ショート・ストーリーのKUNI[221]男ははかない生きもの
── ヤマシタクニコ ──

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私の友人のひとりにシモヤマさんというひとがいるが、いい年をして一人暮らしである。その生態たるや、おばさんが一人暮らしをしているとこうなるという見本をまざまざと見せつけられるようで、イタイことこの上ない。

フリーのデザイナーということになっているが、たぶんそんなに仕事はない。だいたい、ばんばん仕事をこなすほどの腕がない。営業力もない。コネもない。なにかの事件に関わって逮捕されたら「自称デザイナーのシモヤマ○○子」とテロップが出ると思われる。

そういうシモヤマさんであるが、最近は明るいうちはあまり外出しない。日が落ち、往来をゆく人の姿もまばらになったころ、やっと腰を上げて買い出しなどに出る。

なにしろ化粧をしたり服を着替えたりするのがめんどくさいので、極力外出したくないのだが、食べるものがなくなるとそうも言ってられないので、仕方なく出るわけだ。

冬なら家でごろごろしている格好そのままの上にコートを羽織り、眼鏡をかけてマスクをしてニット帽をかぶって出かける。怪しい。やっぱり「自称デザイナー」がふさわしい。

夏は仕方ないので、単にうつむいて、ひっそりと、気配を殺して歩く。


ある晩、駅前のスーパーに向かって人通りの少ない道を選びながら歩いていたシモヤマさんは、ふと足を止めた。

──こんな店、あったっけ?





一見するとコンビニだが、なんとなく違う。何が違うと聞かれると困るけど。最近できたばかりのようで、しんとした夜の街の一角に店全体がひとつの照明のようにほわっと浮かび上がっている様は、美しいといえなくもない。

看板を見たが、なぜかそこだけ光が当たってなくて読み取れない。でも、ファミマでも、ローソンでも、セブンイレブンでもないのは確かだ。あと何があったっけ。

好奇心にかられてドアを開けると、やっぱりごくふつうのコンビニのような造り……とみえて、そうではなかった。ガチャガチャ、いわゆる「カプセルトイ」がずらりと並んだ一角があるのだ。

普通のコンビニならお総菜やおにぎり、サラダなどが壁面のひとつをほぼ占有しているものだが、その分がほぼガチャガチャオンリーなのだ。なんでこんなものがコンビニの中に?

シモヤマさんはふらふらとその前に引き寄せられた。そして、生まれて初めてガチャガチャを買った。なぜならそれは、「男」が入っているガチャガチャだったのだ。ずらりと並んだガチャガチャが全部、それ。ええっ?!

そのうちのひとつを手にして、シモヤマさんはレジに行った。

アパートの自室に戻り、シモヤマさんは自分が購入したものをじろじろと眺めた。信じられない。なんでこんなものを買ってしまったのか。

大枚200円、いや税込216円も払って………ああ、たった216円か。そうだな。貧乏性の自分が衝動買いできるなんてそんなもんだ。しかし、男なんだぜ、男!

シモヤマさんはプラスティックケースを開けてみた。細かい文字が書かれた紙が折りたたまれていて、その中から何かがころりと転がり出たと思うと、あっという間に目の前にほんとの男が立っていた。

「こんにちは」

ええっ! いや、それはない、ないない! 突然すぎる、部屋片付けてないし、狭いし、いや、ちょっ、ちょっと待って……。

「ああ、いまは夜だからこんばんは、ですね。はじめまして。えっと、あまり時間がないんですが、何をすればいいですか?」

「え、そう言われても」

「たとえば肩をたたくとか」

「あー、肩をたたく……ああ、そ、そうですね、いいかも! 肩たたいてください!」

「はい、了解です」

男は私の背後にまわり、肩をたたきはじめた。強くもなく弱くもなく。いいあんばいだ。そうか。私もフリーのデザイナー。座りっぱなしで細かい作業をするもんだから、肩もこるんだよね、いやあ、デザイナーってつらいもんだね、ははは……と思ってると、背後でかすかな音がする。

ちちちちちちち

聞いたことがある音だ。それは……せっけんの細かな泡の固まりが時間と共に粗い、大きな泡になり、ひとつひとつ破れては消えていくときの音……そう気づいて振り返ると、男はまさに泡の集積となって消えていくところだった。

