[4405] 私たちには過去が多すぎて

投稿:  著者:  読了時間:30分(本文:約14,600文字)



《そんなに出自が大事か?》

■ショート・ストーリーのKUNI[219]
 私たちには過去が多すぎて
 ヤマシタクニコ

■はぐれDEATH[38]
 はぐれは先入観としての「日本」をめちゃめちゃ疑う
 藤原ヨウコウ




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■ショート・ストーリーのKUNI[219]
私たちには過去が多すぎて

ヤマシタクニコ
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100歳の男性がインタビューを受ける場面に居合わせたことがある。

男性は次々に繰り出される質問に眉をひそめ、苦しそうに顔をゆがめた。高齢だが頑健な体を持ち、耳が少し遠いくらいでふだんは会話もふつうにできる。

その日は体調があまりよくなかったようだ。質問の意味は当然わかっている。その答が自分の脳内にあることも。だが、探せない。確かにあるのにそこにたどりつけない。

そのことが悔しくて、男性は何度も「あー」と、言いかけてはやめることを繰り返した。

人間の記憶はどうなっているのだろう。

脳内には過去の記憶がちゃんと保存されている。なくなるわけではない。でも、年をとったり病気になったりすると、それらが収納されている部屋の扉が見えなくなるようなものだと、どこかで読んだことがある。

私はたまらなくなり、ああ今すぐ自分が「ミクロの決死圏」みたいに極小の存在になってこの人の脳内に入れたら! と想像した。

そうしたら私は、あまりにたくさん詰め込みすぎて、倒れたり重なったり中身が散らばったりしている記憶の引き出しや収納ケースを片っ端から直していく。

想像の中の私は、きっと運動神経抜群で腕力もある、ワンダーウーマンのような存在。だから、だいじょうぶ。たちまち私は、目当ての記憶を探し出す。あった。

「ほら、ここよ!」私が脳内で呼びかけると、しわに包まれた男性の眠たげな目はぱちんと見開かれ、自分の頭の中が久しぶりにすっきりと、避暑地の空のように晴れ渡っていることを感じるだろう。

ああ、さっきはどうも失礼しました。ちょっと気分が悪かったのですが、もう治りました。さて、ご質問にお答えしましょう……男性はすらすらと答え、インタビュアーは満足するだろう。

だが、実際はもちろん、そんなことは起こらなかった。きょうは……わかりません。100歳の男性は悲しそうにつぶやき、付き添いの女性が申し訳なさそうにごめんなさいねと言う。インタビューは中断された。


私はまた、最近記憶力を保つための薬が発売されたというニュースを知る。説明を読めばそれはおよそ画期的とはいえない、気休め程度のものに思える。だが、私の妄想はふくらむ。

将来は、どんなにため込んだ記憶もきちんと脳内に整理・保存され、必要に応じて瞬時にファイルが展開される。そんな薬が普及するかもしれない。


空想の中の私は駅に向かう道を歩いている。セミが鳴いている。三日前に道ばたのセミの死体を踏みそうになったことを思い出す。一昨年、初めてこの街でクマゼミではない、ミンミンゼミの声を聞いたことも。

もっと前のある日は、セミがベランダで死んでいるのを見つけて、突然、それを描きたくなった。私はそれを紙にそっと載せ、目の前に置いて鉛筆で詳細にスケッチした。

微動だにしないセミの死体から、死体特有の気がひたひたとしみ出て、押し寄せる。私の指先はぶるぶると震え、でも描くことをやめられなかった。

それより前、うんと昔の記憶も鮮やかによみがえる。同級生の女の子のカバンにセミがとまっていた。すでに弱っていたセミは、ついにカバンの中にぽとりと落ちた。女の子は家に帰ってカバンの中のセミを見つけて驚くだろうと思いながら、私は黙っていた。

それよりさらに前、まだ学校にも行ってなかったころ。近所に住んでいた同い年の男の子がセミを捕って私にくれた。おもちゃだと思った私は、それが急に動き出したので驚いて泣き出した。

男の子も驚いて困ったような顔をした。祖母が私を抱きしめ、背中をぽんぽんとたたいて言った。こわくない、こわくない。セミはすぐに死んでしまうおとなしい生き物なの……。

そんなことはほとんど忘れていた。今は、私はいくらでも記憶をさかのぼることができる。薬の効果で。すっかり忘れたわけではないがおぼろになっていた記憶も、驚くほど鮮明に浮かび上がってくる。


