《それを知ってどうするんだ?》
■ネタを訪ねて三万歩[148]
海津先生、出席確認厳しくなるってよ
海津ヨシノリ
■グラフィック薄氷大魔王[529]
TDW制作のペースを早めてみる
吉井 宏
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■ネタを訪ねて三万歩[148]
海津先生、出席確認厳しくなるってよ
海津ヨシノリ
https://bn.dgcr.com/archives/20170719110200.html
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そろそろ大学も期末で、夏休みに突入状態です。夏休み明けは大学毎に異なり、遅い大学の秋期授業は10月からになります。
つまり、二か月近くユックリできるわけですが、毎年ネタにしていますように、この間の私は予習と資料整理で、夏休みの宿題状態です。
そして、私にとって人生でもっとも夏休みの宿題に励んでいる時でもあります。教員側が古い情報だけで授業を進めれば、直ぐに枯れてしまいますので、常に新しい情報やネタを仕入れる必要がありますね。
さて、そんな大学では本当に、プリントアウトした紙の情報が大量に飛び交っています。少なくとも私の関わっている大学では、概ねたくさん飛び交っています。
大学側からのお知らせや確認事項。学生への配布物としてのプリント。学生への配布プリントは授業の内容により千差万別ですが、大学からのお知らせは正直PDFにして欲しいですね。
紙の情報が多い大学と少ない大学とで、その差は三倍ぐらいあります。どうやら、プリントした紙でなくては困る先生方が意外と多いことが原因のようです。
学生からのメールによる問い合わせを、受け付けないという先生もいました。理由は驚きの「メールが使えない」だそうです。もう完全に「本当にあった怖い話」ですね。
とりあえず私は、授業の状況に合わせて、以下のように配布物を使い分けています。
パターンA:プリントを大量に配布
パターンB:非公式なサイトを用意して閲覧あるいはダウンロードを促す
パターンC:WordデータやPDFファイルを配布
パターンD:教室のプリンタを使う
ちなみに、先生によっては配布当日以外には再配布しないという方もいます。つまり、配布日に欠席した場合は受け取れないというわけです。けっこう過激ですね。でもこのやり方も参考にするつもりです。
大学によっては、非常勤講師の場合はロッカーがないことが多く、資料を持ち歩かなくてはならないからです。これは相当なストレスになります。しかも、何週分も受け取っていない学生のプリントを持ち歩くわけですから。
パターンA:ロッカー類は皆無
パターンB:学期始まりに申請し、抽選で当たれば半期だけ利用可能
パターンC:一般的なロッカーを提供してくれる
パターンD:大学からの書類などが配布されるポストを利用。多くは高さ40mmほどの書類ケースのひとつ。
中には、どこで手に入れたのかは不明ですが、出席カードのストックを所持しいて、欠席している友人の分も提出するという学生がいます。40分も遅刻してきて、出席カードを要求する学生もいるのには驚きです。
今年の秋から、私は鉄壁の対応をすることにしました。まず、今まで通りに、無作為に出席カードの色を変更するのは当然として……
パターンA:担当教員名に私のフルネームのゴム印を押しておく
パターンB:裏面に予想外のゴム印を押す
パターンC:束ねないと分からない程度の角度で予めカットしておく
パターンD:手製の出席カード
遅刻は5〜10分以内。それ以上は、交通機関の遅延など大学が認めた理由がない場合は欠席です。また、遅刻も回数に合わせて欠席扱いとすることにします。遅刻3回で欠席1、5回で欠席2、7回で欠席3、9回で欠席4、10回で欠席5、11回で欠席6。
個人的にはメチャクチャ甘い対応だとは思いますが、残念なことに、これで相当焦る学生がいることは事実です。
そして、出席者数とカードの数が合わなければ、全員を欠席とすることを宣言します。もう鉄壁ですね。
正直に言うと、準備は面倒ですしバカバカしいと思っています。しかし、多くの真面目に授業を受けている学生に対して、一部の雑な学生の態度や行動は、失礼過ぎますからね。
ところで、ここで厄介なのは学生証が磁気カードになっていて、教室の入口でカードリーダを使う大学。
毎回何人かが、学生証を忘れましたと言ってきます。本当に忘れたのか、誰かの分なのかは分かりません。学生の顔写真を確認出来ない大学だと実質アウトですからね。
これについては来期より、「学生証を忘れた場合は欠席とする」と宣言する予定です。学生が学生証を持たずに大学に来るって、悪い冗談でしかありません。
