ユーレカの日々[61]2017・レプリカントとの邂逅/まつむら まきお

投稿:  著者:  読了時間:12分(本文:約5,900文字)



ぼくの愛車である、折りたたみ自転車「モバイキー」が突然、チェーン飛びを起こすようになった。こぎだすと「パキッ、パキッ」と音をたてて、ペダルが一瞬空回りを起こす。

よく見てみると、チェーンも伸び伸びになっている。以前も何回かこの現象があったのだが、実害もなかったのであまり気にしていなかった。ところが今回はかなり深刻で、まともに進まない。

自転車屋でチェーン調整してもらったが、改善しない。スプロケット(ギア)が摩耗してしまっているのだ。

自転車のスプロケットは、規格化された部品なので、普通は交換すれば済むのだが、モバイキーのチェーンは特殊な二重構造になっており、その要の二重スプロケットは汎用部品ではないのだ。

フランス(現在はスウェーデンらしい)製のこの自転車は、わずかな期間、国内で販売されていたが、現在では代理店もない。

この自転車、ついこの前買ったような気がしていたが、調べてみると買ったのが8年半前。なんとそんなに乗っていたのか。日常的によく乗っていたので、全体的にすっかりくたびれている感は否めない。

スウェーデンに部品請求することも考えたが、これは買い替え時ということか。





●自転車を買い換えよう

というわけで、急遽買い替え検討モードに入ることになった。単純な折りたたみミニベロなら、近所の自転車屋でもダホンやルイガノを扱っている。定評もあるし、値段も手頃。これでいいかぁ、と思うものの、当たり前でつまらなく感じてしまう。

というのは、今回壊れたモバイキーは「瞬時にたたんでそのまま転がせる」のだ。どれくらい瞬時かというと、自転車を押して歩きながらでも、たためる。まるで飛行中にロボットに変身する、アニメ「マクロス」の可変戦闘機バルキリーのような自転車なのだ。

そんなことする必要があるの? と思われるかもしれないが、実際、毎日マンションのエレベーターの乗り降りでこの機構が大活躍している。駐輪時でもしょっちゅう声をかけられる。好奇の目でジロジロみられちゃう。

そういう楽しさを知ってしまうと、ちょっと他のスタイルの折りたたみには興味が持てなくなってしまうのだ。なにか「プラスワン」がどうしても欲しい(という性格)。

とはいえ、ブロンプトンを買えるような経済力はないし、大阪人なので「ええもん高いのはあたりまえ」で、そこに面白さを感じないのだ。

色々と悩み悩んで、結局、モバイキーと同等の折りたたみ方法を採用している、イタリアの「nanoo」という自転車に絞り込む。モバイキーほどではないにしろ、簡単に折りたたんで転がせる。それほど有名でもなく、ネットでも情報は少ないが、悪くはなさそうだ。

●格安サイトを発見!

この手の「特殊自転車」は近所の自転車屋で試乗、というわけにはいかない。この車種は日本に代理店があるが、販売はAmazonなどの通販か、店頭でも取り寄せになるようだ。価格もどこもほとんど変わらない。

数少ない情報をさらに見ているうちに、格安の通販サイトに行き当たった。あれ、安いところがあるじゃないか、とさらに探してみると、一番安いところは、アマゾンの半額! である。やったぜ! 聞いたこともない通販サイトだが、クレジットカードも使える。

まぁ、大丈夫じゃないか? しかし不思議だ。この自転車、Amazon、楽天、価格ドットコムでそれぞれ販売されている。多少価格の差はあれど、どこも似た価格だった。半額近い値引きがなぜ可能なのか?

ドリンクなど日常品なら、半額近い値引きはよくある。あれは賞味期限というリスクがあるため、さっさと現金化したいところからまとめて買ってくることで、通常よりも安く販売することができるのだ。メーカーからの報奨金が出たり、販売店が目玉として赤字でも売るというケースもよくある。

しかし、さほど有名でもない特殊自転車が、これらのような理由で安売りされるとはちょっと考えにくい。そんなことが可能なら、近所のホームセンターあたりで安売りされるだろう。

さらに、正規販売ルートはそれなりにある製品だ。それが半値で買えるなら、ヤフオクあたりに転売がゴロゴロしてそうなものだが、それも見当たらない。

●いろいろアヤシイぞ

これはちょっと怪しい。カードが使えるということで、大丈夫じゃないかと思いつつ、通販サイトの「店舗情報」を確認する。

一番安かったサイトの運営者所在地は町田市だ。グーグルマップで確認すると、シャッター街と化した商店街。まわりは田んぼ。こういう建物を倉庫にする、というのはなくはないだろうが、店や企業名の看板も見当たらない。

二番めのサイトの所在地は、なんと銀座のど真ん中。裏通りのテナントビル。見るからに家賃も高そうで、安売り稼業には似つかわしくないように思える。ストリートビューからは看板などは確認できない。

三番目のサイトを見てみると、眼鏡屋さんが出てきた。その店のサイトを調べると、自転車サイトと完全に同一住所。ほぉ、メガネ屋さんが、自転車通販サイトも経営しているのか?

