[4408] 入院で三つの初体験

投稿:  著者:  読了時間:19分(本文:約9,000文字)



《いったい誰が感染源なのだろう?》

■羽化の作法[45]
 入院で三つの初体験
 武 盾一郎

■LIFE is 日々一歩(58)[コラム]
 まにフェスP5登壇レポート・ハンズオンセミナーについて熱く語りました
 森 和恵




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■羽化の作法[45]
入院で三つの初体験

武 盾一郎
http://bn.dgcr.com/archives/20170905110200.html
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1997年2月28日、東京ジャーナルの授賞パーティが終わり、翌3月1日に38度の熱が出たので安静にしていた。

次の日、3月2日の朝に熱を計ってみると37度台になったので、もう大丈夫だろうと思って、出展中のアンデパンダン展に出かけ、懇談会にも出席した。

その後、高田馬場の親父の事務所に寄って頼まれていた仕事の台本を渡し、自宅の上尾に戻るというそこそこ忙しい一日を過ごせた。

このまま治るだろうと思っていたら、翌3月3日、再び熱が38度以上に上がっているので横になる。

熱は下がらず、二日後の3月5日には熱が40度を超え「これはなんかおかしい」と思って近所の町医者へ行く。「水分を良く摂ってしっかり寝てれば熱は下がりますよ」と言われ、少し安心して家に戻り横になる。

実際に38度台になったので、このまま我慢して寝てれば回復するかなと思って安静にする。ところが3月8日の朝、また40度を超えてしまう。フラフラで立つこともままならない。

「これは本格的になんかおかしい」と、再度近所の医者に行こうとするが、歩いて10分ほどの町医者まで自力で歩ける気がしない。タクシーを呼んでなんとか町医者にたどり着くと、診断で別の病院に入院することになった。

●普通の人間として普通に大切に扱ってくれる現実

制作ノートによると、入院先は高崎線の宮原駅の近くにある「大宮メディカルセンター」と書いてあるが、今調べてみるとメディカルセンターというのは宮原駅の近所にはなく、宇都宮線の土呂駅の近くに「彩の国東大宮メディカルセンター」という病院がある。どこに入院したのか、確定は出来なかった。

入院先の病院に着くと車椅子に乗せてもらい、病院の職員さんに押されて3階の608号室に入った。

車椅子に乗るのは生まれて初めてだった。なんだか恥ずかしいような、申し訳ないような気分だった。と同時に「本当に自分は病人なんだなあ」という諦めにも似た気持ちが湧いてきた。

https://www.facebook.com/junichiro.take/posts/1692596240785256:0


そして、自分が大切に扱われてる、優しくされている、という安堵感を抱き、それがとても自分では驚きだった。僕は今までずっとこういう公共のもの、学校とか路上とか病院とか社会とか、は自分を疎外するためにあると感じ続けてきたからだった。

世の中が、自分を普通の人間として普通に大切に扱ってくれる現実が存在する、という実感を抱くことができたのだ。

https://www.facebook.com/junichiro.take/posts/1692600404118173:0


病院のベッドに横たわりながら、あれこれと検査を受ける。寒気がするので布団を二枚に増やしてもらう。頭は熱いが体が寒いのである。

昼食はキウイだけをかろうじて食す。看護師さんが来て熱を計り、40度を超えているのを見ると氷枕を持ってきてくれた。点滴でいろんなのを注入して、薬も飲み、首に氷帯も巻いて少し落ち着いてきた。

夜中は体が冷たく感じるので、バスタオルをお腹に抱えてなんとか眠る。一夜明けて熱を計ると、34.3度だった。生まれて初めて34度台を体験したのだった。

https://www.facebook.com/junichiro.take/posts/1692615957449951:0


驚くような低体温だったが具合は良かった。朝食も全部食べることができた。

入院先で「車椅子」と「34度台の体温」を初体験することになったのだが、ここにもう一つ初体験が加わる。それは「ウォシュレット」である。これがまたとても良い。

「いつかはウォシュレットのトイレで暮らしたい」と夢を見るのだった。

https://www.facebook.com/junichiro.take/posts/1692628404115373:0


ちなみに20年経った今年の8月、自宅のトイレをウォシュレットにした。当時は綺麗な施設に設置してあるだけで、自分ん家のトイレをウォシュレットにするなんて夢のまた夢のように感じていた。
http://take-junichiro.blogspot.jp/2017/08/blog-post.html

