ショート・ストーリーのKUNI[224]返信はお早めに/ヤマシタクニコ

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その日も自称デザイナーのおばはん、シモヤマさんはメール画面をぼんやり眺めては、ため息をついていた。

シモヤマさんの一日は、メールで始まりメールで終わる。それはまあおかしなことではない。まっとうな人間でも一日の始まりにはメールチェックをして、それによって仕事を振り分けたり予定を立てたりするだろう。

一日の終わりにも、念のためメールチェックをして、すっきりした気分で就寝することだろう。

シモヤマさんの場合の問題点は、メールに費やす時間が長すぎるということだ。

「あー、どうしよかな。この返信……」





ぼーっ……。
ぼーっ……。
ぼーっ……。

すると突然、メッセージボックスがびゅん! と現れた。何かの拍子に突然出てきて、びっくりして読むと「○○に接続しますか! なんたらかんたらの重大な危険があります!」とか、「予期せぬなんとかでなんとかが終了しました!」「これをどこどこに報告しますか!」「本当になんたらするんですね!」とか、えらそうに言ってはシモヤマさんのような、20年もパソコンを使ってはいるが生来のメカ音痴で、本質的に理解出来ていない人間を震え上がらせる、あれだ。

何が書かれているのかと見ると

「シモヤマさん! いい加減にしてください!」

はあ? とシモヤマさんが驚いてパソコンの画面を見つめると、メッセージボックスはその輪郭をわしゃわしゃと変化させ、まるで人間がしゃべるみたいにどんどん言葉を表示していく。

「毎日毎日メール画面を見ては『あー、返信どうしよかなー』と迷っては先延ばしにしている。やっと書きかけたと思うとやめて、また放置。いったいメールの返信で毎日何時間費やしてるとおもってるんですか?!」

うーん、計算したことないからなあ……とシモヤマさんが首をひねっていると

「だれがまともにそんな計算をしろと言ってるんです! そうじゃなくて! もう、あなたみたいな人を毎日目の前にしている、わたしの気持ちにもなってください!」

いや、そう言われても……ていうか、あんた、だれ?

そう問いかけると、メッセージボックスはおもむろに文字を表示した。

「私は、メールの中の人です」

え、そうなんだ! 

驚くシモヤマさんをほっといて、中の人はさらに言いつのる。

「あんたの考えてることくらいわかってますよ。返信に時間がかかりそうだと思うと、とりあえずフラグつけとく。それはいいけど、いまやフラグだらけで真っ赤っかじゃないの、メールが! あとまわしにするばかりでぎりぎりまで返信書かないからよ! そんなだから仕事もなかなか進まないんです!」

こりゃー痛いとこつかれたなー。

「とぼけてる場合じゃないの! たとえばこれ。

──シモヤマ○○子さま

前回の「のびのびプロジェクト」の際はお世話になりました。今度「続のびのびプロジェクト」がスタートすることになり、来月第一回の研修会を開く予定です。数人規模のアットホームな集まりになると思います。ぜひご参加ください。──

これ、申し込むの、申し込まないの?」

そそ、それは、えーっと、あまりおもしろくなさそうで……

「じゃあ断れば?」

でも、前、仕事くれたとこなんで。チラシだけど……。

「じゃあ、申し込んだら?」

うーん……でも……その頃に映画を……。

「映画を観に行く約束があるんだ?」

いや、その頃に行きたくなるかもしれないなと。申し込んだらとたんに、当日映画を観たくなるかも。

「何それ! つまり行きたくないんだ! じゃあ断れば!」

でも、チラシよりもっといい仕事くれるかもしれないし、くれないかもしれないし……。

「うー……はっきりしろ! で、これはどうなの。

──シモヤマ○○子さま

土度山小学校の同級生だった矢崎紀子です! 10年ぶりくらいかな、また同窓会やろうということになってます。参加するでしょ? といっても、いろいろ準備しなくちゃいけないので、来年はじめになる予定。で、シモヤマさん、風来川くんの連絡先知ってる? だれも知らないので、もしやと思ってメールしました。知ってたら教えてね!── 

