まにまにころころ[130]ふんわり中国の古典(孫子・その10)経営者のバイブル『孫子』、怖い(笑)/川合和史@コロ。 Kawai Kazuhito

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コロこと川合です。いつの間にやら師走も大詰め。

大河ドラマも最終回でした。史実通りのタイミングで直虎が最期を迎えたため、ものすごく唐突な幕引きで。

それは仕方ないとしても、ラストのシーンは、そこまでの話をぶち壊すような不細工な締め方で……全体としてはそれなりに面白かったのに、なんだあれ。

勝手なこと言えば、直虎、殺さなくてもよかったと思うんですよね。どうせ、ほとんど素性が知られていない人物なんですし、なんとでもできたはずだと。

直虎が亡くなったとされる年に「直虎」という名を葬って、柴咲コウ、いや、「おとわ」は、龍雲丸と外国にでも行っちゃえばよかったのに。

遺言残して、南渓和尚と口裏合わせて、家督を万千代に譲り、先代の井伊直虎という人物はその時点で生涯を閉じましたってことにして。

誰がかわいそうって、シナリオ都合で巻き添え食って殺された龍雲丸ですよ。直虎と一緒にあの世に送りたかっただけって感じで殺されて……ひどいでしょ。

ひどいと言えば、自然(じねん)のくだりもひどかった。明智の子をよこせと迫られて、ついた嘘が、いいえこれは信長公の子です、って。なおのことよこせって話になるでしょ、普通。(笑)

もう、最終回やり直して欲しいくらいの気分ですが、まあ次の「西郷どん」に期待することにしましょうか。

ちなみに再来年の大河は、東京オリンピックが舞台だそうで。なんていうか、なんとなく朝ドラの拡大版みたいな感じになりそうな予感。宮藤官九郎だし、面白い話にはなるんでしょうけど、大河っぽくはなさそう。

いっそ、孫子とか三国志でもやってくれればいいのに。(笑)

さて大河の話はこのへんにして、孫子の続きに進みたいと思いますが、ここらから先しばらく、ちょいちょい使いどころのなさそうな話がでてきます。地形の話とか。

まあ、それを現代に置き換えて言えばどういうことだろうと、想像や妄想を巡らせてみるのも孫子の楽しみかたのうちってことで。

前回の最後、時と場合によっては主君の命令でも従っちゃだめなこともあるよって話でした。現場の判断で臨機応変に対処しなきゃいけないこともあるよと。今回はその続きからです。




◎──『孫子』九変篇(二〜五)

軍を率いる将には、九変の利、つまり臨機応変に対応する能力が求められる。九変の利に通じていなければ、たとえ地形が分かっても地の利を得られない。臨機応変に指揮を執れなければ、戦いの原則だけ押さえていても役に立たない。

智者は必ず、メリット・デメリットの両面を考慮して物事を考える。そうすれば事は上手く運ぶし、余計な心配もしなくてすむ。

だから、対抗する諸侯を挫けさせるにはデメリットばかりが見えるようにし、上手く操るには美味しそうな話をちらつかせ、奔走させるにはメリットばかりを強調するようにすればいい。

戦争においては、敵が来ないことを期待せず、いつ来られてもいい十分な備えがあることを頼みにする。また敵の攻撃がないことを期待せず、攻撃できない態勢を整えることを頼みにする。

また将には、こだわると危機に陥る五つの状態「五危」がある。

「必死」は殺される。命を投げ打つ蛮勇な態度では殺されてしまう。

「必生」は捕虜にされる。生に執着しすぎて臆しては捕らえられてしまう。

「忿速」は侮られる。怒りっぽいと侮られ隙をつかれる。

「廉潔」は辱められる。清廉潔白に過ぎてはその心情を攻められる。

「愛民」はわずらわされる。兵卒や民を愛しすぎては悩みが増える。

この五つにこだわるのは将の過失であり、戦の妨げになる。

軍を滅ぼし将が命を落とすのは、必ずこの五危のどれかであるから、十分な注意が必要である。


◎──『孫子』九変篇(二〜五)について

ここはわりとそのままですね。五危の戒めは、耳が痛い人も多そうな。特に、五つ目が難しい。軍全体を生かすためには、個々への愛情が妨げになる場合もあるという話で。

人としてはともかく、将としては冷徹な判断が必要とされるシーンもあって、そこを割り切ることができないと滅亡してしまうと。辛い。

孫子は戦に勝つための話を君主や将校に向けて説いているので、この先でも、兵卒に対しては冷徹な話が出てきます。死ぬ気で働くように追い込め、とか。経営者のバイブル『孫子』、怖い。(笑)


