ショート・ストーリーのKUNI[213]そのむかしポケモンgoというものがあってな
── ヤマシタクニコ ──

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わしにインタビュー?

あんたも変わった人やな。こんな年寄りに何聞くねんな。いやいや、覚えてることは何でも言うけどな。

そうやなあ。わしが今94歳やから、かれこれ40年前になるなあ、ポケモンgoをやってたのは。ポケモントレーナーには中高年がけっこう多かったわけやけど、わしもそのひとりでな。いやいや、長生きしてしもたもんや。

わしはこの、近畿地方の秘境といわれる大段原村で生まれて育ち、大段原村立小学校、大段原村立中学校を出てからは大段原村役場に勤めた。ほとんど大段原村しか知らん人間やけど、別に都会に出て行こうとは思えへんかった。

若い頃は時々バスや電車を乗り継いで都会に出かけたこともあったけど、なんせ時間がかかる。バスが一日4本しかない。バスに乗って鉄道に乗り継いで、また乗り継いで、梅田に出るのに4時間かかる。

それでもたまには行ってたわけやけど、だんだん行かんようになった。インターネットというもんができたおかげや。村に売ってないもんでもネットで注文できる。

わしは車の運転はせえへんから、若いころはやっぱり免許は取っとかなあかんかなと思わんでもなかった。けど、だんだん、別に必要ないなと思うようになった。ネット様々や。

あるとき、ネットのニュースで日本でもポケモンgoがリリースされると知った。ゲームなんかしたこともないし、ポケモンが何かも知らんかったけど、なんとなくやってみた。まあ別に難しいもんでもないから、わしでもできたわけや。





なんか動物みたいなのが出てきたら、ボールを当てたらええだけやからな。運動神経もない、何をやってもどんくさいわしでもできるゲームや。

ところが、問題はポケストップが近くにないことやねん。超のつくド田舎やからな。一番近いポケストップは隣村にある道の駅。

時々バスに乗って買い物に行くから、そのときにボールとかたまごとかの道具を仕入れることができる。一回取ったら5分はでけへんけど、買い物してからまたやったりして、何回も道具を仕入れることができた。

しかしボールを手に入れても、ポケモンが出てこないとあてることができん。なんせ近畿地方の秘境や。梅田まで4時間や。しつこいけど。

リアルのタヌキやサルはちょくちょく出てくるけど、iPhoneの画面の中はどこまでも緑が広がり、その中を曲がりくねったバス道路が一本走るだけ。コラッタやポッポが、それもたまにしか出てけえへん。

まあええねん。そんなに一生懸命ポケモンやろうと思てなかったし。

わしは元々人づきあいも苦手。めんどくさいことはやりたない。役場も定年になる前にやめて、わずかな蓄えと自給自足程度の畑作で生きていくことに決めてた。ひとりでのんびり暮らしたいねん。ポケモンもたまの気分転換になったらええと思ただけや。

しやけど、コラッタやポッポだけではさすがに飽きた。と思ってたらコンパンとかいう紫色のやつも出て来た。茶色いヒトデみたいなんも出てきた。ヒトデマンゆうんやな。

それからピンクのブタみたいなんも出てくるようになった。ピッピな。そいつらを捕まえると「ほしのすな」というのがたまっていく。単純なゲームや。何がおもろいねん。と思いながらなんとなく続けた。

あるとき、きれいな仔馬の姿のポケモンが現れた。ポニータというらしい。コラッタやコンパンに比べると掃きだめに鶴という趣で、もったいないくらいにきれいやねん。たてがみやしっぽはゆらゆらゆらめくオレンジの炎。

そいつがすました様子でそろえた足をとん、と前に踏み出す姿がもう、かわいいてかわいいて。

わしはつかまえたポニータに「ふみこ」と名付けた。CP300くらいしかなかったけど、それでもうれしかったなあ。

ポケモンが「進化」すると知ったのは、始めてだいぶ経ってからやな。ひとりでやってたらそんなもんや。

ポッポはピジョンに、さらにピジョットに進化する。コラッタはラッタになる。コラッタはどうも好きになれなくてこらったもんだが、ラッタもさらに好きになれない。

でも、ポニータも「アメ」が50たまると進化するらしい。こんなにかわいいふみこが進化したらどんなに美人になるやろ。そう思ってわしはポニータのアメをためるべく、道の駅に通った。

