ショート・ストーリーのKUNI[218]Meは何しに大阪へ?
── ヤマシタクニコ ──

投稿:  著者:


私はドンゴリラ星の第一大臣である。遙か彼方のドンゴリラ星から、スペースシップに乗ってやってきた。ていうか、いまやって来てるところだ。

窓からは地球が見える。小さな星だ。こんな小さな星のくせに生意気なやつらだ。いや、そんなことは思ってはいけない。

ドンゴリラ星は平和の星だ。他者をおとしめたりけなしたり、争いを挑むようなことはしない。たとえ地球の文明が、われわれのそれよりずっと遅れていたとしても。

スペースシップは快調に進む。

──間もなく右方向。その先、直進です。

ナビも快適だ。どんどん進む、進む、進む。

──目的地周辺です。音声案内を終わります。

うむ。あともうちょっとナビってくれたらいいのだが。

しゅぽしゅぽしゅぽ……。たよりない音を立ててスペースシップが止まる。私はスペースシップを降りて、あたりをきょろきょろ見回す。はたしてそれらしい看板が見える。




「失礼します」

「らっしゃい!」

「私はドンゴリラ星からやってまいりました、第一大臣です。第一大臣というのは主に外交関係担当と思っていただければけっこうです。で、さっそくですが、実はわれらがドンゴリラ星では、先頃地球で制作された映画について、これはさすがにひとこと言わないわけにはいかんだろうという声が高まっており、私がまいった次第です」

「はあ?」

「その映画というのは『メッセージ』という作品です。これに出てくるエイリアンは、明らかにわれらドンゴリラ星人をモデルにしていると思われます。なのに、重大な点で間違っている。

あの映画の中ではエイリアンは『ヘプタポッド』と呼ばれるように7本足です。しかしわれわれは9本足。9本足だからこそ高度な文明を築くことができたのです。7本足では困る。大変困る。これはドンゴリラ史に関わる問題なのです」

「あのな」

「はい」

「何をごちゃごちゃゆうてんのか知らんけど注文は何やねん」

「ちゅうもん?」

「注文やがな! うちはラーメン屋やで。何ラーメンにするか、聞いてんねんがな。塩、みそ、とんこつ、チャーシュー大盛り、季節限定ハモのせに冷麺、激辛。なんでもあるで。何にすんねん」

「ラーメン屋、さんですか?」

「何やと思てんねんな」

私は第5足でポケットをまさぐり、そこから取り出したメモ帳を第4足でめくり、第6足で鉛筆をなめながらメモの態勢を整え、たまたま脇腹がかゆくなったので第2足でかきながら言った。

「ドンゴリラ星の第一大臣としましては、地球に関する小説や映画を観てどうすればよいか考えました。その結果、たいていのエイリアン関係の映画では、大統領とやらが出てきてリーダーシップを取るらしい。なので大統領に会うのがよかろうと」

「確かにうちは大統領という名前やけどな」

「では間違ってはないのですね」

「あほか! 間違いないどころか、もろ間違うてるやないか! なんでおれがエイリアンの相手せなあかんねん!」

私はがっかりしてスペースシップに戻った。地球人ごときにあのように言われる筋合いはない。だが、自分より劣る者たちを責めて何になる。抑えよう。

スペースシップのフロントには、「駐車違反」と書かれた黄色いものが貼られていた。赤い円に斜めの直線を組み合わせたマークも描かれている。これは何だ。まあいいだろう。私はシートに座り、部下に電話してみた。

「あ、第一大臣ですか! いまこちらから電話しようと思ってたところですよ!」

「え、なんで」

「大臣、スペースシップを間違えて乗って行ってます。それは大阪観光用のスペースシップです!」

「え、じゃあ」

「ナビも大阪仕様ですし、燃料もそんなに積んでないので、そこからあまり遠くへ行けません」

「それでか。『大統領』で検索しても『ワシントン』で検索しても『アメリカ』で検索しても、ラーメン屋とか靴屋とか喫茶店しか出てこない」

「すみません、ひとこと私に声をかけてくださればよかったんですが。まあ仕方ないので大阪観光楽しんできてください」

ぶつっ。電話が切れた。どっちが部下だかわからない。

私はがっかりした。とてもがっかりした。ドンゴリラ星の名誉が自分にかかってると思い、張り切ってやってきたのに。私は第1足でティッシュを一枚取り、第3足を添えて鼻をかみ、第7足でそれをくずかごに投げ入れた。

なかなか第8足とか第9足が出てこないなと思うかもしれないが、その2本は予備である。もちろん、予備こそが大事なのだ。予備がないところに文明の発展はない。たぶん。

私は第6足と第7足を胸の前でからませ、しばし考えた。大阪とはいえ、私にできることはないのか。ドンゴリラ星のために。スペースシップの運転席に座ったまま私はさらに考えた。

すると、なんだかませた、鼻持ちならない感じの小学生男子と思える地球人がやってきた。窓からのぞきこんで言う。

「おじさん、何してるんですか?」

「私は高度な文明を持つドンゴリラ星からやってきた。誤解に満ちたドンゴリラ星人のイメージを修正し、正しい姿を伝えたいと思ってね。だからアメリカの大統領に訴えようと思ったのだが、なかなかうまくいかないのだ」

「ふうん。まあ何をしようとおじさんの自由だから別にいいんですが、それは間違ってると思います」

「え、どういうことだい」

「アメリカであれ中国であれ、どこかひとつの国が世界の王様として君臨しているわけではありません。地球に何か起こったときは、みんなで話し合って解決の糸口を探すからです」

なんとすばらしい。地球にもこんなことをいう子供がいたとは!

