ローマでMANGA[125]やっぱり「一期一会!」と叫びたい
── Midori ──

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ローマ在、マンガ学校で講師をしているMidoriです。私の周辺のマンガ事情を通して、特にmangaとの融合、イタリア人のmangaとの関わりなどを柱におしゃべりして行きます。

●生徒は8人の精鋭クラスだが

10月半ばにユーロマンガのコースが始まった。ほぼ20年、mangaセミナーを週に1回、数か月間だけの授業を続けて来たが、イタリアでマンガとmangaの状況が変わって来たので、やっと正式コースになったのだった。

週に2回、1回3時間。10月半ばから6月末までの通常学年の8か月なのだった。授業は火曜と木曜日。火曜が私の担当で、manga文法というか構築法。読者の読む速度と、キャラの動きが一致するための諸々の方法を講義し練習する。

木曜日はパオロの担当で、作画の訓練。パオロはかつてもうひとつローマにあるマンガ学校で、元・虫プロでアシスタントをしていたYoshiko Watanabeさんにみっちり仕込まれて、きっちりとGペンを使い、きれいに集中線や効果線を引く。

生徒は8人(男子5人、女子3人)の精鋭クラスだ。3年生なのだから。1年で美術解剖学、2年でパースを習い、様々なアングルで人物や建物を描く訓練をしてきた。

うーん、だけどなんか素人っぽいんだよねー。





コマの中のアングルが、カメラの高さが、みんな目の高さに止まってるし。だからどんなに頑張って悔しがる表情を作っても、効果線を描きまくっても、ダイナミックさが出ないのだった。

まぁ、学校にいるということは学ぶべきことが沢山あるというわけなんだけど。

授業が始まる前に、ローマのコミックスフェアがあり、始まってからルッカでコミックスフェアがあり、アテンドの仕事があり、その間放って置かれた家の床の掃除やトイレの掃除などがあり、「天才的な企画」の作業があり、要するに忙しい二か月を過ごした。

人と接するのは、年をとってきて経験値を上げたのでだいぶ気楽になったとはいえ、脳みそのどこかがすごく疲れる。そんなこんなで、久々に風邪をひいてしまった。

かぜ薬を飲んで、早めにベッドに行き、しっかり休息をとることにした。

休息の二日目、夜中に熱が出てきた。半分朦朧としながら、やけにはっきりと教室の様子が浮かんできた。

5人の男子学生のうち、一人がおしゃべり好きなのだ。毎回、最低一回は「今、おしゃべりをしていいのは私なのだ」と言わねばならない。それがすごく気になっていたのだろうね。

半分夢うつつで、叱責することにしたのだけど、声を荒げるのではなくて言い聞かせるようにする。夢の中で。

一期一会という言葉が浮かんできたので、それを使うことにする。

黒板に漢字で「一期一会」と書き、そばにローマ字で読み方を書き、「一期」と「一会」のそばに意味をイタリア語で書く。

生徒たちは、いきなり立ち上がって漢字を書く私にびっくりして、おしゃべりをしてた学生も黙って口を開けてみている。夢の中で。

「これは茶の湯で使われる言葉だけど」と、厳かに私。

「たとえ毎回メンバーが同じでも、すべてが同じということはない。毎回毎回、一瞬一瞬が人生の中で一回しか起こらない。私たちが今ここに生まれてこうしているのは悠久の時を経て多くの先祖が時を繋いでくれたから。それを思えば一瞬一瞬が貴重な結晶のようなものではないか。手の中で、できてはキラキラと消えて行く結晶。それを大事にする」

「しかるにだな、ヨーロッパ的考え方では、自分の時だからどんな風に使おうが勝手。私の講義を聞かないのも勝手、と言えるかもしれない。でもね、気というものがあって、あなたの集中しない気が、このクラスの気を下げているのだー!」

何度もこのシーンを繰り返して、「一期一会〜!」と言ってる間に熱が出きったらしくて眠りについた。幸い、熱はこの日だけで済んだ。

夢の中では「一期一会」は効いたので、現実でも使おうかと思ったけど、翌朝、熱なしで考え直したらあまり効きそうにない気がしてきた。

でも、おしゃべりはやめてもらわねば。

●半分聞いて半分上の空

生徒8人のうちmangaに興味がないのは一人だけ。他の7人はmangaとアニメを見て育って、mangaを描きたいからこのコースを選んだのだし、授業のあるたびに、誰かしらmangaを持ってくる。

それでもmangaを描けない。mangaを描けない、というのは絵が描けないという意味ではなく、コマとコマのつながりが悪く、誰の視点で描いているのかという意識がない。mangaを読み込んでないということ。