「最近、すごい薬ができたそうね。でも私は使う気がしないわ」
友だちが言う。
「そうなの?」
私が言うと友だちは、当然じゃないのと言わんばかりに

「この年になればどんどん忘れるのが当たり前よ。自然に逆らってどうするの。若い人──現役世代なら仕事上の必要もあるでしょうけど、私達には不要よ」

「そうかしら。過去がきちんと整理されたら、新しいことにもチャレンジしやすくなるんじゃない」

「新しいこと? まじで言ってるの? あなたはいつも前向きなのね」

友だちはばかにしたように言う。

「私はもういいわ。新しいことなんて」

そして、こうも付け加える。

「あなたは自分が常に進歩的な側に立っているつもりなのね。いい気なもんだわ」


薬を飲んでいることは周りに知らせていない。その友だちに限らず、冷ややかにみる人は多いだろう。その気持ちはわからないわけではない。

いま、私の頭の中には美しい画像つきの膨大な量のデータが保存されていることがリアルに感じられ、薬を飲み始める前より頭がずっしりと重くなったような気がする。

元々あった記憶なら量的に変わらないはずなのに。ものを整理すると闇雲に詰
め込んでいたときより広いスペースを取ってしまうことがある。それにに似た
ようなものだろうか。それとも単純に、私の年齢ではこの薬に耐えられないと
いうことか。過去が多すぎて。

ターミナル駅そばのビルに入る。そのビルで最も広い面積を占める書店に入る。

本はネットで購入できるし図書館もネットで予約できるが、リアルの本、それもぴかぴかの新しい本がずらりと並んでいる様子は何よりも美しくてうっとりする。そして、いくつもの記憶のファイルがどんどん展開される。

去年たまたま来たときは、リニューアル工事で閉店していた。その前に来たときは文庫本を一冊買った。若い時に読んだ好きな作家の本が文庫化されたのだ。レジの店員は無愛想だった。その前に来たときは何も買わなかった。何も買わなくてもふらりと立ち寄るときがある。

そう思うと、30年ほど前のシーンが浮かんだ。それほど好きでもなかった男と「6時に雑誌コーナーで」と約束したのに急にいやになって、すっぽかした。

翌日「2時間待ったのに」と電話がかかってきたけど、その電話も途中で切ってしまった。携帯なんかない時代だとはいえ、よくあんなことをしたものだ。

ついこの間のことのように立ち上がる記憶に、がくぜんとする。男はその後も何回か電話してきたあげく「覚えていろよ」と言った。その声音がなまなましく耳元に響く。

その男のことはすっかり忘れていた。自分がそんなことを忘れていたこと自体、信じられない思いだ。胸元がぞくりと冷える。

苦い記憶を遠ざけたくて、私は書店を離れ、同じフロアのカフェに入る。半分くらい席が埋まった店内を見渡し、隅の席に座る。

なんとなく古風な店の雰囲気に押され、夏だというのにホットココアを注文してみると、やがて運ばれてきたココアは予想通りたっぷりとクリームがのせられたもので、私は少し気分が良くなる。

そして、スプーンでクリームをすくっていると、ふと斜め前方のテーブルの、こちらを向いて座っている男性に惹かれた。

どうってことのない男だ。白髪交じりの頭髪から私と同じくらいの年代と思える、カーキ色の綿のシャツの袖をまくり上げて、コーヒーカップを右手に持ちながら視線はテーブルの上に置いた何かの雑誌に向けられている男。

特にハンサムでもなく、特に目立つ服装をしているわけでもないのに、なんだか好ましく思えた。そう思っていると、その男が顔を上げた。目が合った。

私は、その目から、相手もまた私のことを好ましく思うだろうと確信した。思わず軽くほほえみかけ、するとそのとき頭の中でぱらぱらと記憶のファイルがめくれる音がする。

「ねえ、あんたとあの人、どういう関係? ほら、あの暗い人」

バイト先の友だちが私に聞く。私は大学生で、役所の退屈なアルバイトをしている。偶然、彼が同じ役所でバイトをしていると知ってびっくりした、その後のことだ。

「全然。どういう関係でもないよ」

「そうなの? なんだかすごく親しそうだったよ」

「まさか。私のタイプじゃないもん。『こここれでいいですか』なんて言う人」

彼はほんの少し、会話のはじめにどもるくせがあった。私はそれをちょっと誇張してまねた。友だちは一瞬笑いかけて、その笑いを止めた。短い間が空いた後、友だちは言った。

「そういうまね、するんだ」

そう言われて私ははっとした。だが、もう遅い。

さらにその何年か前、私は高校生で彼も同じ高校だった。

ある日、人数が足りなくて困ってるからとクラスの子に誘われ、私は校内で放課後に行われた「差別を考える」という集会に参加した。もう忘れたけど、政治社会研究会とかいうサークルの主催だ。

