[4409] リビングオーディオ・パブリックミュージック

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《バッハってテクノと同じに聴ける!》

■ユーレカの日々[62]
 リビングオーディオ・パブリックミュージック
 まつむらまきお

■グラフィック薄氷大魔王[533]
 映画のグレン・グールドとJ.S.バッハ
 吉井 宏




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■ユーレカの日々[62]
リビングオーディオ・パブリックミュージック

まつむらまきお
http://bn.dgcr.com/archives/20170906110200.html
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うちのリビングルームには、ほこりをかぶった、小さなスピーカーがある。10年ほど前に買ったもので、iPodをセットして鳴らすことができる、FMラジオ内蔵のコンパクトオーディオだ。

以前はよく使っていたのだが、iPhoneのコネクタが現在のLightningに変更された5年前あたりから、徐々に出番がなくなっていた。

自分の仕事部屋では、Macで音楽を聴くし、家族は家族でそれぞれ、iPhoneなりMacなりで音楽を聴いているので、リビングオーディオはなくても困らない。

そんなわけでここ5年ほど、何に買い換えるわけでもなく、リビングで音楽をかけることもなく、放置状態が続いていた。

子どもたちが小さかった頃は、子ども向きの音楽をかけたり、自分の趣味の音楽をかけたりと、リビングオーディオもそれなりに活躍していたが、子どもたちが自分のiPod、そしてiPhoneを持つようになってからは、リビングで音楽が流れることがすっかり減ってしまった。

考えてみればこの10年間で、音楽を聴く環境は大きく変化した。CDも、ラジオも、いつのまにか配信で聴くことが当たり前になった。定額で様々な音楽を聴くことができるし、いつもポケットにはそれを聴くことができるスマートフォンがある。

イヤホンを忘れても、昔のポケットトランジスタラジオ程度の音でよければ、いつでも鳴らすことができる。合法にしろ、違法にしろ、YouTubeでは無数の音楽がアップロードされている。

ほとんどコストをかけずに、聴きたい音楽を、いつでも、どこでも、自由に選んで聴くことができる。いい時代になったものだ。音楽業界は大丈夫かと心配になってくるが。

さて、子どもたちが成長し、家にいないことが多くなってきた。長女は今年、結婚して家を出た。家の中が静かになってくると、ちょっと音楽が欲しくなってくる。

●リビングオーディオが欲しい

使っていないこのiPod用スピーカーを復活させようか。iPhoneのコネクタが変わってしまったので、スピーカーに直結できない。

ケーブルを使えばiPhoneから音を出すことはできるし、変換アダプタもあるようなのだが、iPhoneをつないでしまうと、その間、手元にiPhoneがない状態になる。それは困る。なるほど、Bluetoothが全盛になるわけだ。

このスピーカー、ラジオとしてなら使える。以前はFMもよく聴いていた。今でもクルマやradikoで聴くことがあるが、最近はスポンサー不足なのだろう、FMでもラジオショッピングがよく入る。

これがうっとおしいので、積極的に聴くことはなくなってしまった。なにより、流れるのが今の流行の音楽か、懐メロばかりで、僕の趣味に合う音楽がほとんどない。

うちのリビングルームには、どんなオーディオ、どんな音楽が必要なんだろう。そういえば、スマートスピーカーが話題だ。Appleのスピーカー「HomePod」や、LINEの「WAVE」、Amazonの「Alexa」などなど……。

まぁ、それらを待つのもなくはないが、iPhoneのsiriに「◎◎を再生して」と言っても、それをちゃんと認識して再生されるのが20%くらいなので、あまり期待できない。

Amazonを徘徊してみると、星の数ほどコンパクトなBluetoothスピーカーがある。しかし、どれもダサい。独身男性向け、と言えばいいのだろうか。ストリートっぽいデザインのものばかりで、リビングに置く気になれない。

BOSEやSONYはプレーンなデザインだが、高価だ。そのなかで、目を引くデザインのものを見つけた。GGMMというブランド。

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B01NGZQ1DF/dgcrcom-22/

レトロなラジオのようなデザインが素敵だ。機能をみると、珍しくWi-Fiモデルがある。AppleのAirPlay対応だという。

●珍しいAirPlayとネットラジオ対応

AirPlayというのは、AppleがWi-Fiを採用した時代からある技術で、同じWi-Fiで繋がっているMac、iPhone、スピーカーを自在に接続できるというもの。

