わが逃走[205]牡蠣をかばう? の巻/齋藤 浩

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代官山あたりにあるライブハウスのようなタイトルであるが、まず最初に言っておこう。私は牡蠣が苦手だ。

※代官山あたりにあるライブハウスとは「ヤギに聞く?」

御察しの通り過去に大当たりを経験しており、それ以来フライだろうがグラタンだろうが、とにかく食べられなくなってしまった。

べつに食べたとたん気持ち悪くなるといったことはないのだが、率直に美味しくない。ゴムを食べているような感覚になるので、これでは食材に申し訳ないし、そもそも食べようという気にならない。

しかし、どうしても食べなくてはならないシチュエーションというのもある。





ものすごくお世話になった方から最大級のおもてなしとして、高級店で牡蠣づくしメニューをご馳走していただいたことがあるのだが、さすがに食べないわけにはいかず、にこにこしながら完食した。あれは申し訳なかったなあ。

当たったのは25年前のことで、まだ実家にいた頃、母の友人のNさんが「広島から航空便で届いたばかりだから是非生で食べて」とおすそわけしてくれたのだ。牡蠣が大好きな母は大喜びである。

ちなみにウチの両親は酒を飲まない。なので、白ワインに合わせるとか、日本酒とともにとか、そういったことには興味がない、というかそもそも思いつかない。すべての食材はごはんのおかずなのだ。

私が生牡蠣を食べるのはたしか人生で二度目だったが、どこぞの立食パーティで初めて食べた牡蠣とくらべて、ずいぶん生臭いもんだなあ、と思った記憶がある。

そう訴えるも、あなたはまだこどもだからこの美味しさがわからないのね。とか言って、ごはんと味噌汁とともにおかずとしてパクパク食べている。

今は大人だから知ってるが、新鮮な生牡蠣は生臭さなんてないし、ごはんのおかずでもない。酒のアテである。こんな食べ方はおかしい。間違っている。

父は食べ物の味覚に関してまったくこだわりのない人で、料理のやわらかさと温かさ以外のことには興味を示さない。黙って黙々と食べていた。結局、私は三個しか食べることができなかった。

「もうごちそうさまなの? 高いのに。高級なのに」と母は言うのだが、いくら高くても高級でも、生臭い生牡蠣を味噌汁とともにおかずとして食べるのには限界があった。母は不満のようだが。

その夜、猛烈な腹痛で目が覚めた。腹を押さえながらなんとかトイレまでたどり着き、出すものを出したが痛みは止まらない。いわゆる激しい嘔吐と下痢。

こんな痛みは経験したことがなかった。苦しい。30分おきにトイレに行く。息をするだけで苦しい。結局寝られず朝になった。熱を計ると40度あった。後にも先にも、こんなに熱を出したのは初めてである。とても歩けない状態なので、会社は休んだ。

気がつくと母も寝込んでいた。熱は38.5度だそうだ。牡蠣に当たったね、と言うと「偶然よ」と答える。牡蠣は高いから正義、という図式が母の中で完全にできあがっているらしく、発熱、腹痛の原因として絶対に認めようとしない。

聞けば父は37.5度の熱を出しつつも、会社に行ったそうだ。こりゃあどう考えても当たったとしか思えない。それでも母は偶然だと言い張る。なぜそこまでして牡蠣をかばう?? 痛いのに。苦しいのに。

で、ここまでは前置きなのである。本題はエアコンの話。

近頃37度とか38度とか、以前の日本では考えられない猛暑日が続いている。実家の両親は元気ではあるがともに80近いので、熱中症が心配だ。

ところが、「エアコンは罪悪」と思っているフシがある。

エアコンはつけっぱなしの方が電気代が安く済むよ、とか、昔のように朝起きて新鮮な空気を取り入れようと窓を開けても、アスファルトで熱せられた風が入り込んでくるので逆効果だよ、とかいくら言っても……

「午前中にエアコンはつけないことにしているのよ」などと意味不明なことを言う。エアコンがあるのにつけなかった老人が、バタバタと熱中症で倒れているというのに!

「ホントに危険だから。暑かったら午前中だろうが12月だろうが、エアコンつ
けて」と言うも、「ほーっほっほっ、大げさねえ」とまったく取り合おうとし
ない。

これは頑固とか意地っ張りというより、宗教みたいなものなのだろうか。このマインドコントロールを解くことは、果たして可能なのだろうか。

そんな母は今も牡蠣が大好物なのである。


【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
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1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられ
ないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィ
ックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。