ユーレカの日々[64]ルーブリック・言語は思考を変える/まつむらまきお

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大学では年に数回、教員の研修(FD)というのがある。先日おこなわれたのは、「どのように学生を評価するか」というテーマだった。

そこでひとつの方法として紹介されたのが「ルーブリック」という手法。その時までルーブリックというものをまったく知らなかったのだが、教育関係で今、かなり流行っているらしい。これがすこぶる、面白い。





●美術の世界ではどう評価しているのか

美術大学では、実習や演習が中心となるが、悩ましいのがその評価方法だ。英語や数学であれば、「正解かどうか」で客観的な評価ができるが、絵やデザインの世界では、そういった客観的な数値化がとても難しい。

たとえばデッサン課題の採点では、「形が正しくとれているか」「モチーフ同士は正しく同一空間に配置されているように描けているか」「立体感を描写できているか」「ディテールをどれだけひろっているか」「質感を描き分けられているか」……など、複数の観点から採点できる。

しかし、これを明確に数値化してきたかといえば、それはなかなか難しい。

「全部できている」「全部できていない」といった、極端な偏差は楽なのだが、AはできているがBはできていない、といった中間層は、採点も難しくなる。複数の提出物を並べて、うーむ、と唸ってしまうことも多い。

教員によっては「えいやっ」とざっくり採点する人もいるが、この方法は当然、公平性に欠ける。美術系以外でも、レポートや論文をどう採点するのかというのは、同じように難しいと思う。

さらに、その結果をどう学生にフィードバックするか。美大では「合評」といって、受講者全員の前で作品を講評していくが、どうしても感覚的、情動的になってしまう(それはそれで、必要なのだが)。

そういった時に使えるのが、ルーブリックという手法だという。

●評価項目で表を作る

ルーブリックは、マトリックスチャート、表の形で表記される「到達目標」だ。Googleで「ルーブリック」と画像検索すると、たくさん例が出て来るので、それを見てもらうのが早いだろう。一見するとなんの変哲もない、表である。

ルーブリックの最初のステップは、この表を作ることからはじまる。ひとつの授業や課題について、縦方向(X軸)には、その内容の項目が表記される。

たとえば

1:足し算ができる
2:引き算ができる
3:掛け算ができる
4:割り算ができる
……といった具合。

これに対し、Y軸方向には到達度が定義される。これを何段階にするかは任意だが、ここでは3段階、不可を含めて4段階(スプレッドシートならA〜D)としよう。たとえば1の足し算という項目であれば、

A:何桁の計算でも正しく行うことができる(間違いがないか確認できる)
B:2桁以上の計算を正しく行うことができる(繰り上がりを理解できている)
C:1桁同士の計算を正しく行うことができる
D:足し算という概念が理解できていない
……という感じ。

これを、「2」の引き算、「3」の掛け算と、それぞれの項目について設定していく。A〜Dにはそれぞれ、素点を設定する。

これだけを見ると、「なにが新しいの?」と思うかもしれない。たとえばアンケートで「ハンバーガーは好きですか?」という設問に対し、1〜5までの5段階評価で答えるのがよくある。

先のデッサンの採点も、細目にわけるまでは同じだが、ルーブリックでは、X軸方向のそれぞれのマスに、具体的に何ができる、と明記されているのがポイントだ。

言われてみればそうだよなぁ。アンケートの1〜5で答えなさい、ってのは結構困る。具体的に「毎日食べてもOKなくらい好き」「週に1回は食べたくなる」など、具体的だと答えやすい。

●運用方法がすごい

まぁ、ここまでは、なるほどとは思うが、驚くほどのものではない。しかし、その運用方法を聞いて、ぼくは目からウロコがボロボロ落ちてしまった。

step2こうやって作ったルーブリックは、課題とともに、事前に学生に配布する。学生はこの表を見ることで、何を要求されているのかを具体的に把握することができる。

step3学生は完成した課題に、ルーブリックを添付して提出する。教員は提出物を見て、この表のどこに該当するのか、丸をつける。丸をつけるだけだから、採点は非常に早く済む。

ルーブリックそのものに評価項目が明記されているので、他の表などを参照する必要もない。採点基準が明確なので、採点当初は辛めだったのが、だんだん甘くなってしまうといった揺らぎもなくなる。

step4そして、その表は課題といっしょに学生に返却される。学生は採点を見れば、自分の到達度、不足部分を明確に知ることができる。

答案に教員からのコメントを入れるのは、ものすごく大変な作業なのだが、ルーブリックなら教員の負担もなく、1行コメントよりずっと具体的に、自分の問題点がわかる。

これにより、教員は採点が楽になり、学生は何が足りないのかを知ることができ、客観的に公平さが保たれるというのだ。

うーん、すごい! 実に無駄がない。たった一枚の紙がものすごく働いてくれる。感動である。似たような採点基準を作っておきながら、この運用を思いつかなかった自分が悔しい。

この研修を受けた直後のぼくは、マッドマックス怒りのデスロードでウォーボーイたちがかかげる「V8!」状態だった。「ルーブリックを信じよ! ルーブリックを讃えよ!」状態。

