ショート・ストーリーのKUNI[220]四季大戦が始まる/ヤマシタクニコ

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あまり知られていないことだが、日本では季節の変わり目ごとに、去りゆく季節から次の季節へと、引き継ぎ式が行われている。

8月末。今年も夏から秋への引き継ぎ式が行われようとしていた。

今回の進行役は春だ。春は半透明のかすみを優雅にまとい、その下に若芽の緑とヤマツツジのつぼみの色が交錯する4月の山の装いをのぞかせていた。

向かいの席にはそれよりはややゴージャスな、紅葉グラデーションに包まれた秋が、穏やかな微笑を浮かべている。春の右に夏、左に冬。春は秋にそっとほほえみかけてから口火を切った。

「本日はお集まりいただきありがとうございます。あたし、じゃない、わたくし、本日の進行役を務めさせていただきます、春です。そろそろ夏さんから秋さんへの季節引き継ぎを行っていただく時期になりまして、まだ早いかと思われるかも知れませんが、いろいろ準備もあろうかということで、本日の開催となりました。夏さん、ひとまず、お疲れさまでした」





紹介された夏は、抜けるような蒼天に高々と積乱雲をそびえさせ、耳にはイヤリング代わりに氷旗と風鈴を幾重もの束にして、じゃらじゃらと垂らす。その周囲を、チカチカまたたきながら飛ぶのはヒメボタルだ。

「えー、いま紹介いただきました夏です。まったくその通りです。8月末に秋への引き継ぎなど、もはや時代遅れの感がいたしますが、まあそのあたりの提案も兼ねて今日はやってきた次第です」

最近急速にその存在感を増しつつある夏の発言に、早くも緊張感が漂う会場だが、あえてすっとぼけて、春が聞く。

「といいますと?」

「おおざっぱな分け方ですが、現在の日本では3月・4月・5月は春、6月・7月・8月が夏、9月・10月・11月が秋、12月・1月・2月が冬とされてきました。

これはもはや、過去のものになっているのではないでしょうか。人間達をみてください。9月になっても暑い暑いと言っている。猛暑日、熱帯夜もふつうにある。

関西ではおそらく9月いっぱい、いや10月になっても日中しばらくは半袖で過ごせるでしょう。どうです、みなさん。9月が果たして秋といえるのかどうか、いまいちど考えてもらいたいものですな」

一瞬、沈黙が支配した。秋はこめかみをぴくぴくと震わせ、それでもなんとか穏やかな口調を保って言った。

「何を言いたいのかわかりませんが、世間では9月を待たずに秋物商品が出回り、9月になればハロウィン用の小物が100円ショップにあふれるという現実をお忘れか。それとも8月は秋だとお認めになるわけですかな」

夏はすかさず

「ふはははは。それを言うなら10月には翌年のカレンダーや手帳が出回り、年賀状の予約もそろそろ始まるだろう。だが、それは単に季節を先取りしているだけのこと。

つまり実際の季節のサイクルと、コマーシャリズムのサイクルが少しずれただけのことであり、それぞれの季節の長さの変化を意味するのではないのだ。おわかりかな」

「む……」

秋は鋭い眼光でにらみ返したが、あえて言葉を発せず、のみこんだ。静寂。春があわてて

「えー、夏さんのおっしゃることはわかります。地球規模で温暖化が進んでおりますので……。でもぉ、日本には美しい四季というものがありますよね。それぞれにくっきりと特徴があって、それが独自の文化を育んできたわけじゃないですか、なので、それを大切に」

