ローマでMANGA[122]コミックス頭とmanga頭
── Midori ──

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ローマ在、マンガ学校で講師をしているMidoriです。私の周辺のマンガ事情を通して、特にmangaとの融合、イタリア人のmangaとの関わりなどを柱におしゃべりして行きます。

●「天才的な企画」の制作再開

7月8月はどうしても色々鈍くなるイタリア。今年は特にとんでもない猛暑で、バカンスに行っても行かなくても、みんなの動作が鈍くなった。

この暑さは25年ぶり。25年前一人息子をお腹の中に抱えて猛暑の夏を過ごした。幸い、標高720mの小さな小さな村に、これまた小さなアパートを持っていて、そこで過ごすことが出来た。

例年の夏なら、少なくもシーツをかけないとちょっと肌寒いのが、それがいらない夏だった。猛暑はヨーロッパ中に及び、ギリシャで死者が出た、シチリアで死者が出た、TVニュースが報じていたのを覚えている。

今年も25年前と同様、ローマ市内で最高気温42度、体感気温50度を記録。どこに逃げても隠れても、外界は体温より高いので、素っ裸になっても暑いのであった。海に入っても海の水はぬるま湯状態だし。

今回は住まいが郊外、アスファルトに囲まれていないので、陽が落ちると気温がある程度下がって助かった。

でも、企画仲間の絵師はローマ市内住まいだ。他の仕事もあり、それが終わるともう体力の限界だと、バカンスに行き、結局9月に入ってから作画にとりかかった。

はい、日本とは仕事の進め方が違いますね。健康を犠牲にしてまで仕事しない、というのは人間として正しいと思いますが。

でも、私は、やや過ごしやすい郊外住まいでもあり、また「絵師に『ストーリーボードがないから進められない』という言い訳をさせないようにしよう」と原作家と打ち合わせ、暑い中30ページ分のストーリーを送ってきて、私はどうにか10ページ分のストーリーボードを制作したのだった。





●行動が基準 VS 感情が基準

この企画に「ストーリボーダー」として、つまり演出で参加してとても面白い経験をしている。

何しろ原作者はコミックス頭。イタリアで原作者としていくつかの連載を同時進行出版し、学校では「連続進行のための思考法」というセミナーを持つ。

連続進行はうまい訳ではないけれど、連続した出来事を絵で語っていくコミックスを構築していくための思考法のセミナーだ。19世紀終わりから現代までの欧米コミックスのコレクターでもあり、実によく知っている。

前にも言ったけれど、コミックスは行動を基準に物語が進み、mangaではキャラの感情を基準に物語が進む。

ここで彼と私の間にコンフリクトが起こり、脳みそが沸騰するのだ。

例えば、62ページから65ページまでの見開き二枚のシーンとして、

「主人公がゾンビから救って自宅に保護した姉妹の姉が、翌朝、寝室から出て階段を降りてサロンに行く。窓から主人公の青年が仕事場にしている離れを見る。その後、彼女は離れに向かう。そこでは主人公がいつものようにおもちゃの修繕をしている。」で始まり、離れを訪ねた女と主人公の会話が、36個の台詞で進められる。