座っているだけでいいのかと思っていたら、途中から一人一人順番に意見を述べるという展開になり、焦った。順番がまわってきたときはほとんどパニック状態だったが、落ち着け落ち着けと自分に言い聞かせ、とても意見とはいえないようなものを途中何度もつっかえながら、ともかく言い終えた。

すると私の隣に座っていた男子が冷ややかに
「もっとしっかりしてるかと思ったら、ただのお嬢さんなんだ」
私が顔を向けると、さらに付け加えた。

「君みたいなお嬢さんばかりだから、世の中から差別がなくならないんだ」

私はそれまで、そんなふうに人前であからさまにけなされたことはなかった。ショックでぼう然とした。それから、悔しさで涙がこみあげてくるのを感じた。

泣けばさらに状況は悪くなると知りつつ、抑えられない。涙がどんどんあふれた。唇をふるわせ、目と鼻を真っ赤にしながら泣いている自分はさぞかし醜いだろう。いますぐ逃げて帰りたい気分だった。

「しし、失礼だと思います、それは」

立ち上がり、どもりながら声を発したのは彼だった。

「彼女は、一生懸命自分の意見を言ったんです。それに、『ただのお嬢さん』という言い方こそ差別的では、ないでしょうか」

私はうれしかったはずだが、自分をみじめに思う気持ちのほうがはるかに強かった。

私の脳内には次々と過去のファイルが展開され、めまぐるしいほどだ。幼なじみの私達には、共有できる記憶はそれだけ多いのだ。

私は何度も彼を傷つけていた。彼に助けられていたのに感謝することもせず、何十年も会うこともなかった。その何十年の間、彼を傷つけたと同じようなことを他の人に、私は繰り返ししてきただろう。

私は最低だ。最低なまま年を取って、まだ自分をわかろうとしない女。それが私だ。

気がつくといつの間にか彼は自分の席を離れ、私の前にいる。すっかり年を取って、でも確かに彼だ。幼い私にセミをくれた、あの男の子。

「君に再び会えるとは思っていなかった」

彼の口調は穏やかで、どもってもいなかった。

「ぼくは薬をのんでいる。君も多分のんでいる、あの薬を」

私ははっとして目を上げる。

「だれだって思い出したくないことはたくさんある。でも、きっと乗り越えられるし、それを良いものに変えていくことができるはずだ。長く生きてきたわれわれだから」

空想の中の彼が言い、空想の中の私はためらいながら、やがてうなずくだろう。いつもそうであるように、希望的観測と楽観に満ちた空想の。


【ヤマシタクニコ】koo@midtan.net
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http://koo-yamashita.main.jp/wp/

うちのような郊外の住宅街でもレイドバトルはあるし、ルギアやフリーザーやファイアーも出現するが(ポケモンgoの話です)、人が集まらない。ソロで大物は無理なので、たまにこれならいけそうと思われる小物を倒して「ふしぎなアメ」を手に入れるのみ。都会はいいなあ。


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■はぐれDEATH[38]
はぐれは先入観としての「日本」をめちゃめちゃ疑う

藤原ヨウコウ
http://bn.dgcr.com/archives/20170831110100.html
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ここでいう国体は国民体育会の意ではない。日本国のことである。

はぐれなので基本的には国体とはあまり縁がない。せいぜい、戸籍と運転免許証、国民健康保険、青色申告程度か(笑)

もちろん選挙権はあるのですが、長年万年野党の共産党を応援していたけど「野党共闘」などというアホなことを言いだして見放した。

レーニン・トロツキーの提唱する「連立の否定」から思いっきり逸脱してるし。そもそも共産党は万年与党でエエねん。というか、日本共産党の場合はそれ以外に存在価値はないんだから。

で、国体などという大層なネタを振ったわけだが、これには明白な理由がある。無自覚に「日本人」と言うのが憚られるような気がしてきたからだ。もちろん、日本に住んでいるのだから国籍が日本であるのは当然だが、歴史をひもとくと「???」となってしまう。