まぁ、登記している場所が、実際の営業場所とは異なるというのは、ある話ではある。また、同じオーナーが異なる業種を経営している場合も、よくある。親がメガネ屋で息子は自転車の通販を営んでいる、という可能性はなくはない。

しかし、それだけ安売りをしている通販サイトであれば、それなりに様々なところからリンクされているはず。最初にそれらのサイトを見つけたのは、商品名から商品ページへの直リンクだった。

ところが、改めてそれらの通販サイトをサイト名で検索しても、全くヒットしないのだ。これは一体どういうことだ?

そこでようやく気がつく。URLがおかしい。店の屋号や業種と無関係なワードになっているし、jpやnetなど、よく見かけるドメインでもない。whoisサービスで調べてみると、レジストラ(業者)が香港だ。やれやれ、どうやらこれは「アカンやつ」のようだ。

●詐欺サイトだった

さらに4番目のサイトを見て、確証を得た。運営者情報が、まさに以前自転車を買った業者であり、そちらの業者の楽天サイトには「うちの名前を語る詐欺サイトがある」旨が警告されていたのだ。

わかった。これらの安売り通販サイトは、どれも「フィッシング」や「詐欺」を目的としたものなのだ。

さらに、ひとつの店の住所と電話番号をググってみたところ、まったく同じ住所と番号で、すでに「消滅」している販売サイトを見つけることができた。こちらは化粧品のサイトだったようで、ようは「適当に稼いだら、さっさと店をたたむ」ということをやっているらしい。

やれやれ、なんとも油断のならない時代になったものだ。そのまま購入手続きをしていたらどうなったのだろうか? 

どのサイトも購入手続きには「会員登録」が先に必要となっている。正直にメールアドレスや電話番号を入力してしまったら「カモリスト」に登録されてしまうのだろう。次には送金させるのだろうか? カード情報を入れさせるのだろうか?

商品の入荷が遅れるなど適当に時間稼ぎをして、しばらくするとサイトごとなくなる? ということか。フリーのメアドでも使って、ちょっとその手口を知りたい衝動にかられたが、素人が面白半分でちょっかいを出す世界でもないと思い留まる。

●これは簡単に騙されてしまう人も多そうだ

価格ドットコムで紹介されている、格安サイトは今まで何度も利用している。どのサイトもあやしい(失礼!)ビジュアルだし、カードが使えない現金取引だが、Amazonやヨドバシよりも価格が安かったり、最近は延長保証を付けられるなど、Amazonよりも有利だったりする。

それらのサイトも、使い始めた当初は日本橋の裏通りにありそうな怪しい感じだなぁ(再び失礼!)と思いながらも、価格ドットコムからリンクされているなら、大丈夫だろうと思って利用してきたし、実際、今まで一度もトラブルはなかった。

こういう通販を日常的に利用している、僕のような「そこそこ向こう見ず」な人であれば、今回のような見た目あやしいサイトにコロっと騙されても不思議はない。

こういった詐欺については、よく報道もされているが、他人事かと思っていた。妻がフィッシングメールをうっかり踏んでしまって、その後迷惑メールが急増したと言っていた。

スパムはよく来るが、それを自分で踏むことはないし、それくらいすぐに見破れるだろうと思っていた。しかし、いざ、自分が検索途中にそういうサイトに出会うと、十分にひっかかる可能性があることに気がつく。

普段、Amazonやヨドバシなどで慣れすぎていて、ネット通販に対するガードが低くなっているのだ。

詐欺サイトについて調べてみると、詳しく解説しているサイトがたくさんある。本物のサイトから商品情報をひっぱってきて、それらしく架空の通販サイトを作るらしい。

確かにこれらのサイトの画像はどれも、楽天の販売サイトからひっぱってきているものだった。ちょっとした技術があれば、手間をかけずにそれらしい通販サイトをすぐにでっち上げられるだろう。

多くは海外のサーバーに置かれており、国内の法律では取り締まることもできないようだ。

●この妙な感じは2020年ロサンゼルス

ぼくが、このサイトを見た時に、詐欺に対する怒り以上に、世の中がものすごく不安定に感じられた。それはある映画を思い出したからだ。この変な感じはなんだろう? 「ブレードランナー」だ。この偽サイトは、まるで、人間の世界にまぎれこんだレプリカントのようではないか。