3月10日のノートより

「僕はしかしながら入院するまでのここ最近「近いうちに入院するハメになりそうだ」と予感していた。それは何かを大きく変えて行かねばならないきっかけとなるかも知れない。それによって僕はまた新たな、確かな一歩を踏み出せるのかも知れないと。行き詰まりを感じてたのかも知れない。」

3月15日に無事に退院できた。

病院の先生からは「単核球菌」の病気と聞いたのだが、今調べてみると「キス病」というのがヒットしてくる。

「キス病」だとは言われなかったが、症状は二週間〜一か月ほど38〜40度の熱を出すとのことなので、これが当てはまる。抗生物質は効かず自力で直す病気のようだ。

「キスによる感染が多いので一般に「キス病」と呼ばれています。日本では2〜3歳までに70%が感染し、20歳代では90%以上が抗体を持っています。小児期の感染では、症状がほとんど出ずに抗体ができますが、思春期以降の感染では、50%が発病します。しかしほとんどが、感染後数週間で自然に治ります。」
http://www.kawasaki-m.ac.jp/jc/kansen/11.html

二十代後半になってやっと「キス病」に感染した、と言うことらしい。しかし、いったい誰が感染源なのだろう?

●1997年3月21日(金)

96年1月24日のホームレス強制撤去の際に抵抗し、「生卵を警官にぶつけたとして」逮捕されていた活動家の笠井さんが一審で「無罪」になっていた。

この日、新宿西口地下道の段ボール村にに行くとちょうど笠井さんが、段ボールハウスの前にしゃがんで丼飯を食べているのを見かけたので話しかけた。

「笠井さん無罪おめでとうございます」
「いやー、でもねえ控訴されましてまた裁判なんだよ」
笑いながら答えてくれた。

捕まっていた活動家が「無罪」となったニュースを聞いた時に描いた、段ボールハウス作品があった。一部だけだけど写真があった。

https://www.facebook.com/junichiro.take/posts/1692688600776020:0


そして、その日、新宿ベルクの店長井野さん、副店長の迫川さんにも会った。帰りに浦和の彩光舎に寄って、100号のキャンバスを注文するのだった。(つづく)


【武盾一郎(たけじゅんいちろう)/新作タムちゃんiPhoneケース売れました!】

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■LIFE is 日々一歩(58)[コラム]
まにフェスP5登壇レポート・ハンズオンセミナーについて熱く語りました

森 和恵
http://bn.dgcr.com/archives/20170905110100.html
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こんにちは! 森和恵です。9月に入ってから、急にグッと涼しくなりましたね。クーラーなしでパソコン作業するなんて、ずいぶん久しぶりな気がしています。

さて。今回は、《まにフェス》の登壇レポートをお届けします。

2017年9月2日、大阪産業創造館にて《まにまにフェスティバル P5》が開催されました。4階のホールステージと3階のブースをいっぺんに行う、大きな規模のイベントです。

http://m2college.net/fes5/index.html

ウェブ、IT、ロボット、プログラム、レンタルサーバー、フォント、Adobe、着ぐるみ、ゆるきゃら、野菜、そうめん、プロレス……と、多彩なキーワードで、展示・セミナー・トークショーなどが行われました。

デジクリでも、あちこちで告知が行われていたので、参加してくださった方もたくさんいらっしゃいました。この場を借りて改めてお礼を。本当にありがとうございます! 楽しんで頂けていれば、幸いです。

当日の様子は、ハッシュタグ #manifes170902 を追いかけてみてください。参加された方、登壇者、スタッフさんたちがつぶやいたレポートを、時系列で見ることができて楽しいです。

(まにフェスの感想募集中です。ハッシュタグをつけて、つぶやいてね。)