Bluetoothが1対1のペアリングが基本なのに対し、AirPlayは複数のデバイスから自在に接続できる。これなら家族全員が使うことができる。

とても使い勝手がよいのだが、Apple以外の製品で、これに対応している機材は珍しい。

Wi-Fiを使ったネットラジオにも対応しているという。ネットラジオは最近、あまり話題にもならなくなったし、AppleMusicがはじまってからはiTunesでも隅っこに追いやられているが、世界には無数のネットラジオ局が存在している。

ちょっとBGMが欲しい時、スタンドアロンでネットラジオが使えるのはありがたい。さらにAmazonのアシスタントAlexaにも対応しているという。

日本語のAlexaが始まった時、対応するのかどうかはわからないが、これは立派なスマートスピーカーではないか。レビューを見ると、音もよさそうである。ぽちっ。

翌日には無事、商品が届く。セッティングはすべてiPhoneの専用アプリで行う。最初少々手こずったが、無事AirPlayで認識され、ネットラジオも登録できた。

ネットラジオには、ボサノバやスムースジャズの局を登録。本体のボタンのみで、ネットラジオが鳴る。サイズは小さいが、なかなかいい音。

ひさしぶりのリビングオーディオは、とても新鮮だ。ネットラジオからボサノバが流れているだけで、カフェ気分である。というわけで、うちのリビングはひたすらボサノバが流れることになった。

●ボサノバが嫌い?

ところが、これに異議を唱える家族が一名。うちの長女である。何が不満なのかと聞くと、選曲が不満だという。まるで仕事場だと。なるほど。うちの娘は学生時代からカフェで働いているのだ。たしかにカフェのBGMは、ひたすらボサノバである。

ボサノバといえば、ゆるく快適な音楽の代表選手。客にとっては、ボサノバの流れるカフェは憩いの非日常空間だが、そこで働く人間にとっては日常空間。家でボサノバが流れていてはイラっとくるというわけだ。

しばらくすると、今度は次女がこのスピーカーの使い方を憶えて、朝っぱらから、いかにも青春なJ-POPを流すようになった。

彼女には悪いが、僕の趣味ではない。彼女は起き抜けの気合入れにそれを流すのだが、こちらは起き抜けに天丼を食べてるようで胸焼けがする。

うーむ。音楽というのはやっかいなものである。

●音楽の拷問

ぼくが20代、会社員時代だったころの事を思い出した。仕事場にはオーディオがあって、いつもFMラジオがかかっていた。BGMとしてという意味もあるが、企画部署だったので、いろいろと街の話題がわかるラジオは、仕事上でも役にたっていた。

ところが。僕が朝出社すると、先輩たちはまだだれも来ていなくて、僕よりも先輩の派遣社員だけが出社している。その彼女が、FMではなく、僕が苦手な、某有名J-Popのカセットを、仕事場のオーディオで流すのだ。

最初はあまり気にしていなかったが、これが何日も続くと、相当辛い。しかし相手は先輩なので、それをやめてくれ、とは言いにくい。ウォークマンで自衛しつつ、彼女が席をはずすタイミングで、FMに切り替えるのが日常だった。

それから数年。今度は後輩の新入社員が、自作のCDを流すという事件があった。彼は学生時代から音楽活動をしており、インディーズでアルバムを出していたのだ。

仕事場のオーディオで隙あらば、自分の曲を流す。最初はほほえましく見守っていたのだが、あまりのヘビーローテーションに、みんなウンザリ。

とある先輩は気がつくと飛んできて、FM放送に切り替える。するとその新入社員は隙を見て、自分のCDに切り替える、という攻防戦がしばらく続いていた。

そういったプロモーションの甲斐あってか、彼はその後メジャーデビューし、会社は辞め、なんとレコード大賞の新人賞まで取ってしまった。

今でも歌手として活躍している彼の歌を、たまにラジオで聞くと、当時の仕事場での攻防戦を思い出して笑ってしまう。まぁ、プロになるには、あれくらいの押しの強さが必要ということか。

音というものは厄介なものだ。不快なものを見たくなければ、目を閉じればいい。完全にシャットアウトできる。しかし音はそうはいかない。耳を塞いでも、漏れ聞こえる。好きな人には快適だが、嫌な人には苦痛。

