[4438] 大人の文化祭(仮)に巻き込まれ

投稿:  著者:  読了時間:17分(本文:約8,400文字)



《ああ、あそこに八雲がいたんだなあ》

■エセー物語(エッセイ+超短編ストーリー)[004]
 大阪商人は変装したスペイン人みたいだ
 アイワズボーン
 松岡永子:超短編ナンバーズ

■もじもじトーク[72]
 大人の文化祭(仮)に巻き込まれ
 関口浩之




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■エセー物語(エッセイ+超短編ストーリー)[004]
大阪商人は変装したスペイン人みたいだ
アイワズボーン

松岡永子:超短編ナンバーズ
http://bn.dgcr.com/archives/20171019110200.html
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◎大阪商人は変装したスペイン人みたいだ

そう言ったのは小泉八雲です。

「諸君は、日本の国を汽車や汽船に乗って旅行している時、しばらくその人とことばを交わしたあとでも、いっこうにどこの国の人だか生国の知れない紳士と、偶然知り合いになることがあるだろう。

その紳士は、新型の上等の洋服をたしなみよく着こなし、(中略)これが1896年型の大阪セールスマンの一つの典型であって、ふつうの小官吏などより、風采・容貌のはるかにまさっていること、まず王侯と従者くらいの相違がある。

おなじこの人物に、諸君が大阪で会うと、かれはおそらく和服を着ているだろう。それも、趣味の高尚な連中だけが心得ている、品のある着こなし方をしていて、どこか日本人というよりも、スペイン人かイタリア人が変装でもしているような様子に見えるにちがいない。」(『仏の畑の落穂他』恒文社・1975)

これを読んで、船場、北浜あたりへ行き(八雲が言っているのはたぶんこの辺の人のことでしょう)、周囲を見回してみましたが、それらしい人はいませんでした。まあ、変装したスペイン人もイタリア人も見たことがないから、確実なことは言えません。

八雲が来阪した目的は、寺社、特に四天王寺を見るため、だそうです。確かに、随筆には四天王寺さんのことが詳しく書かれています。雰囲気は今と似ています。彼が感銘を受けた五重塔をはじめ、建物の多くは戦災で焼けて建て替えられていますが、引導の鐘、亀井堂など、ああ、あそこに八雲がいたんだなあと思うと、なんとなくうれしいものです。

四天王寺さんと谷町筋を挟んで、一心寺さんがあります。

一心寺さんで見た、変わった形のお墓についても八雲は書いています。大きな円盤形の石を担いでいる力士の墓。はじめて見たとき、わたしは天邪鬼が鏡を掲げてるのかと思いました。

こっそり写真を撮りましたが、ブログにはあげませんでした。さすがにお墓なので(でもネットには、意外にたくさんの画像があがっています)。

四天王寺さんの石の鳥居や石舞台、一心寺さんの墓碑など、耐火性のものを除いて、八雲が見たもののほとんどは空襲で燃えてしまっています。

戦後、四天王寺さんはおそらく以前のものを忠実に復元しましたが、一心寺さんでは、建築家でもあるご住職によって、たいへんモダンなデザインの山門が建てられました。現代作家の手になる仁王さまも、仏像というより彫刻作品の趣です。

「仁王さん、いつまでも作りかけのままでできあがらへんねえ」とお年寄りなどは言っている、と教えてくれた人がありました。八雲が見たらなんと言うでしょうか。

ところで。

八雲が一心寺さんを訪れたときには既にあって、興味を持ちそうなのに書かれていないものがあります。

お骨仏。現在一心寺さんで最も有名な仏さまだと思います。

納骨された骨を使ってつくられ、現在では10年ごとに新しい仏さまの開眼供養が行われています。今年、2017年は14代目の仏さまがつくられる年で、前述の仁王さまの話をした人もそこに入りましたので、過日、彼の妹さんたちと一緒にお参りに行きました。