あっというまに何もなくなった。

「ええ?! もうおしまい?」

シモヤマさんはあほみたいな顔をして、部屋をきょろきょろ見た。それから畳の上に落ちていた紙を拾い上げた。日本語・英語・ドイツ語・フランス語・中国語・韓国語、それからアラビア文字で書かれた説明書だった。

「男」シリーズは全部で65種類あります。
種類によって適性が異なります。
同じ男に会えるかどうかはあなたの運次第です。
時間内でも消えることがあります。ご了承ください。

たったそれだけだった。「時間内」? あ、そうか。200円で安い! と一瞬思ったけど、時間が短いんだ。なるほど……いや、それにしても短すぎる。肩たたき7回くらいしかしていない、と思う。

あんまりびっくりしたので顔もゆっくり見ていなかったけど、そういえばけっこうイケメンだったような気もする。

シモヤマさんはもう一度説明書を取り上げた。

このケースに入っているのは「みつお」です。


翌日、また夜になるとシモヤマさんはあの店に行った。思い切ってガチャガチャを5回も買った。というか、なぜか「みつお」でないと悪いような気がしたので5回も買って、でも「みつお」は出なかったのだ。

といって「みつお」が出るまで買うのをやめないわけでなく、6回目はなんとなく気が引けてしまってやめたというのが、貧乏性の貧乏性たるところだが、わかっていただけるだろうか。

部屋に戻り、ミニテーブルの上にカプセルを5つ並べて、シモヤマさんはまずひとつを開けた。音もなく唐突に男が現れる。「ゆうま」だそうだ。

「こんばんは! すてきなお部屋ですね。何をしたらいいですか!」

「あ……」

とっさに後悔する。何を頼めばいいのか考えておくのを忘れてた。あせる。仕方ないのでまた肩をたたいてもらう。とん、とん、とん、とん。

ちちちちちちちち

はかない音とともに男が消える。なんとなく後悔が残る。自分は何をしたいんだ、と思う。思いながら「けんいち」も開けてみる。

「こんばんは! けんいちです! なんか、髪傷んでますね!」

おおっと。想定外のせりふだ。そりゃあ髪傷んでるよ。というか、朝からとかしてもいない。美容院に行ったのはいつだろう。

「ぼくが髪、とかしてあげましょうか!」

「ええっ……いや、いいよ、いいよ!」

ぞっとする。とかしてくれなくていい。じゃあ何をするんだ。結局、また肩をたたいてもらうことにする。年寄りか。

「かずや」とは思い切ってしりとりをしてみた。だが、「とうふ」「フランダース」「酢こんぶ」「仏教」「う巻き」「金銭感覚」で、もう

ちちちちちちちち

「てつお」は歌を歌ってくれたが、下手すぎて、途中で消えてくれてよかったと思った。だいたい何の歌なのかわからなかったが、翌日思い出した。斉藤由貴の「卒業」だ。あれは歌の下手な、それも男が歌うものではない。

「じゅんぺい」は、自分が得意なのはストリート系のダンスだと言った。だが木造アパートの二階でそれをされてもどうかと思ったので断った。断ると、じゅんぺいは泣き出した。泣いているうちに

ちちちちちちち

結局、特に何もしないまま5人の男がちちちちちと消えていった。

なんだこりゃ。1,080円も散在してしまったじゃないか。

シモヤマさんは思いっきりどんよりする。

空のカプセルをまとめて捨てながら、二度と買うまいと決意する。


ところが、中三日あけて再びあの店に行ったシモヤマさんは、やっぱりふらふらと買ってしまった。理由はいつの間にか「2,000円」のガチャガチャが導入されていたことだ。「プレミアム男」と表示されている。

「ご注意:この商品は2,000円です」「ご注意:200円ではありません」「ご注意:価格をお確かめください」とも書いてある。はいはい。

しかし、いきなり2,000円か。でも、すると時間は10倍?! いや、中身の問題? どっちにしてもこれは心が動く。買うしかないだろ。よし、買った!

2,000円のカプセルから出てきたのは「こうへい」だった。

「やあ、買ってくれてありがと! 何をしよう!」

「肩をたたいて!」

「はあ?」

こうへいは思いっきり変な顔をした。そんなに変なことだろうか。2,000円だとゆっくり肩をたたいてもらえると思ったのに。

それから、さあ20分くらいあっただろうか。シモヤマさんはこうへいにゆっくり肩をたたいてもらい、気持ちよさにほとんどうとうとしかけた。

「そこ、気になるんですけど」

「はい?」

こうへいはシモヤマさんの前のパソコン画面を示して言った。

「それ、イラレですよね。テキストボックスがほんの少しゆがんでます。だから、右端と左端の行で文字数が違ってしまってて」

がーん。

「あ、そそ、そうか。私もね、なんかおかしいと思ってたんだ、そういうことなんだ。えーっと……じゃあ……どうすればいいのかな……」

ちちちちちちちち

背後でこうへいは消えていった。2,000円の限界か。ていうか、なんで無駄に肩たたきなんかさせたんだ、自分! 人材の活用法を間違えてるじゃないか。あー、ばか!