同窓会、行くのか行かないのか、どうなんだよ! これ、もう一週間前のメールだよ!」

うーん。当時のクラスの男子にはろくな子がいなくて……。

「じゃあ断るんだね!」

でも、担任の岩谷権蔵先生は初恋の人で。

「じゃあ行けよ!」

もう70過ぎてるはずだから、老いた姿を見るのがこわい。

「シブいじいさんになってるかも知れないじゃん! ただの老いぼれかもしれないけど、そのときは知らん顔すればいいよ。じゃあこれもさっさと返信するんだよ!」

いや、でも、風来川くんの連絡先を。。。

「知ってるのかい?!」

調べたらわかると思うんだけど、調べるのがめんどくさー。

「うう。。あと、メルマガで『今なら簡単なアンケートに答えるだけで抽選で100名様にプレゼント!』とか『期間限定のポイントを3000ポイント進呈! お手続きはこちら!』とかいうの、軒並みフラグつけてるけど、応募すんのしないの?!」

しようかと思ったんだけど、よく読むと手続きめんどくさそうで……。

「じゃあもう、さっさとフラグはずしてゴミ箱に入れなよ!」

そうすっかなー。

「それからこれは何? 

──親愛なるシモヤマ○○子さんへ

私だよ、かつての君の上司、神田川! 最近スマホデビューしたのでメールしてみました! 上司からメールがきてじょうしましょ! なんちて!──

なんでこんなつまんないメールにいつまでもフラグつけてんだよ!」

いや、だじゃれにはだじゃれで返そうと思うんだけど、うまいのが思いつかないうちに月日が経つという。

「ひまか!……もーがまんできん! 私が代わりに整理していい? 応募する気もないキャンペーンは無視、あほな元上司もスルー、 同窓会の返信は『はい、参加します。でも風来川くんの連絡先はわかりません』、これでいいね。研修会は『あいにく気が進まないので遠慮します』、これでいいだろ。簡単なことさ!」

え、いや、それは……。

そのとき、また別のメッセージボックスがぼよん! と現れた。

「すいません、私、メールの中の人・その2ですが!」

はあああ?

「先ほどからやりとりを拝見しておりました。確かに私も、シモヤマさまの返信の遅さに少々いらついておりました。しばいたろかと思うこともしばしばでございました。ですが、その1のやり方にも問題があるかと思いまして」

やっぱりそうか。

「世の中、そうでなくともぎすぎすしております。能率とか効率とかばかり優先されがちですが、そればかりでは息が詰まります。また、シモヤマさんのような優柔不断でどっちつかずで決断力と判断力に欠ける人が無理をしても失敗するだけです」

「ならどうしろってのよ!」 その1が言う。

「その1さんのように結論をすぱっと書くのは、シモヤマさんには似合いません。本人がすぱっとしてないのですから。ありのままの姿見せるのよと、松たか子も歌ったではありませんか。ちょっと古くなりましたが」

そ、そうだよね!

「ここはあいまいにいきましょう。すぐれてあいまいなメールとは、適度に話題をすりかえつつ結論をあとまわしにして、やっと結論かと思わせて結局何も伝わらないというメールでございます。この原則に従いますと、先の研修会の返信は

『お誘いありがとうございます。最近朝晩めっきり冷えるようになりましたね。こんな寒い夜は、クレアおばさんのクリームシチューなどがよろしいかと思います。私が好きなのはビーフシチューですが、最近は羽生結弦くんより宇野昌磨くんが気になっております。そういうわけで紅葉も見頃となりました。研修会のお誘いありがとうございます。』」