「ハザードマップと古地図」でもちょっと触れたが、先史時代まで遡ると現在の日本人と称する人々は、大抵が渡来系になってしまう。縄文時代になると更に渡来人は増加し、弥生時代、古墳時代以降はもう渡来人のオンパレードで原住民はどこに行ったのかさっぱり分からなくなる。そもそも原住民の定義すらかなり怪しくなる。

もっと容赦ない言い方をすれば、「土着」の人よりも「漂着」した人の方が圧倒的に多い気すらしてくる(笑)。土着はあくまでも漂着の結果に過ぎないというアホな発想である。

特にボクの場合、骨格がお猿なので渡来人の遺伝子はかなり希少な気がする。もちろん混じってるんだろうけど、平均的な日本人に比べればかなり少ないような気がする。初期の渡来人だろう。

そういう意味では、もう庶民の代表みたいなもんで、記録に残るような華々しい活躍をした先人とは、縁もゆかりもないのは言うまでもあるまい。

そもそもボクは、国体なるものを人々がどこまで認識しているかどうかかなり怪しむ。ボクの場合はせいぜいが生活圏内がまともに認識できるコミュニティーの限界であり、そこを外れるともう「外国」になってしまうのだ(笑)

このアホな認識は三年間の関東単身赴任で明確になったのだが、長年住んでいるはずの京都でもボクにしてみれば、やっぱり「外国」だったりする。まぁ、余所もんやからなぁ(爆)

にもかかわらず京都に居続けているのは、単純に「鉾立」があるからだ。どこかで書いたような気もするが、とにかく後継者がなかなか出てこない、という単純素朴な理由もあれば、鉾立の作業そのものをボクが大好きだからという理由もある。

ボクを京都に縛り付けているのは、たったこれだけの理由でしかない。でなければ、とっくにどこか別の場所(西日本に限る)に移住してても不思議じゃない気がする。

それはともかく、京都の排他性の高さだって他の地方と大して変わらん。「京都人は排他的だ」とよく言われるが、この程度の排他性など、ど田舎に行けば腐るほど見受けられるし、都会ですらまかり通っている。

逆に都会に住む人は地方の排他性を強く感じるのだろうが、出自を辿れば大抵の場合はド田舎に帰着するはずである。

特に東京、大阪、京都などはその最たるもんで、ボクに言わせれば「田舎もんの集団」であり「ここにいれば都会人」という浅はかな価値観でしかない。

自称・京都人の場合「四代以上続いた家じゃないと京都人と言ってはいけない」などという妄言を、平気な顔をして吐くのはでふぉだ。実際ドヤ顔で言われた時は開いた口が塞がらなかった。

もちろん心の底から「アホや」と思ったのは言うまでもあるまい。恐らく都市部にはこの手の妄言を信じておられる信者(?)の方が多くいらっしゃると思うが、ボクに言わせると「そんなに出自が大事か?」となってしまう。

土地絡みとなると地縁という厄介なものが出てくるのだが、この辺はナゼかきれいにスルーしてしまう。こういうテクは都市部ならではなのかもしれないが、いい加減この上ないではないか。

美味しいとこ取りだけして、厄介なものには蓋をするという、正にこれぞ「美しい国、日本!」を体現してるようにしか思えない。ちなみにド田舎の地縁はかなりあからさまにある。都市部と違って全く洗練されていないと言ってもいい。もっともボクの私感なのであまり気にしないように。

大体、今の総理大臣なんか元を辿れば山口ですよ。東京で生まれ育ったみたいだけど明治以降に移住したのは見え見えだし、選挙区そのものはまだ山口にあるんじゃないかなぁ? うろ覚えなので間違っていたら申し訳ない。

おまけにアホのレベルを加速度的に低下させたのは、大抵ド田舎出身のアホな政治家や資本家、報道関係者だとボクは思っている。もちろん例外はあるにせよ、根拠のない自信を持っているアホの前ではまともな知性は通用しないのだ。

ちなみに、ご先祖様を具体的且つ明確に判定できる庶民の大半は、せいぜい明治時代くらいまでだろう。実際、うちもそうだし。

誇らしげに出してくる家系図なんてのは、大方江戸以降に作られたもので、その先まで記述してるものとなるといかがわしいことこの上ない。ボクは記紀と大して変わらんと思っている。どうせ都合良く書いてあるのが関の山である。

人が認識できるコミュニティーの範囲は、それほど広くないとボクは思っている。ボクが狭すぎるということは十分自覚しているのでご安心を。

認識できるコミュニティーが限られた範囲であるなら、現在の国体レベルとなるときちんと把握出来ている人はめちゃめちゃ少ないだろう。この国の議会制民主主義制度なるものが、そもそもかなり怪しいのだから。