昨今、タバコの煙が社会悪として徹底的に追いやられているが、音楽も同じくらい、他人にストレスを与えることがある。

●なぜ嫌いになるのか

音楽は基本的には、人が聞いて快適に思えるように作られる。旋律、リズム、ハーモニー。どんな音楽であっても、そう不快に思うことはない。黒板をひっかくような音だとか、赤ん坊の泣き叫ぶ音を使って音楽を作ることは、ほとんどない。

となると、特定の音楽を嫌いになる条件は二つ。

一つは長女がボサノバを嫌がるパターン。うちの長女も別にボサノバが最初から嫌いだったわけではない。ただ、職場で延々と繰り返し聞くうちに、ウンザリしてしまったのだ。

映画「時計じかけのオレンジ」では、暴力三昧の主人公に対し、ルドヴィコ療法という人格改造が行われる。その結果、それまで好きだったベートーベンの第九を聞くだけで、吐き気を催すようになる。

サッカーの応援歌や、ミュージシャンがアンコールで決まって演奏する、定番の人気曲。たしかにこういったものは、気分を高揚させ、その場にいる人達の一体感を醸し出す。

しかし、それが延々と続くとなると、だれだってウンザリするし、強制的にそればかり聞かされれば、生理的に拒否反応が出るほど、ストレスになる。その音楽が嫌いになる。

二つ目は、歌詞だ。言葉は具体的であり、どんな歌だって、作り手の思想がそのまま、表現される。メロディや編曲でも、民族音楽の伝統にのっとっているなど、思想は現れるだろうが、歌詞はより具体的で、知識がなくてもだれにでも伝わる。

僕が会社員時代に悩まされた某J-Popはこのパターンだ。とにかく、歌われている歌詞が嫌。描かれている情景、気持ち、選ばれている言葉、あらゆることが受け入れ難かった。

たとえば、語尾の「〜さ」が嫌。「○○なのさ〜♪」ってやつで、60年代歌謡〜70年代フォークでは多用されていたように思う。

「ちびまるこちゃん」の花輪くんの、キザな喋り方と言えばわかってもらえるだろうか。花輪くんはギャグなのでいいのだが、実際こんな喋り方するヤツはいないだろう……とちょっと調べてみると、北海道弁という指摘が。

ああたしかに、北海道や東北の人は「〜さ」って言うけど、イントネーションもニュアンスも随分違う。あれは別に嫌じゃない。

小・中学生時代は演歌が大嫌いだった。今では大人になって、描かれている世界はそれなりに理解できるようになったが、中学時代はああいうジメジメした世界がとても嫌だった。

●団結の歌

そういえば、校歌、社歌、国歌というものも苦手だ。小学校の頃は朝礼があって、校歌というものも普通に歌っていた気がするが、中高となると、校歌の機会はぐんと減り、大学に至っては入学式と卒業式だけ。

自分の母校の校歌がどんな曲なのか、まったく記憶にない。そもそも、校歌って必要なんだろうか? 高校野球で勝ったチームは校歌を歌うが、美術部や音楽部、演劇部などがコンクールで優勝しても、校歌は歌わない。

体育会系が歌が好き、ということなのか。文系の僕にはあのメンタリティはさっぱり理解できない。

会社員時代、朝礼というのがあって、社歌が流れる。これがまぁ、嫌だった。メーカーだったので、いかにも労働歌な感じ。デジクリ読者にはピンとこないかもしれない。

明和電機社歌というのがある。あれはパロディなので笑えるが、あれを毎日毎日、斉唱させられると思って欲しい。ちっとも笑えない。



なんだろう。「団結」とか「がんばろう」とか「めざす」とか。そういうワードがとにかく嫌なのだ。子供の頃からスポーツが苦手で、そういう場でそういうコトができなかった、マイノリティのトラウマなのかもしれない。

当然、国歌も苦手だ。複数の国が参加する儀礼の場で国歌が流れたり、起立するのはかまわないが、歌えと言われると嫌。小中学校で、教員が歌っているかどうか、口元をチェックしていたなんて話が以前あったが、ゾッとする。

