羽化の作法[34]拘留生活・その2 無感動なのだ。そう、無感動。
── 武 盾一郎 ──

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●1996年9月3日(火)拘留されて15日目の日記より 続き

ずーっと偏頭痛に悩まされる。お腹の具合もあんまりよくない。一応規則正しい生活をしてるのである程度体内時計は働いてるようだ。

弁護士さんは「これも芸の肥やし」だと言ってるが、留置所生活がこれからの制作活動に、何らかの良いスパイスになってくれるのか? 果たして本当だろうか?

「パクられる」という体験はしてもいいと思う。しかし、ここでの生活は確実にイメージ力を損なわせている。





ここは絶望ではないが希望がない

ここは悲しみに打ちひしがれる場所ではないが喜びはない

ここは空腹で苦しまないが満足はない

ここは汚い所ではないが美は存在しない

高く飛び上がるためには一旦低く屈まねばならない

矢を遠くに飛ばすには弓をいっぱい引かねばならない

しかし、かがみ過ぎたら尻餅をついて1mmも飛べない

弓を引き過ぎたら弓が折れてもう二度と矢は射られない

ギリギリの後退が最高の前進に繋がる

ああ! そんな事はどうでもいい。

◎(中略:以下同 ノートの言葉がダラダラと、何言ってるのか分からない言葉で埋め尽くされていまして、分かるところをピックアップしました)

一日の楽しみはタバコを吸う時だけ。けど、その時だって別に楽しいわけではない。幸せを感じるわけではない。



無感動なのだ。そう、無感動。

酒が飲みたくても飲めない。タバコも(自由に)吸えない。

プライバシーはまったくない。10畳ほどの狭い空間に5人が暮らしている。何の接点もない。動けない。自分の殻に閉じ籠る事すら不可能なのだ。

外の景色が見れない。太陽が、風が、緑が感じられない。新宿だというのにネオンの金と欲望の臭いすらない。あるのは灰色の壁と頑丈な鉄格子。

その鉄格子は鉄の目が細かくて空間の閉塞性をさらに高めている。トイレも外から丸見え。どこにも心が安らぐ場所がない。

だから自分の精神にインシュリンを大量に注射して仮死状態にしているのだ。

今、精神は仮死状態。目を凝らす事も、想いを巡らせる事もできない。



動物園の狭い檻の中にいる鳥と同じだ。羽ばたく能力を奪われて何も抵抗せず、何も悲しまず、与えられたエサをただ無表情にくわえこみ飲み込む。すべてが自動的だ。



新聞を見る。新宿署の関係記事は切り抜かれて白い紙が貼ってある。逮捕の次の日の夕刊にあった小さな空白紙は、きっと僕の記事だろう。新聞を見た瞬間にそう思った。



留置所生活よりも留置所生活後遺症の方がよっぽど恐いのだ。



慢性的な偏頭痛、慢性的なイライラ、慢性的な無気力、慢性的な脱力感、体がだるい。視力さえ霞んで落ちているのだ。座ってるのでさえかったるいので、ずーっと横になっている。筋力はめっきり落ちている。

横になって眠れれば楽なのだが、眠ることができない。眠ることさえできればもっと楽なのだろう。眠ることさえできれば、ここから逃げ出して潜在意識の中への旅ができるのに。

●1996年9月4日(水)拘留されて16日目の日記より



今日も眉間と左目の奥を中心に頭痛がひどい。気分も悪い。飯を食うが、食い終わった後の満足感は微塵もなく、何故だか吐き気がするくらいだ。

新宿署は都内でダントツで留置者が多い。やはり新宿は犯罪王国なのだ。次いで池袋、渋谷、あたりになる。しかし新宿だけは群を抜いて多い。

ここには留置室(男)が18あり、1〜2は独房、3〜16は6人部屋、17〜18は少年房だ。

新宿署だけで80人くらい男が留置されている。しかも、そのうちの1/4〜1/3は外国人だ。

よって各留置室でケンカが絶えない。幸い僕のいる10留置室は、取っ組み合いのケンカはまだない。しかし、これから先はどうなるか分からないのだ。

留置所に入れられたからといって犯罪者になるわけではない。極めて軽いもの、僕とか、から殺人までがここに居るわけだ。

それらが狭い部屋で生活するわけだから、トラブルが起きない方がおかしい、というわけだ。

今は午後の2時過ぎ。本当は僕は「接見禁止」なのでボールペンを借りられないのだが、同室のマレーシア人に頼んで借りてもらっている。

ボールペンを使える時間は午後の2時から4時、そして夜6時から8時の計4時間。この4時間だけが、本当の意味でここの気分から少しだけ逃れる事のできる時間だ。しかし丸々4時間使えるわけではない。