なんだそれ。一周まわっただけで何も書いてない。

「で、同窓会のほうの返信は『同窓会するんだ。楽しみだなあ。風来川くんの連絡先、わからないんだ。そうかー』ではどうでしょう。よければ今すぐ送信いたしますが」

いや、あいまいにもなってないぞ、それ。そんな返信を私の名前で送られたら、私の社会的評価が落ちるというものだ。やめてくれ。

と思っていたら、またしても別のメッセージボックスがぱこん! と開いた。

「えー、失礼いたします。私、メールの中の人・その3でございます!」

まだいたのか! ていうか、いまや私のパソコン画面は三つのメッセージボックスで七割方占拠されてる状態で、それが口々にわしゃわしゃとしゃべってるんだけど、どうなのこれ。

「その1もその2も感心いたしませんな。横で聞いていて、これは違うと思い、ついしゃしゃり出た次第です。だが、誤解しないでいただきたい。ぐたらぐたらと未処理メールをためこむシモヤマさんに対する『ええかげんにせえよ』『しやからおまえはあかんのや』という気持ちは私も、深く共感するところであります」

ほかのふたつのメッセージボックスが、ぽんぽん上下動して賛意を表現する。君たちにはオーナーである私に対する敬意というものはないのかっ。

「あまりはっきりとイエスかノーかを言うのは危険であります。この点はその2と同じですが、あいまいにするにもほどがありまして、その2のようなあいまいさでは、あほかと思われてしまいます」

その2がむくれた。

「そこで、同じあいまいなメールでも、賢そうにみせるために数字を使うことをおすすめします」

数字?

「はい、そこらの政治家たちが中身もないのにあるように見せかけ、大衆をまるめこむために使う、あのやりかたです。たとえば研修会の返信は『お世話になっております。研修会の件ですが、調査検討を重ねた結果、シモヤマが参加する確率は平年比15%増、作付面積7位、またこのうち今後の日米関係に依存する割合が45%、日の入り16:58となっており、シモヤマミクスの成果といえるでしょう』。

同じく同窓会は『連絡ありがとう。シモヤマは参加するかしないかの方向で日々精進しておりますがほとんどひきこもり状態につき腰痛悪化の可能性が957ヘクトパスカル、当日雨が降っていやになる可能性が合い挽きミンチ100グラム128円です。なお風来川くんの連絡先について日経平均株価22827円38銭が参考になるかと思いませんが稀勢の里の身長は188センチです』ではいかがでしょう」

どこが賢そうなんだ。どこが大衆をまるめこむだ。

「いいんじゃないですか」と、その2が言う。

「いいんじゃないの、もーどーでも」その1が投げやりに言う。

シモヤマさんは、なんでこいつらの言う通りにしなきゃいけないんだと思いながらも少しは反省するところもあり、しぶしぶ返信を済ませた。

同窓会の矢崎紀子から返信があったのは、なんと10日以上も経ってからだった。

──返信ありがとう。参加するかしないか不安がBMI23.5、体脂肪率32.5%ですが風来川くんの消息について35.360628,138.727365で風力3でしょうか。

あ、ひょっとして、同類か。


【ヤマシタクニコ】koo@midtan.net
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近所の店ではセルフレジの導入例はないものの、支払いを機械で済ますセミセルフレジ(というらしい)が増えつつある。

よく行くパン屋さんでは、だいぶ前からコンパクトな機械をレジのすぐ横に設置、今ではお客さんもすっかり慣れて、たまに初めてでまごついている人がいるとささやかな優越感を覚えたり。

と思ってると、たまにしか行かないスーパーにこの間行ってみたら、いつの間にかセミセルフレジに! 何も知らず買い物してピ、ピ、が済んだと思ったら、突然「お支払いは4番レジでどうぞ」と突き放される。

機械の前に行ったものの、「レシート取り出し口」は目の前にあるのに、お金を投入するところが見当たらない。きょろきょろしてると隣のレジにいたおばちゃんが「そっちやがな」と、割と下のほ〜にあった投入口を指さして教えてくれた。

ひー、恥ずかし! 目線の行きやすいところに設置すべきじゃないかと思ったが、負け惜しみですかそうですか。