新しい仏さまは前方のお厨子にいらっしゃいました。予想よりもずいぶん色白で、小柄な仏さまでした。

これまでの仏さまはお堂の後ろの方、暗いところに並んでいらっしゃるので大きさがよくわからなかったのです。色が黒いのは、ずっと線香で燻されているからなんですね。お堂に納められる前、かなり近い位置で見たお骨仏さまは秀麗なお姿でした。

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◎アイワズボーン

「わたくしたちは何のために生まれてきたのでしょうか」

一瞬の沈黙。

「いや、失礼。さすが、若いねえ。というか、今どきの若者がそんなこと口に出して尋ねるとは思ってなかった」

年嵩のものがこっそり呟く。

「さっき女の子に、きもちわるぅい、って言われたのよ」

「色が黒くなる頃には落ち着くよ」

白い頬にかすかに赤みがのぼった気がした。

「そういうことではなく。毎日たくさんの方がいらして拝んでくださいますが、わたくしには皆さんをお救いする力はないのです」

「いいんじゃないの。仏っていうのはもともとそういうものだし」

「だいたい皆、願い事を叶えてほしくて来てるんじゃない。わたしたちのなかにいる家族や友人に会いに来てるのよ。そのためにつくられたんだから」

「つく『られた』。なるほど、アイワズボーンなのですね」

「我々の場合は受け身じゃなくて過去形だけどね」


【松岡永子】
nifatadumi@gmail.com
http://blog.goo.ne.jp/nifatadumi

「I was born」は吉野弘さんの有名な詩です。教科書にも載っていたのでご存じの方も多いかと思います。

以前、教師をしている知人が、授業で生徒から出た疑問を手紙に書いて送ったら、吉野さんから丁寧な返事が来た、と言っていました。筆、のみでなくいろいろ無精なわたしはあちこちに不義理をしています。見習いたいと、思ってはいます。


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■もじもじトーク[72]
大人の文化祭(仮)に巻き込まれ

関口浩之
http://bn.dgcr.com/archives/20171019110100.html
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こんにちは。もじもじトークの関口浩之です。

文化祭シーズンですね。といっても、僕が文化祭に参加したことあるのは中学・高校時代です。今から40年以上前のことです……。

大学時代は、文化祭には参加しませんでした。テニスとバイトに明け暮れてました。勉強も少しがんばりましたよ(笑)

今日のテーマは「文化祭」です。

●大人の文化祭(仮)

Facebook界隈では、文化祭ネタで盛り上がっています。

こちらです!

『大人の文化祭(仮称)』について - NAVER まとめ
https://matome.naver.jp/odai/2150817174736117201

文化祭実行委員会の議事録|高瀬ヤスジ|note
https://note.mu/dchsjp/m/m812e09ab771a

9月下旬に、Facebookのとある知人が、

  祭を主催したい。

と、シンプルに一言、Facebookで書き込んだのが最初のようです。

僕は、その頃、九州・中国エリアをセミナー巡業してたり、上期決算時期のため開発案件が立て込んでいて、ほとんどFacebookを見てなかったのです。

そして、10月8日に

  『文化祭』をやることにした

という書き込みを発見!

この時は、具体的に何をどのようにとか書かれてなかったのですが、なぜか不思議に引き込まれました。速攻、文化祭実行委員会のメンバーに申請しました!

文化祭実行委員会のグループ(メンバー募集中!)
https://www.facebook.com/groups/1925920887731999/

この企画を立ち上げたのは、高瀬康次さんという方ですが、まぶダチではありません。二年前に「まにまにフェスティバルP4」で立ち話したぐらいの関係です(笑)

彼は日本ディレクション協会(ディレ協)の設立に参画した方としても有名です。まだ、ウェブディレクションという言葉が確立される前の、2000年代からウェブディレクター、ウェブプランナーとして、ずっと活躍されています。

高瀬康次さんとは、そんなに親しくないのに、勝手に紹介しちゃいました(笑)

●共感力、巻き込み力、巻き込まれ力

SNSの世界、言い換えると、iPhoneの画面の中に膨大な記事が流れている中、「この記事、なんか気になる」「この記事は怪しい」とか、一瞬で判断していますよね。人間の脳って凄いね。