誤解のないように付け加えておくが、現行の憲法では主権在民であり様々な議会に選出されている議員はあくまでも国民の権利を「一時委託」されているだけである。この認識すら怪しい政治家はごまんといる。

これが国会レベルとなると、もう絶望的であるのは言うまでもなかろう。実際、絶望的な状態だし。そもそも三権分立をきちんと理解しているのかすら怪しい。こんなお粗末な人達が恥ずかしげもなく「国政を担う」と胸を張ってるのは笑止千万としか言いようがない。

まぁ、もうこいつらはどうでもエエわ。学習力がないことを嘆いても仕方ないし、「勉強せぇ」と言っても勉強の仕方も分からなさそうなので、見捨てるに限る。

情報量が増えたとは言え、人間が処理出来る情報量は古代からそれほど変わっていない気がする。要はどの情報に特化するかだと思うのだが、飛びつきやすい情報といえば大抵がゴシップネタであるのは今も昔も変わらんだろう。考えなくてもいいから。

とにかく「アホや」と批判していれば、まぁ周囲のコミュニティーではさしたる問題にはならないだろう。だが、本来重要なのは日常生活に関わる情報である。何しろ生きるために必要な情報なんだから。

本来、人が比較的安心出来るコミュニティーの範囲は、かなり狭いのではないだろうか。古代の集落規模が一番最適化されている状態だと思う。大体、20〜30人規模ぐらいか?

こうした例は、小中学校のクラスを構成する人数に顕著に見られる。担任の先生一人でどうにかコントロールできるのが、大体30人ぐらいと考えれば腑に落ちやすいだろう。もっとも最近は副担任の先生もおられるので、二人体制で一クラスをコントロールしていると言うことになる。

これ以上の規模となると、小さなコミュニティーを維持しつつ、最小限の大きさのコミュニティーをどれだけ内包してコミュニティーを大きくするかにかかっている。

実際、歴史はそうした過程を辿っている。詳細はもうどんどん飛ばすが、中学校レベルの歴史の知識を持っていれば明白なはずである。分からなければ、それは「知識を持っているが考えたことがない」ということだ。

一時期「地方自治」なるものが叫ばれたことがあるが、これはどちらかというと新自由主義という明らかに狂った思想から出た発想であり、本来の「地方自治」とは似て非なるものであることを指摘しておきたい。

地方自治がそれなりに機能していたのは、江戸時代ぐらいまでではなかろうか?所謂「藩」という単位だが、これは幕府側の都合もあるので鵜呑みには出来ないが、それぞれの藩で独自の文化や生活習慣があったことは注目すべきである。

もちろん、江戸幕府誕生までの間に起こった離合集散の結果なのだろうが、伊予伊達藩に見られる本家伊達家の文化、風習がそっくり移植されているところを見ると、それぞれの藩の独自性はそれなりに説明がつく。

直接的に幕府と繋がりを持っていたのはあくまでも各藩主であり、庶民はほとんど関係ないといってもよかろう。

日本が統一国家として事実上支配者を持ったのは、鎌倉幕府成立ぐらいからだろう。

畿内政権の及ぶ支配権はせいぜいが関東までであり、それすら怪しげだったから、畿内勢力と東日本諸国との争いが絶えなかったのであり(征夷大将軍の語源を辿れば明白だ)平安末期には平将門の乱が起きたり、前九年・後三年の役が起きているし、小競り合いとなるともうどれだけあったのかさっぱり分からない。

そもそも畿内政権の支配力だって、地元ですらかなり怪しいのだ。安定期はせいぜいが藤原四家が活躍した短期間だけだろうし、それだって疫病の影響で簡単に崩壊している。これまた平安末期だが、藤原純友の乱が瀬戸内海で起きている。

濡れ衣を着せて要人をばんばん抹殺するのは、もう畿内政権の常套手段である。もっともその後天変地異が起きると「祟りだ!」と言って、そっこー神社を造営して神に祭り上げたりするのだからアホの極地であろう。

ちなみに、この手の祟り絡みの神社は京都市内に多数ある。というか、祟り神絡みの神社しかないのではないかと思うぐらい、祟り比率は圧倒的に高い。これはこれで結構笑える。

天皇の支配権になると、もうこれはめちゃめちゃ怪しい。後継者問題で度々戦乱は起きているし、例え勝利して権力を握ったとしても、大まかではあるが三代ぐらいで潰れるのが慣例と言っていいほど度々交代している。