ガチャガチャの価値に目覚めたシモヤマさんは、その店に通い続けた。

そしてある日、私にLINEで泣きついてきた。以上のいきさつも、そのときに知ったことである。

「……というわけなんだけど、なんだかこのままではガチャガチャでどんどんお金を使ってしまいそうなんだよ〜」

「ばかじゃない! やめればいいじゃないの!」

「でも、いろいろ試してみたいし。それにいざというときに役に立つんじゃないかと。うまくいけば私のアシスタントに」

「甘い! 実際、役に立ってるの?」

「それがねえ。それぞれ得意不得意があって、Illustratorなんか全然わからんというのもいるし、男でもゴキブリ退治なんかできないというのもいるし」

「そんな男、2,000円も出す値打ちないよ!」

「ゴキブリ退治が得意なのもいたんだけど、それは200円のやつだったので途中で消えてしまって、残された私は狂ったように逃げ惑うゴキブリとふたりっきりになるという悲惨な状況」

「200円で済まそうなんてケチなこと考えるからよ!」

「いや、それ、みつおだったんで」

「みつおに惚れたのかい!」

「というほどでもないけど、まあ最初の男? ていうか?」

「一体今までいくら使ったの?」

「うーんと……5万円ちょっとかな」

私はあきれた。100円ショップ、それもダイソーはうっかり300円や400円のものを買ってしまいそうだからという理由で、キャンドゥまたはセリア限定、あとはしまむらと近所のスーパーの特売品で生きているシモヤマさんにしてはすごい贅沢、大散財じゃないかっ。

「あのね。一度その店に私を連れてってみて」

「ええっ? いいけど」

別に深く考えて言ったわけではない。単に、ほんとにそんな店があるんだろうかという疑い、シモヤマさんがいよいよおかしくなって幻覚でもみたんではという疑い、でもそうだとしたら、これはひょっとして私が何とかしてやらねばならないのではという一種の親心から発したものだ。

なにしろ長いつきあいだ。ほっとくわけにはいかないのだ。

で、約束の時間に待ち合わせ、私とシモヤマさんはくだんの店に行った。なるほど、よくあるコンビニのようでいてコンビニでない、ガチャガチャが異常に充実している一方、おでんのにおいもコーヒーの香りもしない妙ちきりんな店だ。幻覚じゃなかった。

懲りずにガチャガチャの前にたたずむシモヤマさんをほっといて、私はふつうの買い物客に見えるように、一応カップラーメンやLG21を手に取り、レジに向かった。すると……。

結論を言おう。レジにいた店員はすばらしいイケメンであった。接客態度も申し分ない。私はひとめぼれして

「あのう、よかったら今度食事でも」と誘った。

店員はにっこり笑って「喜んで」。その場でメアドを教えてくれた。

翌日、実際に食事をともにして、以来時々会っている。しりとりもできるし、音痴でもないし、ゴキブリが出現したら優美な手つきでさっと退治してくれる。

まあ私にかかればこんなもんだ。カップ麺とLG21、合計329円の投資でリアル男をゲットできるのに、シモヤマさんときたら何をやってるのだ。

レジにいい男がいるのに、すぐに消えるガチャガチャ男を5万円以上も買い続けるって理解不能。私は真剣にシモヤマさんの将来を案じている。

え? あんたこそ幻覚でも見たのだろうって? まさか。


【ヤマシタクニコ】koo@midtan.net
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「落ち着け!」「よく見て、見直して!」と書いた紙を、パソコンの横に貼り付けているのに全然効果がない私。この間はある人とメールのやりとりをしていて何日も経った頃、相手から「ヤマシタさん、実は私の名前は○××なんですが……」とのメール。

どこでどう間違ったか、私は毎回「●××様……」と書いていたのだ。よりによって名前を間違えるなんて。恥ずかしい! もちろん、○××さんはいい人で、全然気にしてませんよ、とは書いてくれてたけど……。