【Twitter】
https://twitter.com/search?q=%23manifes170902

【Facebook】
https://www.facebook.com/hashtag/manifes170902

私は、17時15分からの3階オープンステージにて登壇してきました。お題は、「じょうずなハンズオンセミナーの受け方/進め方」でした。

http://m2college.net/fes5/program.html#program_mori_kazue

今回は、「ゆるく楽しく、伝える」ということを自分の課題にしました。30分の登壇時間を20分として考えて、10分余裕を残す計画で挑みました。

というのも、「時間が足りなくて、最後まで話ができない→慌てる」という悪癖を直したいなと思って、今回は思い切って内容を少なくしてみたのです。

スライドが完成した直後のツイートはこちら。ラフから本データの仕上げまでに2〜3日ぐらいかけて行います。



スライドを作る手順は、次の3ステップです。

1)告知の段階で決めておいた「テーマ」と「ゴール」に沿って、ストーリーを考える。

付箋に話す内容を箇条書きにして、A4の紙にペタペタ貼って並べる。その後、納得がいくまで付箋を貼り替えて順序を検討。話す時間も大まかに考える。

2)ストーリーに沿って、スライドのラフを書き起こす。

書き起こしつつ、実際に喋ってみたり、パソコンを動かしてデモを行い、時間を計測する。この時に、必要な参考サイトやデモ素材なども書き留める

3)PowerPointでスライドを作成

まずは、テキストをばーっとスライドに入れていき、その後、必要な写真・イラストなどを配置。最後に、読みやすいようにレイアウトや質感を整える。※素材は、Adobe Stock( https://stock.adobe.com/ )より。

こうして完成したスライドはこちらです。当日使ったのは、話しやすいように「間」のスライドが何枚か入っていましたが、それを削除したり、順番を入れ替えたりしています。

https://www.slideshare.net/r360studio/ss-79428491

こうしてスライドを仕上げた段階で、登壇準備はほぼ完了です。あとは、登壇するまでに、何回か練習を行います。本当は、登壇の一週間ぐらい前に仕上げるのがベストなのですが、締め切りが設定されていないと、たいてい前日の仕上げになってしまいますね……。

今回は、初めての機材(最近、パソコンをSurfaceに替えました)だったので、前日にイベント会場にお邪魔して、プロジェクターからの投影チェックを行いました。座席からの見え方を確認し、スライドの濃さや文字の大きさなどを最終調整しました。



当日は、朝から別件(すみません……おそ松の某イベントに参戦してました)があったので、朝早くにスライドのよさそうな部分のスクリーンショットをTwitterに先だし投稿し、参加募集を行いました。

3階のステージは、当日ふらっと立ち寄れる無料イベントなので、お誘いもしやすくてありがたかったです。



そんなこんなで夕方が来て、登壇を行いました。

今回のテーマは、三つでした。

『受講者は、自分の目的に合ったセミナーを選び、活発に質問ができるぐらいじっくり聞こう!』

『登壇者は、操作説明を重点的にしっかりとしたストーリーを練って、登壇に赴こう!』

『これからのわたしは、反転学習の手法を取り入れて行きます!』

※反転学習については、前回のデジクリコラムを参照してください
http://bn.dgcr.com/archives/20170822110100.html

この三つのテーマを、時間内にゆっくりと、みなさんに楽しんで頂きつつ、登壇ができたのではないかなと思います。わたしも楽しかったです。(聞いてくれた方、よかったら感想聞かせてくださいね)

当日の様子は、お友だちがTwitterでつぶやいてくれました。(はざくみさん、ありがとう!)




まにフェスでは、あえて自分の専門分野を語らず、なにかテーマを設けて「自分の日頃思っていることを発表する」場として考えているのですが、今回も登壇できたことをきっかけに、自分が変われそうな気がしています。

また次回、まにフェスP6にも登壇できたらいいなーと思います。ありがとうございました。そして、関係者の方、お疲れさまでした!

……ということで、今回はここまで。

次回のお題は未定。最近イレギュラーが続いたので、ちょっと練り直します。お楽しみに。ではまた、次回お目にかかりましょう! (^^)


【 森和恵 r360studio ウェブ系インストラクター 】
site: http://r360studio.com
mail: r360studio@gmail.com
Twitter: http://twitter.com/r360studio
担当講座一覧: http://r360studio.com/seminar/


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編集後記(09/05)

●内舘牧子「聞かなかった聞かなかった」を読んだ(2017/幻冬舎文庫)。ずいぶん古い話もある。すべて当時のまま、と後書きにある。たとえば「スピリチュアルな趣味」の占い師の件。占いには興味がないが、ある時ヒマつぶしに何気なく見てもらったところ、あまりの的中に背筋が凍りついたという話。

「何を見て欲しいの?」「4月に友達と東欧を旅行するんです」「東欧はダメ。やめた方がいい。ダメ」「何でダメなんですか」「どうしてなのか、よくわからないの。私にも。でも東欧はダメ、よくない兆しがでているわ」。理由がわからず困っている占い師。これは恐かった。キャンセル料は私が払うとまで言って、有給休暇を取得済みの同行予定の女友達を、むりやり引き留める。

