Scenes Around Me[03]CONTAXを酷使する/関根正幸

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前回に続けて、記録行為をするようになった経緯を書こうと思ったのですが、その前に、1995年以降、現在も(細々ですが)使い続けているCONTAXというブランドのフィルムカメラとの関わりについて触れることにします。

CONTAXというカメラブランドのことは、私が説明するよりも、wikipediaをご覧いただいた方がいいと思います。

https://ja.wikipedia.org/wiki/コンタックス

CONTAXを知るようになったのは、当時通っていた大学の生協の書籍コーナーに平積みになっていた、写真に関する本を立ち読みしたのがきっかけでした。

その本の著者名とタイトルについては記憶が曖昧だったのですが、今回原稿を書くにあたり、国会図書館で調べたところ、日沖宗弘「プロ並みに撮れる写真術」だと分かりました。




この本は第1集が1991年に出版されていて、「ひとりで仕事をする研究者・ライターのために」という副題があるように、カメラマンを雇う余裕のない研究者・ライターが取材先で失敗のない写真を撮るための指南本で、当時それなりに売れたらしく、第4集まで出版されたようです。

私が手にしたのは1993年に出版された第2集で、CONTAX T2というカメラを紹介している個所を読んでいました。

前回書いたように、当時は自転車で中山道の道筋を辿り写真を撮っていたので、なるべくかさばらず写りが良いカメラを探していました。

でもズーム式のカメラが希望だったこともあり、38mmの単焦点レンズの付いたCONTAX T2は購入しませんでした。

結局、カメラは1995年に仕事の関係でまとまった金が入った際、CONTAX TVSを12万円で購入しました。

そのカメラは1997年の秋、旅行中、一脚にくくり付けて自転車で坂を下っている途中に転倒、アスファルトに叩きつけて大破しました。

そのまま、数か月カメラを持たずに過ごしましたが、1997年の暮れに同じ機種を購入(ただし中古)しています。

さらに、交換レンズ式のカメラであるCONTAX G1が後継機種の発売により値下がりしたため、中古のボディと28mmのレンズを1998年夏に購入、以来、同じ機種を使い続けています。

ただし、カメラの使い方が荒っぽく、ボディは何台もダメにして、中古品のボディの購入を繰り返しました。

例えば、多少の悪天候でも、スイッチ付近を軍手で簡単に覆うだけで使ったり、蓋がしっかり閉まっていないペットボトルとカメラを同じカバンに入れて、カメラをショートさせたこともあります。

また、カバンから落下させるのは日常茶飯事で、酷かったのは、カメラを三脚に付けたままその場を離れたところ、脚が緩んで三脚が倒れ、レンズがボディから外れなくなった時で、メーカーに修理不能と診断されました。

詳しくは、2014年の横浜トリエンナーレで展示されたアートビン(アートのゴミ箱)に、G1のボディを11台捨てた時の日記と映像(youtube)がありますので、それを紹介します。

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長い間、同じ機種のフィルムカメラを使い続けています。

その間に落下や冠水などの不注意によってカメラを何度か修理に出しました。

忘れもしませんが、たまたま見に行ったソンクラン(タイの水かけ祭り)で水をかけられたのがカメラを修理に出した最初で、その後も故障するたびに修理に出していました。

しかし、ボディに関しては数年前にメーカーのサポートが終了したことと、その大分前からボディの中古価格が修理費を下回るようになったことにより、ほぼ使い捨て状態になりました。

購入した時点では良い状態のボディ(少なくとも外見は)も、衝撃や雨天での使用がたたって、具合が悪くなったり、挙動不審になったりしました。

ピント合わせのダイヤルがしぶくなったり、ファインダーの視力調整ダイヤルが壊れてボケボケの状態で使わざるを得なかったこともあります。

オートフォーカスがうまく作動しない場合は(これはボディの個体差があるので故障とはいえないのですが)、コンベックス(メジャー)を使って距離を測ることも。

そうこうするうち、レンズの繰り出しに異状をきたしたり、シャッターやフィルムの巻き上げに問題が出たりすると、買い替えを検討しましたが、それでも、決定的なことが起こるまでは、だましだまし使い続けました。

そうして、新しいボディを手に入れたとき、どうして今まで我慢して前のボディを使い続けたのだろう、と痛感するのですが……

ということの繰り返しで、気がつくと壊れたカメラのボディが11台になっていました。

これらのカメラは夏に板橋 ART STUDIO DUNGEONでの「記録魔」展で展示しました。

そして、このたび横浜トリエンナーレのアートビンに申請したところ、失敗の歴史と認定されたのか、それとも、撮影した写真も廃棄すると申請したことが功を奏したか、申請が通ってしまったので、これから横浜に向かいます。

ボディにとって最後の晴れ舞台になるとは思います。

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今回紹介する写真は、上述の通り、1997年の暮れに2台目のCONTAX TVSを購入した直後に撮影しました。

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これは、3月の高円寺鳥渡で展示したもので、その時準備したテキストを紹介します。


1997年12月 東京大学駒場寮 北寮1階オブスキュアギャラリー

歌舞伎の女形中村しのぶ(芝のぶ)さんは、歌舞伎の演目「鳴神」を題材とした芝居の上演を企画、1997年末に2日に渡り公演を行ないました。

しのぶさんは当時、占い師に余命が30年と占われたことに焦りを感じ、自らが鳴神上人を籠絡する美女役を務める芝居を企画したのだそうです。

写真は会場入口で出番を待つしのぶさん。

CONTAX TVSを小さな三脚にくくりつけ、低い位置からノーファインダーで撮影したので、ピントが後ろに抜けて廊下の奥行きが目立っていますが、妖しの者を演じているのでピントが合わないほうがそれらしいと、強がった記憶があります。

駒場寮関連の話は、後日改めて触れることにします。


【せきね・まさゆき】sekinema@hotmail.com
http://www.geocities.jp/sekinemajp/photos

1965年生まれ。非常勤で数学を教えるかたわら、中山道、庚申塔の様な自転車で移動中に気になったものや、ライブ、美術展、パフォーマンスなどの写真を雑多に撮影しています。記録魔。