「四季があってもかまわないのです。問題は分け方をどうするかです」

夏が右袖をぶるっと振るうと、そのかげで強い太平洋高気圧がスタンバイしていることがわかった。左袖のかげには黒潮が力強くうねる。

「つまり、もっと夏の期間を長く、ということですね?」

「そうです。春さん、あなたも内心ではそうお思いでしょう。5月になれば時々は半袖でないとやってられないという暑い日がありますよね。まさか否定するつもりは……」

「で、でも、半袖だと夏、というわけでもないと思いますけど。ねえ? みなさん? いかがでしょう?」

ここで夏はどこからか書類の束を出してきた。

「ここに国民アンケートがあります」

「アンケート?」

「いつやったんですか、そんなの?!」

春や秋の声を無視して、夏が読み上げる。

──こんにちは。私の大好きな夏さん! 毎年、8月の終わりになると、私はなんだか悲しくなってしまいます。ああ、もうすぐ夏が終わる……さびしい秋になるんだ……楽しかった夏、私と彼の思い出の夏が……いやだあ! ずっと夏が続いてほしいよお!(兵庫県・18歳女性)

──毎年、8月の終わりになると、うつになります。夏よ終わるな! 夏は永遠だ!(徳島県・夏男と言われています)

──夏。それはいのちに満ちた季節。私は夏がいとおしい(長野県・45歳作家)

──昨今の夏の暑さは厳しく、小生、今年の夏を乗り越えられるだろうかと、毎年案じておる次第です。しかし、乗り越えたときの喜びは格別。これも生きるための試練かと。夏にはこれからもがんばってほしい所存。(埼玉県・72歳男性)

「お聞きになりましたか。夏を愛し、一日でも長くという声が世代を超え、こんなにも届いておるのです。私はこの声を無視できません」

「無視できなかったらどうするというのです」

「9月を夏にするのです」

「夏にする。意味がわかりませんな」

「もはや実質的には9月は夏であり、あとは『名』のみ。すでに政権には根回しをしてあります」

「根回しだと?!」

「9月の末日を『第二海の日(仮称)』という祝日にする。これが夏の海を楽しむ最後のホリデーという位置付けです。民衆の間にもこの日までは夏、という認識が自然に生まれる。飲食業界、ファッション界は簡単にのってくる」

「ばかな。お盆を過ぎた海に行ってもクラゲが出るだけだ」

「すでにクラゲ界にも根回し済みだ」

「なんだとっ!」

「あの、そういうやり方って、ちょっと」

悲鳴にも似た秋の声、春の抗議を無視して、夏はまた投稿の束を拾い上げた。

「こんな声もある──日本は四季がある国ということになっていますが、私はこれは違うのではないかと思います。確かに夏はある。冬もある。それ以外は『つなぎ』の部分ではないでしょうか(51歳男性)──」

「つなぎだと!」

「ひ、ひ、ひどい! あんまりよ!」

秋は絶叫した。春は突っ伏し、身をふるわせて泣き出した。移動性高気圧が春のまわりでぽかりぽかりと移動するが、夏の太平洋高気圧に比べてなんとはかないことか。舞い散る桜吹雪、音もなく降る春雨もあまりに非力だ。

そのとき、沈黙を保っていた冬がびいいいんと響き渡る声を発した。西にシベリア高気圧、東に発達した低気圧を擁し、その顔には間隔の狭い縦型等圧線が深く刻まれ、見る者を凍り付かせる冬ならではの声音であった。

「弱い者いじめはほどほどにしてもらいたいものだな……」

「弱い者いじめなどしておりません。私の提案通りになっても10月、11月は秋なのです。ふた月で十分でしょう」

「美しい日本の四季を破壊する気か」

「そんなものは幻想だ。ああ、そこの春よ。どうだ。この際、5月中旬からは夏にしてもらえないかな。実際そんなもんだろ。そのかわり、なんなら2月半ばから春ということにしてやってもいいぞ」