そういうことになるから、嫌なのだ。音楽は暴力になりうるのだ。

●いろんな音楽との出会い

では、自分の好きな音楽だけを、それぞれがヘッドフォンで聴いているのが、よい世界なんだろうか。

僕のiTunesのライブラリには1168枚のアルバム、1万3千曲入っている。これだけあれば充分、とはいかない。

ライブラリに入っているのは、自分で気に入ってる曲ばかりなのだが、かといって、今気に入っている曲とは限らない。一時よく聴いていたが、今はまったく聴かないアーティストも多い。

定額聴き放題のAppleMusicを使っていると、こちらの好みにあわせて、いろいろオススメをしてくれる。けっこう、新しい音楽との出会いがあり、楽しい。もちろんハズレもある。

ディープラーニングが進化し、いずれ、自分好みの音楽ばかりを選曲してくれるようになるのかもしれないが、あまり精度が高くない方がいいように思う。

街に出ると、時折ストリートミュージシャンが演奏をしているところに出くわす。賑やかなラテンもあれば、静かな弾き語りもある。

好みの音楽であれば足を止め、嫌いな音楽なら足早にそこを通り過ぎればいい。いろんな音楽が溢れているから、街は魅力的なのだ。ストリートミュージシャンがジャイアンしかいない世界は、勘弁して欲しい。

そんなわけで、新しいリビングスピーカーは、家族がみな、空いているときに勝手に好きな音楽を鳴らしている。僕は子どもがいないときに、ボサノバを流している。


【まつむら まきお/まんが家、イラストレーター・成安造形大学教授】
twitter: https://twitter.com/makio_matsumura
http://www.makion.net/
mailto:makio@makion.net

あっというまに秋になってしまった。ずっと夏のままならいいのに。


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■グラフィック薄氷大魔王[533]
映画のグレン・グールドとJ.S.バッハ

吉井 宏
http://bn.dgcr.com/archives/20170906110100.html
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●映画のグレン・グールドとJ.S.バッハ

先日、アニメーション映画「ベルヴィル・ランデブー」(2002年)を観てたら、冒頭に変な姿勢でピアノ弾くグレン・グールドが出てくるんだよw

ネタバレとか心配されるかもしれないけど、最初の歌が終わってすぐの部分だから。

この曲「平均律クラヴィーア曲集1 プレリュード第2番」は、全編あちこちでリフレインされる。YouTubeに動画があった。


で、「ベルヴィル・ランデブー」の十日後に、たまたま見た映画「バグダッド・カフェ」(1987年)にも、バッハの「平均律」が全編に出てきてびっくり。

カフェの女主人の息子がピアノで延々練習してて、BGMみたいになってる。「ベルヴィル・ランデブー」と同じ曲も。

そんな時、Facebookにこんな動画が流れてきた。ドキュメンタリーの一部らしい。絵に描いたような天才っぽさがカッコイイ。シビレル! 犬もイイ。


また僕をバッハとグールドにハマらせようって、不思議な力が働いてる?

●グールドの演奏大量発見

そういえばApple Musicでグレン・グールドを探したことないな、と見てみたら、あるあるいっぱいある! で、ものすごいもの発見。

コロムビアのコンプリートコレクション、全960曲、再生に2.4日かかるw プレイリストに分類してみたら、465曲がバッハだった。約半分。
http://apple.co/2vPcIpd

●テクノポップ→J・S・バッハ

「バッハが好き」とか言うと、小難しいクラシックマニアみたいだけど、僕のバッハ好きはテクノポップの延長だからw

学生時代、YMOやクラフトワークの他にシンセサイザーの音楽はないかと探してて見つけた、シンセ音楽の元祖「スイッチト・オン・バッハ」の2枚にめちゃくちゃハマッたのがきっかけ。当時はドビュッシーの冨田勲より好みだった。

「スイッチト・オン・バッハ」はウォルター(ウェンディ)・カーロスがバッハの楽曲をシンセで演奏したもの。モーグ博士と協力して「音楽用のシンセ」を開発し、世界初のシンセ音楽のアルバムを出したのがカーロス。

バッハの楽曲の骨格がわかりやすい編曲で、ノリノリで聴ける(全曲聴けるリンクが見つからなかった。「Switched on Bach」で検索すれば、いろいろあります)

●バッハの原曲もテクノだった

ひとしきりハマッた後で、「じゃあ、アルバムの原曲やバッハの他の曲ってどうなんだろ?」って、いろいろレコード買って聴いてみたら、ノリノリは同じじゃん! バッハってテクノと同じに聴ける!