一人暮らしやからそんなに必要ないのに、たけのこやしいたけを買ったり、家に帰ってからすればいいのに、トイレに行ったりして時間をつぶしては「道具」を手に入れた。

早く進化させたいから、つかまえたポニータはどんどんアメに変え、ふみこだけ残した。そして、アメが50たまった。わしはどきどきしながらふみこを進化させた。ふみこはまばゆい光の中をすーっと舞い上がったと思うと、下りてきた。進化して、「ギャロップ」になって……。

わしは正直ちょっとがっかりした。ぱっちりしたつぶらな目が細くなり、体もちょっとたくましくなって……大人びたというか老けたというか。なんや、元のままのほうがよかったと、わしは思った。

「何よ、進化させたのはあんたじゃないの!」というふみこの声が聞こえそうだった。「このほうが色っぽいと、ちまたでは評判なのよ!」

すまん、ふみこ。わしはロリコンだったのかも知れない。

とはいいながら、ギャロップになったふみこにもだんだん慣れてきて、そうだな、確かにこのほうが豊満で色っぽいかもなと思い始めた。

どことなく幸薄そうで、おとなしそうだが芯はしっかりしてて、つくすタイプで和服が似合いそうでもある。着せてみたい……って馬やで、馬!

そんなころ、わしは大阪市内に出て行く用件ができ、ものすごくひさしぶりに出かけた。バスと鉄道を乗り継ぎ乗り継ぎ、4時間かけて。そして用件を済ませてiPhoneを取り出し、梅田のど真ん中でポケモンgoを起動させたわしはおどろいた。

そこは別世界だった。まわりはポケストップだらけ。いくつかのポケストップでは、だれかがポケモンをおびき寄せるルアーモジュールを使い、ピンクの花びらを舞い散らせていた。

見たこともないポケモンがそらもう、ぽんぽん出てきた。メノクラゲやコダック、ロコン、パウワウ、ディグダ、ゴース、ストライク……そしてポケストップ群のなかに林立する赤や青、黄色のジム。

そのうちいくつかでは、今まさに激しいバトルが行われているらしい様子が見えた。ああ、これが都会なのだ! わしはこれほどまでに格差を実感したことはなかった。いくらネットが発達しても格差はあるんや。大段原村とまったく違う眺めがそこにあった。

わしはそのうち一番近いジムに近づいていき、バトルというものをやってみることにした。ふるえる指先で「GO」のマークをタップする。

参戦するポケモンは自由に選べるのだが、当時のわしはまだわかってなかった。一番手としてジムに上がったのはギャロップだった。ふみこだ。

しまった、と思う間もなく現れた対戦相手は……ああ、思い出すのも不愉快な、それまで見たこともないポケモンだった。ベロリンガという肉色の、舌のばけもののようなポケモン、おそろしく卑猥なやつだ。

こいつが……わしの大事なふみこと?! あかん、あかん、そんなことはさせへん! 曾根崎警察の前でギャーともグエーともつかぬわけのわからない叫び声を上げながら、わしはログアウトしてしまった。

はあはあはあ。あまりのショック、大段原村とのすさまじいギャップに倒れそうになりながら、どうにかこうにかわしは気を取り戻した。

「ひんし」状態のふみこを「きずぐすり」で手当しながら、すまん、すまんと何回も言った。ふみこ、二度とこわい思いはさせへんで……許してくれ、かんにんやで。

だが、その経験でどうやらわしにも人並みにあったらしい闘争本能が刺激されたようだ。

それ以来、わしはバトルのためにちょくちょく都会に出かけるようになった。都会には、わしには途方もないと思えるCPのポケモンがうじゃうじゃいた。

カイリューやカビゴン、ラプラス、あと、何だったかな京都弁の……ギャラドスとか。あ、すまん。ついおやじギャグを言ってしまった。わはは。

CP3000超えのそんな巨大なやつらが出てくると最初はびびりまくった。2000にも満たないわしのピジョットやブースターは、それでもけなげに闘ってくれた。田舎もんだとばかにすんなよ! とばかりに。

そして、実際何体かで協力すればそれなりに闘えることもわかってきた。遅まきながらわしは、ポケモンgoをやっと楽しみ始めたといえる……と思ったら大きな間違いやった。非力なポケモンがどうあがいても勝てないやつが出てきた。

それがハピナスや。初めて見たときからわしはいやな予感がしていた。子どもの頃、近所に住んでいたおばはんにそっくりなんや。色白で血色がよく、ころころと太り、いつも白い割烹着を着ていた。

そして甲高い声で「奥さん、いてはる〜〜〜?」と言いながらうちにやってきて、母と長々とおしゃべりをしていくねん。

いつまでも帰れへんからわしがにらみつけると「まーこわいぼっちゃんやね〜おーこわ〜〜」といやみたっぷりに言いながらやっと腰を上げる。そのおばはんがジムにいる。違うけど。しかもめっぽう強い。