他の人から話し掛けられたら無視するわけにいかない。ちょくちょく話し掛けられるし、時間を持て余した人からちょっかいを出されたりすることもある。要するに自分の世界に浸れる時間はない、ということなのだ。

現在この10留置室には5人入っている。うち2人は組関係、1人はマレーシア人、もう1人が痴漢常習犯の22歳のサラリーマン。



留置室から出る時がある。それは、朝、布団を布団部屋に持って行く時。それから、朝の洗顔。「運動」という名の朝のタバコ2本。そして夜、布団を持ってくる時。

1日4回。まあ、出たところで留置所の中には変わりないので、心が晴れ晴れするなどといった事は一切ない。



ここに来て読む本は週刊誌、週刊漫画がメインであるが、とりわけエロ系のも
のが多い。エロ週刊誌を読んだ。頭の中は風俗ギャルでいっぱいである。最初
のうちは結構面白く読んだけど、今はもううんざりする。



しかし、今まで自分の好きな分野の本しか読んでなかったので、新分野を開拓した事になるのかも知れない。



新宿での制作で「モンモン(刺青)」見ても驚かなくなったが、ヤクザさんたちのいっぱいいるここで、本物と直に接触できて、なんだか行くところまで行けたような気もする。

新宿署にパクられてる人たちの1/3くらいはヤクザさんである。ヤクザと外人とその他ちょろちょろが、ここの人数勢力分布図である。

僕みたいなことでパクられてる奴はまずいない。活動家っぽいのも見あたらない。どうやら新宿はヤクザさんたちでごった返してるみたいだ。それでも一般人はそのスジの人と出会うことは滅多にない。

しかし、ここにいるとヤクザさんたちはとてもポピュラーに感じる。あっちにもこっちにもどこにでもってな具合に。



若い組関係の人たちがパクられてるのは大方「シャブ」のようである。「覚せい剤」という言葉、「シャブ」という存在がぐっと身近に感じられるようになった。

ここで一つ心配なのは、僕がこれからドラッグに手を出す可能性である。

麻薬にとても興味を持っていた年頃は過ぎたが、「シャブ」という存在をただ単に恐い、というものから、「ああやっぱりある所にはあるんだなあ」と、パイプが一本つながれば、いつでも手に入れられるんだなあと、本当に、現実的に思った。



以前は「覚醒剤やめますか、それとも人間やめますか」って言われたって、どうやってそれを入手するのかも分からなかったので無縁の世界だと思っていた。

もちろん、極道という存在もテレビか映画や物語の中でしか見つけることができず「ああ、こういう人たちもいるんだ」という程度だった。しかし、留置所にはその本物がウジャウジャいるではないか。

今、自分はその極道に挟まれて寝ているし、今この瞬間にも両側にヤクザさんが居て、僕はこのノートに文章を書き、右側では手紙を書いている山口組系の人がいて、左側には「シンナー」と「シャブ」を売っている「若いもん」が漫画「サンクチュアリ」を読んでいる。実に不可解な光景である。(つづく)

【武盾一郎(たけじゅんいちろう)/4月9日『仔猫のタムちゃん』演奏会】
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“小さな猫のタムちゃんは ある日ネズミさんに恋をしたけれども《事件》がおきて 深い闇に落ちてしまう…”

武 盾一郎・原作『ネズミに恋したネコのタムちゃん』が11曲の朗読劇『組曲 仔猫のタムちゃん』になりましたピアノとヴァイオリンと朗読でタムちゃんの心の世界を奏でます

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