何しろあの聖徳太子の家系ですら、三代目で完全に抹殺されているのだ。これが天皇となれば、更に血腥いことになるのは当然である。

「万世一系」などというアホな歴史認識などは、この辺をちょろっと調べればすぐに崩壊するのだ(笑)。それでもこのアホな歴史認識にしがみつきたい人がいるとすれば、個人的な利益にとって重要であるか、単に思考を停止しているとしかボクには思えない。

記録に残っている階層ですらこの態である。ボクのように根っからの庶民で、ご先祖様からして根無し草と化した最底辺の階層などは、もうどうなっているのかさっぱり分からん。

ただ根無し草の源流は何となく辿れる。いつからかは不明だが、ご先祖様が瀬
戸内海でうろちょろしていた節は多々あるのだ。詳細は別項に譲るが、遠いご
先祖様は水運と切り離せない関係があったような気はする。

これはボクの骨格もそうだが、無駄に三半規管が強かったり、伝書鳩並みの方向感覚がボクにはしっかりあることから、勝手に推測したことだ。決定的なのは父方の曾祖父の家系が大分県出身だということ。

口伝レベルとなると「元々、香川県辺りにいたらしい」というのもあるが、とにかく庶民なのでワケが分からん。

ある意味、瀬戸内海の西方でちょろちょろしていたという、分かりやすい推測はしやすいけど。

実際、ボクはGoogleMapに頼るより太陽とランドマークに頼る方が、確実に目的地に着ける。GoogleMapで何回迷子にさせられたことか……むしろスマホでボクの磁場感覚が狂わされているのではないか、と疑う始末である。

ボクにとって家とは出発点と終着点だけであり、ここに怠け癖が加わるから家にいるだけの話で、家のある場所に帰属意識が強烈にあるかと問われると「それほどでも」になる。

これはこれでちょっとみっともない気がしたので、娘には上賀茂という場所を提案したのだが、彼女の場合は帰属意識が極端に強すぎて「大学も家から自転車で通える所しか受けない」と言い出す始末である。

どうしてこう極端から極端に走るのかよく分からないのだが、しゃあなしだ。奥さんの家は最低四代は続いている立派な京都人である。娘は五代目になる。ちなみにこの場合、ボクは勘定に入らないので悪しからず(笑)

一か所に留まり続けるという価値観そのものを、ボクは否定する気はさらさらない。ボクの母方の一族だって、いつから今の場所にいるのか分からないのだから。

魏志倭人伝を引っ張り出すまでもなく、大陸や半島では「倭」と呼ばれる期間がかなりあるが、これは上述したように一つの国として認識されておらず、あくまでも「東の島とその周辺地域」という意味合いが強い。「漢奴倭国王」の表記なんか代表的な例だろう。統一国家とは無縁な評価である。

国体としての日本を見る上で重要なのは、やはり大陸や半島に残る諸文献であろう。東方の海上にある島とその周辺地域に関しての記述は、上から目線なのである意味厳しいものになるが、辛辣である分ある種の説得力はあるだろう。

半島における畿内勢力と、半島諸国のパワーバランスが崩れたのは所謂「任那討征」(「三韓討征」とも言うらしい)以降である。記紀では神功皇后が主役となるエピソードだが、ここもマジメに研究書を読み出すとかなりややこしい事になっている。

ものすごくバッサリ解説すると、百済国から恐らく畿内勢力にいる渡来人を通じて、任那からの危機を倭の国にも出兵して助けて欲しい、ということになりそうだ。畿内勢力は大半が渡来系だしね。

詳細は自分で調べましょう。ボクだってまだ大まかな輪郭を掴みかけてるかどうかという状態なので、上記したバッサリ解説もかなり怪しい(笑)

とにかく任那討征以降、断続的ではあるがこの島国に朝貢使節が半島から送られるようになったのは、半島側の記録にもしっかり残っている。

これで勢いづいたのかどうかはよく分からんが、大陸との外交でも例の「日出づる処の天子……」が出てくるワケだ。ただし統一国家としての体はまだなしていない。あくまでも畿内政権と大陸との外交の話であり、畿内政権の勢力が及ばない東日本、特に日本海側は結構自由に交易をしていたようだ。

