Scenes Around Me[08]岡画郎の展示(4:1997年9月~1998年5月)展示のペースが落ちた頃/関根正幸

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今回も「ラ・岡っぷり」第10号の記事を参考にします。

・1997年9月 「黒板展」

窓辺に大きな黒板を用意。
定例会で毎週黒板の活用方法を模索。
告知板や、ジャンプ競技をしたり。

前回書いたように、この頃、使っていたカメラを壊したため、展示の写真は撮っておらず、黒板がどの様なものであったか記憶にありません。

ただ、黒板つながりで言えば、この展示の後、岡さんが「ラ・ヴィエント」という店の内装を依頼された際、店の壁に黒板塗料を塗って、議論やメッセージをチョークで落書きできるようにしたことがあります。




ちなみに「ラ・ヴィエント」は、だめ連が最初に大久保に出した店で、現在、早稲田にある交流スペース「あかね」の前身にあたります。

さらに、余った黒板塗料を使って岡画郎に黒板を設置し、何人かに依頼して定例会で授業をしてもらいました。この授業については、1999年1-2月に撮影した写真があります。

・1997年10-11月 「紅白玉入れ」

定例会参加者が紅白に分かれ、それぞれのチラシを配布。
見に来た人はチラシを丸めて窓に投げ、玉入れをした。
最終日、運動会が近所の公園で開催された。
競技は、アルコールマラソン、パン食い競争など。

とありますが、よほど肩が強くない限り、丸めた紙を道から窓に投げ入れるのは難しく、実際には、玉はほとんど窓に入りませんでした。運良く窓の前のヒサシの上に乗った玉を、岡さんが回収して窓に放り込みました。

また、最終日の運動会は、高円寺中央公園にビニールシートを引いて皆で飲みました。

この頃、岡画郎で記憶をなくすまで飲むことが多かったので、反省して、運動会はパスしようと思っていました。

結局、LOFT PLUS ONEの店長だったウクレレ君にポケベルで呼び出されて飲み始め、気がつくと岡画郎で寝ていました。

ただ、後で聞いた話では、アルコールマラソンはランナーが泡盛の一升瓶をラッパ飲みした後、アーケード街を走り抜けて戻ってくるという過酷なリレー競技で、バトンタッチしてから嘔吐するランナーもいたらしく、そういう意味で、先につぶれてしまったのは幸いだったといえるでしょう。

これまで、次の展示の内容を定例会で決めていたのですが、月が変わって展示が始まるとすぐ次の展示の話し合いをする、というやり方に慌しさを感じたのかもしれません。

この頃から展示が数か月に及んだり、展示をしない月があったりすることが増え始めます。

・1997年12月-1998年5月 「そうじ展」

岡画郎内をからっぽにしてしまおうと毎日曜日に集まって、荷物をベランダに移動。移動した荷物は、克明に記録し新聞にして発行した。

展示期間はあらかじめ定められたものではなく、作業が終了するのに要した期間でした。

「そうじ展」はさながら発掘作業で、発掘された「遺物」を新聞にする前にすべて「目録」に載せていました。

この間、窓の展示は中断していましたが、岡画郎として何もしなかった訳ではありませんでした。

結局はボツになったのですが、後楽園ゆうえんちの一日を岡画郎に企画してほしいというオファーがあり、1998年の1-2月に、何度か後楽園に下見(タダで遊戯施設に乗れた)に訪れています。

4月のお見合い展を挟んで、部屋が空っぽになった時点で、岡さんはシミだらけだった絨毯の上に板を張りました。

・1998年4月 「毎日がお見合い」

1995年10月、1996年10月のお見合い展に続く第三弾の日替わり個展。

前回の反省点を踏まえ、お見合いババアのシステムが導入され、展示の打ち合わせだけでなく、作家とお客さんの間を取り持ちました。

個人的に、前回(1996年10月)のお見合い展に参加した時は、外には聞こえない音楽ライブを窓の中で行いました。

結局、窓の外からの見学者は何人かいましたが、それ以上のリアクションはなく、大変淋しい思いをしました。

そこで、今回はお見合いババアのナナ君と話し合って、私の個展は岡画郎の四畳半の部屋の中を、自転車で1000周するという企画になりました。

狭い部屋の中でしたが、自転車で回ること自体それほど難しいことではなく、時間的にも大分余裕がありました。

また、ナナ君が窓の外から見ていた女の子達を呼び寄せて、岡画郎の隅に立たせた中で自転車を走らせるという、なかなかシュールな展開もありました。

この日は平日で展示を見られなかった人がいたことから、後日(1998年6月6日)「ツール・ド・岡画郎II」と銘打って、岡画郎内を自転車で2000周することになりました。

お見合い展については、他の日の展示も撮影しているのですが、次の回に紹介します。

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1999/05/23 中野 テルプシコール

今回は、ダンサーの中沢レイさんが主催している"orbital link"というイベントで撮影した写真を紹介します。

鈴木康弘さんは、岡画郎の岡さんと同じ舞踏集団(好善社)で踊っていたダンサーですが、上述のお見合い展で体に金粉を塗り、以来、ゴールデン鈴木を名乗って金粉ダンサーとして活動するようになりました。

写真はイベントでゴールデンさんが踊り終わった後の背中。大量の汗と共に金粉が浮かび上がっていました。


【せきね・まさゆき】sekinema@hotmail.com
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1965年生まれ。非常勤で数学を教えるかたわら、中山道、庚申塔の様な自転車で移動中に気になったものや、ライブ、美術展、パフォーマンスなどの写真を雑多に撮影しています。記録魔。