ひとつの記事に接する時間は普段は0.1秒以内だと思うんですが、手を止めて、ちゃんと読みたいなという記事は、ほんのわずかだと思います。

超多忙な時期だったので(今も、そうですが……)、あまり開く機会の少ないFacebookの膨大な記事の中で、『文化祭をやることにした』という一行のメッセージに、完全に引き込まれてしまいました。

2年前に1分ぐらいしか会話したことのない高瀬康次さんが発信した、その一行から「すごい熱量」を感じたのです。

さらに、「これって面白そう」「怪しそうだけど信頼できる」と直感で確信しました。共感したということです。

楽しいことを全力で取り組んでいる姿や事柄からは「共感力」が生まれます。それを全力で行動、発信している人からは「巻き込み力」が生れます。それを感度よく受け取れるする人からは「巻き込まれ力」が生まれます。

あれっ、「巻き込まれ力」って受け身な言葉じゃなかったっけ?

実は、すごく能動的な言葉なんです。信頼できる人から共感力ある情報が発信されても、受け取る側のアンテナ感度が良くなければ受信できません。

仮にその情報を受け取っても、行動するためには、面倒くさかったりするし、勇気がいったりするし、恥ずかしさを取り除かないいと前進できなかったりします。

僕は、共感力の高い事柄に対しては、積極的に巻き込まれるようにしています。ただし、怪しいことや、共感力の低い事柄には、全力で巻き込まれないようにしています。それ、大事ですよね。

冒頭の『大人の文化祭(仮称)』の記事を読んで、共感したら、ぜひ、巻き込まれてください(笑)

ネット上しか参画できない人も多いと思いますが、文化祭実行委員になれます。

まとめ記事の最初のこのフレーズ、いいですよね。

「いい歳した大人たちが集い、恥も外聞もおとなげもかなぐり捨てて、よってたかって『本気でやりたいことを楽しむ』ことにした。そんなイベント『大人の文化祭(仮称)』の準備記録です。大絶賛、メンバーも募集しています」

僕も、実行委員会になったからといって、素晴らしいアイデアが出るわけでもなく、超忙しいので、何ができるかわかりません。何もできないかもしれません。だけど、それでもいいのです。高瀬さん、勝手に言い切ってしまいました。すみません……w

お会いしたことのないメンバーばかりですが、いろんな立場の意見を読んでると、「これって、恐ろしくバカバカしくていいね」とか「これって、あまりに普通っぽくて逆に新鮮」とか、それを感じるだけでも、巻き込まれ力が高まります。

そして、馬鹿馬鹿しい意見(褒め言葉としての)を、はずかしげもなく、書き込んでいる自分がいるかもしれません。

興味あれば、お気軽にメンバー申請してねーー

文化祭実行委員会Facebookページ
https://www.facebook.com/groups/1925920887731999/

●ぼくの文化祭の思い出は甘酸っぱい

せっかくなので(なにが……)、僕の文化祭の思い出を書きます。

小学生のクラス会で、宇宙で外科手術する演劇をやりました。というのは、小学三年生の時、アポロ11号が月面着陸しました。1969年のことです。僕は当時、宇宙飛行士を夢みていました。

いろんな形の風船で内臓を形作って、模造紙に包んで体に巻き付けました。宇宙服も模造紙で作りました。そして、ハサミで風船を割って手術するというドタバタなコント劇でした。

うけたかどうかの記憶はありませんが、悲鳴があがっていたのは覚えています(笑)

小学六年生の学芸会では、演劇にちょい役で出演しました。たいした台詞ではなかったのですが、あがり症の僕は、台詞が飛んでしまい、5秒ぐらい固まったのち、訳のわからない台詞を喋ってしまいました。恥ずかしくてしばらく誰とも会いたくなくなったのは、言うまでもありません。

そんな僕も、中学ニ年の文化祭では、「ロミオとジュリエット」の演劇で主役に抜擢されました。でも、文化祭の数日前におたふく風邪にかかり、汚名返上の機会は失われました。

