の問題を皆で話し合おうという体で、松平慶永(松平春嶽・前越前藩主)、山内豊信(山内容堂・前土佐藩主)、伊達宗城(前宇和島藩主)、そして島津久光(薩摩藩主の父)が揃って京都で会談します。四侯会議と呼ばれるものです。朝廷も慶喜も加わっての、一大ミーティングです。

西郷さんたちには、こういった動きを契機に幕政を雄藩連合の合議制へと移行させていく狙いがありました。しかし、ここで慶喜が見事な立ち回りをみせて、西郷さんたちの目論見は失敗します。慶喜はやり手です。

西郷さんは決意しました。もう、幕府は力ずくで潰してしまおう、と。

一方で土佐藩は、将軍に大政奉還させて平和裏に新政府を興そうと考えました。

その後、様々な綱引きの結果、複雑な話になっていきます。


◎──大政奉還・王政復古・戊辰戦争

土佐藩からの建白を受け、慶喜は1867年11月9日「大政奉還上表」を朝廷に提出しました。政治を朝廷にお返ししますと。急に返されたところで、どうせ朝廷に政治なんてできるわけもないし、実質はそのまま引き続き、徳川が政治を握ることになるだろうという思惑込みで。

その裏で、西郷さんたちは朝廷の岩倉具視に働きかけて、倒幕の勅を得るべく画策していました。そして、偽勅との説も濃厚ですが、倒幕の密勅を得ます。大政奉還の上奏と同日のことです。慶喜の大政奉還によって、密勅は無駄に。

このあたりはもう、狐と狸の化かし合いというかなんというか、色んな人間の思惑が錯綜していて、ぐちゃぐちゃです。

岩倉具視と薩摩・土佐・安芸・尾張・越前ら雄藩の主導で、1868年1月3日に、王政復古の大号令として新政府の要綱が発表されますが、その数日後に慶喜はトップとして外交にあたっていますし、朝廷も慶喜ら旧幕府の力がないと何もできないために容認するしかないですし。

慶喜はそのままの勢いで元の体制に戻させようと目論見ますし、土佐藩の山内容堂は徳川を立てる形での新政府を望んでいましたし、西郷さんら薩長は当然、旧幕府勢なんてぶっ潰す気まんまんでいましたし。

紆余曲折を経て、結局は、薩長が駆け引きで上回ることになります。江戸で、1868年1月19日、薩摩藩の挑発に耐えかねた庄内藩(徳川方)が江戸薩摩藩邸を焼討ちしてしまいました。

これを機に、慶喜も周囲の薩摩への怒りを抑えきれなくなり、討薩へ動かざるを得なくなります。薩長の思惑通りです。

1868年1月27日、事態は戊辰戦争へと進みます。戊辰戦争の戦局は割愛。

西郷さんは司令官として新政府軍を率い江戸へ向かい、勝海舟との会談を経て、江戸城を無血開城させます。それまでに、めっちゃ血は流れてるんですけどね。江戸城下を戦火で焼き尽くさなかったってだけで。

その後はほどほどに立ち回り、西郷さんは薩摩へ帰ります。温泉地でのんびり過ごしていたら、「帰ってきたんなら藩政手伝って」と藩主に言われて藩政改革を行ったり。

そうこうしているうちに戊辰戦争も最終局面へ。箱館戦争の応援に向かった西郷さんでしたが、着いたら終わってました。薩摩から箱館ですし。

帰りに東京に寄った西郷さんは、そのまま東京に残るよう言われますが、断り薩摩に帰ります。もうやりきった感があったんでしょうね。新政府での地位や名誉にも無頓着ですし、連れている兵は薩摩藩の兵ですから、そのまま一緒に帰って行きました。

その後、何度となく打診されるも東京に出てこなかった西郷さんですが、欧州視察に行ってきた弟の西郷従道に説得されて、ようやく重い腰を上げることに。「にーちゃん、この国のためにもうひと頑張りせな、世界はヤバイで」とでも言われたんですかね。

西郷さんは大久保利通らと新政府の形作りにいそしみます。その中でも大きいものが、廃藩置県の断行です。島津久光がブチ切れて夜通し花火をあげたやつ。


◎──明治六年の政変

開国のバタバタの中で日本が諸外国と結んだ条約は、日本にとって不利な条件のものがいくつもありました。

国際社会の中では後進国だったので仕方のない面も多分にあったからですが、1871年(明治4年)、岩倉具視は、木戸孝允や、大久保利通、伊藤博文らを連れて、条約改正に向けて欧米に出発します。西郷さんはお留守番。この「お留守番」が西郷さんの運命を変えてしまいます。