感情を盛りすぎず、音の配列のみで表現された対位法の音楽。幾何学的にも美しい純粋音楽というか。「メロディと伴奏」のような単純なものでなく、独立したメロディの重なりが伴奏もベースも兼ねてて、聞き込むほどにわかってくる楽しさ! テクノよりおもしろいかも! って思っちゃったんだよなw

それで一時期、シンセやティアックの4chオープンリールのマルチトラックデッキをローン組んで買い込んで、「スイッチト・オン・バッハ」のまねごとやってたくらいハマってた。「ブランデンブルク協奏曲」等のスコアを集めたり。

ピアノを習ってた小学生の頃、バッハの「平均律」とか「ゴルトベルク変奏曲」って、たいくつな音楽の代表みたいに語られてた。誰だ? そんなイメージにしたの。めっちゃくちゃ面白いじゃん!

宗教曲や「トッカータとフーガ(学校で聞かされるパイプオルガンのアレ。別名「鼻から牛乳」)」みたいに大仰で抹香臭いイメージのも確かにあるけどね。

●対位法っぽい部分に惹かれてた

後でわかったんだけど、バッハというか対位法的なものに惹かれる素地はあった。小学生ときにハマッた、ベートーベン第五交響曲の第三楽章のユーモラスな追っかけフーガ部分が大好きだった。

映画「荒鷲の要塞」の主題曲はモロにフーガ。あと、映画「JAWS」のサントラにはあちこちにフーガ的な部分がある。

ベートーヴェン第五交響曲第三楽章の追っかけフーガ部分。


ロン・グッドウィン「荒鷲の要塞」メインテーマ


ジョン・ウィリアムス「JAWS」サウンドトラック
https://itun.es/jp/TWi3

●スイッチト・オン・バッハの続編みたいな

ところで、Apple Musicでシンセでクラシックやってる人を探してて見つけた、Daniel Philipp Stotzってアーティスト。「スイッチト・オン・バッハ」のスタイルを受け継いだ感じで、なかなか良い。

バッハを中心に、何枚もアルバム出してる。この動画の最後にドビュッシーも出てくるけど、冨田勲がやった曲も入ってたり。普通にピアノも弾いてて自作曲のアルバムもある。


Apple Musicのアーティスト検索
http://apple.co/2goPqAV

平均律クラヴィーアのアルバムもいいけど、これなんかいろいろ入ってて、入門編として良いかも。
http://apple.co/2goF1VE


【吉井 宏/イラストレーター】
HP  http://www.yoshii.com
Blog http://yoshii-blog.blogspot.com/

デジクリ夏休み中に3本分を書き溜めた。これで3週間は焦らなくていいぞ!と思ったら違った。週一連載の3本って2週間+1日なのだったw もう在庫切れたw 普通に小ネタ集まとめようっと。

●SWAROVSKIのSCS会員限定の新作「ペンギンファミリー」が出てます。

SCS限定リスト
http://bit.ly/2wck6wD

ペンギンのお兄ちゃん PACO
http://bit.ly/2xeXuej

・スワロフスキーのLovlotsシリーズ「Hoot the Owl」
http://bit.ly/2ruVM9x

・ショップジャパンのキャラクター「WOWくん」
https://shopjapan.com/wow_kun/

・パリの老舗百貨店Printemps 150周年記念マスコット「ROSEちゃん」
http://departmentstoreparis.printemps.com/news/w/150ans-41500

・rinkakインタビュー記事
『キャラクターは、ギリギリの要素で見せたい』吉井宏さん
https://www.rinkak.com/creatorsvoice/hiroshiyoshii


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編集後記(09/06)

●世界最強の戦略家であるエドワード・ルトワックの「中国4.0 暴発する中華帝国」を読んだ(2016/文春新書)。中国1.0=平和的台頭 中国2.0=対外強硬 中国3.0=選択的攻撃 中国の対外政策の変遷を、このように一言で表現するのはおみごとである。中国は15年のうちに三度も政策を変更している。

