わが逃走[208]修理の話と、健康の話の巻
── 齋藤 浩 ──

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●修理の話

「修理するより買った方が安い」などと言われるような世の中になって久しい。

噂によれば真っ当な修理のできる技術者も減っているらしい。

愛用していたデジタルコンパクトカメラの絞りが作動しなくなり、サービスセンターに持ち込むと、3日後には修理完了の連絡がきた。

受け取りに行くと、レンズユニットをまるごと交換したという。





故障箇所は絞りを構成するパーツの一部であるにもかかわらず、どこも壊れてない9群10枚構成のズームレンズを含む構成部分が、そっくりそのまま新品と交換されたのだ。

嬉しいようなもったいないような得したような損したような、すっきりしない気分だ。

1957年製のライカのレンズをメンテしてもらった際、凄腕職人のオヤジさんから聞いた話だが、その頃のレンズを分解すると、光学技術を追求する者の魂を感じるという。

その複雑な内部構成はある意味職人泣かせでもあるが、いかに高性能なレンズを実現するかという作り手の心意気が、構造を通して伝わってくるそうだ。

国境を越えて、時間を越えて、設計者とのチャネリングを果たす、凄腕職人のオヤジさんは実にかっこよかった。

そのオヤジさんいわく、今のレンズは数値上の性能は高いかもしれないが、設計者の心意気は感じられなくなった、と嘆く。

すべてがユニット構造になり、扱う者の技量にかかわらず、交換することで“修理完了”と言うことができる。

“クレームをいかに効率よくさばくか”が優先されていることが、構造から読み取れてしまい、「バラしてみても面白くないねえ」と苦笑いをうかべたオヤジさん。元気かな。


●健康の話

物欲は健康の証拠。

なぜモノが欲しいかといえば、それを使って人生を豊かにしたいからだ。

つまり、物欲がなくなるということは、人生の目的を失うことに等しい。

実は半年ほど前から、まったく物欲がなくなり困っていたのだが、先日、友人0河氏とカメラが欲しい談義で盛り上がり、つられて私の物欲も復活してきた。

カメラが欲しくなることを「カメラウイルスにやられた」などと表現するが、同時にそれは健康の証とも言えるのだ。

0河氏は壊れたコンパクトカメラの買い替えを考えているうち、ミラーレス一眼が気になりだしたらしい。

ソニーのα7シリーズに注目しているようだ。いいねえ。

ミラーレスはフランジバックが短いので、ほとんどのメーカーのほとんどのレンズがアダプター経由で使用可能だ。

しかもα7シリーズはフルサイズセンサー搭載なので、オリジナルと同じ画角で使うことができる。

私が思うに、α7シリーズを選ぶ人の大半が「フィルム時代のレンズ資産を活かすため」という言い訳のもとに、購入に踏み切っているのではなかろうか。

かくいう私もその言い訳のもと、なんとか購入したいと思い続けて数年が過ぎた。躊躇してきた最大の理由(お金がないこと以外)は、そのファインダーだ。

私はどうしてもEVFというやつが好きになれない。プリズムを通して目の前にある本物を見るOVFに対し、EVFは液晶テレビみたいなものだ。

たしかに私は、時代の流れに逆行するひねくれ者かもしれない。

しかし、たとえば上野にコパンダを見に行ったとして、本物がそこにいるのにテレビを見てどうする? みたいなことを思ってしまうのだ。

しかし、実用ということを考えれば、これほど優れたシステムはない。

被写界深度もボケ具合もカラーもモノクロも、確認しながらシャッターが切れるなんてことは、100年前の光学技術者が聞いたら腰を抜かすに違いない。まさに技術革新と言えましょう。

そんな折、ライカSLを触る機会があった。SLは35mmフルサイズセンサーを搭載した、超高額なミラーレス機だ。

ファインダーを覗くと、そこには腰を抜かすほど美しい世界が広がっていた。

これがEVF?? ここまで美しいEVFならアリだ。解像度は440万ドット。一般的なミラーレス機に搭載されているEVFが140〜240万ドットということもあり、まさに桁違いの美しさだった。

噂によれば、ファインダーだけで20万円くらいかかっているという。それがホントなら搭載“しない”だけでカメラの価格が20万円安くなるわけだ。

そう考えると一般的なミラーレスカメラにこれを搭載することは、なかなか難しいと言わざるを得ない。

しかし…。SLを見てしまったことで、さらにα7シリーズが“待ち”モードに入った。

ここ数年のミラーレスカメラの高性能化は、異常な速度で進んでいる。もう少し待てば、α7により高性能なEVFが搭載されるのではないか。

と思っていたら、今年の5月にα9が発売された。SLのファインダーには及ばないが、360万ドットのEVF搭載。実際に手に取ってみたが、かなりイイ。

α9は高速連写や動画機能など、私があまり必要としていない機能がとくに優れていたためスルーしていたが、このファインダーが次世代のα7に搭載される可能性は高い。

そうこうしていたら、なんともう発売された。α7RIII。高画素、高感度、高精細EVF。スペック的には文句なし。

あとは値段だけ! これがいちばんの難関なのである。


ライカは高い。高いだけの理由がある。この使い心地の良さ、このクオリティならこの値段でも買う価値がある。と、10年前の私は思っていた。

しかし、今のライカは高すぎである。20万円貯金して、それを頭金にして買おうと思っていたが、貯まった頃にライカの野郎は20万円値上げしているのだ。

どうもそれが“ブランド料”に思えてしかたがない。10年前の値段なら、まだ適正価格と言ってもいいだろう。高いけど。

しかし、ここ最近の値上げっぷりは、横暴以外のナニモノでもないぞ。

その点ソニーはそこまで横暴ではない。まあ高いけどね。性能に対して納得のいく価格設定だ。

などと考えつつ、中古が出るのを待つとか、どのくらい待てば価格がこなれるかとか、そんなことを考えている自分に気づき、ああ、ホント健康あっての人生だなあとしみじみ思うのであった。


【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
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1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。