羽化の作法[46]ふたりの死/武 盾一郎

投稿:  著者:  読了時間:10分(本文:約4,500文字)



制作ノートNo.9 1997年4月2日(水)

今日、この日、ひとりの人間が死んでいた。身寄りもない。
本名も分からない。でも僕とそのおっちゃんは知り合いだった。
屍体は物質だった。でも顔は子供みたいにあどけない表情だった。
少し微笑んでるように見えた。両手を胸元に、膝を折っていた。
赤ちゃんの時の格好に戻ろうとしたのかも知れない。
最後はビニール袋に包まれて持ってかれた。

同じ日の夜、高校の同級生「K」の死の知らせが届いた。




3月下旬。退院からしばらく経ち、体調も回復し、雑誌『現代思想』のインタビューを受けたり、段ボール村の大掃除のいざこざの中で、段ボールハウスに絵を描き続けたりと、それなりに慌ただしく過ごしていた。

4月に入り、段ボールハウスに描き続けている中で、忘れられない一日がある。それが4月2日の出来事だ。

その日も相変わらず段ボール村に通って、段ボールハウスに絵を描いていた。段ボール村の一角に数人が集まっていた。

野宿者の一人が「おい、いい加減起きろ!」と段ボールの外側から、段ボールハウスを蹴っていた。「いつまで寝てるんだよ!」乱暴に声をかけている。この段ボールハウスの家主は、酒を呑んで寝てるだけだろう、という感じで扱われていた。

家主は絵を描いている自分に、ちょくちょく話しかけてくるおっちゃんだった。「俺も絵描きだったんだ」と言う。どうやら、そのおっちゃんは元絵描きのようだった。映画の看板などを描いていたらしい。

僕のリアリズム風ではない絵を見て「ヘンテコな絵だなあ」とか言いながら、面白がってくれていたのだ。

「今度、俺の家にも描いてくれ。俺と一緒に描こう」と言ってくれた。家主とのコラボレーションは、そう言えばしたことがなかったので、「それはいいですねえ!」と僕は答えていた。

今描きかけの絵を終わらせてから、コラボレーションしようということになっていた。それからしばらく、そのおっちゃんと出くわすタイミングがなく、なかなかコラボレーションが実現しなかった。

そうこうしているうちに、4月2日がやってきた。

そのおっちゃんの段ボールハウスの周りに数人が集まっている。女性の段ボール村の住人が「なんか臭いですよね」と言っていた。いつもとは様子が違うと言いたいニュアンスだった。僕にはその臭いの違いは正直分からなかった。

こんなことを言ってはなんだけど、そもそも段ボール村に近付いたら「におい」がするのだ。猛烈な体臭と言ったらいいのだろうか。段ボール村自体がその体臭を放っているようだった。

最初はその「におい」がとても「くさい」と感じたのだけど、段ボール村に通うようになると気にならなくなるのだ。なぜならばそれらは「私たちのにおい」だからだった。

「化粧品のにおい」や「動物のにおい」など、人間以外の「におい」は判別できるのだけど、人間の「におい」には寛容というか鈍感になっていた。

「(家の)中で(酔っ払って糞尿を)漏らしてるんじゃないか?」と誰かがなんとなく言ったが、「奇妙なにおい」があることには同意してるようだった。

それで、なんとなく「ひょっとしてなんか変かも?」という無言の合意があり、その段ボールハウスを、家主の返事なしで開けてみようということになった。無闇矢鱈に誰かの家を覗いたりしない、段ボール村はプライバシーを守り合っているのだ。

誰かが段ボールの扉を開け、屋根を取り外した。

「死んでる………」

ホームレスのおっちゃんが死体となって段ボールハウスから発見された。しかも、なぜか全裸だった。パッと見た瞬間にそれは「寝てる」のとは違うことが分かった。

段ボール村の住人たち何人かはその屍体を見つめてしばらく立ち尽くしていた。僕もおっちゃんのしかばねから目が離せなかった。

「おいおい死んじゃってるぞ」
「どこに連絡したらいいんだ」
「ああ………(泣き声)」

あたふたと動き始める段ボール村の住人たち。僕はじっとおっちゃんの屍体を見つめている。女性のホームレスは、涙を拭きながら僕の目の前に立っている。若いホームレスの男性が屍体の前で膝間づいて、うな垂れながら合掌している。

亡骸は微笑んでいた。微笑んでいるように見えた。その時、亡骸のおっちゃんの声が聞こえた。

「よう、若造、お前はちゃんと頑張れよ!」

確かに、そう言っていた。野たれ死んだおっちゃんは、この期に及んで僕を励ましていた。それは僕の願望なのかも知れないが、妄想なのかも知れないが。

あどけない微笑を浮かべながら、胎内にいる胎児のように手足を縮めた全裸の格好で、一緒に絵を描く約束をした絵描きのおっちゃんが、死して僕に話しかけてくれた。そうとしか言いようがない現象だった。

