エセー物語(エッセイ+超短編ストーリー)[002]目指すはトマト文学/花と星

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◎目指すはトマト文学

趣味は家庭菜園です。来週はイモ掘りします。今年こそ干しイモつくるぞー。

などと創作活動とは関係ない話からはじまりです。ふだんは小野塚力さんの言葉を借りて、超短編の直接の先祖は稲垣足穂の『一千一秒物語』であるとか、その稲垣足穂はロード・ダンセイニの『五十一話集』に影響を受けていたようだとか話しているが、じつのところ、文学ってよく分からない。

なぜならぼくは農学部出身だから。農学部農学科の応用昆虫学研究室卒業だ。かといって昆虫に詳しいかというとそんなこともなく、在学中はひたすら草刈りをした記憶しかない。

そうはいっても農業の基礎はなんとなく分かっていて、農家さんにくらべたらおままごとみたいなものだが、家庭菜園程度ならお茶の子さいさい。クワを適当にふるっているだけで次々と野菜が穫れてしまうのだ。





なんていうと大げさのように思われるかも知れない。しかし、じつは植えておきさえすれば誰でも野菜は穫れるのだ。もちろん、商品になるようなうつくしい野菜をつくるとなるとそうはいかない。

そこがプロの農家との違いではあるが、形が悪かったり虫食いだったりを気にしなければ、ビギナーでも簡単に野菜はつくれると思う。

今年の畑のトピックはトマト。神田須田町にあるイタリアンの名店トラットリア・ラ・テスタドゥーラの店長からリクエストがあり、「フィオレンティーノとパンターノがほしい」とのことだった。

どちらもイタリアではけっこう定番のトマトだが、日本ではなかなか手に入らないのだとか。そこで両品種にチャレンジすることにした。

そんなわけで春先にトマトの苗を入手しようとしたのだが、そもそもフィオレンティーノもパンターノも苗が売っていない。しかたがないのでネット通販で種を買いました。種袋の説明がイタリア語で、なんて書いてあるか分からないが、F1とあるのは理解できた。

F1というのはカーレースのF1ではなくて、交雑品種の一代目ということ。固定種ではないということだ。つまり、この種から育てたトマトの種をとって、再び播いたとしても、もとの品質のトマトは得られないということを意味する。

これは農家にとってはけっこうゆゆしき問題で、自分たちで種を管理することが出来ず、毎年毎年、種苗会社から種を買い続けなければならないのだ。種苗会社による農家の支配へもつながるけっこう重大な問題が、そこにはひそんでいる。

もちろん種屋さんにとってみれば、毎年買ってもらえた方が儲かるわけであるが、こと食料に関しては倫理的な問題も絡んでくるのでやっかいだ。

似たような話は複製可能なデジタル作品にも言えるわけで、著作者の権利を守るために複製は制限されなければならないが、一方で自由なデータの流通もジャンルの発展には必要な場合がある。

電子書籍のためし読みを例にとると、ぼくの作品はひとつが500文字程度のため、そもそもためし読みで、完結した作品が全部読めてしまうという問題がある。まあ、読んでもらわなければはじまらないんですが……。

さて、種を播いたトマトだが、なんとか発芽させて苗まで育てることに成功した。日本のトマトとそんなに育て方に違いはないと思ったが、いちおうWebで調べてみた。

イタリア語のサイトをGoogleさんに翻訳してもらったらこれがなかなか優秀で、なんとなく書いてあることが分かる。しかし少々疑問なところもあった。

・気候の改善:果実の熱傷、過剰な水のはね、凍結、急激な窒息、干ばつによる尖った糞。

おそらく気候の管理で注意すべきところだと思うが、「干ばつによる尖った糞」が気になる。気になりすぎる。イタリア語に堪能な方には、ぜひ本来の意味を推測していただきたい。

そんなこんなで、なんとかトマトは実りました。パンターノは実が大きく、生
で食べると少々味気ないが、熱を加えるとがぜんおいしくなる。

トマトソースにするなら、ゼリー部が少ない上に身が柔らかくて最高だし、厚めに切ってフライパンで焼けば、それだけで激うまトマト・ステーキのできあがり。とろけるチーズをかけてもおいしい。

一方のフィオレンティーノは、実のかたちがおもしろい。日本ではまずお目にかからない、しわしわの形状で、輪切りにすると歯車のような、お花のようなかたちで、サラダに彩りをそえてくれる。トマトらしい香りと酸味があり、こちらも熱を加えた方が味は良いかなと思う。

無事にイタリア料理屋にトマトを納品すると、それは“パンツァネッラ・トスカーナ風”と“スパゲティ・アッラ・ケッカ”という料理になりました。どんな料理なんだろう(食べてない)。イタリア語に堪能な方には、ぜひどんな料理なのか教えていただきたい。

そして、なんとトマト代をいただいてしまいました! それもトマトとしてはかなり良いお値段。超短編ものがたりを書いてもあまり売れないのに、トマトは即売れる。やはり農業の方が才能あるのかな……。

冒頭で超短編のルーツの話をしたが、その源流のひとつに南米のMicrorrelatoがある。英語で言えばMicro Storyといったところだろうか。グアテマラの作家アウグスト・モンテローソの『恐竜』は、世界一短い物語のひとつとして有名である。

考えてみると、トマトも原産は南米。そこからヨーロッパに広まって、いまや世界の人々を魅了している。超短編も世界中で楽しまれている物語の形式だ。ぜひこの日本でも、もっともっと読まれてほしい。トマトのように。

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◎花と星

「俺たちもしわしわになっちまったな」

男はテーブルにしわだらけのトマトを戻した。

「まだまだひと花咲かせるよ」

女がトマトを輪切りにすると、しわだらけの断面からきれいな花模様が現れた。女は花模様のトマトを皿に飾る。男は笑い、トマトのへたでもって星のごとく、皿を輝かせた。


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