お留守番の間、西郷さんは国内のトップとして手腕を発揮する日々でしたが、その中で、李氏朝鮮との外交だけが頓挫していました。

向こうに送った外交員の話では、何やらあっちは喧嘩腰だし、もう関わらないようにするか、力ずくで条約を結ばせるか、どちらかしかないでしょうとのこと。この力ずくで条約を結ばせてしまおうというのが、征韓論と呼ばれるものです。明治6年のこと。

板垣退助は、やっちまえ、との路線。西郷さんは、いやいや武力行使はあかん、自分が行ってちょっと話し合ってくる、と。

西郷さんの説得で、じゃあまあその方向で、とりあえず岩倉さんたちの帰国を待ちましょうかと落ち着きました。

大久保:ただいまー。

西郷:おかえり。ちょっと朝鮮行ってくるわ。

大久保:なにゆーてるねん、あかんて。外のことは置いとこ、今は内政やで。

西郷:いや、ちょっと行って話つけてくるだけや。

大久保:あかんて、今は内政やて。世界見てきてんて。ヤバイって。

議会:西郷さんが行くってゆーてるし、しゃーないんちゃうかな。

大久保:なにゆーてるねん、そんなん言うんやったら、もう政府辞めるわ。

岩倉:自分も辞めるわ。

西郷:あー、それやったら自分が辞める。

岩倉:どうぞどうぞ。

板垣・副島種臣・後藤象二郎・江藤新平:西郷さん辞めるなら、自分も辞める。

多くの人:自分らも辞める。

……なんだかんだで600人以上が辞めていきました。

政府に不満を持った人間が大量に、野に放たれたわけです。結果、不平士族の反乱という形になっていきました。

◎──西南戦争

鹿児島では、政府に不満を持って帰ってきた連中や、その影響を受けた若者が暴発するのを避けるために、西郷さんに相談して、私学校というものを設立。西郷さんの人徳で血の気の多い連中をコントロールしようとしたんです。

ところが、西郷さんの人徳が裏目に出て、私学校は一大勢力となるほどに膨れ、むしろ県政が私学校党と呼ばれる勢力に染め上げられていきました。

西郷さんはのんびりしたもので、狩猟と温泉を楽しむ日々を送っていましたが、政府はそんな鹿児島を危険視していました。私学校党は政府の指導など無視し、鹿児島は治外法権状態になっていたから無理もありません。

世間では各地で不平士族の反乱が起きていました。西郷さんは、それらの反乱を半ば楽しみつつ、ただそんな情勢の中で自分が少しでも動いたら私学校党の連中を刺激して暴発させてしまいかねないと考えて、温泉三昧の日々でした。単に温泉好きだっただけかもしれませんけど。

しかし私学校党は軍事調練までしていたり、鹿児島はまるで独立国家の様相。政府高官として残っていた大久保利通は、胃に穴があく思いだったかと……

なぜ鹿児島の状況を放っておくのかと周りにも詰められ、大久保は仕方なく、鹿児島の問題に手をつけようとします。まず武器弾薬を押さえにかかります。

その動きに反応して、私学校党に火が付きました。

西郷さんはあわてて駆けつけましたが、既に事態は収まりそうになく、先頭に立って政府と一戦交える決意を固めました。1877年、西南戦争の始まりです。

兵をまとめた西郷さんは熊本へと兵を進め、宮崎、鹿児島へと転戦しますが、最期は鹿児島の城山で「もう、ここらでよか」と自刃します。

西郷さんの死を聞いた大久保利通は、家の中をグルグルと歩き回りながら号泣していたそうです。

賊軍の将とされた西郷さんですが、西郷さんのことを気に入っていた明治天皇たちの働きかけもあって、1889年2月11日、大日本帝国憲法発布に合わせた大赦で赦され、正三位を追贈されました。