しかも、おっちゃんはこの世を呪う言葉ではなく、他者を励ます言葉をかけて天国に逝ったのだ。

おっちゃんからしたら、ホームレスになっている自分自身よりも、なんのアテもなくバカみたいに段ボールハウスに絵を描いている若い男の身の方を案じてくれてたのかもしれない。

おっちゃんは生者を励ましてこの世を去った。としか僕には感じ取れなかった。

おっちゃんの声を聞き、びっくりして我に帰り、辺りを見回した。筆を持ってボーッと立ちすくんでいる僕の周りは、何やら忙しそうな感じになっていた。

警官が何人か来た。身元を確認しようとしていたが、分からない。名前を確認しようとしても、本名すらも分からない。警察も困ったようにあたふたと連絡を取り合っている。周りはなんだかバタバタしている。

僕はまだぼんやりとおっちゃんを見つめている。

しばらくすると、大きな半透明ビニール袋みたいなのを抱えた、数人の救急隊のような人たちが小走りにやってきた。隊員たちはテキパキと、おっちゃんをそのビニール袋に入れていた。

「おいおい、ビニール袋に入れるんかよ!」と僕は思った。

ビニール袋に入れ終わり、「人間の搬送」というよりも「ゴミの回収」のような隊員の合理的な動作で、段ボール村から一人の遺体が運ばれていった。その場に居合わせた、ほんの数人の段ボール村住人と、合掌して見送った。あっけなかった。

その後、僕は何をしたのか覚えていない。家には帰った。

夜になると一本の電話がかかってきた。高校時代の同級生3年6組の「K」が、運転中にトラックにぶつけられて死亡したと言う知らせだった。お通夜は翌日の夜から、夜通し行われるとのことだった。

電話で僕は何か堰を切ったように泣いてしまうのだった。

翌日、4月3日(木)。この日は昼間からベルクのポスター制作の打上だった。店長・井野朋也さんと副店長・迫川尚子さんにメキシコ料理をご馳走になった。

やろうやろうと言っていたのが、延び延びになっていてこの日を段取っていたのだが、よりによってホームレスのおっちゃんが亡くなった日と、高校の同級生「K」の通夜の間になってしまったのだ。

僕は自分の気持ちが何だかよく分からず、ハイテンションになるしかなかった。

ベルクポスター制作の打上げが終わると、土砂降りの中、「K」のお通夜に駆けつけた。通夜には物凄い大勢の人が来ていた。大学関係、会社関係、友人知人。生前の彼の人柄は通夜に駆けつけた人数が物語っている。

高校の3年6組は卒業後もしょっちゅう同窓会をしていて、何故だかすごく仲良しだった。「K」も僕もしょっちゅう3-6の同窓会に出ていた。

「K」は割と優等生理系男子生徒だったけど、硬い感じの人ではなかった。同窓会ではいつも赤ら顔の、満面の笑顔が印象的だった。生前「3年6組が大好きだ」と家族にいつも話していたらしい。

なので「3年6組の人たちだけ朝まで一緒に飲んで欲しい」というご遺族の希望で、通常の通夜が終わると、3-6の連中だけが残り、彼の棺の前で飲み明かしたのである。

4月3日(木)制作ノートNo.9より

「暖かい場所、沢山の花、家族、友人、いろんなもの囲まれて「K」は眠っていた。死化粧は美しかった。

不思議なことに涙は出なかった。昨日の電話では流れたのに。不謹慎だと言われてしまいそうだが、彼の顔を見た時、「ああよかったね」と思った。みんな来てるよ。みんな居るよ」

朝まで飲み明かしたその日も、僕は新宿に段ボールハウス絵画を描きに行くのだった。

段ボールハウスは許可を得た人の家だけを描いているだが、この日は「描いていいよ」と言っていた家主が、突然僕のところにやってきて「こらー! 絵を描くんじゃねえ!」と怒鳴る。

「描いてもいいって言われましたよね?」と返答しても、「描くんじゃねえ!」と怒鳴るので、仕方なく諦めた。その後、段ボールハウスに絵を描く気が起らず、落ち込んで家に帰るのだった。

そして、家の中で絵を描き始めるのだった。(つづく)


【武盾一郎(たけじゅんいちろう)/呑み疲れ】

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知に串刺せば香ばしい #chinikushi Vol.01 機械に意識は宿るのか?


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中:鈴木ちよ(京都大学産官学連携本部)
右手前:武 盾一郎(線譜画家)
手:阿部 将(株式会社洛歩代表取締役)

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2017年10月18日(水)〜10月30日(月)
http://www.artsrush.jp/

=参加作家=
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藤沢芳子(絵画)
能野裕子(造形)
Bird Deco(造形)
武盾一郎(線譜画)
H@L(絵本)
うえだしげこ(イラスト)
野谷美佐緒(絵画・アラビア書道)

◎出展してます!

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2017年9月1日(金)〜9月29日(土)
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