歌う田舎者[59]三つのお願い ─旅立ちの季節に─
── もみのこゆきと ──

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四つのお願いを聞いてくれたら、あなたに夢中になって恋をしちゃう。それは、ちあきなおみである。わたくしごときが、ちあきなおみ先輩を超えるわけにはいかないので、卒業生を送り出すにあたって、慎ましく三つのお願いをすることにした。

毎週毎月デジクリに書いているわけではないので、あんた誰? という読者の方にご説明すると、わたくし、闇組織でお子様方をサイバー戦士にする仕事をしているのであるが、苦節3年で契約終了。3月末でインチキ講師稼業から足を洗うことになったのである。

詳しくはこちら↓
歌う田舎者[56]ヘレン・ケラーかく語りき
https://bn.dgcr.com/archives/20160603140200.html


ちなみに先日の送別会で、「もみのこ先生が年取ったら稲田防衛大臣に似てますよね〜」と調子こいた酔っぱらいオジサンたちに言われたのだが、どこをどう比べてもメガネをかけていること以外に似ている点はないというか、年取ったらって、これ以上年取らせてどうすんのっていうか、すでに年取ってますがオッサン喧嘩売っとんのかゴルァ。

それはおいといて、今年の卒業生には妙に情が移っちまったなあ。なぜだろうと思ったら、担当学年として入学から卒業までずっと見ていたからに違えねえ。

授業ではふざけたことしかやっていないので(例えばエロトークとかエロトークとかエロトークとか…それしかやってないんかい!)、最後の授業くらいは真面目な話でもして締めようかと、柄にもなく考えた次第である。





そのエロトークであるが、お子様方がxvideoの話で盛り上がっていたときは、いやいやREDTUBEってのもあってだな、そこ見ると、エロビデオにもまあいろんなジャンルがあって、Categoriesに並ぶ分類名の英単語とか理解できるようになると、世界が広がるわけだなこれが。

英語の勉強は、そのためにするもんだよ。あ、おいおい、保護者に言うなよ、とうちゃんならいい、かあちゃんはダメだ的な一般教養の指導をしたりなんかしてたわけであって、まあバレて懲戒免職になる前に契約終了でめでたしめでたし。

……というエロトークの詳細が本題じゃなくてだな、三つのお願いの話だよ。

話を戻すと、なんといってもわたくし、インチキ講師稼業は食い詰めて仕方なく始めたのであって、ほんとは人前でしゃべるのは超絶苦手なのである。教科書やパワポのスライドなどのガイドがあるならまだしも、手元に何の材料もなく授業一コマ分しゃべるとか、地獄の責め苦なのである。

それなのに、なぜか人前でしゃべるのが得意だと世間様に誤解されているようで、会社勤めのころは、おそらく一番プレゼンをやらされた女子社員で、結婚式に呼ばれれば友人代表のスピーチを頼まれ、緊張のあまり目の前のごちそうを食べる気にもなれないと言いながら、すべて平らげるという人生であった。

間違いだっつの。だいたい話してる途中で頭が真っ白になって、放送事故みたいになっちまうんだっつの。

ぴちぴちに若かりし頃は、タカラジェンヌかシンガーソングライター(今や死語ですかコレ)になりたかったのだが、本当にならなくて良かった。“なれなくて”だろうというツッコミは要らないwww。

歌詞やセリフを暗記して、ライブでアウトプットするということが超絶ダメなのだ。NHKのど自慢で歌う人々を見ると全員天才に見える。

そんなわけで、卒業するお子様方に、三つのお願いというお話をしたのだが、ほーら、またやっちまった。頭が真っ白になって、脳内原稿のエピソードをいくつもブッ飛ばして、うまく話せんかったやないかい(号泣);;もしかして認知症きた?

悔しいので、本当はこういう台本で卒業するお子様方に話したかった……という脳内原稿を、デジクリに真面目に書いておくことにする。


【1】自分の食い扶持は自分で稼ぐこと───金はこの世の悩みの9割を解決できる

みんなに話をするのは、この時間が最後になるかなーと思うので、たまには真面目な話をしようと思ってんだな。三つ、お願いがある。ひとつ目は、自分の食い扶持は自分で稼ごうってこと。

10年くらい前の話だけど、勤めてたIT企業を辞めたあと、仕事どうしようと思いながらデパ地下歩いてた。すごく美味そうなカニクリームコロッケがあったんだ。1個150円。でも買えなかった。

財布に150円が入ってなかったわけじゃない。でもこれからお金が入ってこないんだと思ったら、150円払うのが怖かったんだ。そういう人生は辛い。

自分が生きていくために必要な金は、自分で稼がなきゃいけない。君たちを食わしてくれる親が、いつまでも元気で金を出してくれるとは限らない。結婚した旦那が食わしてくれたとしても、離婚するかもしれない。

わたしの親は生れたときから仲が悪かったんだ。母の口癖は「別れたいけど仕事ができないから、金を稼ぐ手段がないから別れられない」だった。

だから、わたしは小さいときから、とにかく金を稼げないとイヤな相手と離婚することもできないんだ、金がなければ自由もないんだと、金のない恐怖みたいなものをいつも感じて生きてきた。親の喧嘩はだいたい金をめぐってのことだったしね。