それでは、ルトワックの提案する4.0はどんなものか。それは、中国の想像もつかないアイディアだ。習金平が対外政策において次の二つを実行しなければならない。一つは南シナ海の領有権を放棄すること、これによりインドネシア、マレーシア、ブルネイとの領有権問題を解消できる。もう一つは空母の建造を中止すること。これにより、アメリカの警戒感を解消できるのだという。

中国が受け入れがたい政策の転換だ。中国のメンツに傷がつく。しかし、九段線のような、馬鹿げたでっち上げの地図にこだわる必要は始めからない。空母の建設も金の無駄遣いでしかない。中国人がこれを理解するするのは難しい。中国が戦略文化に弱いのは理由がある。内的なコンセンサスの欠如と、外的な理解の欠如にある。「シーパワー」はあるが「海洋パワー」は失っている。

また「大国は小国に勝てない」ことは歴史が証明している。大国が小国を脅かす際には、小国を他国が支援する構造が生まれるのだ。中国が大きくなればなるほど、日本に味方する同盟国の数は増える。ロシアからも支援を受ける。中国が強大になってアジア地域を支配するというシナリオは、全くありえない。

日本が直面している状況は、隣に巨大でありながら先の見えない国が存在するということだ。習金平は今後も長く統治し続けるかもしれないし、明日、突然死ぬかもしれない。これは日本にとって計り知れないリスクである。では、具体的に日本はどう対処すればいいのか。最も効果的なのは「封じ込め」である。意図的な計画は持たずに、ひたすら「反応する」ことに主眼を置くということ。

中国が尖閣に上陸すれば、外務省、海保、海自、空自のすべてが予め用意していた対応策を即座に実行する。単なる非難はまったく効果がない。具体的な対応策を事前に想定して、即実行できるよう準備をしておくのだ。そこで重要なのは、最大限の確実性と最小限の暴力である。これが最も効果的な対処法だ。

ルトワックは強調する。中国のような、規模が大きくて、独裁的で不安定な国家に対しては今の日本の「慎重で忍耐力の強い対応」は、まったくの逆効果であるということだ。日本には予め合意・準備された行動計画「標準作戦手順」が必要だ。決定的に重要なのは、日本側からは何も仕掛けるべきではないということだ。ひたすら受動的な「封じ込め政策」に徹するべきである。

ルトワックの「逆説的論理」では、通常は相手国に対する「作用」ばかりに目が行ってしまうが、それに対する「反作用」が「作用」と同等、時にそれ以上にインパクトを持つ、ということである。日本にルトワックのいうような組織毎の「標準作戦手順」があればいいが。……ないような気がする。

ところで韓国であるが、彼らは中国の「天下」に入り込みたいと熱望している、世界唯一の国である。アメリカへの依存から、中国への依存に乗り換えることに関心がある。ルトワックの言う「中国4.0」とは、1.0〜3.0と違って「暴発する中華帝国」だ。いよいよ内部から大崩壊していくような……。(柴田)

エドワード・ルトワック「中国4.0 暴発する中華帝国」
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4166610635/dgcrcom-22/


●音楽が暴力になりうる……わかる。/嫌いにはなっていないが、たまに行く飲食店のBGMが、徹夜が続いてパソコンの前から逃げ出したい時の緩和音楽(ボサノバ)で、あんまりいい気持ちになれない(笑)。どのCDかもわかってる。/「スイッチト・オン・バッハ」好き。テクノ好きなのはピアノ習っていたせいだと思ってる。

断定的な発言続き。私も濁す傾向があるが、強気になる時もある。あれは何なんだろう。自分の言葉に酔っているのか? 妙に発言に自信が持てる時があったりするし。

最近あったのはポケモンGOのレイドバトル。見ず知らずの人たちと共闘する。勝った後にそのポケモンをゲットするチャンスが与えられる。その日、ジムのまわりに人が大勢集まっていた。

近所のサラリーマン(上席レベル)ら二人が、「この人数では勝てませんな、抜けましょうか」とつぶやいた。参加宣言をしてからの待機時間が2分あって、人数が集まらなかったら、次のチームに入り直せば、後から来た人たちと合流できる。

画面上は6人で、その6人の中に私も入っていた。レベルの高い人が、相性の良いポケモンを出し続ければ十分勝てると思ったし、人が集まり続けているのがわかっていたので、つい「このまま行きましょう」と声に出してしまった。見ず知らずの年上の偉いさんっぽい人に。続き。 (hammer.mule)