◎──なぜ西郷さんは西南戦争を起こしたのか

本人がこれといって何も言い遺してないので、分からないんですけどね。逆に、だから好き勝手に想像してみたいと思います。

私は、西郷さんの反乱とその最期は、新たな日本に捧げる政策の一環のようなものだったんじゃないかと。なんなら大久保とも話ついてたんじゃないかと。大久保は最後まで西郷さんと話をしたがって、止めようとしていたし、納得はしていなかったと思いますけども。

戊辰戦争という形で、武力で一気に政治体制を作り替えた西郷さんたちですが、それが成功すると今度は、その武力が行き場を失うんですよね。事が成った後、差し当たって必要なのは政治で、武力はお払い箱になるので。

もちろん、新政府にも軍の力は必要ですが、戊辰戦争で戦っていたのは、官軍を名乗ってはいたものの、薩摩や長州の藩兵であって、本当の意味での官軍ではなかったわけです。そのそれぞれの藩兵、つまり武士のうち、新しい世の中にいつまでも馴染めない人たちをどうするか。

明治6年の政変の前後、ああこれはなんとかケリをつけないといけないなと考えた西郷さんは、大久保に新政府を託して、自分が引き連れて出ていく形で血の気の多い連中を政府から一掃したのではないかと。その総仕上げが、西南戦争だったんじゃないかと。

そのせいで何人死んだと思ってるんだって話ですが、西郷さんはもし勝ったら、それはそれで責任とって、また新政府を一から作り直すぞってくらいの本気で戦ったと思います。結果は負けでしたけども。

勝った方の「官軍」も、西南戦争を機に露呈した脆さを引き締めることになったようですし、西郷さんの行動は、結果的に官軍を強化することにも繋がりました。

どっちに転んでも日本のため、そう思って命を尽くしたのではないかと。そう思えばちょっとカッコいい。

西郷びいき過ぎる話ですかね。(笑)

まあ、なんにせよ、西郷さんには西郷さんの正義があったんでしょう。それは、この時代の多くの人に言えることで、それぞれにそれぞれの正義が、あった。

ちょっとそれは酷いなーってなズルい手が使われることも、後から見ればバカなことをしたもんだなと思われる行動をとった人も、とんでもないことするなと思われる人も、この時代の有名人はたいてい、根っこには「この国のため」という動機が感じられます。

私欲で国を売るような輩が出てこなかったのは、なかなかにすごいことなんじゃないかなって思います。いたのかな。龍馬とか、武器商人とつるんで一儲けした感も無きにしもあらずですけど。(笑)

そう言えば坂本龍馬、まだ個別には取り上げてなかったですね。またそのうち。

◎──次回は

次回はどうしようか悩ましいところで。西郷さんの話、もう少し続けたい気もしますし、もう「ざっくり」は済んだ気もしますし。

ま、次回のことは、次回までに考えることにします。


【川合和史@コロ。】koro@cap-ut.co.jp
合同会社かぷっと代表

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ビット処理(OR)

古籏一浩
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今回はビット処理の論理和(OR)ついて説明します。論理和であるORの動作は、片方のビットが1なら1になります。つまり、0になるのは2つのビットが0の場合だけです。

0 と 0 → 0
0 と 1 → 1
1 と 0 → 1
1 と 1 → 1

論理「和」という文字のとおりビット同士の足し算です。0と0以外を足せば必ず1になります。

足し算と言っても計算した結果、桁があがることはありません。1+1=10になることはなく、1+1=1にしかなりません。なので通常の足し算(和)ではなく論理「和」なのです。

この性質を利用すると、特定のビットを1にすることができます(ビットを立てる、という言い方をする場合もあります)。

簡単なところで、数値を機数にしてみましょう。ANDは偶数にすることができましたが、ORなら奇数にすることができます。

奇数にするには1との論理和をとるだけです。

10 INPUT A
20 A=A | 1
30 PRINT A
40 GOTO 10

RUN
?0
1
?3
3
?4
5
?11
11

ORの利用例としては、画像などのデータを合成する処理があります。

IchigoJamなら、文字と文字を合成することができます。実際にやってみましょう。

IchigoJamでは、#E0番以降の文字の形状を自由に作成・定義することができます。#E0版以降の文字データは#700番地以降に入っています。#700番以降のメモリを書き換えると文字の形状も変わります。

