わが逃走[207]チャーハンが好きだの巻
── 齋藤 浩 ──

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ラーメンには執着しないが、ラーメン屋のチャーハンは好きである。

いつからかといえば、物心ついて以来、といえよう。

たしか幼稚園にあがる前だったか、母の友人一家が遊びに来た時に近所の中華屋から出前をとった。

4歳くらいの私は「こんなに旨いものがこの世にあったのか!」と驚愕したのだった。

器はたしか八角形で、中央には小さな梅の花が描かれてあったことまで覚えている。

その皿へ半球型に盛られたチャーハンには、刻まれたナルトが入っていたため、引き絵で見ると、赤が点在していて美しかった。

私は幼児ということで一人前食べさせてもらえず、実際食べ切る前に満腹になってしまった。

食べることがシアワセと感じたのは、もしかしたらこの時が初めてだったかもしれない。





今思えばたいして旨いチャーハンではなかったとも思うのだが、母の手料理とプロの作るものの違いを認識した最初の体験だったこともあり、以来、45年ほどチャーハン好きが続いている。

小学生のときは母に「何食べたい?」と聞かれると「チャーハン!」と答えていた。

しかし、そこで食卓にあがるものは、いわゆる残り物を切り刻んで、冷やごはんといっしょに炒めたもので、あの出前のチャーハンとは似て非なるものであった。

なぜここまで違うのか。

旨いチャーハンは、世の中的に家庭では絶対作れないとされている。

一般庶民の家には大きな中華鍋もなければ、それを振るスペースもない。そもそも火力が弱い、というのがその主な理由だ。

しかし、なんとかして旨いチャーハンを家庭で、という願望を抱く者は少なくないらしく、さまざまな「チャーハンの素」的商品が生まれている。そして消えていく。

数ある商品の中でも、印象深いものとして、私は桃屋の「チャント炒飯」を挙げたい。

“のり平アニメ”のCMソングはまだ覚えているぞ。ロック歌手風ののり平がステージで歌うヤツだ。

「若者の〜本物の〜うまい飯が ちゃんとできる (間奏) 桃屋の〜チャント炒飯!」

たしか小学3年生頃だったか。これさえあれば、旨いチャーハンが家で食べることができる! ついに夢が叶うんだ!!と思い、渋る母を説得して購入、作ってもらったが、これがぜんぜん旨くなかった。

桃屋なのに。メンマも花らっきょうもごはんですよも旨いのに、なぜ?

多くの人がそう思ったのであろう、「チャント炒飯」は一瞬で市場から消えたのだ。

冷凍食品のチャーハンの存在に気づいたのもこの頃だ。メーカーは覚えていないが、紙の箱に凍ったチャーハンが直接入っていて、それをフライパンにあけて炒めるヤツだ。

これもダメだった。姉妹品の「エビピラフ」はそれなりに旨かったのに。

それ以来、自分で稼げるようになったら、チャーハンはチャーハン屋で食べる! と心に決めたのだった。

いま思い出したが、初バイトで稼いだお金でチャーハン食べたっけ。

チャーハンが好きとはいえ、どこの店のなんというチャーハンが旨いとか、そういったことにはあまり興味がない。

たまたま入った商店街の中華屋で、つい条件反射的にチャーハンを注文しているが、たいてい旨いので満足している。

なので、山岡士郎のようにウンチクたれる必要がないのだ。

さて、最近大きな事件があった。

セブンイレブンで、いつもなら素通りする冷凍食品コーナーにあったチャーハンが目に止まり、何気なく買ったのだが。

結論から言おう。ものすごく旨い!!

商品名はセブンプレミアム『極上炒飯』。電子レンジでチンするだけで、中華屋のオヤジが作るプロの味(に限りなく近い)が手に入るのだ。価格300円。

技術革新と営業努力の結晶なのであろう、本当に驚いた。予備知識なしで食べ
たものだから、腰抜かしてタイヘンだった。

しかしこれは危険な商品だ。

市場価格の半額〜1/3でここまでの味を楽しめるのだ。

外食はそれなりにお金がかかるので、多少なりとも自制心が働いていたが、この値段でプロとほぼ同クオリティのものを自宅で、となると毎日食べてしまいそうで心配である。

ほんと、ものすごく心配。

というわけで、チャーハン好きの人には注意と覚悟が必要です。


【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
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1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。