だから仕事はなんでも良かったんだ。とにかく学校卒業したら、なんでもいいから金を稼がなきゃって。

それと、就活もすごくイヤだった。相手に品定めされるあの感覚って、自分の居場所がこの世にないみたいに思えてさ。だから最初の内定が取れたときに、これ以上就活したくなくて、そこに決めたんだ。それがたまたまIT企業だっただけ。だからITに夢や希望を持ってたわけじゃない。

最初はプログラムを組むってことが意味わかんなくて、とにかく早く辞めなきゃと思って透明人間みたいになってた。でも一年が過ぎたときに、とある役場のサブシステムを設計から一人でやれって仕事を振られた。

半泣きだったけど、そのプロジェクトで、システムを作る仕事の輪郭がおぼろげながら見えてきた。自分で仕組みを考えて、それがシステム上できちんと動き出したとき、ちょっと楽しかったんだよね。

就職試験の面接練習で何度か君たちに聞いたよね。「あなたがこの会社で実現したい夢はなんですか」とかさあ。面接練習テンプレートに載ってるから、そういう質問してたけど、ほんとバカバカしい質問だと思う。働いた経験もいないのに、夢だの希望だの、わかるわけねーって。

この中には、内定先がほんとに行きたかった会社、行きたかった業界じゃない人もいると思う。でも、夢も希望も抱いていなかったその仕事をやってみて、はじめてわかることがあると思うんだ。一生懸命取り組んだ先に見えてくる景色の中に、夢ややりがいってものが姿を現すんじゃないかなあ。

ここはITを学ぶ学校だから、学校としてはIT方面に就職してくれた方が実績にはなるんだろうけど、どんな仕事でも、業界でも、一生懸命取り組んで自分の食い扶持を稼げたら、それでいいと思う。

でも、最低限の衣食住を賄うだけのカツカツの収入では辛い。あと少しのプラスアルファが必要だよ。

朝から晩まで働き詰めで辛いとき、旨い酒でも飲みたいとか、美味しいもの食いたいとか思うかもしれない。金が要る。

気分転換に映画でも見たいとか、ライブ見に行きたいとかあるかもしれない。金が要る。今の状況からステップアップするために資格が必要だったら、そのために参考書を買わなきゃいけなかったり、学校に通う必要があるかもしれない。金が要る。

イヤな男から逃亡しなきゃいけない日が来るかもしれないし、ある日突然、親の借金が降ってくるかもしれない。なにもかも金が要る。

そうなんだよ。金さえあれば、この世の悩みの9割は解決できる。最低限の衣食住にプラスアルファがあれば、一歩だけ先に進むことができる。そのプラスアルファが気持ちの余裕になるし、気持ちに余裕があれば人にも優しくできる。

だから、君たちには、自分の食い扶持プラスアルファを稼げる人になってほしいんだ。それが、わたしのひとつ目の願い。

ちなみに、就職して金稼ぐようになって最初に考えたのは、家に金を入れたら、親の不仲が改善すんじゃないかってことだったんだ。金が喧嘩の元だったからね。新入社員の給与やボーナスなんて大したことないんだけど、その金額の割にはでかい金を家に入れた時期もあった。でも何も解決しなかった。

今思うと、あれは金じゃなかったんだよなあ。愛されない哀しみみたいなものを“金”と呼んでいただけだったんだろうなあ。金で解決できない1割のことは、どうすれば解決できるのかなあ。


【2】人とのゆるやかなつながりを持っておくこと───外に開かれたチャネルは自分を救う

♪1年生になったら ともだち100人できるかな♪ って歌、大嫌いなんだよね。友達の数を自慢するヤツって、縄張りとか勢力範囲とか権力に執着する傾向が強いと思うんだな。自慢じゃないけど、わたしは友達と呼べる人間は少ないぞ。

だからどうした! くらいにしか思ってないけど。でも、友達じゃなくていいんだけど、ゆるやかに人とつながっていた方がいいと思うんだ。

さっき話したけど、わたしは夢や希望を抱いてIT企業に入ったわけじゃない。でも、仕事をするうちに、こりゃ意外と面白いなと思い、20年近く、その会社に勤めたんだ。

でも、いろいろあって、ほんとにいろいろあって辞めることになった。メンタルがめちゃめちゃに壊れて、会社に行けなくなったんだ。死にたくてさ、死ぬこと以外考えられなくてさ。だから、あまりいい辞め方してないんだ。

仕事自体は好きだったし続けたかった。だから、辞めたあとに、その会社の人と会うのはイヤだった。いろいろ思い出すと悲しくなるしさ。こっちは収入なくなって惨めだし。なのに、ときどき飲み会の誘いとか来るんだ。

声をかけてもらえるって、ありがたいことだと思うんだよ。でもね、ほんとは、もう誰もわたしに構わないでって、部屋の片隅で耳も目も塞いでいたかった。捨てておいてよ……ってのがそのときの正直な気持ち。でも、断るのも失礼かな…と思いながら、ゆるやかに細く細くつながってた。