ブレードランナーでは、人間界にまぎれこんだレプリカントを見分けるのに、ヴォイトカンプ・テストというのを行う。「砂漠で亀をひっくりかえす」など、神経に触るような質問を繰り返し、瞳孔反応などを観察するのだ。

そのテストには、数分かかる。つまり、相手が人間かレプリカントかは、瞬時には判断できないのだ。まさに、今回の偽通販サイトのようだ。

映画では、単純に偽人間をやっつける、という話にはならない。ブレードランナーの主人公は、操作を続けていくあいだに、レイチェルというレプリカントと出会う。彼女は実在する女性のレプリカントなのだが、本人は人間だと思っている。

主人公は彼女と出会うことで、人間とレプリカント、何が違うのかと疑問をもつようになる。

ヴォイトカンプ・テストも、とても微妙なテストだ。X線や遺伝子検査のような明確さではなく、あやふやな質問の連続。はたしてそんなテストで、本当に何がわかるのか? 本当に相手はレプリカントなのか?

レプリカントは三年の寿命だが、人間だっていつまで生きられるのか、だれにもわからない。じゃあ、人間とレプリカントは何が違うというのだ? やがて主人公は、自分自身が人間なのか不安に感じるようになる。

映画では、彼の不安は直接言葉では語られないが、広告で埋め尽くされた薄暗いロサンゼルスのチャイナタウンが、いかにもニセモノっぽく、見ているモノを不安にさせる。

偽通販サイトもそうだ。これらのサイトを観察しても、本当にそれらが詐欺である、という証拠は何一つない。ひょっとしたら格安で、ちゃんとした自転車が送られてくるかもしれないのだ。

だから、このようなサイトは、犯罪めいている、ということよりも、ネット通販、インターネットというモノの存在そのものに、疑いを突きつける。

はたして、毎日利用しているAmazonやGoogleは、本物なのか? 本物とは何なのか?

●本物と偽物の見分けがつかない時代

レプリカントがそうであったように、本物と同じものが作れるようになった時点で、本物の存在はゆらぐ。本物そっくりに作られたものが、単純にニセモノ、ということではなくなる。レプリカントは人間になりたいと思っている。生まれた以上、他人に命をコントロールされるのではなく、自分の意思でもっと生きたいと考える。

偽通販サイトだって、それを設置した者は、Amazonになりたいと考えているのかもしれない。どこかでやり方を間違えて、犯罪に手を染めてしまっているのかもしれない。

ブレードランナーの舞台は2020年。あと三年をまたずして、映画と同じことが、まさに現実になっている。何が本物で、何がニセモノなのかが見分けが付かない時代。

昨今、ニュースもそんなことだらけだ。政治家が何か発言をし、マスコミがそれを嘘だと伝え、その記事を政治家が嘘だと言う。企業は決算や検査結果をごまかし、行政はなにをやっているのか語らない。

ネット通販だけの話ではないのだ。どれが嘘なのか、以上に、本物と偽物の境目がなくなっている。嘘をあばけば済んだのは、世界がもっと単純だった過去の話だ。そういった時代は情報が少なく、少ない情報で判断していれば済んだだけの話で、実際の状況が単純だったわけではなかろう。

それよりも重要なのは、本物偽物という概念そのものがゆらいでいることだ。ぼくたちはたくさんの情報を、自在に使う自由を手に入れた。

その結果、何が本物で何が偽物なのかがわからなくなり、ひょっとしたら、本物とは何か? ということから考え直さなくてはいけない時代に生きている。

この時代をどう生きていくのか。レプリカントたちは、なんと答えてくれるだろう? レプリカントを排斥すれば、すべてはハッピーになるのだろうか?

さて、結局自転車はAmazonで注文し、日本の正規代理店から直送された。前のモバイキーと並べてみる。折りたたむととてもよく似た二台の自転車だ。

しかし、こんなことがあった後だと、ふと、不安にかられるのだ。はたして今まで乗っていたのが本物で、新しいnanooはニセモノなのか。それともその逆なのか? いやいや、どちらも本物の自転車だ。自転車のはずだ……。

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【まつむら まきお/まんが家、イラストレーター・成安造形大学教授】
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モーニング・ツー×ITAN即日新人賞(講談社)というマンガ新人賞で、うちのゼミの卒業・現役生が3名同時受賞した。公開審査で、当日ぼくも立ち会っていたのだが、受賞4名中3名という結果にびっくり。
http://itan.jp/sokujitsu