ここまで来れば、国体とやらが国内のためではなく、あくまでも外交手段の一つとして成立したと考えるのが自然だろう。露骨なのが明治維新後の大日本帝国成立である。

島津藩の属領扱いされていた琉球王国も、ナゼか北海道もアイヌ民族もドサクサに紛れて国体の中に紛れ込ませたのだから。これはもう完全に領地・領海の確保のためであって、一方的な帝国政府の都合に他ならない。

これが変な方向に動き出し(帝国主義時代の潮流とはいえ)朝鮮、台湾、更には大陸にまで手を広げ挙げ句の果てに日清戦争、日露戦争、さらには満州国を無理から成立させ、日中戦争の火種を作ったわけだ。結果はさすがに皆さんご存じだと思うので省く。

邪推だが半島、大陸への進出というのは、ワケあり渡来人の遺伝子記憶の仕業かもしれないとすらボクは妄想している。もちろん、科学的な根拠は全くありません。

請われてこの島国にやってきた渡来人も多くいるが、止むに止まれず渡来せざるをえなかった人もいたはずで、もし彼らがどす黒い怨念を持ってこの島国に来たとしたら、意趣返しをしても不思議じゃないような気がする。意趣返しにしてはさすがに時間が長すぎるので、邪推レベルでしかないのはいうまでもあるまい。

ただ九州北部・西部や現在の山口県、島根県、鳥取県は大陸や半島と常に隣接しているわけだから、ある種の外交的諸問題を感じたのは容易に想像できる。

だから古代からせっせと交流を持っていたのだろうし、朝貢使節も送ってたのではないか。もちろん美味しいどこ取りもちゃっかりしているので、畿内政権が盤石になるまでは、意外と大陸・半島との外交は今の国体では考えられないような高度なレベルで倭の各国は行っていたような気がする。

なんか分かったような分からんような結論になりつつあるが、正直これ以上この国の国体とやらを述べる気にはならない。今が酷すぎるというのも当然あるが、倭と呼ばれていた時期の基礎的な知識がまだボクには少なすぎるのだ。

ただ上述したように、国体とやらは時の権力者の都合であって、庶民にはほとんど迷惑にしかならないとボクは思っている。もちろん、この国の成り立ちや文化をボクがどこまで他の国の人に話せるのか正直怪しいし、ぐっと範囲を狭めて京都に限っても深層に関してはかなりあやふやだ。

代理店が勝手に作った京都のイメージをボクは頭から馬鹿にしているし、そもそもそんなに分かりやすい地域など、この国の外にだったどこを探したってないだろう。

要は先入観としての「日本」を、ボクはめちゃめちゃ疑っているのだ。だからボクなりに把握したいと思っている。

何だかんだ言ってもこの国に生まれたのは事実だし、京都という一種特殊な地域として認定されている(?)場所に居座り続けているので、余計にそう感じるのかもしれない。もちろん様々な面で影響だって受けているわけだし。

これもある種のはぐれ視線なのかもしれないが、とにかく分からんものをほったらかしにできるほど人間が出来ていないし、怪しげな世間の言説を鵜呑みにすることもボクには出来ない。しゃぁなしである。

最後になるが、ここに記述したことを真に受けてはいけない。あくまでもボクの妄想であって、根拠なんてカケラもないのだから。一応、警告だけはしておきます(笑)


【フジワラヨウコウ/森山由海/藤原ヨウコウ】
YowKow Fujiwara/yoShimi moriyama
http://yowkow-yoshimi.tumblr.com/
http://blog.livedoor.jp/yowkow_yoshimi/

最近、本業で口に糊できないエカキ。これでエカキと言ってイイのか正直不安になってきている気の弱いぼーず。お仕事させてください…m(_ _)m


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編集後記(08/31)

●陳登元/著・別院一郎/訳「復刻版 敗走千里」を読んだ(2017/ハート出版)。新聞に5段1/2の広告が出ていた。「戦後アメリカが没収・廃棄した幻の問題作が今ここに完全復活!!/GHQはいったい本書の「何を」怖れたのか/中国人兵士が自ら語った中国軍の腐敗と略奪!/昭和13年刊 100万部のベストセラー戦争文学」とある。著者の構想した「敗走千里」の第一部「慰労隊の巻」が本書だ。

出版当時の書籍広告が掲載されている。「敗惨支那兵の血で綴った大長篇 偉大なる戦争文学は戦捷国からは生まれない。(略)この『敗走千里』は敗惨支那兵の血塗られた長篇文学だ。戦捷日本が籏と提灯行列で歓聲を上げてゐたとき、彼等は飛亂した人間の肉片、累積した屍の塹壕の中で死闘していたのだ。