◎──『孫子』行軍篇(一〜三)

ここからは軍の配置と敵情について。山を行軍するときは谷沿いに進み、高所があればそこに布陣し、敵が高所に居る場合はそれを攻めてはいけない。

河を渡るときは、渡ればすぐに遠ざかる。敵が河を渡ってきたら、水の中にいる間に攻めるのではなく、敵の半分ほどが渡り終えたタイミングで攻めるのがいい。

戦おうとする際は、河のそばまで行ってはいけない。高いところを見つけて、そこに布陣し、川の流れに逆らって下流側から攻めてはいけない。

沼地を行軍するときは、ただ速やかに抜け去って、留まってはいけない。もし沼地で戦闘することになれば、水と飼い葉を確保しつつ木々を背に布陣せよ。平地では、平坦な地形に布陣して、高地を背後と右側において、低地に向かう形にせよ。

この、山・河・沼・平地における戦い方こそ、黄帝が四帝に勝った要因である。

およそ軍は高きを好みて引くきを憎み、日向を貴びて日陰を賤しみ、兵の健康に注意を払って疾病を防ぐ。これが必勝に繋がる。

丘陵や堤防があれば、陽の当たるところに布陣して丘陵や堤防が右背にくるようにする。これが兵の利、地の助けというものだ。

河を渡りたいとき、上流で雨が降って水かさが増して河が荒れていれば、落ち着くのをまて。

地形に、
「絶澗」(険しい絶壁の谷間)
「天井」(自然による井戸のような窪み)
「天牢」(入り込むと出られない牢のように三方が囲まれた地)
「天羅」(漁網のような草木の密生地)
「天陥」(天然の落とし穴)
「天隙」(狭く長い洞穴)

これらがあるときは、速やかに立ち去って近づいてはいけない。自軍は離れ、敵はここに近づくようにしむけよ。敵をここに追い込むのだ。

また、行軍中、険阻な地、池、窪地、葦原、山林、草木の生い茂る地があれば、必ず慎重に、何度も捜索せよ。こういったところに、敵の伏兵が潜んでいるからである。


◎──『孫子』行軍篇(一〜三)

ここは、危険な場所には近づくなって話と、そこに敵を追い込めって話、あと、日向に陣取れって話、伏兵に気をつけろって話ですね。危険な場所や伏兵云々はそのままとして、日向の話は衛生管理に注意を払えってことです。

孫子の時代から、衛生条件の悪さによる疾病は軍の大敵とされているのに、実際、その点を強く主張して、大きく改善を強行したのは、あのナイチンゲールです。

孫子の時代からクリミア戦争の時代まで、2300年ほど経ってるんですが……もちろん、それまでも気をつけるようにはしてたんでしょうけど。

さて「黄帝が四帝に勝った」のくだりですが、黄帝というのは漢民族の祖ともされる伝説の帝です。

中国の神話伝説の時代、三皇五帝と呼ばれる八人がいて。このうち三皇は神、五帝は聖人といったクラス。黄帝はちょうどその狭間で、三皇の三人目とされたり五帝の一人目とされたりします。

性質は異なりますが、無理やり日本で喩えるならば、神武天皇に近いかもしれません。

ここで言う四帝は、五帝の残りではなくて、黄帝の時代に周りにいた残りです。中心を黄帝として考えたときの、東西南北の対抗勢力って感じの意味合いです。

なおこの黄帝は東洋医学の祖とされていて、「ユンケル黄帝液」の名前の由来にもなっています。どうでもいい話ですが「ユンケル」はドイツ語で貴公子だそうです。

貴公子黄帝……貴いお方である黄帝様にあやかったドリンク剤、か。いまいち意味不明ですが、考えないことにしましょう。


◎──今回はここまで。

行軍篇の半分で、今年は終わり。行軍篇の後は、地形篇、九地篇、火攻篇、で、ラストの用間篇と続きます。残り四章半。年内に終わらず、すみません……

年度内にはたぶん終わらせますので、いましばらくお付き合いを。


【川合和史@コロ。】koro@cap-ut.co.jp
合同会社かぷっと代表
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○イベントのお知らせ

以前デジクリにも寄稿されていた深川正英さんが、毎年主催していた大阪でのクリエイター新年会「味園で新年交流会」が、次の第10回で最終回とのこと。最終回、なんと長髪の深川さんが断髪式も行われるそうです。

・最後の味園で新年交流会&断髪式
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