あるいは、mangaは日本語のあり方と無縁ではないと考えているので、日本語で考えないとmangaを読み込めないのかもしれない。

木曜担当のパオロの作品はコマとコマのつながりが良く、誰の視点で描いているのかはっきりしている。3年日本に住んだことがあるのと、無縁ではないと思う。

と言っても、日本語のレッスンをするわけにもいかないので、例をたくさん見せて考えてもらう。

授業態度として、お喋り学生のほかに、ほとんどが私の講義中に何か描いている。その時の課題ではなく、他の課題だったり、いたずら書きだったりする。

一人だけ熱心にモニターを見て講義を聴く女子学生がいて、彼女は課題のネーム作りが早い。結果はまだ学習すべきことがあるけれど、課題の意味がよくわかっている。

やっぱり一期一会! と叫ぶか。半分聞いて半分上の空では、新しい概念を理解するのは余計難しくなるだろうと思う。安くない授業料を払って、せっかく授業に来るのだから。

生徒たちは、義務教育が終わって、義務ではない高校も終えている。今や、高校へ行くのはほぼ当たり前で、物心ついた頃から学校へ通うのが日常になっているので、このマンガ学校へ通うこともその延長になってしまっているのではないか。

好きで来ているはずなのにね。

●情報を分けて取り出して伝えよ

授業内容を作成するのに色々知恵を絞る。いくつかは使い回し。今年から授業時間が多くなって掘り下げられるので、新しいアイデアが必要だ。

mangaでは「誰の視点で語っているのか」が大事だ。その視点の人物に読者は感情移入して作品を楽しむ。もちろん、誰の視点でもない立場から語る場合もある。でもほとんどの場合、誰の立場で語るのかはっきりしている。

マンガの場合は、そうではない。ほとんどが「神の目」で、登場人物はみな第三者になる。

「神の目」で語られたマンガのシーンを、誰の目から見たものかはっきり決めてネームを作ってもらう、とアイデアを思いついた。

アート・スピーゲルマンの「MAUS」から、ちょうどいいシーンを選んだ。

https://matome.naver.jp/odai/2144363996964498601


2コマで吹き出しが四つ。1コマ目:男女二人が事を終えて、女が「ウラデック、婚約しましょう」と言い、ウラデックが「もう遅い。家へ送る」と答える。

2コマ目:女が「まだ嫌よ。お願い」。そしてウラデックが「ご両親が心配してるから」となだめる。

事情はわかるが、誰の目から語っているのか、どんな感情で言っているのかはっきりしない。練習にはぴったんこだ。

この2コマをページ一杯に伸ばしてもらう。二人の人物のうち、どちらかを選んで、選んだキャラの感情を描いてもらう。

皆に欠けるのは、コマからコマへの流れ。その前に、登場人物の感情をしっかり把握しきれていない。俳優の演技の練習って、ネームを作るのに役にたつかもと、演技しきれてない登場人物のネームを見ながら思う。

例えば、主人公が街を歩いている様子が描いてあるコマ。主人公の他に街を歩く他の人々、街の建物、車、広告と時計が描いてある。

作者にとって、その時計が何時を指しているのか大事だとする。次のコマには主人公の顔のアップで、その次のコマは主人公の後ろ姿。

違うの。何時なのか大事だったら、時計だけのアップのコマを次の行動(主人公のアップと後ろ姿で、急いでいる事を示す)の前に、しっかりと読者に示さなければいけない。

重要な情報は見過ごさないように、ちゃんと別のコマに分けて伝えてあげるのだ。キャラの感情も同じ。同じように情報だ。だから、大事な感情は別に分けて読者に伝える。

「ウラデック、婚約しましょう」と言われたウラデックが困っているのだったら、「もう遅いから家に送る」と答える前に、読者にウラデックが困っているところを見せてあげないと、ウラデックに感情移入できないのだ。

生徒の回答のほとんどに、この「情報を分けて、取り出して伝える」がない。ちょっと苦労して、選ばれたキャラの感情を増幅して想像して、なるべくそれに近づけるようにして、生徒たちのネームに手を加えて行く。

6月にコースが終わるまでに、良いネームを作れるようになるだろうか。


【Midori/マンガ家/MANGA構築法講師】

本文にも書いたように忙しい二か月を過ごし、風邪の前には何十年かぶりに転んで膝を打ってしまい、そんなこんなで家事も疎かになった。

さらに疎かになったのは植木の世話。植木は黙って耐えているので、そのままになってる。塀に絡んだツタは伸び放題、夏のつる草も大きい枝を残してカットしなくちゃいけない。

ローズマリーも植木も育ちすぎて苦しそう。草木は人間が手を加えてやることで、逆にのびのびするように思う。太陽光と水で、彼らはどうしても伸びちゃうのだ。

やたら伸びると全身に栄養が届かなくて、ゼイゼイと苦しそうに息をしてるように見える。そういう時には枝を短くしてやる。そしてもっと根が張ったら、伸びても苦しくならないのだ。


[注・親ばかリンク] 息子のバンドPSYCOLYT


MangaBox 縦スクロールマンガ「私の小さな家」
https://www-indies.mangabox.me/episode/58232/


主に料理の写真を載せたブログを書いてます
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