「そ、それって冬を短くすることでは……!」

「もちろんそうだとも。ふわっはっはっは、ふわっはっはっは!」

「無茶だわ、いくらなんでも」

「何様のつもりだ!」

冬は怒り狂って立ち上がった。極寒のオホーツク海からごうごうと発達した低気圧を呼び寄せ、夏に向かって一気に吹きかけた。

不意打ちを食らって一瞬よろめく夏。風鈴がちゃらちゃらと揺れ、入道雲はぐわらぐわらと魔物のような形に姿を変え、稲光がぱしっと走る。

だが夏はすぐさま態勢を整え、中心気圧960ヘクトパスカル、大型で強い台風をぶち込んだ。

「何をする! 台風は夏のものではないはず、どちらかといえば秋だろ!」

「早い者勝ちだ! そもそも台風発生時期は通年にわたっている!」

「それを強引に自分のものとするとは……身勝手にも程があるぞ!」

「やかましい、これでも食らえ!」

夏の口からぶおおおおおっという轟音とともに飛び出したのは冷麺、ざるそば、海の家の焼そばからソフトクリーム、ビーチパラソル、シュノーケルにテントに蚊取り線香、ヤブ蚊にヤモリ、ミンミンゼミにクマゼミ、うちわに扇風機、ブラトップや金魚すくい、その他いろいろあれやこれや。

対する冬も負けてはいない。軽くひと息吸い込むや、次の瞬間にはキムチ鍋から熱燗、鍋焼きうどん、ホットカーペット、カイロに湯たんぽ、ヒートテックに極上ダウン100%の羽毛布団一式まで、巨大流氷とともに夏に向けて高速シュート!

「なんと! きさまごときに負けてなるものか!」

「こっちのせりふだ! 秋や春をいたぶるやつは許さん! 美しい日本の春や……秋を……おれは守るんだ!」

それを聞いた秋と春のほほにキラリと光ったもの……それは感動の涙であった。

「冬さん!」

「冬さま!」

「一緒に戦いましょう!」

「あたしも、一緒に戦います! 力はないけど……」

「そうだ……何なら、夏に対抗するために、ぼく達みんなひとつになってもいいかも!」

「秋・冬・春がひとつの季節になるのね。みんなが力を合わせたらすごいパワーになるわ! あたしも、それでいいわ!」

「いいのか、そんな……そんなことでいいのか」

「はい!」

「このままでは夏一色になってしまう。そんなのいや! だから」

「ありがとう、おまえたち! 礼を言うぞ! でも、統合した後の名前はどうしたらいいんだ……あきふゆはる……いや、長すぎるぞ……あひゃふは……言いにくい……いっそのことトムとかジョンとか……公募するか」

「何を言ってるんですか!」

「そんなことは後で考えましょう!」

確かに、夏の激しい攻撃は続き、いま考えている余裕はなかった。

冬はうなずき、マイナス70度クラス、第一級の寒波をあらたに呼び寄せ、夏にお見舞いした。すさまじい威力。冷麺もブラトップも瞬時に凍り付く。

すかさず春も、冬眠していた虫たちを目覚めさせるという春雷をチャージ、それは秋雨前線を刺激して記録的大雨から大洪水を誘発する。もがく夏。

「ちょ、ちょこざいなああああっ!」

「とあっ!」

秋が紅葉の名所を投下、箕面、嵐山、高雄に赤目四十八滝、六義園の紅葉、あまりの絢爛豪華さに目がくらむ。

松茸、銀杏、サンマが柚子の香りとともに舞い、秋を助けようと春が木の芽にたけのこ、初鰹を乱舞させる。苺が、桃が砕け散る。

もはや季節は混沌として、桜餅が土瓶蒸しで湯豆腐が山菜のてんぷら。嗚呼美しい戦いの行方は如何に、そして9月は秋なのか、それとも夏になるのか!


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去年はカメムシでほとんどパニックになっていたが、今年は予期せぬヤモリがトイレに出現で、またまたパニック。いまはなんとか出て行ってくれたようだが、ゴキブリも久しぶりに風呂場に出現(取り逃がしたまま)。

カメムシも洗濯物にくっつく季節になった。毎日、ヤモリチェック(まだそこらにいるかもしれない)にゴキブリチェック、洗濯物を取り入れるときはわれながらビョーキかと思うくらい、繰り返し繰り返しチェック、こんな私の人生って何なの、とふと思う今日この頃だ。

ヤモリがかわいいと言う人も多くて、まあわからないこともないし、殺生をするつもりはないけど……私はやっぱり好きになれません、すいません(^^;)