わが逃走[200]YMOを語るの巻 その1/齋藤 浩

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私のポスター『鮨』が、光村図書の高校教科書『美術1』に掲載された。もし『鮨』でなく『パン』だったら、検定を通過しなかったかもしれない。(時事ネタ)

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親戚のおばちゃん達は、デザイナー=森英恵、デザイン=花柄だと思っている。また、私がデザイナーをしていると知って、そんな横文字仕事で(=会社勤めもしないで)大丈夫なのかしら、と心配してくれていたようだ。

そんなおばちゃん達にこの本を見せれば、まあ、あんたも立派になって、と喜んでもらえることだろう。

ちなみに実家の母に報告したところ、「それじゃあの有名な“笛を吹く少年”と一緒ってことじゃない!たいしたものよ」と褒めてもらいました。

さて、気がつけばこのコラムも200回を迎えたわけだ。それにしてもよく続いたなあ。これもひとえに、書きたいことを書かせていただいたおかげと言えましょう。みなさんありがとう。

で、今回はいちおう節目だし、より一層書きたいことを書こうと思い、私の人生を変えた事件について書き留めておこうと思う。

“事件”とはイエローマジックオーケストラのことだ。





私にとってYMOとは音楽であり、美術であり、バブル前夜の、知的で文化的な意識の急激な高まりそのものだった。

毎朝7時にNHK『ニュースワイド』のテーマ曲で目覚め、毎週火曜日の夜は、ぼそぼそと聞き取りにくい坂本龍一の声を必死で追いかけていた。ミニマルで実験的なアルバムの“真意”を理解しようと、何度も繰り返し聴き込む12歳。

「知的で文化的な意識の急激な高まり」は、「小難しい=カッコいい」という誤解となって、『ビックリハウス』でコピーライターという職業を知り、『西武美術館』でバウハウスを知り、キネカ錦糸町にてパラジャーノフの『ざくろの色』を上映後10分で爆睡するなどの原動力となっていったのだ。

●ライディーン

最も有名な一曲といえばこれだろう。初めて聴いたのはたしか小学4年生だったか。

うろ覚えだが、ピンク・レディーの二人がこの曲で剣の舞を披露する、といった番組を見た記憶がある。これが捏造された記憶でなければ、まさにひとつの時代の終わりと始まりを目撃したことになる。

ライディーンは大ヒット曲だったが、小学生の私はそこまで驚かなかったし、そこまでの興味の対象にもならなかった。

それというのも、タケノコ族がこの曲に合わせて踊っているのを見た影響が大きい。

今ならそれもひとつの風俗として受け入れられたと思うのだが、子どもの私にはどうしてもタケノコ踊りの良さが理解できず、その結果初期YMOについては完全に「スルー」であった。

テクノポリス、ライディーン、コズミックサーフィンなどノリのよい曲が大ヒット、二度のワールドツアーを成功させたかと思えば、スネークマンショーとのコラボで世の音楽評論家を敵にまわすも「いいものもある、わるいものもある」の“いいもの”を作っているYMOには誰も反撃ができない。

コワい者なしの快進撃を続けるYMO、にもかかわらずその表情は実にクール。
YMOという現象をまるで人ごとのように語る彼らは、ホントにかっこよかった。
YMOはまさに時代そのものだったのだ。

●MASS

私の運命を決めたのはこの曲。当時小学5年生だった。小学生の情報源は主に口コミだ。

中学生以上の“お兄ちゃん”が聴いた深夜ラジオを、弟が伝聞でぼくらに教えてくれる、といったネットワークには「ヒカシュー」「プラスチックス」といったテクノバンドの名前が並ぶ。中でも突出していたのが「YMO」だ。

そのとき私は、まだそれがイエローマジックオーケストラのことと知らず、イエローマジックオーケストラも悪くないけど、YMOもいいね、とか訳わからん知ったかぶりをしたものだ。

そんなとき、父が会社でノベルティとして使ったというシングルレコードをもらってきたのだ。それこそ私の運命を変えた『MASS/CAMOUFLAGE』だった。

当時の齋藤家にはいちおうステレオプレーヤーは存在していたが、かけるレコードは父の落語と、母のクラシックと私の『銀河鉄道999ドラマ編』くらいしかなかったので、もらいものだろうがなんだろうが、かける盤があることがまず嬉しかった。

で、針を落とすと同時に鳥肌が立ったのだ。

今までに聴いたことのない音と旋律。それはまったく異質で新しく、美しいなにかだった。

暗く、重たいのに気持ちいい。いったいコレは何なんだ???

●CAMOUFLAGE

B面に針を落とす。
リズミカルでノリがイイようでいて陰鬱な世界。
美しい恐怖、美しいはかなさ、絶望と希望の光。

といったものがミックスされて、吐き出されるようなものすごい情報量。
目を閉じると見たこともない短編映画が再生される。
すごい! これは脳内からビジュアルを引き出す装置だ。

聴き終えて、しばし呆然とする。
改めて聴く。何度も聴く。
スルメのように、聴けば聴くほど味わいがにじみ出てくる。

今思えば、初めてブレードランナーを見たときの印象に、限りなく近かったように思える。

こわくて、悲しくて、それゆえ美しい“何か”と出会ってしまった戸惑い。

まさにそんな瞬間だった。(つづく)


【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
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1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。