ヒツコイようですが、本当に困った学生は一部の大学のごく一部の学生です。多くは無関係の真面目な学生ばかりです。ですから、上記の出席対策も実際どうするかまだ迷っているところです。
ちなみに、一番前に座る学生は少数派で、多くは後から席が埋まっていきます。学生の前では話しませんが、実は一番前や二列目はほとんど視界に入っていないんですよね。逆に後は目立つのに……。
■今月のお気に入りミュージックと映画
[Raindrops Keep Falling on My Head]by B. J. Thomas in 1969(U.S.A)
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ザ・クルックスが2015年にリリースした四枚目のアルバム "LUCKY ONES" の三曲目。セカンドアルバムに戻ったような雰囲気で、ファン心をくすぐります。
1969年の映画『明日に向って撃て!』の主題歌として、バート・バカラック作曲・ハル・デイヴィッド作詞の「雨にぬれても」(Raindrops Keep Fallin' on My Head)を歌ったのがB・J・トーマス。
1970年の歌声と2007年の歌声に、大きな違いがないのは素晴らしいですね。映画も良かったのですが、この曲は "raindrops are falling on my head, they keep falling" 「雨の滴が僕の頭に落ちてくる、落ち続ける……」のフレーズ部分がとっても心地よい響きですね。
ちなみに2011年に「明日に向かって撃て」の続編として「ブッチ・キャシディ 最後のガンマン」が公開されています。私は観ていませんが、死んでなかったの? というツッコミが出ますが、とりあえず今度見てみることにします。
B J Thomas --- Rain drops keep falling on my head(1970)
BJ THOMAS Raindrops Keep Falling on my Head(2007)
明日に向って撃て!(Butch Cassidy and the Sundance Kid)
『ブッチ・キャシディ ー最後のガンマンー』予告
[Ghostbusters]by Paul Feig in 2016(USA)
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邦題「ゴーストバスターズ」。1884年に公開(1989年に続編公開)されたゴーストバスターズのリブート作品。それほど期待していなかったのですが、面白かったです。
80年代の作品に出ていた、脚本も担当したハロルド・ライミスは残念ながら2014年に他界してしまいましたが、それ以外のビル・マーレイ、ダン・エイクロイド、アーニー・ハドソン、シガニー・ウィーバー、アニー・ポッツは意外な場面にカメオ出演しています。
しかし、なんといっても個人的には大ファンのメリッサ・マッカーシーが出ていることがうれしいすね。また、イケメン俳優のクリス・ヘムズワースが、オバカな役柄をリアルに演じているのもナイスでした。
とにかく私は、80年代版よりも好きです。これ、絶対に続編が作られると信じています。
GHOSTBUSTERS - Official Trailer(HD)
【海津ヨシノリ】
グラフィックデザイナー/イラストレーター/写真家/怪しいお菓子研究家
yoshinori@kaizu.com
http://www.kaizu.com
http://kaizu-blog.blogspot.com
https://www.facebook.com/yoshinori.kaizu
毎日のように持ち歩いているバッグが、そろそろ寿命で焦っています。少なくとも六年以上は使い続けています。とにかく丈夫で、キャンバス地で縫合もしっかりしているので手放せないのですが、メーカーでは既に同じ商品は販売していません。
類似品を色々捜しているのですが、決定打にならずモンモンとしているところです。一時はキャリーバッグを活用していましたが、ラッシュアワー時にあれはとても危険なので封印しました。
決して難しい注文ではないのですが、やはり流行は無視できないですからね。本当は気に入ったものを末永く使いたいだけなのですけど……。
これが靴だったり小物であれば、同じ物を二つ買ってストックなんてこともするのですが、さすがにバッグはちょっと無理デスね。もちろん、普段の私の導線上にバッグを扱っている店が在ればいいのですが、世の中本当に上手く行きませんね。
■8月の画像処理セッションは8月17日を予定しています。
〜Fusion360のモデリング基礎【基本シェイプだけのモデリング】〜
まだ公式には公開されていませんので、トップページの以下でご確認下さい。