果たして、東欧への第一歩、ウクライナのキエフに入るはずの4月26日、まさにその日、チェルノブイリ原発事故が起こったのだ。31年前のお話だ。お礼を言おうと、何日か後に池袋のサンシャイン劇場に占い師を訪ねたが、占いのコーナー自体がなかった。あの的中とともに、何だか夢を見たような気がした。

牧子さんはずっと前から、日本の若い人たちの声の小ささが気になっていた。加えて、語尾が消え、歯切れが悪く、明確に言い切ることを避ける傾向にある。かつての日本人はもっと大きな声で語り、曖昧な言い方はしなかった。「みたいな」や「とか」の濫用、妙なところで「?」と語尾上げ、断定を避ける。

この頃の「かな」は不気味で、往生際が悪い使い方をされる。国会議員が「ちょっと残念だったかな」と言う。なぜ断定しないのか。自分の気持ちになぜ「かな」が必要なのか。「なるのかなと思う」とか、バカか〜。わたしも国会議員の発言の、あまりの愚かさにウンザリする。彼らはいちおう偏差値高い大学の出なのに。

東京都の教育委員になって、毎年都立高や養護学校の卒業式、入学式に参列してきた。驚いたことに「仰げば尊し」が歌われない。関係者の歯切れの悪い説明を、牧子さんが推測するに、その理由は「仰ぐ」「尊し」が「人間みな平等」の考え方に合わないから、らしい。敬語は「差別」になる、らしい。バカか〜。

「同じ人間、一方が一方に恩を感じるのは平等ではないし、もとより、教え導くのは教師の仕事である。恩を感じて仰ぎ見る必要はない!」と日教組がゴリ押ししているのだろう。「身を立て名をあげ」は立身出世・功名願望の「悪」であり、「身を立て名をあげ」たくても、さまざまな事情でそれができない人もいるからこれは「人権問題」だという。いいがかりも甚だしいではないか。

次々と情けない日本人の言動を嘆く牧子さん。あとがきにある、京大チームの興味深い実験結果の話がよかった。生後6か月の乳児が「正義」を好意的に受け止めているのだ。Aバージョンの映像は、強者キャラが弱者キャラを攻撃している。赤い人形がそれを見ているが、助けに行かない。見ているだけだ。

Bバージョンの映像は、強者が弱者を攻撃するのは同じだが、青い人形が見ていて、弱者を助けに入る。この二種類の映像を乳児たちに見せた後で、弱者を助けなかった赤い人形と、助けた青い人形を同時に差し出した。すると、母親らに抱っこされた乳児は、赤と青の人形を交互に見て、青い人形に手を伸ばす。

じつに20人中17人が青い人形にタッチした。京大チームは「弱者に対する攻撃を止める行動」に、乳児が共感を覚えた可能性があると、海外の科学誌電子版に発表した。京大チームは「正義への憧れは生まれつき備わった性質なのではないか。いじめの理解や解決につながるかもしれない」としている。内舘牧子はこの説を信じる。わたしも信じたい。いつも堂々「寄り切り」の内舘牧子さんである。(柴田)

内舘牧子「聞かなかった聞かなかった」
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4344425871/dgcrcom-22/


●森さんのは受付にいたので、あまり聞けなかった……。うー。

/普段から多様な情報が多く入りすぎると断定できない。こういう考えもあるよね、私も正しいけど、あなたの視点からだとあなたの考えが正しいんだろうと思うから。

比較対象が多いのも問題で、私にとってはしんどいことでも、他人にとっては楽勝レベルなのかもしれない。以前は家や会社関係だけで済んでいたが、インターネットの時代だと比較対象は世界だ。

仕事関係は、最終決断はあなた(お客様)ですよ、でもこの形の方がいいですよとは言うが、これは経験や情報から絞り込んだ結果。統計とか分析のレベル。

この統計や分析も、この時代だと膨大になってしまう。「残念だった」ぐらいは言ってもいいだろうけど、断言すると曲解され、突っ込まれてしまうのだろう。「あの時、こう言いましたよね? 記録に残ってますよ!」

断定的な話し方をする人を信じて、痛い目に遭うことの方が多い。そして思う、なぜこの時代に強気になれるんだと。情報に欠けるか、強気でいないといけないか。自信のなさを隠したり、何かを繕うためか、と。

断定的な発言に流されてはいけない、自分で考えないといけない、楽をしてはいけない。でもそうするとしんどいのよね〜(笑)。続く。 (hammer.mule)