中学三年の文化祭では、天体写真の展示会を開催しました。10cm反射望遠鏡に銀塩カメラで接眼撮影して、自分でフィルム現像して、引き伸ばし機で紙焼きまで自宅の暗室でやりました。

自宅に現像できる暗室があるのは素敵だよね。うちの実家は写真屋さんではありません。農家です。納戸がいくつかあったので、そのひとつを天体写真現像用の暗室にしてもらいました。

自作の自動販売機も作って展示しました。10円玉を入れるとテコの原理で、キャラメルが一粒、落ちてくるという原始的な仕組みです。なかなかマニアックで怪しい中学生だったようです。

高校生になると、知人とバンドを結成し、文化祭に出演しました。では、その時の写真を三枚ご紹介します。ジャーン!
https://goo.gl/FRJAZ3

40年前、自分でフィルム現像して印画紙に紙焼きした白黒写真です。

1970年代はフォーク全盛期時でした。気になる女の子が、バンド演奏を聴きに来ました。群馬では男子校、女子校に分かれていたので、自分の男子校文化祭に、女子校の友達を招くという甘酸っぱい思い出です。

本番では気合いが空回りして、変なテンションになってしまい、納得のいく演奏ではありませんでした。しばらく、人に会うのが嫌になったのは、言うまでもありません。

ぼくの文化祭は、そんな黒歴史ばかりでした。

でも、大人になったら今だからこそ、そんな恥ずかしさは忘れて、黒歴史を復活させたい。いやっ、新しい歴史を作るのだ。格好悪くてもいいじゃないか。楽しいことを全力でやる。自分がやりたいことを情熱持ってやると、新しいムーブメントが起るのだ。

と、本気で思っている今日この頃です。

●セミナー出演情報

最後に、セミナーの案内です。10月28日(土)に名古屋工業大学で「知ってるようで、意外と知らない『フォントの世界』」に出演します。セミナー参加費は無料なので、名古屋周辺でご興味がある方、ぜひ。

イベント:「WordFes Nagoya 2017」これから〜未来へ繋ぐ〜
講演:『知ってるようで、意外と知らない「フォントの世界」』
https://2017.wordfes.org/sessions/1437/

2017年10月28日(土) 15:15〜16:00
名古屋工業大学 52号館 5214教室


【せきぐち・ひろゆき】sekiguchi115@gmail.com

Webフォント エバンジェリスト
http://fontplus.jp/

1960年生まれ。群馬県桐生市出身。電子機器メーカーにて日本語DTPシステムやプリンタ、プロッタの仕事に10年間従事した後、1995年にインターネット関連企業へ転じる。1996年、大手インターネット検索サービスの立ち上げプロジェクトのコンテンツプロデューサを担当。

その後、ECサイトのシステム構築やコンサルタント、インターネット決済事業の立ち上げプロジェクトなどに従事。現在は、日本語Webフォントサービス「FONTPLUS(フォントプラス)」の普及のため、日本全国を飛び回っている。


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編集後記(10/19)

●2008年にアメリカ映画協会によって「最も偉大な西部劇映画第1位」に選出された、ジョン・フォード監督の「捜索者」を見た(1956/アメリカ)。西部劇はどちらかというと好きではない。みんな絵面が同じに見えてすぐに飽きる。なぜ見たのかというと、映画史を語るもっとも優れた作品、アメリカ映画史上最大の作品、などと映画関係のえらい人たちが挙って誉めまくっているからだ。

南北戦争が終わって三年後のテキサス、イーサン(ジョン・ウェイン)が兄の家に帰ってくる。迎えるのは兄、その妻、長男、二人の姉妹、養子のマーティン(ジェフリー・ハンター)。イーサンとマーティンは、近隣の牧師の要請に応え牛泥棒の捜索に出る。それはコマンチ族のしかけた罠で、一家は急襲され、夫婦と長男は殺され、ルーシーとデビーの姉妹は連れ去られてしまった。