「そうか。では私はどうすればいいのだ」

「おじさんが行くべきところは、国際」

そこでバイクがブオーッとやかましく通り過ぎた。通り過ぎたときにはませた小学生はもういなかった。

仕方ない。私はナビに「国際」と入れた。もちろん、ろくな結果にはならなかった。スペースシップは勢いよく舞い上がったと思うとあっという間に減速し、しゅぽしゅぽしゅぽと止まった。ナビが告げる。

──目的地周辺です。

そう言われて降りてみると、そこには大きなきらきらした派手な店があり、時たま客が扉を開け閉めすると、ヒュンヒュンジャンジャンとものすごい音がもれる。ああ、これがうわさに聞いていたパチンコ屋というものか。

「え? 国際? あー、千日前国際劇場な」

「確かにここにあったけど、もうのうなったわ」

「なくなって何年もたつで。なあ」

「最近はシネコンばっかりでおもろないなあ」

「途中から入られへんしなあ」

「昔はよかったなあ」

道行く人々が説明してくれた。そうか。ここで世界の人々が集まってさまざまな問題を話し合っていたのか。そして、それはもうなくなったのだという。

なんと残念なことだろう。地球という野蛮な星で芽生えたささやかな良心はむなしく滅びてしまったらしい。私はまたがっかりして第4足と第5足をひろげ、肩をすくめた。これは村上春樹作品の「やれやれ」に相当するポーズだ。と思っている。

私はそれでもまだ希望を失わず、歩いていった。あたりはごちゃごちゃした商店街で、あちこちの店で呼び込みをしている。

私はふと、視線を感じた。そこで視線のもとを探ると、なにやら奇妙な生き物がいた。黄色いタヌキのようでありネコのようであり、人間のようであり、それがまた頭が異常に大きい。重そうだ。全体はふかふかして、暑苦しい感じである。

その妙な生き物が通行人にうちわを配っている。私はつい好奇心にかられて、その生き物のほうへ近づいていった。相手は異常に親近感を示し、うちわを手渡すふりをして私にささやいた。

「君のその着ぐるみ、ようできてるなあ」

着ぐるみ? はあ? 

「ごっつリアルやん。新素材? ええなあ。通気性悪そうやけど、そうでもないんかな。おれなんかもう汗びっしょりで」

私がまったく理解できずにいると、あちこちから人間が集まってきた。

「あっ、着ぐるみが2体も」

「ラッキー! 写真撮ろ!」

「私も私も!」

何ということだ。私は着ぐるみというものと思われているのだ。そういえば、どこに行っても怪しまれたり、逃げられたりしなかったが、そういう事なのか。

「いやー、ようできてるなあ、あんた、これ、宇宙人の着ぐるみ? へー、たいへんやなあ」

「着ぐるみって暑いんやろ?」

おばはんたちが私に話しかけ、さわりまくる。ぶぶ無礼者! 私を何だと思っている。ドンゴリラ星の第一大臣だぞ! ドンゴリラはおまえたちの住むこの地球よりずっと文明が進んでいるんだぞ! 

「あんた、さっきそこのパチンコ屋さんの前で何か聞いてはったやん。ひょっとして道に迷ったんちゃう?」

「わかった! なんとかおじさんのチーズケーキの店探してるんちゃう?」

「なんやそうかいな。あの店はこっちやで。連れてったろか?!」

私の第3足を引っ張るな! もげるじゃないか! ああ第8足がねじれる! もう! いや、それより、今そこの道路を私のスペースシップがトラックに引きずられて、どこかに運ばれようとしてるではないか! 

だめだ、だめだ、持って行かないでくれ! おい!


【ヤマシタクニコ】koo@midtan.net
http://midtan.net/

http://koo-yamashita.main.jp/wp/


暑いので何を書こうとしていたのかわからなくなってしまいました。読者のみなさんも暑いのでどうでもいいかもしれませんね。

ところで、私は人一倍、いや二倍三倍、蚊にかまれやすいです。毎日、夕刊を団地の集合ポストから取り出してる間に五か所くらいかまれます。

で、蚊にかまれやすいのは「O型の人」とか「汗かきの人」「色が黒い人」とかいろいろ言われますよね。最近では「足裏の雑菌が多い人」だとか。なんかいやです。

蚊にかまれやすいのは「心が繊細な人」「美しい人」とかいう研究結果がどこかで出ないものでしょうか。お願いします。