その後、細い糸のいくつかは、わたしが必要としてる情報を教えてくれたり、フリーランス時代に仕事をつないでくれたり、困ったときに相談相手にもなってくれた。そう言えば、この学校で働くことになったのも、細い糸がつないだ縁だね。

メンタルやられちゃったときに、何もかも楽しくなくて、習い事も辞めちゃったんだけど、そのときに掛かってた精神科医がこう言ってた。

「ああ、辞めないほうがいいのに……と思ったけど、もう辞めちゃってたから何も言えなかったんですよね。自分の世界だけじゃない、外の社会とのチャネルがあることって、結構たいせつだったりするんですよ」

絆って単語は、震災以降、手垢まみれになってしまった気がして、わたしはあまり使いたくないんだけど、そんなに大げさなつながりでなくてもいいから、糸電話レベルでいいから、人とつながっていることって、大切だと思うんだ。

何かつらいことがあって、気持ちが内向きになってしまうと、外界の光は見えなくなってしまう。外につながるチャネルを持っていれば、そこには違う見方や価値観があることに気づけるかもしれない。

だから、つらいときに心を閉ざさないでほしい。外の世界への糸を垂らしておいてほしいと、そんなふうに思ってる。


【3】情報が事実かどうか自分の頭で考えること───信憑性のない情報に躍らされるのは人生の時間の無駄

学校でも、これから君たちが入社していく会社でもあると思うけど、「誰かが君のことをこう言ってたよ」って話は、あまり真面目に受け取らないほうがいいと思う。伝聞は、本当のことかもしれないけど、そうじゃないかもしれないよね。君の目で、耳で確かめたわけじゃないし。

誰かが君のいいところを100か所もあげて褒めていて、一か所だけ、ここが欠点なんだよね、と言ったとする。でも、間に立ってる人が欠点の話だけ伝えたら、あまりいい気持ちしなかったりするよね。まるで悪口を言ったように伝わるかもしれない。

間に立ってる人は嘘ついてるわけじゃないんだよ。真実を伝えてる。真実を伝えてるけど、他の情報はバッサリ切ってる。伝聞は、生の情報を入手した人が、どんな編集をして君に伝えたかによって、印象がまったく違ってしまう。

わたしは全日本疑り部会理事を名乗るくらいに疑り深いので、「証拠は?」といつも疑ってる。授業でくだらねーTwitterネタとかやってたけど、あれは君たちに紹介する前に、どのくらい信憑性のある情報か調べたりしてたから、準備には超絶時間かかってんだよ、実は!

それはさておき、君たちはインターネットの時代に生きていて、情報は掃いて捨てるほどに溢れかえってる。その中には誤報やガセネタ、意図的な嘘も山のようにある。大手新聞社みたいなマスコミが情報ソースなら安心かというと、それも怪しかったりする。

その情報が君にとって大事なことなら、まずは一次情報にあたってほしい。人が編集した情報ではなく、一次情報に。そしてそれをどう解釈するのが正しいのか、自分の頭で考えてほしい。

自分で考えなくなると、誤報やガセネタに振り回される。大きな話で言えば、政治に騙され、歴史に騙される。国を、未来を誤る。

……なんて柄にもねーことを話してしまったけど、最後だからいいよな。あんましうまく話せなかった気もするけど。

会社に入ったら、きっといっぱい失敗すると思う。そりゃ失敗しないでやれるのが一番いいかもしんないけどさ、新人は失敗するんだよ。失敗しながら覚えていけばいい。間違いながら、それを修正しながら、君の人生を強く生きていってほしいと思う。

もう一度まとめるよ。君たちに三つのお願いだ。

【1】自分の食い扶持は自分で稼ぐこと
【2】人とのゆるやかなつながりを持っておくこと
【3】情報が事実かどうか自分の頭で考えること

たまに思い出してもらえるといいなあということで、最後の教壇を降りたいと思います。

※「四つのお願い」ちあきなおみ


※「花になれ」指田郁也
↑弾き語りでもできれば、最後に歌いたかった歌


※あまりいい辞め方できなかったときのこと
@IT デスマーチで嫁(い)き遅れました「熱い想い」
http://el.jibun.atmarkit.co.jp/engineerx/2009/03/post-a4bf.html

@IT デスマーチで嫁(い)き遅れました「うらみ・ます」
http://el.jibun.atmarkit.co.jp/engineerx/2009/03/post-7213.html

@IT デスマーチで嫁(い)き遅れました「さよなら夏の日」
http://el.jibun.atmarkit.co.jp/engineerx/2009/03/post-e547.html



【もみのこ ゆきと】qkjgq410(a)yahoo.co.jp

柄にもない真面目な話はこっ恥ずかしい。しかし今年卒業したお子様方は、どいつもこいつも可愛かった。そんなこんなで、わたしもインチキ講師稼業を卒業しました。

このあとどーすんだよということですが、ゆるやかなつながりの先の先の知り合いの紹介で、IT業界に戻ります。

……ホントに戻れるのか?? なんつってもカビが生えたBBAだしな、試用期間中にクビになったりして><。そのときは、またデジクリのネタにしよう。