牧師をリーダーとする大掛かりな捜索隊とコマンチとの遭遇戦はあったが、その後の捜索は難航する。ルーシーの死が確認され、結局イーサンとマーティンの二人だけになる。デビーを攫ったコマンチを追う旅はその後、六年続くというとんでもなく苛酷な話だ。でも、集団移動の痕跡を見つけられないとは不可思議である。

イーサンはインディアンに対して嫌悪感を抱いているので、チェロキー族の血を1/8受け継ぐマーティンに対してけっして優しくはない。彼はコマンチを追って復讐するしか目的のない人物らしい。西部劇のヒーローは、陽気でいかしたナイスガイで、超絶ガンさばき、女の子にモテモテ、といったお約束とは完全に埒外の男だ。そういう明朗な西部劇は「捜索者」の後に出てくるのか。

かなり居心地の悪い映画である。孤独で頑固なイーサンの、アメリカの先住民に対する、敬意どころか人間とみなしていないかのような振る舞いを、アメリカ人は普通に受け入れているらしい。真っ当な人物であるマーティンに感情移入して見ていると、ますますイーサンの暗さと、何を考えているのかわからない不気味さがやりきれない。いったいどこがよくて評価されているんだ。

いずれにしろ西部劇においては、インディアンはほとんど敵役で、ガンマンや騎兵隊に殲滅されるシーンは見せ場のひとつだ。インディアン相手に商売する者の仲介で、二人はコマンチの酋長と会う。そこに成長してコマンチに同化したデビーがいた。怒るイーサンはデビーを殺そうとするがマーティンが止める。二人は故郷に戻る。その後、騎兵隊に同行しコマンチ族を襲撃することになる。

騎兵隊がコマンチ族を殺戮するシーンに、観客は大喜びだろう。イーサンのこの勢いでは、きっとデビーを殺すに違いない。必死に追うマーティン。けっこうハラハラ(いや、本気で心配した)。しかし、彼は彼女を抱き上げ「家に帰ろう、デビー」と優しく声をかける。それはマーティンの役だろうがー。

イントロでは荒野から来たイーサンが一人で家に向かい、家族が迎えた。ラストは、一同が家に入りドアが閉まるが、イーサンは一人で荒野に去って行く。これは素敵だった。雄大なモニュメント・バレーの風景の撮影もよかった。公開当時の興行は不振だったが、ベトナム戦争後、にわかに傑作といわれるようになったらしい。この不条理なキャラクターのどこがいいんだろう。(柴田)

「捜索者」
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00DJBZMFK/dgcrcom-22/


●松岡永子さん、ありがとうございます。四天王寺さんに一心寺さん。馴染みのある場所です。/「いろいろ無精なわたし」……私のことですよね?(汗)/学祭の実行委員……副委員長だった。子供の頃からいろんなイベントの実行委員側だった。もーね……(後略)

/深夜バスの続き。長時間飛行機や電車に乗るのと近い。うとうとするだけ。しっかり寝られる人は、ホテルにいる時間がバスになるだけなのでメリットはある。寝られない人は着いた後に寝たくなる。使えた時間が消えてしまう。

ずっと揺れ続ける、横になれない、足を伸ばしきれない、完全に暗くはならない。そして近くのお客さんがどうかでも左右される。ずっと携帯やスマホをいじる人がいるとまぶしい、音楽を聴いている人の音漏れがあったりする、靴を脱ぐ人が多いので……お察しください。

四人がけの観光バスは、隣に人がいなければ上半身を横にできて楽な時はあるが、背もたれがあまり倒せないことや、隣との仕切りがないなどの理由で乗りたくない。三列はそれらが緩和されているのでマシ。完全フラットな座席は未体験なのだが楽そう。

東京大阪間だと新幹線の最終が9時半前だったりするし、翌朝の飛行機だと天候が心配だし、同じく翌朝の新幹線だと始発でも間に合わない時があったりするし。今だとネットや電源があるから、新幹線の中でも仕事できるけど、行き来していた頃はなかったんだよなぁ。 (hammer.mule)