敗惨兵が血達磨の如き敗走の中に繰り展げる、野獣の如き飢餓と性慾の地獄の繪巻、屍を喰ふ野犬、野良犬を捕へて喰う兵士、寸刻を享樂する息詰まる弾丸下の肉慾! これこそ正視出来ない二十世紀戰争の生々しき現實の描寫である」要領よく鮮やかに語るうまいコピーだねえ。まさしくその通りの内容である。エロ本みたい煽りはちょっとオーバーだがw

主人公は陳子明(チェンツミン)。日本に留学中に支那事変が起き、急遽帰国するも、すぐに兵隊に取られ、戦場に放り込まれた。この物語は、だいたい彼の視点で描かれる。主な登場人物は彼が所属する分隊の隊長と兵卒たち、彼らの所属する中隊の上尉などである。

そしてヒロイン、戦場にあってその美貌と才知で自らの運命を切り開こうとする慰労隊の李芙蓉(リーフヨー)。陳子明との間でロマンスが生まれる。それも主題のひとつだ。東洋軍(日本軍)との戦いは殆ど塹壕内からの銃撃戦、火力戦だ。厭戦気分が充満し、誰もが前線からの撤退を待ち焦がれている。

政府内の欧米派対知日派、中央対地方の対立から、陳子明の所属する中隊でも絶望感が漂い、彼はどうしても戦場から逃げなければならないと結論づける。問題は変装用の便衣を持っていないことだ。戦場から逃亡しても無一文で郷里まで帰れるのか。逃亡が発覚して銃殺されるかもしれない。実現性は乏しい。

投降という手もある。彼が書物を読んで知る日本軍は、敵国軍に対して寛大である。そう考えているうちに、中隊は第二線へ退却する。藁の束を持ち帰る任務では、避難して釘付けの農家に踏み込み物を漁る。支那の兵隊は給料が満足に支給されないから、掠奪が給料であり、兵士となるための奨励賞でもある。

塹壕と背後のトーチカに注がれる遠慮会釈もない敵弾、被弾する兵士、屍体を収容する描写などみごとなものである。卑劣な軍事政治部員の暗躍も描かれる。陳子明はこのつくづく無意味な戦争を呪う。そして自分個人が戦場から脱出しても誰にも恥じるところはない、許されていいことだとあらためて確信する。

殆ど匪賊というべき敗残兵の一隊に属していた彼だったが、負傷して意識を失う。……続きを期待したいが、敗走千里(完)と最後にある。〈南京大虐殺〉の虚妄を暴き日本人を〈自虐史観〉から解き放つ名作、と新聞広告にあるが、そういう記述はない。この物語が続けばあったかもしれない。 (柴田)

陳登元/著・別院一郎/訳「復刻版 敗走千里」
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/480240039X/dgcrcom-22/


●まにまにフェスティバル(まにフェス)は今週土曜日!

/ヤマシタさん、梅田か難波か天王寺か淀屋橋あたりにぜひ〜! うちの近所は休日はOK、平日のサラリーマン通勤時間とお昼休みなら集まりますっ。次のミュウツー対策で、バンギラスにも人が集まってます。/やっとポケモンGO Plusでジムが回せるようになった〜。レイド待機人数確認と。

/淡路島続き。旅館に着いてすぐ、三熊山のてっぺんにある洲本城跡へ。国の指定史跡、兵庫県の指定文化財に指定されている。淡路島攻略の命令が織田信長によって出ていたこともあるのね。

車で近くまで行けるらしいのだが、甥らを連れて山道を登った。1kmもない距離で、傾斜もさほどではなく余裕、いい汗かくわ……だったが、甥らがバテバテ。リタイヤ者が出るかと危惧した。 (hammer.mule)

まにフェス
http://m2college.net/fes5/

Pokemon GO の アプリバージョン 0.73.1(Android / iOS)へのアップデートを開始しました
https://pokemongolive.com/ja/post/ver-update-083017

三熊山・洲本城跡
https://www.awajishima-kanko.jp/manual/detail.php?bid=242

洲本城【官兵衛ゆかりの地】登り石垣を残す南海の要塞
http://www.hyogo-tourism.jp/shirotabi/100castles/areas/detail.php?pageid=105&page=1

洲本城跡からの景色
http://www.jalan.net/kankou/spt_28205af2170020379/

洲本城
http://sumoto-castle.net/

右の道を行った
https://media-cdn.tripadvisor.com/media/photo-s/0f/8f/b4/48/photo2jpg.jpg