?CHR$(#E0)
OK

左向きの矢印が表示されたら、以下のように入力します。POKEは指定したメモリの番地(アドレス)に指定した値を書き込みます。

`11111111は16進数では#FFです。

POKE #700,`11111111

実行すると、左向きの矢印の一番上に白い横線が追加されます。次に、以下のように入力してください。

POKE #700,`00000000

今度は一番上の白い横線が消えます。次に、以下のように入力してください。

POKE #701,`00000000

今度は矢印の文字の2段目が消えてしまいます。文字の2段目の内容を消さずに、横線を合成するにはどうしたらよいのでしょうか。

ここで論理和であるORの出番です。まず、PEEK命令を使ってメモリの内容を読み出し、その後合成します。

画面を消してから、CLP命令を使って文字のパターン(形状)を初期化します。

CLS
CLP
?CHR$(#E0)

これで準備OKです。次に以下のように入力します。

POKE #701, PEEK(#701) | `11111111

すると、先ほどとは異なり、矢印に合成される形で横線が表示されます。

`11111111でなく`10101010など、他の値でも試してみるとよいでしょう。

前回解説したANDとORを組み合わせて、キャラクタやマウスカーソルを表示する処理もできます。

ANDでキャラクタやマウスカーソルの輪郭を含めたマスクを作成し、その後でORを使ってキャラクタやマウスカーソルの形状を合成します。

現在では、このような合成処理は透明情報を持つαチャネルがあるので、ANDとORの処理をまとめて行うことができます。

最後に、Photoshopを使ってORの機能を使ってみましょう。とは言っても、Photoshopには明確にORとは書かれていません。ORはレイヤーの合成モードの「スクリーン」になります。

まず、何か写真などを開きます。その上に新しくレイヤーを作成します。レイヤー全体を真っ白に塗りつぶします。この状態で、レイヤーモードを「スクリーン」にします。

結果は真っ白な表示です。白色はビットにすると#FFFFFF(8bitの場合)、つまり全ビットが1です。1とのORですから、どんな色でも必ず白色になります。

次に黒色を選択します。ブラシか鉛筆ツールで白く塗りつぶしたレイヤーに、文字か何かを描きます。すると、下にある写真が表示されるはずです。

黒色はビットにすると#000000(8bitの場合)、つまり全ビットが0です。0とのスクリーン(OR)なので下の画像の色は全部透過します。

それでは次に、赤色(完全な赤色、つまりR=255,G=0,B=0)を選択します。レイヤーにブラシで描くと、下にある色が赤色なら紫に、緑色なら水色になります。これは常に赤色のビットが1になるためです。

青色や緑色にして描いてみるとよいでしょう。該当するビットだけが合成されるのがわかるはずです。

ビット処理に関する説明はこれで終わりです。他にもビットシフトなどもありますが、とりあえずNOT, XOR, AND, ORを知っていれば十分です。論理演算は動作を理解すればPhotoshopやIllustratorでも有効に使えるでしょう。


【古籏一浩】openspc@alpha.ocn.ne.jp
http://www.openspc2.org/

地元の本屋さんで漫画家のサイン会があったので行ってきました。実際にもらったサインはこれ↓



絵は独学ということで、結局のところ好きこそ物の上手なれ、ということみたい。あとは資料は重要なので、残しておくか収集しておくといいようです。

コンピューター関係でも、1980年代の面白かった時代の資料を捨ててしまった人が多いみたいですが、うちは1980年代のマイコンBASICマガジンとか残してあります(同じ本を二冊残してあって、一冊が使用するもので、もう一冊が保存用。でも、保存状況はそんなによくないけど)。

それにしても、漫画家は締め切りに追われる運命にあるようで。締め切りは無視するのが心にはいいけど財布には痛い……。

それにしても、サイン会には長野市や山梨県、東京からなど遠くから来た人が割と多くて、本屋さんに近い人は数人程度(私もその数人のうちの一人)

東京からサインもらいにくるなんて熱心なファンだなあ、と感心。ところが、漫画家さんが帰る直前になって東京から来たと言う人の素性が明らかに……。

東京から来た男性「小学館の○○です。編集の○○がお世話になってます」
漫画家さん「え? ええっ〜〜〜?」
東京から来た男性「滞りなくサイン会が終わってよかったです」

サイン会のオチを見てしまった……。

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・Adobe JavaScriptリファレンス
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・4K/ハイビジョン映像素材集
http://www.openspc2.org/HDTV/

・クリエイター手抜きプロジェクト
http://www.openspc2.org/projectX/


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編集後記(03/06)