もともとは医療関係で用いられてきた方法らしいが、教育関係では、1980年代以降、普及してきたようだ。フィギュアスケートの芸術点採点なんかも、この方法で行われているらしい。

日本ではまだあまり知られていないが、iPhoneのApp Storeで「Rubric」で検索してみると、海外のアプリがかなりたくさんヒットする。欧米ではかなり一般的なものであることがわかる。

●実際にやってみる

研修では実際、自分が担当している授業のルーブリックを作ってみた。これがなかなか難しい。自分では整理できているように思っていても、表を言葉で埋めていくと、実は曖昧な部分も多いのがわかる。

それはすなわち、学生にこちらの意図が伝わっていなかったということだ。課題設定の問題点も見えてくる。実に面白い。

たとえば、この「ユーレカの日々」というコラム執筆をルーブリック化してみよう。実際、ぼくがこのコラムを書く時、それが発表できるクオリティかどうかという基準が自分の中にあるのだが、それをルーブリック化してみる。

Y軸
1:普段気が付かなかった視点を取り上げているか
2:それをわかりやすく客観的に説明できているか
3:個人的な体験をもとに語っているか
4:社会への提案を行っているか

X軸
A1:だれも気が付かなかったであろう、独自の観点
B1:既存の観点だが、新たに自分が発見できたもの
C1:よくある視点だが、それを再評価する
D1:ありがちな視点で、あらたな意味も発見できない

……といった具合。

もうちょっと一般化してみよう。昼ごはんに何を食べるかのルーブリック。「孤独のグルメ」で主人公が「俺は今、何が食べたいんだ……」と悩むが、あの状況を思い浮かべてみてほしい。

Y軸
1:コスト的な満足度
2:味覚的な満足度
3:時間的な満足度
4:珍しさ

X軸
A1:激安!
B1:平均的
C1:ちょっと奮発
D1:かなり高額

A2:毎日でも食べたい!
B2:満足度が欲しい時の定番!
C2:特別美味しいわけではないが不満はない
D2:もう二度と食べたくない

……

どうです? その時の状況によって考えていることが、客観的に記述できるじゃないですか。

●共通認識を持つためのメソッド

こうやっていろいろ作ってみると、これはまさしく、関係者同士が共通認識を持つための手法だということがわかってくる。特に、片方がそのジャンルについて、「詳しくない(全体が見渡せない)」時に有効ということだ。

「わかっていない側」にしてみれば、そもそも何をすべきかがわからない。「わかっている側」は、相手がわかっていないポイントを見落としがちだ。だから、自分自身が何をしたいのか、ということを整理するのにも使える。

教育分野以外でも、このルーブリックはめちゃ使えそうだ。大学の課題というのは、仕様があり、納期があり、そのなかでクオリティを高めることが求められる。

ということは、これは「仕事の依頼」となんら変わらないわけで、一般的な仕事でも使えるはずだ。研修後、非常勤の先生に授業を依頼する機会があり、こちらの要求をルーブリックにしてみた。自分が何を依頼しているのか、自分の考えを整理し、明確に説明することができる。これは使える!!

ルーブリックでは、X軸、Y軸をどう設定するかは、個人の主観による。それが第三者にはさっぱりわからん、という場合もあるだろう。

そこで、ルーブリックは、ルーブリックを作成する時点で、学生と教員が話し合うことも提案している。これを仕事で応用するなら、事前にクライアントと、ルーブリックを共同で作成するという事になる。

デザインやイラストの依頼人が、アマチュアの場合。たとえば住宅設計なんかがその代表で、依頼人は建築についてまったくの素人。個人店舗のロゴやWebデザイン、イラストを頼まれるなんてこともあるだろう。

そういった依頼人たちは、編集者や代理店とは違い、自分が望んでいるイメージを具体的に依頼することが出来ない。だから依頼された側は、カタログやテンプレートを提示して、相手の好みや条件を探ることになる。

しかし、相手は素人。きらびやかなカタログを見ると、目移りしてしまい、自分の求めるものが何だったのかがかえってわからなくなる。はては納品時に「違う」とか言い出されて……という経験は、クリエイティブの仕事をしている人なら、必ず経験しているだろう。

クライアントといっしょに、発注時にルーブリックを作成しておけば、そういったトラブルはかなり避けられそうだ。

複数のスタッフが集まるプロジェクト、映画やゲームを作る場合、ディレクターはしばしば、スタッフから上がってきた成果物が、イメージが違うといってNGを出す。

スタッフ側は、「だったら最初から言ってよ」と、ディレクターへの不信感を感じる。そういったケースでもルーブリックは使えるはずだ。

さらに、政治や行政はどうだろう? たとえば、オリンピックや万博をなぜ、開催するのか。築地はなぜ移転するのか。何をもってそのプロジェクトの成否を判定するのか。

到達目標が曖昧なまま開催されるから、評価も曖昧なまま。だから、たとえ大赤字を出したとしても、「試合では負けたけど気持ちでは勝ってます」「がんばったよね」などという精神論で、みんななんとなく納得してしまう。