つまり、行動と台詞の記載があって、二人の登場人物の感情は記載がない。

例えば、姉娘が寝室のドアを閉めるシーンで「詳細に描写」と注意書きがあるけれど、キャラがどんな気持ちで寝室を出て、どんなふうに階段を降りていくのかは記載がない。

つまり、ここが私の出番だ。

●コミックス頭の原作をmanga頭で解読し発展させる

前回のシーンで、ゾンビから救われた姉妹を、私は姉が主人公の青年に対して警戒している様に演出を加えた。

転じて妹は逆。やけに馴れ馴れしくして、それが姉をちょっといらいらさせるように。そして夕食時に、少し姉の警戒が解けていくように演出した。

今回は翌朝のシーン。主人公はいつもの自分の日常を生きる。足を怪我した妹をかばう姉は、妹より先に目が覚めて、妹を起こさないようにそーーっと寝室を出るだろう。

だから、「ドアを閉める描写を詳細に」はノブに片手をかけ、もう片手をドアのそばにおいて、音を立てないように閉めている、ドアと両手のアップのシーンが浮かんだ。

姉の手のアップから始まるし、この見開き4ページは姉の視線から、主人公に対する警戒心を解いていくシーンにすることにした。

姉は主人公の日常を知らない。まだちょっと警戒心があり、家の様子も不慣れなので、ゆっくり階段を降りる。

原作者はサロンと書いたけれど、以前に皆で決めた家の見取り図では、二階に続く階段は台所の横にあるので、台所に降りてくる。

そこでひらめいたのが水と花。

ゾンビがいるような世界では、ゆっくり自然を愛でたり、飲食ができない。主人公は心優しい青年である。

だから、寝室から降りてきてまず目にする台所の食卓に、水のボトルとコップを二つ、切り花を二つ配置することにした。命の水と平和・愛の象徴の花。どちらも主人公の象徴。

姉は微笑んで、まず花を取り(命より愛)、ボトルを確かめてコップに水を入れる。ここまでが1ページ。

次のページは、この最初の見開きの主題にする。姉が主人公への懐疑を解いて
受け入れるのだ。

それを象徴させるために、縦割りニコマに姉がコップに口をつけて飲んでいる横顔。三コマ目はその二コマの横に大ゴマで、飲み終わって「あー!」と溜息をついているところ。

後ろから陽が射し、口からこぼれた水の滴に光は反射している。

ちょっとセクシーな連想をさせるように。これは後で主人公と姉が関係を持つことになるので、その前奏曲の役目も果たす。

女が口からしずくを垂らして、光のなかで喜悦の表情を浮かべるのを見た読者の深層に、そういう方向の感覚をちょこっと醸しだすのだ。

絵師が、普通に横顔を縦においてきたので、顎をちょっとあげて、絶頂に達した時みたいに、とお願いしたら、「あぁ、わかった。ベルニーニの聖テレーザ(聖テレジア)の法悦だね」と言った。さすが、アーチスト。

↓「聖テレーザの法悦」(Wiki)
https://goo.gl/aysrhH


これで、姉は主人公を受け入れたことを示す。

大駒を入れたので、1ページ目の行動を示した小さいコマの連続と、残り半ページのこれもやはり行動を追う小さなコマの連続の中に、アクセント置くこともできた。

↓見開きのネーム
https://goo.gl/4JoVSG


●誰の目を通すか

行動を追うコミックス頭のテキストを、感情を追うmanga頭を通すフィルタは「誰の目」ということだ。誰の目を通してこのシーンを書くか。

「誰」がわかれば、その人のその時の感情を想像し、その感情をどう表すかを考え、適切と思われる小道具、この見開きで言えば水と花などを決めることができる。

「誰の目」については100回目の「ローマでmanga」でも触れている。
https://bn.dgcr.com/archives/20160914140000.html


●行動にも感情を

この見開きの後には、36もの台詞を見開き2ページで収める作業が待っている。これはあまりにも理不尽なので、4ページ使うことにした。ここは演出家にまかせて欲しいところ。

セリフが多いことと、それでもこのシーンはあまり劇的な要素がないこともあって、各ページ、コマの配分をあまり変化させなくても良いと考えた。むしろ、淡々と時間が過ぎていく、感情の起伏があまりないシーンだと読者に伝わる。

それでも姉がちょっと泣くシーンは、ちょっとコマを大きめにしたり、記載はないけれど、話しながら主人公が立って椅子を姉にすすめるシーンを入れて、それは遠景にしたり、小道具の花を使って、主人公が姉の手をくるんだ時に真ん中で揺れたりさせて、ちょこっとリズムを付けるように工夫した。

こうして、36個の会話を無事に収めたけど、次の見開きでは行動の数の多さと、与えられたページの少なさに、大いに悩むことになった。

でも、こういう規制の中からアイデアが出るものなのだ。それが、この企画で演出を受け持つ醍醐味でもある。

次回、忘れてなかったら、他に書くことがなかったら、表現すべきことが多いのにページが限られている、そんな中で得たアイデアを書きます。


【Midori/マンガ家/MANGA構築法講師】midorigo@mac.com


世界各地で豪雨。イタリアも同様です。
↓コロッセオの脇を航行する…


↓潜水艦の真似をするバス


MangaBox 縦スクロールマンガ 「私の小さな家」
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主に料理の写真を載せたブログを書いてます。
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