●橘玲「バカが多いのには理由がある」を読んだ(2014/集英社、2017文庫化)。最初に「バカ」の定義がある。「本書でいう『バカ』は、ファスト思考しかできないひとのことです。それに対して賢いひとは、訓練によってスローな思考が身についています」って、よく分からないが、筆者はもちろんスローな思考が身についたお方であろう。ファスト思考はわかりやすくて快適だが、直感では解けない問題に遭遇したときにはスロー思考が必要となり、ひとはそれを無意識に避けようとする、のだそうだ。我々はみんなバカだけど、それでも「バカ」と「利口」の違いはあるそうだ。もちろん筆者は後者なのであろう。

この本は「週刊プレイボーイ」誌に掲載したコラム「そ、そーだったのか!? 真実(ほんとう)のニッポン」を再構成したもので、その時々の政治や社会問題について思ったことを、筆者のいう進化論や政治哲学を背景に、マスメディアと異なる視点で提供したという、重くも軽くもないエッセイである。おおむね理解できるが、同意できないものも少なくない。初出誌の読者を舐めている観もあって、書籍にまとめるならもっとていねいに手を加えて、筆者なりの一貫性を出したほうがよかったのではないか。嫌いな言葉だが「上から目線」は一貫している。可能な限り直感を捨て、ゆっくり考えよ、といわれてもなあ。

「人類史上、日本人だけがなしとげたスゴいこと」は興味深い記事。1575年、長篠の戦いで信長の鉄砲隊は、武田軍の騎馬隊を殲滅した。その12年後、フランスのアンリ4世が銃火器を使って“歴史的”な勝利を収めたが、鉄砲隊はわずか300人だった。ということは、少なくとも陸戦においては、16世紀の日本はヨーロッパの強国を一蹴できるだけの圧倒的な軍事力を有していた。1543年、種子島に鉄砲が伝来する。10年後には日本中の鍛冶が種子島銃を大量に生産した。日本は鉄の産地であり、極めて高い冶金技術を持っていたからだ。ところが、徳川幕府は鎖国と同時に、鉄砲の製造を事実上禁止してしまう。

鉄砲を捨てることが「武士道」を守る絶対条件だった。強大な軍事力を放棄し伝統社会に戻した。このことは、冷戦時代の欧米の研究者の注目を集めたという話。記事中、長篠では3000人を3分隊で配し、騎馬隊に1000発の銃撃という表現がヘンだが、まあとにかく世界一の軍事大国だったことは確か、それを放棄したのも確か。面白かったが、参考文献がある。ノエル・ペリン「鉄砲を捨てた日本人」(中公文庫)。出典明示は10数件あるのはフェアだが、鉄砲の件は多くを出典に拠っているようにみえる。なにか、自分で発見したようなタイトルだが。バカに属するわたしは、この本をそうとう胡散臭いと思う。 (柴田)

・次期学習指導要領の改定案では、小中学校の社会科で「鎖国」の表記をやめ、「幕府の対外政策」に改める。中学歴史でも「聖徳太子」を「厩戸王(うまやどのおう)」に変える。:新聞報道

「バカが多いのには理由がある」
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●「江戸の検屍官」どんなんだろう。ビッグコミックで連載中か……。

/ちゃおの付録に組み立て式のミニルンバ。てのひらサイズの机上タイプ。机の端に来ると方向転換して落下を防止する。吸い込むのは消しゴムカス程度とのこと。580円でこんなのがついてくるのか!

/もう組み立て動画が上がっていた。ナビゲーターは子供。うーむ、子供が番組作ってしまえるんだなぁ。

プロペラを回して吸い込ませる。タイヤで進み、進行方向についているバーが落ちたら方向転換。なるほどこうなっているのか。単四電池利用。

机の上で使うので、端ギリギリまで吸い込める。床だと端は取れないだろう。

懐かしいなぁ、あのモーターだ。学研の付録(昔のを頭に浮かべている)とか、おもちゃの電車とかに入っているタイプ。なので結構うるさそうよ(笑)。 (hammer.mule)

江戸の検屍官
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4091836089/dgcrcom-22/
表紙の男の人がイケメン。鈴木亮平みたいな

ちゃお。プリちぃ おそうじロボCHI-01
http://www.ciao.shogakukan.co.jp/kongetu/

動画