https://www.borndigital.co.jp/seminar/
参加は無料で、どなたでも参加できます。詳しくは、以下のサイトでご確認下さい。なお、2016年11月開催セッションより事前登録がなくなりましたので、開催時間前に直接会場にお越しください。
◎講演内容
立方体、球、円柱、円錐などの基本的なシェイプ・オブジェクトの組合せだけで作成するイメージの可能性。
・正確さを求めない
・省略とデフォルメ
・シンボル的なイメージの展開
・力学計算
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■グラフィック薄氷大魔王[529]
TDW制作のペースを早めてみる
吉井 宏
https://bn.dgcr.com/archives/20170719110100.html
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●TDW制作のペースを早めてみる
ときたま定期的に、TDW(The Daily Work)制作の意義みたいなもの書いておきます。
3日に1個出してたけど、在庫がだぶつき気味なので、しばらく2日に1個出す。本当は1日1個を焦りながら作って、ムリヤリのやっつけで量産するほうがおもしろいものが出てくるんだけど。余裕を持ってていねいに作ってると、ぶっ飛んだものは出にくい。
なぜ3日に1個のペースだったかというと、一年に作るTDWの数は、毎日出したり忙しくてしばらく間が空いたりして、だいたい120個前後になる(ここ10年くらいは)。
ルールを変えて「作り置きOK」にすれば、時間あるときにどんどん作って3日に1個出していけば、自動的に1年121個になる。そりゃ気がラクだ、そうしよう!ってことで、昨年の後半からそうしてた。
あと、ここ重要なんだけど「なぜ飽きもせず、同じようなものを作り続けてるか?」について。
TDWを1999年に始めてすぐわかった利点は、「毎日1点ずつ新作作って出してると、今やってる作風にすぐ飽きてくる。興味を持続するには新しい作風に変えざるを得ず、加速装置というか成長促進剤的に機能する」。
だから、いろんな作風を探りつつ、ツールも初期はPainter、ときたまIllustratorその他、Photoshopでペイントに移行、2003年くらいからZBrushに移行、次にCINEMA 4D、そして2005年くらいからMODOへ。
3Dにしてからの作風も(僕の中では)かなり変化しているつもり。初期は紙粘土みたいだったし。
で、今のMODOの作風はちょうど10年前の2007年8月、TDW_1487でツルツル質感にフレネル反射(物体の周辺部など視線に平行に近い面の鏡面反射)を加えたときに決まった。作り方は何度も微妙に変えてるけど。
http://yoshii-blog.blogspot.jp/2007/08/tdw-1487.html
以来、ほぼ10年。なぜか飽きないw どんどん面白くなる。飽きるためにやってるのにw
・最新のTDWと、下部にアーカイブのリンク
http://www.yoshii.com/tdw-8.html
【吉井 宏/イラストレーター】
HP http://www.yoshii.com
Blog http://yoshii-blog.blogspot.com/
ここから下の後記は、最近のめちゃ面白かった話題二つだけど、上の本文に入れずに軽めに流したい。なぜ入れたくないかというと、Webの話題に便乗してあーだこーだ書くだけに近いから。
○「なりたい!」の本気or思いつきを識別するフィルタ
「一撃必殺!急にマンガ家だの声優だの絵師だのになりたいと言い出した子どもや大人を止める、オススメの方法」
https://togetter.com/li/1130025
「全力で応援する」ww おもしろい!
「頭ごなしに反対する」もフィルタとして有効と思ってたけど、こっちも残酷なまでに有効w 結局、親が何を言っても「やる奴はやるのよ、やらない奴はやらない」。
どんな「夢みたいにあこがれる系の仕事」も同じだろうけど、「レールから外れて後戻りできず、うまくいっても行かなくても一生苦労する系」は特に。後で気づいた場合、「頭ごなし」のほうが傷は浅いかもしれないなw
↑どちらも子供と親両方の人生を破壊する危険があるので、面白半分に試しちゃダメ。どちらかのフィルタがうまく効いて「おお! 本物だった」で大成功なら結果オーライだけど、それ以外は全部しこりが残る。一生恨んだり恨まれたり。
あと、「今まで作ったものを見せてよ!」は言っていいけど、極端な課題を課すとかは、さすがに意地悪い。本物だったとしても、やる気をしぼませる。基本的に本人次第でしかないので、邪魔せず放っておくのがいいと思う。「父さんあんなに反対してたのに、おまえの作品をスクラップしてるよ」とかw