これらの世界での共通認識は「忖度」という、テレパシーのような特殊能力が必要とされるようだが、そんなものを持ち合わせていない外部から見れば、「もっとちゃんと説明してよ!」ということになる。

企業での仕事でも、「うまくやっといて」「なんとかしました」なんて言葉がよく交わされる。対外的には仕様書をしっかり作る業種でも、社内での伝達はいい加減な場合が多い。

「それ、そんなに手間かけなくていいから」とか、後から言われて憤慨したことはないだろうか。ルーブリックがあれば、もっとうまくいくんじゃないだろうか。

●言語化能力が低いからこそ

ルーブリックのような手法を見ると、こういうことは日本人には思いつかないんだよなぁ、と思ってしまう。日本人は「システム作り」「交渉ごと」「マネジメント」が下手とよく言われるが、ルーブリックは、まさにこの三つのための手法で、日本人に思いつかないやり方だと感心する。

「システム作り」「交渉ごと」「マネジメント」。この三つはどれも、立場が違う人同士が、共通認識を持つために、ルールに沿って説明を行う、ということだ。

その中心にあるのは言語化だ。やることを整理するのも、条件を検討するのも、言語化が必要。それが苦手ということは、つまり、日本人は世界的に見て言語化が苦手、言語化能力が低いということだろう。

ここで言う言語化とは、理屈のことだ。言葉を使って、ロジカルに記述するという意味。

英語だと主語や単数・複数は非常に重要。多民族で多言語な国や地域では自然と、言葉も図も、明確なものに淘汰されてきたのだろう。

ところが日本は地理的に孤立し、単一民族、単一言語なので、説明がおろそかになっていく。たとえば、日本語では主語や、数がしばしば省略される。否定か肯定かは、文末で述べる。

なので、何を言っているのか、最後まで注意深く聞かないとわからない。結果は後回しという言語だ。

それがどんどんすすんで、言葉も絵も、あいまいな部分を残しておくのが美徳、文化にまで高まっていった。その結果、説明をする、言語化するということを苦手どころか、軽視してしまう傾向が強くなったのだと思う。

なんせ一国の総理大臣が国会で堂々と、「そもそも」など、言葉の意味を勝手に解釈したり、再定義してしまう国だ。言葉を信じない社会である方が、政治的に都合がいいということだろう。つくづくこの国は理屈を曲げることを平気で行う。

ぼくは親にも理屈っぽいと言われる人間だが、理屈っぽいというのはよいことだと思っていた。しかし、最近気がついたのだが、どうやら日本人は理屈っぽいのがキライで、理屈という言葉をネガティブに使うケースが多いようだ。

そういえば「屈」の字は曲がる、という意味で、ことわり(理)が曲がる、ということになる。いやいやその逆では、と思って調べてみたら、本来は洞窟の窟で、ことわりが集まる場所、ということだそうだ。だれだ、曲げたのは。それくらい理屈は嫌われているのか。軽視されているのか。

さて、ルーブリックも、「そんな言葉で説明なんかできないよ」なんてことを言って拒否反応を示す人も多いそうだ。そりゃそうだろう、言語化能力が低い人には、ルーブリックを作ることも困難だろうし、言語化能力が低ければ、理屈も理解できない。なぜそれが有益なのかも理解できない。

言語化が苦手な人間が教育者になっているのも変だが、そこが日本的だとも思う。日本人はシステム化や交渉は下手だが、マネやものづくりが得意だという。

それはつまり、言語化して伝えるのではなく、見よう見まねでやっていく、というやり方を長年、続けてきたということだ。仕事は見て覚えるものだ、とか、そんなことをいちいち聞くな、とか。

考えてみれば、これらはすべて、言語化能力が低い、ということだ。20世紀はそれで通用してきたのだが、その結果「システム作り」「交渉ごと」「マネジメント」が苦手な国になってしまった。

日本人は言語化能力が低い。だからこそ、ルーブリックのような手法に慣れ親しむことが必要だと思う。

●言語は思考を変える

昨年公開され、「ばかうけ」みたいな宇宙船で話題になった映画「メッセージ」は、言語をテーマとしたSFだった。異星人の文字「ヘプタポッドB」は、筆で墨で描いたような円形。

これは人間の言葉のような逐次的でなく、面的な拡がりと、フラクタル的な階層構造を持つ。表で定義するルーブリックと、どこか似ている。

異星人がもたらしたこの言語を理解することで、地球人はそれまで知ることができなかった新しい知覚を得る。異星人からのプレゼントにより、人間が大きく進化する。

異星語でなくても、外国語を学んでいてもそういう感覚はたしかに得られる。英語の活用がなぜ必要なのかを知った時、プログラム言語で条件分岐のelseの有無の意味を知った時、世界が違って見えてくる。言語は思考を大きく変化させるのだ。

ルーブリックはそういった可能性に満ちているように思えるのだ。


【まつむら まきお/まんが家、イラストレーター・成安造形大学教授】
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この本のカバーイラスト描くために、iPhoneをXにしました(笑)。
5sからの機種変だったので、まるで宇宙人からの贈り物のようです。