とってつけたようなにこにこ笑いをまったくくずすことなく、どんなに攻めても攻めてもびくともしない。たちまち時間切れや。

「いやー、もう負けたん? 遠慮せんともっと攻めてえな〜〜〜」

あのおばはんとハピナスのイメージが重なる。わしを日ごと夜ごとばかにしてはけらけらと笑う。くやしいがナスすべがない。あ、まただじゃれを言ってしまった。

やっぱりジムバトルなんかするもんやないな、わしなんか……わしなんかが太刀打ちできる世界やない……わしは道の駅で道具をちょっとずつ手に入れて、ぼちぼちポケモンを育てるだけで満足すべきなんや……もう都会には行かないでおこう……。

いい年をしてふて寝したわしを、夜中にだれかが起こした。

あなた、あなた。

わしを「あなた」と呼ぶなんて、いったいだれ……。起き上がるとふみこだった。ふみこが枕元に立ち、輝くオレンジのたてがみとしっぽをゆらめかせている。これは幻覚か、それとも認知症の始まりかと思っていると

──いいえ、幻覚じゃないわ。

ふみこがかわいい声で言った。鈴を転がすような声とはこのことか。

──そんなにすねないで。あたしのことをかわいがってくださったお礼をしておいたから。
──お礼?
──ええ。あとで畑を見てちょうだい。

そういうとすうっと、ふみこは消えた。

いわれた通り畑に行ったわしは卒倒しそうになった。わしは面白半分に白いナスを育てていた。ふつうのナスと形は同じだが真っ白だ。

それが全部、上半分だけピンクに変わっている! まるでハピナスみたいに! 試しにひとつもいで、マジックで目と口を描いてやるとどう見てもハピナスやった。え〜〜〜〜〜〜っ!

どこからうわさを聞きつけたか、わしの畑には全国各地からポケモントレーナーが集まるようになった。「おお、まさにハピナス!」「これは奇跡だ!」「聖地か、ここは!」みんな口々にいいながら写真を撮ってはネットにアップする。買いたいというやつには一個1000円で売った。大騒ぎになった。

「大段原村名物ハピナス」とメディアにも取り上げられた。そうこうしているうちにわしの畑はポケストップになり、やがてジムにもなった。

わしは大段原村にいながらにして、ポケモンgoを好きなだけ楽しむことができるようになった。ハピナスだらけの畑を見たときは何でこんなことを、と思たけど、ふみこはわしのためを考えてしてくれたんや。

だが、わしは気づいた。ふみこのCP値は「0」になってしまっていて、それはどんな「きずぐすり」や「げんきのかけら」でも治せないのだ。

ふみこは……ううっ……わしのために体力を使い果たしたんや……やっぱり、つくすタイプやったんや。

ハピナスのおかげでわしは多少もうけることができたが、ふみこのことを思うと、もうポケモンgoを単純に楽しむ気になれなかった。

せっかく目の前にポケストップやジムができても、それがなんだと思うようになった。だんだんハピナスを作る気もしなくなり、畑は荒れ、だれも来なくなった……。

まあそういうわけやから、その後のポケモンgoがどうなったか、実はわしにはわからんのや。急に人気がなくなって誰もせんようになったのか、それともしつこく続いたのか。

ポケモンgoのことを調べたいんやったら、別の人のところに行ったほうがええと思うで。

え? 私が調べてるのはポケモンgoそのものではない? 21世紀初頭の過疎地における村おこし? 同じ時期に変な名物がいろいろ出てるので興味を持って……もしやここが発祥の地かと思って? どうやろなあ……ちなみにそれはどんな……パンの中にサンドイッチが入った「サンドパン」? 星の模様をつけたオムライスの「オムスター」? あと、サイ丼?

なんじゃそら。わしよりひどいおやじギャグやないか! やめてくれ! そんなもんと一緒にすんな! ふみこが泣くわ!


【ヤマシタクニコ】koo@midtan.net
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大学の研究室から今でも年に一回、研究室の近況をまとめた会報が届く。最近届いたそれを読むと、昨年95歳で亡くなった某先生は80代半ばからパソコンを始め、最晩年まで使い続けたとのこと。

語学が堪能であったそうで、そのことは大いに役に立っただろう。海外のサイトもよく見ていたし、メールのやりとりも亡くなる直前までされていたとか。すごい。先生、すごすぎる。それにひきかえ私は出来の悪い学生で、ほんと、すいませんでした!