やっぱ、「プロスポーツ選手になりたい!」だと割とはっきりしてるよなあ。その場合、周囲との比較や実績があっての発言だろうし。その種目をやってないのに「なりたい!」はありえなそう。
自分がどうだったかといえば、「マンガ家になりたいだなんて雲をつかむような」と親には相手にされなかったけど、四六時中作ってたり描いてたことは何も言われなかった。そもそも母が描く人だったから。
その後、学校の成績がどんどん悪くなっていき、マンガも大変ってわかってきて、気がついたらこっち方面にしか行き場がなくなってたw
このバーバラ・アスカって人のまとめ、先日の↓もおもしろかった。
https://togetter.com/li/1128334
余談。そういえば思い出した。「なりたい系の仕事」で、文章を書く仕事ってあるじゃん? 今だったら「ライター」って職業があるのは知ってるけど、昔、小説やシナリオなど創作系以外に文章を書く仕事って知らなかった。原因は、中学の時に夢中で読んでた模型雑誌。
模型雑誌に作例だの解説だのいっぱい文章が載ってる。こういうの書いてるのどういう人なんだろうな? きっと好きな模型作って文章を書いてそれで食ってる人たち、うらやましいな〜と。初期はそう思ってた。
ところが、その雑誌を読んでるとたまに、筆者の人たちが大学生だったりヘタすると高校生が書いてることが、記事のエピソードからわかってくる。つまり、趣味の延長として模型雑誌に書いてる人がいるらしい。
で、僕の思い込みが発動するw すべての雑誌に文章や記事を提供してる人はその分野が趣味の人で、たぶん無料か安い原稿料で書いてるのだろう。映画雑誌やSFの雑誌も同じく。
さすがに趣味の人だけではなく、編集部の人も書いてるんだろうと思うようになったけど、自分が本を書いたり雑誌に記事を書いたりするまで、プロの外注ライターなんて知らなかったのでした。
あと、記事は筆者主体に書くものだと思ってた。(すべてではないにしろ)編集部やクライアントの意向に応じて書くのが、プロのライターなのに。
本心ではイマイチと思ってても「このソフトはいいよ!」って記事を原稿料をもらって書くのは「物書きにとっての敗北」だと真面目に思ってた。だから、僕の記事や本は、メーカーの意向をまったく入れてない、めちゃくちゃ正直なものだったんだよっ!w
○創造性と謙虚な日本人
「日本のZ世代は世界に比べて「創造的」ではない? 自らを「創造的」と回答した生徒はわずか8%」
http://www.adobe.com/jp/news-room/news/201706/20170629-japan-gen-z.html
昔は何か描いたり書いたり作ったりすることが娯楽だったけど、今の遊びはほとんど消費だからなあ。ただ、今の若年層の自己評価はそうかもしれないけど、30年前とか60年前の自己評価はどうだったのか? の数字がなけりゃ、この調査はまったく意味を成さない。
誰かが書いてたけど、「日本語できますか?」の質問に、挨拶の言葉2〜3個知ってるくらいで「日本語できるよ!」って言えちゃう脳天気(イメージ)な外国人とかいるわけだし。日本人若者の「創造的」の理想像が高すぎるのかもw
Adobeの調査だから、「創造的」がいわゆるクリエイティブ系に狭まって回答されてるかもしれないしね。あと、調査を受けたのが学校の必修カリキュラムで集まった生徒たちか? クリエイティブ講座に集まったもともと創造志向な生徒たちか? にもよるだろうし。
創造的とかクリエイティブって、ゼロから何か生み出す的な特別なことに思われがちだけど、ほんのちょっとの工夫とか改善って、日本人の得意とする所じゃんね。仕事だけじゃなくほとんどすべての活動にクリエイティブは関係ある。おそらく、「創造的」という言葉をこの質問に選んだのが間違い。
日本語的に創造的とかクリエイティブっていう言葉がまぶしすぎるんだと思う。「あなたは創造的ですか?」にハイ! って答える神経はないw
おまけに、ジジイになっても人間国宝になっても「まだまだ修行が足りません」って本気で思ってるじゃん。出る杭にはなりたくないし。その意味で、天狗になれない日本はあんまり楽しくない国かもしれないw
とか思ってたら、切り込み隊長やまもといちろう氏がこんなこと書いてた↓『「自分は創造的ではない」と思うのに、海外から創造性を絶賛されてしまう日本人の気質問題』
https://lineblog.me/yamamotoichiro/archives/13144524.html
また、ストレートに受け取ったとしても、最近の内向きで活力を削ぐ「日本すごい!日本えらい!」のカウンターとしては有効かも。以前の盲目的な「外国すごい、追いつけ追い越せ」も勘違いな部分が多かったんだろうけど、発展の原動力にはなったし。
まあ、たいていの意識調査は「それを知ってどうするんだ?」だけどね。
・スワロフスキーのLovlotsシリーズ「Hoot the Owl」
http://bit.ly/2ruVM9x
・ショップジャパンのキャラクター「WOWくん」
https://shopjapan.com/wow_kun/
・パリの老舗百貨店Printemps 150周年記念マスコット「ROSEちゃん」
http://departmentstoreparis.printemps.com/news/w/150ans-41500
・rinkakインタビュー記事
『キャラクターは、ギリギリの要素で見せたい』吉井宏さん
https://www.rinkak.com/creatorsvoice/hiroshiyoshii
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編集後記(07/19)
●映画の登場人数があまり多いと混乱してしまうわたしである。たいていはメインの何人かを覚えていれば、他に多くの人が出ていてもなんとかなるものだが。極端に人数の少ないのはBC級でいっぱい見てきた。今ここに、12人も出てきた。しかも、全員が重要な役である。わたしは彼らを識別できるであろうか。
というわけで、かなり構えて見始めた「十二人の怒れる男」だった(1957/アメリカ)。一室で大きなデスクを取り囲んで坐るのは、父親殺しに問われた少年の裁判の一連のやりとりを、六日間にわたって見てきた十二人の疲れた陪審員たちである。彼らはここで、少年が有罪(死刑)か無罪かを評決するのだ。
12人には名前がない。番号で呼ばれる。裁判所のスタッフの如く、この場をさっさと仕切る男がいる。陪審員1番だった。こういうタイプの人はどこの集団にもいる。彼は中学校の体育教師でフットボールのコーチだった。議論が進んでいくと、12人それぞれの意見から、個人個人の素性や性格が分かってくる。
最初の投票で、ただ一人、8番だけが少年の無罪を主張する。「確信に満ちた検察側証言ばかりで奇妙だ。弁護士は徹底して反対尋問を行っていない。細部を見逃している。人の命を5分で決めてはいけない、1時間話そう」と8番は言う。評決は全員一致でなければならない。12人、それぞれが意見を述べる。
アメリカの議論とは今でもああいうスタイルなのか。立ち上がるのはともかく、歩きまわりながらしゃべる者がいる。まったく落ち着かないが、映画としては絵になるようだ。それにしても暑い。扇風機が動かない(後に動くことが分かる)。12人の顔には汗がうかぶ。息苦しくなるほどの、白熱した論議が続く。
論議と検証を続けていくと、検察が自信を持って示した容疑者と同じアパートに住む老人の証言と、目撃者とされる女性の証言が曖昧であったことが次第に明らかになり、評決は回を重ねる毎に無罪に傾いていく。論議と検証の内容が明解であった。11人のキャラクターの感情と意見の変化が無理なくわかる。
「お前らみんなこの部屋に入った時、親族殺しの小僧なんか絶対許せないと思っていただろう。たった一人を除いてな。ところがそいつのお伽話を聞いた途端、腰抜けのロバに成り下がった。お前らそれでも男かよ。さっさと電気椅子に送り込んでしまえ」とわめきちらす男が、とうとう残る一人となった。
最後まで有罪を主張し見せ場をつくった10番、少年やスラムの住人に対する偏見や差別、中傷を口走り、さすがに11人は鼻白む。じつは彼も息子と不仲で二年も会っておらず、感情的になって有罪を主張していたことを告白し、無罪だと叫んで机に伏す。しかし、陪審員制度ってじつに危うい。この映画でよくわかる。そういえば、迷惑な裁判員制度、まだやっているんだ……。 (柴田)
「十二人の怒れる男」
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00KD3G7EM/dgcrcom-22/
●走るなら心拍数わかった方がいいよねと買ってしまったApple Watch(AW)、単体でできること続き。
単体でWi-Fiに繋げることはできないのだが、iPhoneで接続したことがあるWi-Fiだと利用できる。なので、Wi-Fiでの通話は、限定Wi-Fi経由なら可能。
iPhoneを忘れることなんてないよ、という人でも、バッテリー切れとか、水没させたりとかのトラブルの可能性はあるのではないだろうか。
通話といっても強制スピーカー。AWに耳を近づけ、トランシーバーのように「どうぞ」と言って会話を交互にするわけではない。もちろんヘッドセットや対応イヤホンなら、相手の声はまわりに聞こえない。 (hammer.mule)